131、フードファイターゾンビちゃん
「……なにこれ」
祭りでも始めるかのような大騒ぎに、俺は呆然と呟く。
騒がしいと思って温泉の方に向かった俺を出迎えたのは、慌ただしく走り回るスケルトン、設置された舞台、舞台に群がるように集まった大勢の魔物たち。そして……見間違いだろうか、舞台の上に先輩が見えるような気がするのだが。
勘違いであることを祈りながら舞台の上へ行こうとした瞬間、人混みの中から俺を呼び止める声が上がった。
「おおレイス、ここにいたか。探したぞ」
見ると、魔物たちを押しのけながらこちらへ向かってくる吸血鬼と目が合う。
人混みの中でもスムーズに動けるというのがこの体の良いところだ。俺は素早く吸血鬼に近付き、彼に説明を求める。
「なんなの、この騒ぎ。っていうかなんで先輩がダンジョンに……」
「ああ、あのゾンビか。アイツが今回のイベント主催者だからな」
「イベント?」
「あそこに書いてあるだろう」
平然とした顔の吸血鬼が指差した先にあるのは、舞台の上に掲げられた垂れ幕である。荒々しい文字で『すべてを喰らい尽くせ! 第一回 フードファイト』との文字が躍っていた。
「えー……俺聞いてないんだけど」
「君がそういう顔をするだろうと思って言わなかったんだよ。どうやらあのゾンビの判断は正しかったみたいだな」
吸血鬼はそう言うと、薄笑いを浮かべながら舞台の上の先輩を見やる。
……どうやら俺が反対すると踏んで吸血鬼を口封じしたらしい。
先輩の予想は確かに正しい。事前に相談されていたなら、俺は間違いなくイベントに反対の姿勢を取っていただろう。他の人ならともかく、先輩と組んでイベントだなんて嫌な予感しかしない。
……というか、魔物を集めてイベント企画だなんてヤツは一体どこを目指しているのだろう
「せっかくのイベントだ、いつまでもそんな顔してるなよ。見ろ、イベントのお陰で温泉も大盛況だ。結構人気のフードファイターたちなのかもな」
「どうでもいいけど、変なトラブルが起きないようにしてよ」
「大丈夫だ、トラブルなんて起きな――」
「あなたは選手じゃないですよ! 降りて降りて!」
周囲の雑音を切り裂くような怒声が舞台から上がった。
振り向くと、舞台を這い上がろうとするゾンビちゃんを先輩が必死に突き落とそうとしているのが見える。
しかし先輩にゾンビちゃんを止められるはずもなく、彼女はあっさり壇上に登ると舞台の上に用意されていた選手用と思われる椅子にどっかり座りこんだ。
「あーあ、早速トラブル?」
「……いや、計画通りだ」
「計画?」
吸血鬼は舞台の上を見つめながら意味ありげに笑みを浮かべる。
「僕はやることがある。あとは頼んだぞ」
「えっ、ちょっと」
結局俺の問いかけに答えることなく、吸血鬼は再び人混みの中に消えて行ってしまった。
となると、あの騒ぎは俺が治めなければならないのだろうか。
俺は大きくため息を吐き、渋々舞台へと近付いていった。
「なにやってるんです」
「ああっ、お前か! この娘を降ろすのを手伝ってくれ。これじゃあイベントが始められない」
ゾンビちゃんの足にしがみついたまま、先輩は悪びれる様子もなくそう叫ぶ。
文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、彼の様子を見ているとそんな気も失せてくる。どうせ俺が何を言ったって彼は屁とも思わないのだ。もしかすると、まだゾンビちゃんの方が話が通じるんじゃないかと思えてくるほどである。
「で、ゾンビちゃんはなにやってるの?」
尋ねると、ゾンビちゃんは両手を上げ、目を輝かせながら嬉々とした声を上げる。
「私もニク食ベル!」
「だから、選手以外は食べちゃダメなんだって」
「ヤダ! 食ベルの!」
ゾンビちゃんはむくれたように頬を膨らませ、駄々をこねるように机をバシバシ叩く。瞬間、雷が落ちるような音を上げながら天板が割れ、脚がへし折れる。あっという間に机がスクラップだ。彼女が本気で暴れたら、こんな大会簡単にぶっ壊すことができるだろう。
そもそも大食い大会だというのにゾンビちゃんが大人しくしていられるわけがないのだ。無理に引きずり降ろしてもトラブルのもとになるだけである。
