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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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134、人をダメにする鎧





 それを一目見ただけで、自然とため息が漏れた。

 白銀に輝く美しい鎧。顔が映りこむほど綺麗に磨かれたその鎧には、至る所に繊細な模様が彫りこまれている。儀礼用のものかもしれないが、美しさだけではなく実戦に耐えうる強度をも兼ね備えているようだった。


「どうしたの? こんな上等な鎧」


 俺は嬉々として、鎧を抱えた吸血鬼にそう尋ねる。

 普段吸血鬼が新しい服を買うたびに無駄遣いするなと文句を言う俺ではあるが、元冒険者としてこの素晴らしい鎧には興奮を抱かずにいられない。

 しかし吸血鬼は浮かない表情を浮かべて口を開いた。


「……僕の部屋にあったんだ。棺桶に覆いかぶさるみたいにして置かれてた」

「ん? 吸血鬼が買ったんじゃないの?」

「僕が鎧なんて買う訳ないだろう」

「そっか、吸血鬼は鎧着ないもんね。じゃあ誰が置いたんだろ……誰か知ってる?」


 辺りに集まってきたスケルトンに尋ねるが、みな一様に首を振る。


「色々なスケルトンに聞いたが、誰もこの鎧を知らなかった」

「う、うーん……なんだか不気味だね」

「だろう。こんなもの、とっとと処分してしまおう」

「ええ? それはちょっともったいないんじゃ。使わないにしても、売れば結構良い値になると思うんだけど」

「こんな気持ち悪い鎧、いつまでもダンジョンに置いておきたくない」

「まぁ、それも分かるけどさぁ……」


 怪しいとはいえ、この美しい鎧をゴミのように捨ててしまうのはあまりにももったいない。

 だが吸血鬼の意思も固そうだ。自分の部屋に見知らぬ鎧が置かれていた時の驚きと気味の悪さは相当なものだったのだろう。

 今すぐコウモリ便で古物商を呼んだとしても、鎧を引き渡すのは明日以降になる。

 何かないだろうか、この鎧の良い利用方法は――


「……あっ、そうだ」




*******




「なるほど、冒険者どもに押し付けるってわけだな」


 宝物庫に並んだいくつかの宝箱。そのうちの一つに収められていく白銀の鎧を眺めながら吸血鬼は渋い表情を浮かべる。


「人聞きの悪いこと言わないでよ。こんな上等な鎧が入ってたら冒険者だって喜ぶよ」

「いくら上等でも、呪いの防具かもしれないものを宝箱にいれて良いのか?」

「大丈夫大丈夫。呪いの武具ってコレクションしてる人もいて、結構高く売れるんだ」

「そういう問題か……?」

「まぁまぁ、捨てちゃうよりはよっぽど良いでしょ。あーあ、こんな体じゃなかったら俺が着たいくらいだよ。さ、早く行こ。あとは冒険者が来るのを待つだけだ」


 宝箱の蓋をしっかりと閉じ、宝物庫の扉を閉めて、俺たちは最下層のフロアを後にした。

 最良の方法とは言えないかもしれないが、取り敢えずこれで鎧の件は解決だ。

 ……と思った俺たちの前に、思いもよらぬ光景が広がった。


「え……なんで……?」


 俺たちは足を止め、呆然とそれを見つめる。

 通路の真ん中で輝く白銀の鎧。あれは俺たちがたった今宝箱の中に置いてきた例の鎧ではなかろうか。


「なっ……さ、さっき確かに宝箱へいれた……よな?」


 吸血鬼も引き攣った表情を浮かべ、落ち着きなくあたりを見回す。しかしこの状況を理論的に説明できる者は誰もいなかった。

 ダンジョンに異様な空気が流れる中、通路の陰からゾンビちゃんがぬっと顔を覗かせた。

 瞬間、吸血鬼は怒ったような、ホッとしたような表情を浮かべてあっと声を上げる。


「まさかお前がここに鎧を運んだのか!? 悪趣味な悪戯はやめ――」

「動イタ」

「は?」

「アノ鎧、動イタよ」


 ゾンビちゃんは至って真剣な表情で鎧を指差す。


「は、はぁ? 僕らを驚かそうったって、そうはいかないからな」


 強がるようにそう言ってみせるものの、吸血鬼の顔はみるみる引き攣っていく。

