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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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143、アンデッドたちの防災訓練




 スケルトンの留学から数日。

 彼が命を懸けた大冒険の末に手に入れた情報は我がダンジョンのアンデッドたちにもすぐに共有され、驚きをもって受け入れられていた。当然のことではあるが、ダンジョンが違えばそこでの暮らしや制度も全く違ったものになるのだ。


「凄い量だよね。これ、本当に全部読んでるのかな」

『これが全部じゃない。ダンジョンにはもっといっぱいあった』

「ええっ、本当に?」


 机の上に並べられた紙の束を見下ろして俺は思わず溜め息を吐く。この山のような書類は、全てスケルトンが留学先で貰ってきたダンジョン運営マニュアルのサンプルである。


 四種類の魔物しかおらず、しかも全員がアンデッドの我がダンジョンと違い、スケルトンの留学先では多様な種族の魔物が暮らしている。しかも彼らは殺されればそのまま死ぬのだ。ダンジョンを運営していくには、消耗した兵士を補うため、ダンジョンにどんどん新たな魔物を迎え入れていかなくてはならない。

 種族の違う者たちをまとめ、右も左も分からない新人たちを短期間で一人前の兵士に育てるためだろう。ダンジョンの構造、ルール、戦略や人の肉の解体方法までありとあらゆる情報がマニュアルとして纏められ、文字を読むことができる全ての魔物たちが一度は目を通しているという。


「魔物がこんなにしっかりしたダンジョン管理してるとは思わなかったよ。うちじゃ無理だろうなぁ」


 俺が苦笑と共に呟くと、スケルトンもカタカタと骨を鳴らしながら頷いた。

 マニュアルをいくら完璧に作ったところで我がダンジョンのアンデッドたちがそれに従って動くとは思えないし、ゾンビちゃんなどは読みもしないに違いない。調子が悪ければ読まないどころか食べてしまう可能性すらある。


「ま、うちにはうちのやり方があるからね。無理に真似する必要は――ん?」


 俺は言いかけた言葉を飲み込み、じっと机の上に目を落とす。


『どうしたの?』


 俺が急に黙り込んだのを不思議に思ったのだろう。スケルトンが首を傾げながらそう尋ねる。

 俺はたくさんの紙の束の中で、たまたま目についた一冊の冊子――「ダンジョン防災マニュアル」と大きく書かれたそれを指差して、小さく呟いた。


「これはうちでも役立つかも……」




*********




「と言う訳で、我がダンジョンも防災訓練を実施したいと思います」


 俺の言葉に、アンデッドたちは怪訝な表情で首を傾げる。


「ナンデ?」

「そんなもの必要か?」


 ……面倒がられる覚悟はしていたが、ここまで反応が悪いとは。

 まぁ彼らが魂を抜かれたような寝ぼけた表情で口を尖らせるのも無理はない。なにせ我々はアンデッドなのだ。たとえ棚に押しつぶされたところで死ぬわけでもなし。防災意識などないに等しい。

 しかし俺は思う。アンデッドにこそ防災意識が必要だと。


「自分たちは死なないから訓練なんて必要ないって思ってるんでしょ。でもそれは大間違いだよ。アンデッドは死にたくても死ねないんだから。ダンジョンの倒壊に巻き込まれて生き埋めになったら、下手すると何百年も地面の下、もちろん飢えと乾きを癒やす手段はない」


 やや大袈裟に、脅すような口調で言ってみたものの、アンデッドたちの表情に変化はない。


「心配しすぎだろう。このダンジョンは何千年も前からここにあって、今まで倒壊を免れてきたんだ。ある程度の補強だってしてあるし、ちょっとした地震程度ならテーブルの上のグラスだって倒れやしないさ」

