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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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137、バイオレンステニス





 黄色い球とラケットが奏でる軽快でリズミカルな音。ボールを追いかけてコートを縦横無尽に駆け回るスケルトン。暗く湿っぽいアンデッドダンジョンに似つかわしくない爽やかで快活な空気。

 今、我がダンジョンには空前のテニスブームが巻き起こっていた。

 きっかけは冒険者の遺品から出てきたテニスセット一式である。

 テニスというのは割りと最近、どこか遠いところから輸入されてきたスポーツらしく、長らくダンジョンの暗闇の中で生活をしてきたスケルトンたちはその時までテニスというものの存在を知らなかったらしい。

 しかし彼らがテニスの虜になるまで、そう時間はかからなかった。

 広い場所を必要とせず、ルールも簡単、ラケットと球さえあればすぐに始められる。ネットを挟んで球を打ち合うテニスには接触プレーというものもないため、強引なプレーでスケルトンたちの体がバラバラになるリスクも少ない。

 テニスはスケルトンがダンジョンで行うのに非常に適したスポーツだったのである。

 とはいえ、冒険者が持ち込んだラケットがスケルトンたちに与えたのは、なにも楽しいことばかりではない。


「ははは、また僕の勝ちか。全く、相手にならないな」


 ボールを青いラケットの上で器用に転がしながら、吸血鬼が意地の悪い笑みと共にそう言い放つ。

 ネットを挟んだ反対側のコートには二体のスケルトンが吸血鬼の挑発的な言葉に言い返すこともせずただ立ち尽くしている。いや、その表現は正確じゃないな。彼らは言い返さないのではなく、言い返せないのだ。

 吸血鬼一人に対し、スケルトンは二人がかりで勝負に臨んだ。にも関わらず彼らは負けたのである。しかもただの負けじゃない。スケルトンたちは手も足も出せず、赤子の手をひねるより容易く、もはや蹂躙とも呼べるほど完膚なきまでに打ちのめされたのだ。

 元々の身体能力の高さもあるだろうが、吸血鬼の強さはそこだけではない。どうやら、彼がテニスをするのはこれが初めてではないらしい。

 身体能力の高いテニス経験者に初心者が太刀打ちできるはずもない。これで吸血鬼がスケルトンたちを指導するような立派なアンデッドだったなら何の問題もなかったのだが、あいにく彼はスポーツマンシップという言葉が似合うような男ではない。

 吸血鬼はテニスを楽しんでいるというより、自分の足元にも及ばない相手を正々堂々容赦なく叩き潰す事自体に快感を覚えているように見えた。


「こんなのじゃ体を動かした気にならない。さぁ、次はどいつが相手だ?」


 呆然と立ち尽くす敗者をコートから追い出しながら、吸血鬼は新たなるサンドバッグ、もとい挑戦者を募集する。しかし当然のことながら、吸血鬼に蹂躙されるため自ら進んでコートに近づいて行くスケルトンなど現れない。

 彼らは外敵から身を守るように集まって固まり、乱暴にちぎった紙へ殴り書きした文字を互いに見せ合う。


『くそっ、アイツ調子に乗りやがって』

『このままじゃ引き下がれないぞ』

『なにか良い手はないのか』

『でもあの化物にテニスで勝つのは厳しい』

『ああ、レイスがラケットさえ握れれば』


 スケルトンたちは紙を掲げながら悔しそうな視線をこちらに向ける。

 なるほど、どうやら彼らは俺ならば吸血鬼に太刀打ちできるかもしれないと考えているらしい。

 たしかに俺はスケルトンたちと違い、幼い頃からテニスというスポーツを知っていたし、ルールも大体は分かる。ラケットを握ったことも一度や二度じゃない。

 しかし、残念ながらスケルトンが俺に対して期待をするのは完全に間違いだ。吸血鬼はもちろん、この前まで「テニス」という単語すら知らなかったスケルトンたちよりも弱い自信がある。なにせ、ボールがラケットに全然当たらないのだ。

 とはいえ、こんな体になってしまった今、運動神経の良し悪しなど証明しようもない。生前はプロテニスプレイヤーであったかのような凛々しい表情を作って、俺は重々しく口を開く。