 ……正直、ゾンビちゃんがこんな手の込んだ悪戯をするとは考えにくい。

 再びダンジョンに不気味な雰囲気が充満する。口を開く者も、この不気味に輝く鎧に近付こうとする者も、誰一人としていない。

 そんな時間ごと凍り付いてしまったような恐ろしい程の静寂を打ち破ったのは、通路に転がり込んできたスケルトンであった。


『冒険者襲撃!』


 スケルトンが手に持った紙に躍る力強い文字に、俺たちはハッと我に返った。


「くそっ、こんな時に!」

「こ、これどうする?」

「もう良い、とりあえず放っておけ!」


 吸血鬼はそう言い残すと、物凄い勢いで彼の持ち場であるダンジョン最深層の宝物庫エリアへ駆けていく。

 俺たちもうかうかしてはいられない。忘れら去られたように通路の真ん中に転がった鎧を横目に、俺はスケルトンたちを所定の位置に配置し、情報を掻き集めながら作戦を立てていく。


 そしてやがて、二人組の冒険者が我々の待ち受けるフロアへと下りてきた。

 息を殺して冒険者へ襲い掛かるタイミングをはかっていると、殺気に満ちたダンジョンに似合わぬ気の抜けた声が通路から上がる。


「おっ、なんだ? 先客の落とし物か?」


 その言葉に俺たちはハッと息をのみ、通路の陰からそろりと冒険者の様子をうかがう。

 どうやら通路の真ん中にこれ見よがしに置いてある鎧に冒険者が食いついたらしい。二人はダンジョンの暗闇の中で一際美しく輝く白銀の鎧をまじまじと見つめ、ため息交じりの声を上げる。


「うわぁ、凄い鎧」

「本当だな……しかし鎧なんて落とすか、普通?」

「ま、戦いにアクシデントは付き物だろ。それにしても良い鎧だ……よし」


 冒険者のうちの一人がそう呟きながらおもむろに鎧へと手を伸ばす。そして敵陣のど真ん中にも関わらず、彼はあろうことか白銀の鎧を装着し始めた。


「ちょ、お前こんなとこで何してんだよ」

「せっかく良い防具が目の前にあるんだ。使わない手はないだろ」

「だからって……敵に襲われたらどうすんだよ」

「大丈夫だ、すぐ装備するから」


 服屋でコートでも試着するような緊張感の無さである。もう一人の冒険者が危惧している通り、確かに今スケルトンたちに合図を送って彼らを襲わせれば、高い確率で冒険者の息の根を止めることができるだろう。

 しかし誰もが通路から冒険者を見守るばかりで、通路から飛び出そうとする者はいない。その不気味な鎧を着用した者がどうなるのか、それを確かめずにいられる者など誰一人としていなかったのだ。

 そしてとうとう、冒険者はその鎧を着用し終えた。


「どうだ、似合ってんだろ?」


 相棒の前で勇ましくポーズを取る冒険者。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせながらピカピカの鎧に視線を落とす。


「やっぱ高級防具は違うな。着心地バツグンだぜ。体を包み込むみたいにぴったりだ」

「……な、なぁ。俺にもちょっと貸してくれよ」


 騎士のような凛々しい姿になった相棒に羨望の眼差しを向けながら、もう一人の冒険者が縋るようにそう言う。

 しかし冒険者は鎧を誇示するようなポーズを取りながら「ふふん」と意地悪く笑う。


「ダメだダメだ、俺が最初に見つけたんだからな」

「なっ……いっつもお前ばっかり良い思いしてんじゃねぇか! たまには俺……にも……」

「ん? どうした?」

「いや……お前、それ……」


 冒険者はそう言いながら、相棒の着用した鎧の腕の辺りを指差した。

 鎧を着用した冒険者も、自分の体を見下ろして悲鳴にも似た声を上げた。鎧の関節――肘の部分から血が漏れ出て、白銀に光る鎧を赤黒く染めていたのである。

 どうして痛みを感じていないのか不思議なくらいの出血量だ。そしてもっと不思議なのは、俺たちは彼らにまだ一切の攻撃を加えていないという点だ。


「ッ!? くそっ、いつの間に攻撃を。おのれアンデッド共め、姑息な真似――」


 勇ましい言葉を、彼が最後まで口にすることは無かった。

 まるで熟れた果実が木の枝から離れるように、冒険者の首がボロリと体を離れたのである。彼の首は、まるでそれが当然であるかのように自然に、物理法則に従って地面へと落下していく。