「まぁ地下は地震に強いって言うしね。でもダンジョンを襲うのはなにも地震だけじゃないでしょ。ほら、最近も変な事件が起きてるみたいだし」

「変な事件?」

「ダンジョン回覧板に載ってたじゃん。読んでないの?」


 俺の言葉に、吸血鬼はバツの悪そうな顔をして視線を泳がせる。


「ん……? あ、ああ……小娘、読んだか?」

「エッ!? タ、食ベテない! 食ベテないよ!」


 吸血鬼の問いかけに、ゾンビちゃんは風変わりな返答をしながら頭が飛びそうなほど激しく首を振る。

 ……なるほど。回覧板の端が欠けていた理由が分かった。

 それぞれ別の理由で目を泳がせる我がダンジョンの二大戦力を見下ろしながら俺は思わずため息をつく。これは防災意識以前の問題ではなかろうか。

 ゾンビちゃんはともかく、ダンジョンボスが回覧板も読んでいないとは。呆れて怒る気にもなれない。

 とにかく話を進めるため、俺は回覧板に載っていた「事件」を掻い摘んで説明する。


「……最近ダンジョンの倒壊被害があちこちで起きてるんだよ。小さいダンジョンの被害が多かったんだけど、最近は中規模のダンジョンにも被害が出てるって」

「ほう。原因は?」

「爆弾みたいだよ。お手製爆弾らしくて、威力もどんどん上がってるって。下手したら自分だって倒壊に巻き込まれかねないのに、良くやるよね」

「冒険者というのはたまに救いようのない馬鹿がいるからな」


 吸血鬼の身も蓋もない言葉に俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 元冒険者として吸血鬼に反論すべきなのかもしれないが、そうする気になれないのは俺自身が彼の言う「救いようのない馬鹿」を見すぎてしまったせいだろう。


「ダンジョンの破壊は冒険者協定で禁止されてはいるけど、協定を守るようなお行儀の良い冒険者ばかりじゃないからね。やっぱり防災意識は大切だよ。じゃあみんな、防災訓練のとき必ずと言っていいほど頻繁に登場する合言葉に『おかしも』っていうのがあるんだけど知ってる?」

「私、知ッテルよ!」


 元気一杯にそう言ってみせるゾンビちゃんに、俺は疑いの目を向けずにはいられない。


「本当? ちゃんと言える?」

「それくらい知ってるに決まってるだろう。僕らをあまり馬鹿にするなよ。『お』は……ええと……」


 吸血鬼は少し考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開く。


「脅す」

「噛ミツク!」

『死角を突く』

「最後は……ああ、あれだ。『モラルに縛られない』」


 指を鳴らし、吸血鬼はドヤ顔でそう回答してみせる。

 アンデッドたちの自信満々の解答に、俺は頭を抱えてうめき声を上げた。


「俺、あいうえお作文をやれなんて言ったかな?」

「違うのか?」

「違うよ! よくもまぁ、そんな自信満々に言えたなぁ。正解は、『押さない、駆けない、喋らない、戻らない』ね。我先に逃げようとして周りを押しのけたり、お気に入りの服や骨格模型や肉を取るために戻ったりしてはいけないってこと」


 俺の言葉に、アンデッドたちは「ほー」だとか「フーン」だとか「カシャカシャ」といった適当な相槌で答える。

 まったく、彼らにはやる気というものがないのだろうか。ゾンビちゃんに至ってはゴロンと体を倒し、地面に横たわり始める始末。このままだと寝てしまいそうである。

 彼女が目をつぶってしまう前に次の段階へ進むとしよう。


「じゃあ前置きはこの辺で。実際に防災シミュレーションしてみよう」

「非常食試食会ヤル!?」


 俺の言葉に、ゾンビちゃんが弾かれた様に起き上がりそう尋ねた。俺は彼女の疑問に対し冷静かつ迅速にお答えする。


「やらないよ」

「なら、具体的に何をするんだ?」


 ようやくまともな質問だ。

 俺は待ってましたとばかりに事前に考えていたプランを口にする。


「ダンジョンが爆破されたっていう想定で訓練を開始したいと思う。基本的には、まずダンジョンの上層階へ向かうこと。深い場所に生き埋めにされるよりは浅い場所に生き埋めにされた方が助かる可能性が高――」


 その時だった。

 横になってうとうとしていたゾンビちゃんが突然目を見開いて再び弾かれた様に起き上がる。直後、強烈な爆音が周囲に響き渡って俺の言葉を掻き消した。

 上の階で何かあったのだろう。ダンジョンが軋むように音を立て、天井からはパラパラと土が落ちてくる。すごい衝撃だ。

 そのただならぬ様子に、俺たちはほぼ同じタイミングで顔を見合わせた。


「……これは訓練か?」

「いや、俺は何も……まさか」


 嫌な予感が腹の底からせりあがってくる。

 まさかとは思いつつ、俺たちは急いで音のした上層階へと向かう。

 そこで待っていたのは、案の定の光景であった。


「ヒャハハハハ! 爆ぜろ爆ぜろォ!」


 目つきの悪い小太りの男が狂ったように喚きながら撒き散らしているのは、手のひらに収まるほどのサイズの黒い球だ。ただの黒い鉄球ならばそれほど問題はなかったのだが、困ったことに男の投げまくっている「球」は壁や地面に当たるたびに爆発し、凄まじい衝撃とともに爆風を起こしている。