「くそっ、俺がこんな体じゃなかったら……。吸血鬼はかなりの強さだよ。並大抵のヤツじゃ太刀打ちできない」


 俺は唸るようにそう言って強く唇を噛んだ。前半の言葉は口から出任せだが、後半はそうでもない。吸血鬼は俺が今までに見てきたテニスプレイヤーの中でもかなり上位に入る強さだ。仮に相手がテニス初心者のスケルトンじゃなかったとしても、吸血鬼が輝かしい白星とラケットを握った対戦相手の屍の山を積み上げるという結果は変わっていなかっただろう。

 どこをどう考えても、どれほどご都合主義でポジティブな妄想をしてみても、スケルトンが吸血鬼に勝てるビジョンが全く浮かんでこない。


「やっぱり吸血鬼に勝つのは無理だよ。悔しいのは分かるけど、諦めて試合拒否を――」

「よし、次の挑戦相手はお前だ。ラケットを持て!」


 俺がスケルトンたちを説得するより早く、吸血鬼の嬉々とした死刑宣告の声が上がる。

 ああ、間に合わなかった。どうやらまた哀れなスケルトンが強引にラケットを握らされてコートへ立つことになったらしい。またコートの上で痛ましい殺戮が繰り広げられるのだ。

 俺は同情と悲しみを胸にコートへ目を向ける。しかしギャラリーを掻き分けてコートへと入っていくその人を見て、俺は目を丸くした。ツギハギだらけの蒼白い細腕でグリップの先を握り、赤いラケットを引きずりながら意気揚々とコートの中心へと歩いていくのは、スケルトンではない。

 吸血鬼を倒すべく立ち上がった次の挑戦者は、テニスウェアではなく、いつものツギハギワンピースに身を包んだゾンビちゃんであった。


「ゾンビちゃんにテニスができるの……?」

「スケルトンたちの試合を見ていればだいたいのルールは分かるだろう。第一、毎日毎日山のような肉を貪り食っているんだ。テニスもできず犬のようにボールをくわえて駆けまわるような知能では困る。さぁ小娘、ラケットを構えろ」


 吸血鬼に促され、ゾンビちゃんは引きずっていたラケットを片手で持ち上げてみせる。本人は構えているつもりなのかもしれないが、そのフォームはまったくもってメチャクチャだ。まるで何の知識もない子供が初めてラケットを握ったようである。


「や、やっぱりゾンビちゃんにスポーツは――」

「馬だってレースができるし、犬だってそりが引ける。ゾンビにテニスができないわけないだろう。じゃあ行くぞ、小娘」


 吸血鬼はボールを真上へ高く投げ、落下してきたそれを美しいフォームで相手のコートへと打ち込む。矢のような速度で飛んできたボールに、ゾンビちゃんは一切反応することができなかった。

 コート上で棒立ちになっているゾンビちゃんに向かって、吸血鬼は勝ち誇ったように笑う。


「おいおい、僕はカカシを相手にテニスをしているのか?」


 吸血鬼の嫌味たっぷりの言葉に、俺は思わず眉間に皺を寄せる。


「初心者相手に、いきなり本気過ぎない?」

「甘い事を言うなレイス。この程度の球も追えないようでは、冒険者たちの放つ矢や魔法には到底対処できない。良いか、これは訓練だ」


 吸血鬼はもっともらしいことを言って自分の行為を正当化してみせる。

 しかしそんな薄っぺらな言葉では騙されない。彼が本当にしたいのは訓練でも、もちろんテニスでもない。きちんとしたルールに則ったうえで、絶対的実力差をもってゾンビちゃんを完膚なきまでに叩き潰してやろう、というのが彼の本当の目的に違いないのだ。ゾンビちゃんがコートに立ってしまった今、吸血鬼の目標の達成はもうすぐそこである。


「さぁ小娘、次はお前の番だ。サーブを打て。ああそうだ、お前にハンデをやろう。コート内ならどこに打っても良いぞ。サーブごときで手間取っていてはゲームが面白くないからな」