「あ……え……?」


 斬撃も、そして断末魔も無い、老衰のような静かな死。

 突然の相棒の死に、残されたもう一人の冒険者も頭の整理が追い付いていないらしく、足元に転がった相棒の後頭部を見下ろしながら呆然と立ち尽くしている。

 しかし残念ながら、彼の死は「静かな死」のままでは終わらなかった。

 静寂に包まれたダンジョンに、不気味な湿っぽい音が鳴り響いた。まるで化物が肉を貪るような、なんとも不快で気味の悪い音だ。


「あ……ああ……あ、うわああああああッ!?」


 その音の正体を見るや否や、冒険者は堰を切ったような悲鳴を上げた。

 それも仕方のない事である。散々死体を見てきた俺たちですら、その光景には顔を顰めずにはいられなかった。

 未だ仁王立ちしたままの美しい白銀の鎧。その隙間という隙間から、ミンチ状になった肉がぐにゅぐにゅと漏れ出ているのである。鎧の足元には血に塗れた赤黒いひき肉が山のように積もっていく。

 発狂したように悲鳴を上げながら、冒険者は鎧から逃げるように元来た道を引き返していく。その背中を追う者はいなかった。このフロアにある全ての視線が、その正体不明の鎧へと注がれていた。

 着用者を排出して空になった血塗れの鎧と、新鮮なひき肉の山を呆然と眺めながら、一体のスケルトンが恐る恐ると言った風に尋ねる。


『やっぱり、呪いの防具?』

「……いや、もしかしたらこれは――」


 その時だった。

 着用者を殺して排出した空っぽのはずの鎧がピクリと動いた。

 ……今さら驚くようなことではないが、やはりゾンビちゃんの言っていたことは本当だったのだ。鎧は何かを待ち構えているように通路の方へと体を向ける。

 すると、やがて通路の先から足音が響いてきた。


「おい、一体どうしたんだ? なにがあった」


 どこからかこの騒ぎが伝わったのだろう。

 話を聞きつけたのであろう吸血鬼が通路を駆けてくるのが見える。

 刹那、鎧が両手を上げて吸血鬼の方へと走り出した。


「着テ……ワタシヲ着テ!!」

「ひっ!?」


 俺たちは思わず息をのむ。

 明らかに鎧から発せられたその声は、どうやら先ほどの冒険者のものであるらしい。声帯を奪ったのか、あるいは魔力を使って声をコピーしたのか。どちらにせよ、これ以上ない程に気味の悪い声だ。靄がかかったようにくぐもった野太い声にも関わらず、その喋り方は本物の声の持ち主とは違い、どこか女性っぽくなよなよとしている。