「凄いな……これでもかってくらい典型的な爆弾魔だ」


 暴れまわる男を通路の陰から観察しながら、吸血鬼は苦笑いを浮かべる。

 すでに巡回していたスケルトンが包囲しているようだが、爆弾をまき散らしているせいでなかなか近付くことができないようだ。周囲には爆風にやられたらしいスケルトンの骨が四散している。

 一体いくつの爆弾を所有しているのだろう。周囲には俺の鈍った嗅覚でもハッキリと分かるほど濃い火薬の匂いが立ち込めている。そしてヤツが爆弾を放つたびに耳を塞ぎたくなるような派手な爆音が響き、壁を黒く焦がしていた。

 宝箱を探したりダンジョンの深部を目指して進もうとする様子も見られない。そしてあのだらしない体……ヤツは恐らく冒険者じゃない。ただの爆弾狂いだ。

 ヤツの爆弾が爆ぜて地面を揺らすたびに、ダンジョンが悲鳴を上げながら苦しさに身をよじっているような錯覚に襲われる。我がダンジョンはあんな爆弾で今すぐ倒壊してしまうようなヤワな洞窟ではないが、あの爆弾が俺たちの住処を少なからず痛めつけている事は間違いない。なにより、冒険者でもないヤツがダンジョンを単なる爆弾の実験場として利用しているというのは非常に不快だ。

 早くヤツをなんとかしなくては。なにか策はないかと吸血鬼の方を見ると、彼は首に巻いた白いスカーフを爆風にはためかせながら、少年のような悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「するか? 避難訓練。上階へ逃げればいいんだったな」

「なに馬鹿な事言ってんの! 早くあれをなんとかしないと」

「そうだな。なら防災訓練だ」

「いや、だからこれは訓練じゃ……」


 俺の言葉を無視して吸血鬼はあたりを見回し、通路の陰に隠れている他のアンデッドたちに言う。


「『おかしも』だ、みんな覚えてるな」


 吸血鬼の言葉に、アンデッドたちはいつになく力強く頷く。

 この場合の「おかしも」は押さない駆けない走らない戻らない……じゃないんだろうな。


「分かったよ。じゃあ俺から……」


 俺はそう言い残し、壁を出て爆弾魔と相対する。この状況で俺ができることは限られるが、これはきっと俺にしかできないことだ。

 突然壁から現れた俺にギョッとした表情を向ける爆弾魔。ヤツが怯んで爆弾を放り投げるのを忘れている隙に、俺は速やかに口を開いた。


「貴様が行っている攻撃はダンジョンを過度に破壊する行為であり、冒険者協定に違反している。このまま攻撃を続けるなら、相応の苦痛を伴う反撃を覚悟されよ」


 できるだけドスの効いた声を出したものの……やはりガラじゃない。「脅し」と言うにはお行儀が良すぎだ。俺は苦笑いを浮かべそうになるのを堪えつつ、睨みつけるようにして相手の出方を窺う。


「関係ねぇな! 俺は冒険者なんかじゃない」


 案の定、爆弾魔は俺の脅しを一蹴するように高笑いを響かせ、爆弾をこちらへと投げつける。しかしヤツの爆弾は半透明の俺の体をすり抜け、壁にあたって爆発した。

 自慢の爆弾に全くダメージを受けない俺を見て、爆弾魔は破裂音のような大きな舌打ちをする。


「物理攻撃無効かよ……せっかくのお楽しみを邪魔すんじゃねぇぞ」


 爆弾をものともしないおれの出現は、爆弾魔にとって予想外の出来事だったようだ。己の力を過信し、このダンジョンにどんな魔物が潜んでいるのか大して調べもせずやってきたに違いない。