 吸血鬼は恩着せがましくゾンビちゃんに言い放つ。

 一見慈悲深くも思える言葉だが、これもヤツの作戦の一つである。彼は相手のミスではなく、あくまで自分の力により相手をねじ伏せたいのだ。


「分カッタ」


 吸血鬼の企みを知ってか知らずか、ゾンビちゃんは平然とした表情で頷き、スケルトンに誘導されるがままコートの外へと出てボールを受け取る。そしてゾンビちゃんは吸血鬼がやってみせたのと同じようにボールを高く上げ、そして吸血鬼のそれとは似ても似つかないめちゃくちゃなフォームでラケットを振り下ろした。

 やはり所詮は素人である。技術力は皆無、スケルトン以上のど素人だ。しかし俺達はその瞬間まですっかり失念していた。彼女には技術力の無さを補ってあまりある程の力、そして類まれなる「戦闘センス」がある事を。


「アガッ!?」


 ゾンビちゃんがラケットを振り下ろした直後。気が付くと吸血鬼は地面に崩れ落ち、陸に揚がったエビのように体を丸めて地面に転がっていた。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、彼の近くに転がったテニスボールを見てようやく察した。ゾンビちゃん渾身の一撃が、目にも止まらぬスピードで吸血鬼の鳩尾を直撃したのである。それはそれは、物凄いダメージだったに違いない。吸血鬼は酷く咳き込み、口元に当てた手のひらを血まみれにしてしまった。


「い、一体何を……! 下手クソにも程があるぞ!」

「ゴメン、手元狂ッタ」


 肘が当たった、という程度の軽いノリで平然と謝るゾンビちゃん。

 一方、吸血鬼の方のダメージはなかなか大きそうだ。地面に膝をつき、腹部を押さえて苦しそうに呻いている。


「大丈夫? 内臓にダメージいっちゃったんじゃない?」

「そうかもしれない。全く、テニスで血を吐くことになるとは思わなかった!」


 吸血鬼はそう言いながらゾンビちゃんをキッと睨む。

 しかしゾンビちゃんはどこ吹く風とばかりにそっぽを向いている。その上、外野のスケルトンたちが次々紙にペンを走らせ、それを掲げだした。


『でも、今ので一点取れたね』

『これで15−15』

『同点だ』


 スケルトンたちの言葉に、吸血鬼はハッとした表情を見せる。

 そう、ボールが体に当たった場合、当てた方に点が入るらしいのだ。つまり、吸血鬼はゾンビちゃんのボールで負傷した上に得点まで失ったのである。

 その残酷な事実に気が付いた今、吸血鬼はすっくと立ちあがり地面に転がったラケットを持ち上げる。


「……よし、続けようか」

「なに言ってんの、血吐いてるんだよ!? 試合は一旦中止して、治るまで大人しくしてなよ」


 吸血鬼は口元に付いた血を拭いながら平然と頭を振ってみせる。


「大丈夫、少し驚いただけだ」

「驚いただけじゃ吐血はしないと思うんだけど」

「良いからさっさとコートから出ろ。気が散る」


 俺は吸血鬼に言われ、不承不承コートを後にする。

 プロの選手でもあるまいし、血を出してまで試合を続ける必要もないと思うのだが……そうまでして勝ちにいきたいのだろうか。スポーツと縁遠い生活を続けてきた俺には理解しがたい感情である。

 勝利と言う化物に取り憑かれた吸血鬼は何事もなかったかのようにボールを手にコートの外へと出て行く。そして彼は先ほどと変わらない、美しいフォームでラケットを振り抜いた。吸血鬼の放ったボールは完璧なコントロールでゾンビちゃんの足元に打ち込まれ、彼女の脇をすり抜けてコートの外へと転がっていく。

 やはりゾンビちゃんは吸血鬼の完璧なサーブの前に成す術もなく立ち尽くすことしかできない。


「ふう。コンディションの悪さが気がかりだったが、杞憂だったな」


 さっきまで血を吐いていたとは思えない余裕の表情を浮かべ、吸血鬼は小さく息を吐く。もしかしたらと思ったが、やはりゾンビちゃんでは吸血鬼に勝てないか。

 ゾンビちゃんは吸血鬼のサーブに対し特に口を開くこともせず静かにコートの外へと歩いていき、サーブを打つべくスケルトンからボールを受け取る。

 そして彼女はボールを高く上げ、先ほどと同じ無茶苦茶なフォームでそれを吸血鬼へと叩き込む。

 ……そう、彼女はボールを「吸血鬼のコート」ではなく「吸血鬼」へと打ち込んだのだ。ゾンビちゃんの放ったボールは唸りを上げながら真っすぐに吸血鬼の左胸へと突っ込んでいく。