「じゃあゾンビちゃんも大食い大会に参加させてください」
「はぁ!? 馬鹿言うな! フードファイトってのは子供の遊びじゃねぇんだぞ。客から入場料だって取ってるし、選手たちだってみんなれっきとしたプロのフードファイターたちだ。素人と一緒の舞台に上げるなんて真似させられるわけないだろうが!」
「あら、私は別にいいわよ」
そう言いながら舞台に上ってきたのは、数体の犬の群れの上に女性の上半身が乗っかったような化物、スキュラだ。しかし冒険者の前に立ち塞がる魔物としてのスキュラのイメージと目の前のスキュラの姿には大きな乖離があった。
下半身の犬はどれも理知的な目をしており、毛並みは艶やか、その首には一体一体美しいネックレスのような首輪が付けられている。上半身の女性は見るからに高そうな薄桃色のジャケットに身を包み、全身からはほんわかした空気を醸し出している。
遠目から見れば犬の散歩をしている貴婦人にしか見えない。
「この人は?」
「フードファイターだよ。今日一番のベテランだ」
先輩は俺にそっと耳打ちすると、胡散臭い笑みを浮かべながらスキュラに近付いていく。
あっという間に「貴婦人と彼女の金に群がる詐欺師の図」の完成である。
「でもですねぇ、スキュラさん。彼女はフードファイトの経験もない素人ですし……」
「一般の参加者がいるっていうのも面白いじゃない。それに、こんな可愛らしいお嬢さんがいたら、きっと舞台が華やかになるわ」
「……スキュラさんがそういうなら、分かりました」
先輩がそう言うと、スキュラは上品な笑みを浮かべながら椅子に腰を下ろす。
どうやらゾンビちゃんの参加は認められたようだ。少なくともこれでゾンビちゃんに舞台や机をぶっ壊されずに済みそうである。
「どうなっても、俺は知らないからな」
……舞台脇に用意された司会者席へと向かいながら呟いた先輩の一言が、少々不気味ではあるが。
*********
「さぁ始まりました、種族対抗フードファイト! 今回激闘を繰り広げるファイターはこの4体の魔物たちです!」
割れんばかりの歓声と共にフードファイトは幕を開けた。
舞台の上でスポットライトを浴びているのはゾンビちゃん、スキュラ、それからゾンビちゃんの二倍の身長と五倍の体重がありそうな大男、トロール。そして舞台の中央にそびえ立つのは、巨大な蕾の形をした頭、大きく裂けた口から覗く爬虫類のような牙、花壇を丸ごと持ってきたような巨大な鉢に根を下ろす特大サイズの人食い植物である。
スキュラとゾンビちゃんはともかく、この二体は見るからに大量の肉を食べそうだ。
「ルールは至ってシンプル。制限時間内にテーブルの上の肉をより多く喰らった者の勝ち。勝者には優勝賞金として金貨百枚が贈呈されます!」
なるほど、ようやく吸血鬼の狙いが分かった。目当ては賞金か。
しかし相手はプロのフードファイターたちである。果たしてゾンビちゃんに太刀打ちできるのだろうか。
「さぁ皆様、お気に入りのファイターは見つけましたでしょうか。それでは賭けを締め切らせていただきます」
先輩の言葉を合図に、フロアの一角に設置された小さなテントに客たちの注目が集まる。
どうやらあそこで優勝者を当てる賭けも行われていたらしい。数体のスケルトンたちの手により、テントの上に選手たちそれぞれのオッズが書かれたボードが掲げられる。
一番人気はスキュラ、飛び入り参加と華奢な見た目からかゾンビちゃんの人気は最も低かったようだ。
さて、前置きはここまで、といったところだろうか。
舞台の袖から両手に皿を持ったスケルトンが一斉に歩いてきた。皿の上に盛られているのはもちろん、溢れんばかりの肉の山である。
「金貨百枚は誰の手に渡るのか。ファイターの皆様、準備はよろしいでしょうか? それでは……始め!」
酒瓶の如き大きさの砂時計をひっくり返したと同時に、お腹を空かせたファイターたちの待つ机の上に皿が並べられる。
机は瞬く間に山盛りの肉に覆われ、まるで赤い花が咲き乱れているかのようだ。
「ちなみにあれ、なんの肉です?」
舞台袖から先輩に声をかけると、彼はほとんど口を動かさず俺の質問にあっさり答えた、