 ヤツは爆弾を投げる事をやめ、大慌てで魔導書を取り出し開く。多少は魔法の心得があるらしい。

 俺を攻撃する気なのか、それとも俺が攻撃を仕掛けると踏んで魔法障壁でも張ろうとしているのか。

 どちらにせよそんな魔法は無意味だし、なによりヤツはダンジョンを舐め過ぎた。

 

「噛ミ付ク!」


 背後から冒険者に忍び寄ったゾンビちゃんが、そんな掛け声とともに爆弾魔の腕に齧り付いた。予想外の攻撃に、爆弾魔は爆発音よりも大きな悲鳴を上げる。

 しかしさすがは爆弾魔と言うべきか。突如現れた敵への恐怖と痛みからパニックになりながらも、ヤツは懐に手を入れて人の目玉ほどしかない小さな爆弾を取り出した。


「オイシイ、オイシイ!」


 ゾンビちゃんは爆弾魔のぶよぶよした腕の肉に夢中で、ヤツが爆弾を取り出したことに気付いている様子はない。爆弾を食わされては、さすがのゾンビちゃんもただでは済むまい。

 しかしヤツが爆弾でゾンビちゃんを木っ端微塵にするより早く、何かが俺の体をすり抜けて、振り上げられたヤツの左手を貫いた。一瞬遅れて、ヤツの口から短い悲鳴が漏れる。

 ……矢だ。矢が爆弾魔の左手首をピンのごとく壁に留めている。

 振り向いて矢の飛んできた方向を確認すると、岩陰から弓を持ったスケルトンがひょっこり顔を出している。彼は上を向いた親指と共に一枚の紙を掲げた。そこに書かれた文字に、俺は思わずニヤリと笑う。


『死角を突く』


 スケルトンに攻撃を邪魔されたものの、未だに爆弾は爆弾魔の手の中にある。射貫かれた腕では爆弾を持ち続けることができなかったのだろうか。それとも起死回生のための捨て身攻撃のつもりか。爆弾はヤツの手を離れて地面に落下し、自分とゾンビちゃんの足元で爆発した。

 先程の爆弾よりも小型とはいえ、その威力は決して小さくはない。爆発をもろに受けたゾンビちゃんの脚は豆腐のように簡単に吹っ飛び、細かな肉片となって周囲に飛び散る。

 しかしゾンビちゃんにとって脚が爆散したことなど目の前の肉に比べれば取るに足らない出来事である。足が使い物にならなくなったせいで爆弾魔の腕には口が届かなくなってしまったが、ならば爆弾魔の緩み切った太腿に歯を突き立てるだけのこと。脂肪に塗れた脚を食い千切られるたび、爆弾魔は豚のような悲鳴を上げる。

 ……そう、ゾンビちゃんと違って、爆弾魔には「脚」があるのだ。

 ゾンビちゃんと同じく至近距離から爆弾の衝撃を浴びたにも関わらず、ヤツの生白い脚には火傷一つない。

 なるほど、あんなに爆弾をバコスカ打ちまくるからよほどの命知らずだとばかり思いこんでいたが、ちゃっかり自爆の危機を回避する防御魔法を自らにかけていたらしい。

 我々も舐められたものである。ヤツはダンジョンの魔物ではなく自分の爆弾の方を用心していたというわけだ。

 結果的に魔法のおかげでヤツは爆弾から体を守ることに成功したが、だからといってちっとも状況は良くなっていない。呻き声をあげながら汗と涙と鼻水と恐怖と苦痛に塗れた酷い顔で震えているその姿は、爆弾という強力な武器を見せびらかして愉悦に浸っていたあの爆弾魔と同一人物とは思えなかった。

 しかしヤツはこのまま雨に濡れた子犬のように震えながら自分の肉がこそぎ落とされていくのをただ待っているつもりはないようだ。その目に満ちているのは絶望ばかりではない。

 案の定、爆弾魔はなにやら決意を感じさせる表情を浮かべておもむろに腕を振った。ヤツの袖からスライドするように出てきたのは、手のひらに収まるほどの大きさの板だ。


「マズい! 何かやる気だ」


 デフォルメされたドクロのイラストの描かれたその板にはいかにも危険そうな赤いボタンがついている。ヤツはゾンビちゃんに齧られて傷ついた右腕を使い、そのスイッチを覆う透明なカバーをぎこちなく外す。