「ガッ!?」


 胸部にボールが直撃し、吸血鬼は膝に手を付いて胸を押さえながらゼエゼエと肩を上下させる。


「肺がッ……潰れるかと……思ったぞ」

「ゴメン、手元狂ッタ」


 相変わらず平然とした表情と抑揚のない声で謝罪の言葉を吐くゾンビちゃんを見上げながら、吸血鬼は低い声で呟く。


「貴様……わざとだろ」


 しばしの沈黙の後、ゾンビちゃんは吸血鬼の言葉に静かに頷いた。

 刹那、吸血鬼はラケットでゾンビちゃんを指しながら怒りに任せて声を上げる。


「おい審判、これは良いのか!? 貴族のスポーツにあるまじき行為だ!」


 確かに吸血鬼のいう事ももっともである。ゾンビちゃんの行為は褒められたことではない。

 とはいえ、俺にゾンビちゃんを止める権利はないのだ。


「もちろんマナー違反には違いないよ。でもまぁ、ルール的には反則じゃない」

「……分かった。ならば僕にも考えがある」


 今度は口の端に付いた血を拭う事もせず、吸血鬼は血走った目をゾンビちゃんに向けながらコートの外へと歩いていく。

 そして吸血鬼は相変わらずの美しいフォームでボールを打ち込む。彼が怒りに任せて放ったボールは弾丸のように真っすぐにゾンビちゃんへと向かい、彼女の細い首を打ち抜いた。


「ッ!?」


 ゾンビちゃんの喉から声にならない悲鳴と形容しがたい鈍い音が上がる。彼女の首は前衛芸術家の描いた絵画のごとく奇妙に曲がり、何とも言えない不安を俺たちに与えてくる。

 それを眺めながら、吸血鬼は人を小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべて満足気に言った。


「すまない、手元が狂った」

「ウン、ダイジョーブ。カスリ傷」


 ゾンビちゃんは何でもないみたいにそう言うと、自らの曲がった首に手を当て、枯れ枝を折ったようなベキャッという音と共に首をまっすぐに戻す。

 両者の眼の中で燃え上がっているのは、もはや闘志というよりも殺意だ。

 たった今、本当の戦いの火ぶたが切られたのだった。



******



 そこからはもう、血に塗れた泥沼の戦いだった

 コートのあちこちに血溜まりができ、ボールもラケットもこびり付いた血で錆びてしまったかのよう。サーブのたびにラケットにボールが当たる軽やかな音と、直後にボールが体を殴打する鈍い音、時には骨の砕ける派手な音が響く。もはや二人の頭にはボールをコートの隅に打ち込んでやろうとか、相手の取れない場所を狙ってやろうなどという考えは一切ない。どこの部位を狙えば相手により大きなダメージを与えられるか。彼らが考えているのはそれだけだ。

 とはいえ、そんな野蛮な戦いの根底には不思議な秩序があった。サーブは交互に行うし、直接相手に手を出すことはしない。彼らが行っているのは、あくまでも「テニス」なのだ。少なくとも本人たちにとっては。

 互いにアザ、骨折、傷、血溜まり、そして得点を増やしながらゲームは進んでいく。


「ねぇ、この不毛な戦いをいつまで続けるつもりなの?」


 コート上でラケットとボールを武器に戦い続ける二人に、俺はため息交じりに声をかける。

 しかし二人に俺の言葉は届かない。戦いに熱中して聞こえていないのか、それともあえて無視しているのか。もしかしたら耳があまり聞こえていないのかもしれない。二人とも、頭に相当ボールをくらっているから、聴力に問題が起きていたとしても不思議じゃない。