 通路の陰から見ているだけの俺たちがこんなに気持ち悪く感じているのだ。吸血鬼の嫌悪感ときたら相当なものに違いない。


「うわあっ!?」


 気味の悪い動きで自分の方へ向かってくる血に塗れた空の鎧を、吸血鬼は華麗な回し蹴りで吹っ飛ばした。

 しかしさすがは上等な鎧。凄まじい金属音を響かせながら壁に叩きつけられてもなお、その鎧には傷一つ付いていない。

 そして恐ろしい事に、その鎧は再び立ち上がった。


「なんだ? なんで鎧が動いているんだ。こ、これも呪いなのか?」

「……いや、やっぱりこれは呪いの鎧なんかじゃない。『彷徨う鎧』――鎧型の魔物だよ。その中でもかなりの上位種だ」

「ま、魔物だったのか?」


 吸血鬼は面食らったような表情を浮かべながら、ふらりと立ち上がる鎧を呆然と見つめる。

 鎧は再びふらふらとした奇妙な動きで吸血鬼へと近付いていく。


「着テ……着テよ……」

「冗談じゃない、誰がお前なんか着るか! とっとと失せろ!」

「着テ……オ願イイイイイ」


 鎧はそう叫びながら吸血鬼に飛びつき、彼の足に縋りつく。


「触るな!」


 吸血鬼は足に縋りつく鎧を蹴飛ばし踏みつけるが、鎧は頑なにその手を離そうとしない。


「くそっ、固い上にしつこい!」

「着テよ、着テ」

「お前がただの鎧じゃないことはもう分かってるんだ。諦めて別のヤツを捕食するんだな!」

「食ベナイ、ゼッタイ食ベナイ」

「嘘つくな!」

「……いや、それに関しては嘘じゃないかも。さっきの冒険者も食べてないみたいだし」


 俺はそう言って通路の真ん中にそびえ立つ山盛りのひき肉を指差し、さらに続ける。


「だいたい、彷徨う鎧が肉を食べるなんて聞いたことないんだ」

「はぁ? じゃあなんのためにこんなしつこく……」

「着テ……オネガイ。アナタ、死ンダ元彼ニ似テルの」


 鎧の甘えるような声に、吸血鬼は困惑と嫌悪の表情を浮かべる。


「……鎧の元彼ってなんだ」

「前の持ち主の事……かな?」

「ゼッタイ変ナコトシナイ。ゼッタイシナイカラ」

「信用できるか!」


 ひき肉の山を見ながら、吸血鬼はますます顔を引き攣らせる。

 すると鎧は吸血鬼の足から手を離し、無い頭を下げるようにペコペコと何度も腰を折り曲げる。そのたびに鎧の中に残った肉塊が湿った音を立てながら地面へと転がり出てきた。


「おい、そんな事したって無駄――」


 しかし、吸血鬼は肉塊を見下ろしながら言いかけた言葉を飲み込んだ。恐らく、鎧が吐き出した肉塊の秘密に気付いたからだろう。赤黒い肉塊の中には煌めく大粒の宝石が埋め込まれていたのだ。

 よくよく覗き込んでみると、暗闇ばかりが詰まっていると思い込んでいた鎧の中には、欲深い人間を誘い込むような光がいくつも見えた。


「……よし、行こう」

「は? バカなの?」

「ち、違う違う。あえて内部に侵入することで中からヤツを破壊するんだ」

「いやいや……」


 ……なんて単純で欲深い男なのだろう。

 先ほどまでの嫌悪感はどこへやら。吸血鬼は俺の言葉に聞く耳を持たず、自ら進んで鎧にその身を預けた。

 アンデッドというのは時々ものすごく無謀なことを平然とやってみせるから恐ろしい。鎧に身を包んだ吸血鬼を見下ろしながら、俺はため息交じりに尋ねる。


「……気分はどう?」


 すると吸血鬼は鎧に包まれた自分の腕を見ながら平然と頷く。


「うん、思っていたより悪くないな。温かくて、柔らかくて……それから、血生臭い」

「今、魔物の体内にいるんだよ。分かってる? 早く出てきた方が良いと思うんだけどなぁ」

「ああ、そうだな。でももう少し……」


 まるで温泉にでも浸かっているかのような表情で、吸血鬼はそう呟く。嫌悪感を抱いているどころか、心の底からリラックスしているように見える。

 ……何とも言えない嫌な予感が、腹の底からせりあがってくるのを感じた。



******



「ほら、早く脱がないと!」

「嫌だ! やめろ、離せ!」


 俺の説得とスケルトンたちの力ずくの救出に全力で抵抗しながら、吸血鬼はそう叫ぶ。

 そうかと思うと、吸血鬼は急に恍惚の表情を浮かべ、猫なで声で鎧に話しかけはじめた。


「ああ、そうだ。僕らはずっと一緒だからな」


 なにやら会話をしているようだが、もはや俺たちには鎧の声は聞こえてこない。

 どうやら吸血鬼はこの鎧に精神支配を受けてしまっているらしかった。


「ああ、言わんこっちゃない……」


 俺はスケルトンと顔を見合わせてため息を吐く。これじゃあ呪いの防具と大差ない。

 ……まぁ、逆に言えば呪いの防具を着た時と同じような方法が使えるという事だが。


「仕方ない。スケルトン、ゾンビちゃん連れてきて」

「なッ……」


 嫌な空気を感じ取ったのだろうか、吸血鬼は一歩、二歩と俺たちから後退りをする。

 しかし俺たちだって彼を逃すようなヘマはしない。大量のスケルトンが、全体重をかけて吸血鬼を地面へと押さえつける。


「や、やめろ! 離せッ、助けてくれ!」

「その鎧、兜が無くて良かったよ。これならきっと、一思いに殺ってくれる」

「ひっ……!」


 もがく吸血鬼、そして徐々に近付いてくる小さな足音。

 吸血鬼の断末魔がダンジョンに響くまで、そう時間はかからなかった。




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