 爆弾についての知識はあまり多くないが、そんな俺でもアレがなんなのか想像することは難しくない。


「まさか、起爆スイッチ……? 誰か止めて!」


 そう声を上げるも、ゾンビちゃんは相変わらず肉に夢中で爆弾魔の行動になど興味を持てないらしい。すでにスケルトンが走り出してはいたが、この距離では間に合わない。もしあのスイッチが持っている爆弾全てを爆発させる起爆装置だとしたら、さすがのゾンビちゃんも平然と肉を食べ進めることはできなくなるだろう。ダンジョンにも大きな穴があきかねない。

 しかし爆弾魔の指がスイッチに触れることはなく、従ってゾンビちゃんの体が四散することも、ダンジョンに大穴があくこともなかった。


「ダメだろう、こんなもの使ったら。小娘に爆死されると掃除が大変だ」


 スイッチを指の先で回しながら、勝ち誇った顔で吸血鬼が言う。

 随分ともったいぶった登場であったが、なんとか間に合った。

 全く、性格の悪いヤツだ。絶望に唇を震わせる爆弾魔の目の前で、吸血鬼はゆっくりと彼の最後の希望スイッチを握り潰した。


「た、助けてくれ。悪かったよ。もう暴れねぇから」


 すべての策を失った「爆弾魔」には、もはや命乞いをするしかないのだろう。

 しかし吸血鬼は男の声を無視し、やけに大きな独り言を呟く。


「ええと、最後は『も』だったな。さて、なんだったか……」


 本当は分かっているくせに。俺には吸血鬼が爆弾魔を嬲っているようにしか見えない。

 しかし当然のことながら爆弾魔に吸血鬼の言葉の意味は分からない。焦燥と恐怖からか、爆弾魔は命乞いの声を荒げる。


「確かに俺も悪かったが、お、お前らだって似たようなもんだろ。こんな序盤で魔物がわんさか出てくるなんてルール違反だ。な、なぁそうだろ?」

「ルール……ああ、そうだ。思い出した」


 吸血鬼はそう声を上げ、そしてゆっくりと赤い瞳を足元に向ける。その冷たい瞳の中で鈍く光る加虐心に、爆弾魔は小さく悲鳴を上げた。


「ヒッ……た、助けてくれ。頼む。荷物も身ぐるみも置いてく。命だけは――」


 命乞いをしながらも、爆弾魔は最後の悪あがきとばかりに懐へ手を伸ばす。しかし吸血鬼はその腕を難なく踏みつけ、そして爆弾魔の頭にその手を伸ばす。


「『モラルに縛られない』だったな」


 枯れ枝が数本まとめて折られたようなメキャッという音と共に、爆弾魔の首が回った。

 首を不自然に曲げ、動くことも悲鳴を口にすることもなくなった爆弾魔を見下ろし、吸血鬼は満足げに頷く。

 それに伴い、武装したスケルトンはもちろん、隠れて様子をうかがっていたらしい野次馬スケルトンたちもわらわらとこちらへ向かってくる。


『防災訓練完了』

『おかしもって、凄い!』


 そんな文章の載った紙を次々と掲げ、スケルトンたちはガシャガシャ愉快に骨を鳴らす。

 ゾンビちゃんも血塗れの顔に笑みを浮かべ、目を輝かせながら赤く染まった口を開いた。


「ボウサイクンレンって、オイシイね!」


 災いを退けた事を皆が喜び、防災訓練の成功を祝福している。

 皆で協力して災いを防げた事は間違いないし、ダンジョンに大きな損害が出ることもなかった。

 皆と一緒に「防災訓練万歳!」と騒いでも良いくらいなのだが、そんな気分になれないのはこの状況を「防災訓練」という名前で呼ぶことにどうしても違和感を拭いきれないからか。


「防災訓練……になるのかなぁ、これ。そもそも訓練じゃないし」

「なに辛気臭い顔してるんだ。実戦は最高の訓練というじゃないか。なにより、僕らは文字通り災いを防いだ。防災というのはつまり『殺られる前に殺れ』ということだろう?」

「……まぁ、そういう風にも言えるのかな」


 当初思い描いていた計画とはだいぶ違うものになってしまったが、警報ベルを鳴らしてダンジョンを逃げ回るような訓練よりも「俺たちっぽい」のかもしれない。

 お祭り騒ぎを続けるアンデッドたちを眺めながら、俺は誰に聞かせるでもなく呟く。


「ま、いっか。アンデッド式防災訓練って事で」




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