 またゾンビちゃんの強烈なサーブが風を切り裂きながら吸血鬼の左肩を砕く。思わず耳を塞ぎたくなるような音が上がるとともに、スケルトンたちの歓声――いや、歓音が響く。

 コートの上で繰り広げられる戦いに夢中になっているのは何もあの二人だけではない。気が付くとコートの周りには数え切れないほどのスケルトンたちが集まり、その眼窩で吸血鬼とゾンビちゃんの戦いをジッと見つめている。殺る気満々の二人に、彼らを囲むギャラリー。試合の中止を望む人物は誰もいない。やはり俺に試合を止めるのは無理そうだ。

 まぁ、俺がどうこうしなくても試合はいずれ終わる。二人の体はもはや限界だ。あちこちボロボロ、ズタズタ。まるで土石流にでも飲まれた後みたいだ。骨だってあちこち折れているはず。コートに立ってラケットを振れているのが不思議なくらいである。いつ地面に崩れ落ちてもおかしくない。

 そしてようやく、その時は訪れた。


「これで終わりだ」


 吸血鬼はそう宣言をしながらボールを高く上げ、思い切りラケットを振り下ろす。

 うなりを上げながら、ボールは抜群のコントロールでゾンビちゃんの首を直撃する。もともと数回攻撃を受けていたゾンビちゃんの細い首は、その一撃で限界を迎えた。枝を折ったような音とともにゾンビちゃんの首が不自然な方向に曲がり、そして直後、かくんと頭が後ろへ倒れこんだ。


「ア……ウ……」


 しばらくその状態でコートに立ち尽くしていたが、やがて限界を迎えたらしい。ゾンビちゃんは糸の切れたマリオネットのようにコートへ倒れこんだ。

 刹那、コートを囲むギャラリーから大歓声が上がる。

 点数は、1点差で吸血鬼の勝ち。ゾンビちゃんは戦闘不能。本来のテニスのルールはさておき、今回のゲームは吸血鬼の勝利という事になるだろう。

 吸血鬼は自分の勝利を讃える歓音と拍手を一身に受けながら、ギャラリーたちに恭しくお辞儀をして見せる。先ほどまで女性にボールをぶつけまくり、そして自らもあちこち骨折と痣だらけとは思えないほどの余裕ぶりと紳士ぶりだ。


「ありがとう、どうもありがとう。なかなか良い戦いだっ――あっ」


 その時、吸血鬼のヒーローインタビューが「ゴッ」という鈍い音によって掻き消された。瞬間、吸血鬼の黒髪から、汗にしては赤黒くどろりとした液体が流れ出る。当初小川のように吸血鬼の顔を伝っていたそれは徐々に勢いを増し、顔だけでなく彼のシャツをも真っ赤に染めていく。そして吸血鬼は膝から崩れ落ち、やがて地面に突っ伏して動かなくなった。広がる血だまり、ぱっくり開いた後頭部。そして吸血鬼の側には、鮮血に塗れた赤いラケットが転がっている。

 ネットを挟んだ向こう側のコートには、半身を起こし、首をおかしな方向に曲げたゾンビちゃんが右腕を突き出した格好のまま吸血鬼をジッと見つめていた。追い詰められたゾンビちゃんは、とうとうボールではなくラケットを飛び道具とし、吸血鬼の手から強引に勝利をもぎ取ったのだ。

 吸血鬼の頭を源流とする血溜まりが自分のコートにまで広がってきたのを見て、ゾンビちゃんはその濁った目を見開き、口を三日月形に歪める。やがて彼女も吸血鬼と同じように血だまりに顔を突っ伏し、そのまま動かなくなった。


「これは……流石に反則じゃ」


 しかし俺の言葉はギャラリーによる割れんばかりの拍手によって掻き消された。


『二人共よく頑張った!』

『最高の戦いだった』

『大興奮だったよ』

『テニス最高!』

『テニス最高!』

『テニス最高!』


 スケルトンたちは次々吸血鬼とゾンビちゃんの戦いを讃える言葉の載った紙を掲げる。

 光る汗、飛び散る血潮、骨の砕ける音。確かに手に汗握る素晴らしい試合だった。これが格闘技なら文句なしの試合だ。だが俺は、アンデッドたちの間違った認識を正すべく声高らかに主張しておきたい。

 俺は興奮冷めやらぬ観客たちとコート上に倒れ込んだ二人の選手たちに言い放つ。


「こんなのテニスじゃないから!!」


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