「七頭鳥だ。クリスマスの売れ残り」
「やっぱり在庫処分か……」
賞味期限は大丈夫なのか、とかそんな事はもう聞くまい。
そんな事情も知らず、ファイターたちはほぼ同時に肉に手を伸ばし、それぞれその口に肉を放り込んでいく。
しかし開始数分で机の上の肉の量に差が付き始めた。
ゾンビちゃんの机の上の肉の減りが圧倒的に遅いのだ。いや、常識的に考えればゾンビちゃんのスピードだって尋常ではないのだが、他の選手たちとはレベルが違う。
理由は明白。口の大きさ、もしくは口の数だ。トロールと食人植物はゾンビちゃんをも丸呑みにできそうなその口のお陰で一度に大量の肉を流し込むことができる。スキュラの場合、下半身の犬たちが一斉に肉を喰らい、次々皿を空けていくのだ。
お陰で肉を運ぶスケルトン達はてんてこ舞いになって舞台を駆け回っている。
「うーん、やっぱりプロは違いますね」
「そりゃそうだろ。……でもまぁ、少し残念だな。あの娘がリードしてたら、それはそれで面白いものが見れたんだが」
「ああ、やっぱりダークホースが勝つと盛り上がるんですね」
「んー……そういう事じゃないんだなこれが」
先輩はそう言うと、その胡散臭い顔に含み笑いを浮かべる。
どういうことか追求しようと口を開きかけた矢先。
「オ、オデ……モウガマンデキナイ」
そう呟くや否や、トロールがおもむろに椅子から立ち上がった。
「な、なんだろう? まさか舞台の上で吐くんじゃ」
「いや、ありゃ逆だな」
先輩はトロールを見つめながら、特に焦る様子もなく冷静に呟く。
最初は良く分からなかった先輩の言葉の意味も、理解できるようになるまでそう時間はかからなかった。
トロールがドタドタとゾンビちゃんに近寄り、肉に夢中になっている彼女をつまみ上げ、そして自分の口の中に放り込んだのである。
客席から湧き上がるのは悲鳴……そして歓声。
「うわああっ!? ゾンビちゃん!?」
突然の出来事に取り乱す俺を嘲笑うかのように、先輩は極めて冷静に手元の資料に目を落とす。
「可愛い女の子の丸呑みが趣味のトロール選手、大量得点ゲットです。今ので少しリードか?」
「な、なんでそんな平然としてるんですか! 早く止めてくださいよ」
「なんで止めなきゃなんねぇんだよ。出場させろって言ったのはそっちだろ」
「俺たちが出場させろって言ったのは『フードファイト』です。丸呑みショーじゃない!」
「これだってフードファイトだろ、肉食ってるだけだぜ」
「ああもう、埒が明かない! くそっ、吸血鬼はどこに……」
慌てて客席を見渡すが、人が多すぎてなかなか吸血鬼が見当たらない。
舞台の上ではトロールが恍惚とした表情を浮かべヨダレを垂らしながら膨らんだ腹を擦っている。
くそっ、俺に力があればナイフ片手に飛びかかって帝王切開でもなんでもしてあげるのに――
「ウグっ」
しかし俺が何か行動を起こすより早く、トロールの顔色が変わった。
……そうだった、彼女は非力な「赤ずきんちゃん」ではない。猟師の助けなんていらないのだ。
トロールの腹を突き破った細くて青いツギハギだらけの腕を見て、俺はようやく冷静さを取り戻した。
「ウグググ……オエッ」
大量の赤黒い血反吐を吐きながら、トロールは床の上に倒れ込む。
その間にもトロールの腹からつき出した腕は彼の腹をぬいぐるみのごとく引き裂き、中から血やらなんやらに塗れたゾンビちゃんがぬっと顔を出した。彼女は眉間にシワを寄せ、ベッと舌を出す。
「ウエエ……マズイ」
「……ト、トロール選手リバース、トロール選手リバースです! よって失格!」
ぬるりと腹から這い出てくるゾンビちゃんに目を丸くしながらも、先輩はかろうじて実況を続ける。
見ているだけで気分が悪くなってきそうな光景ではあるが、観客の興奮といったら凄いものであった。本当に彼らは「フードファイト」を見に来た客なのだろうか。それとも魔物である彼らにとってフードファイトとはこういうものなのだろうか。
いずれにせよ、開催を止められなかったのが悔やまれる程に悪趣味な大会である。
救護スケルトンによって運ばれていくトロールを見ながら俺は大きくため息を吐いた。
スケルトンたちも大変だ。血やら吐瀉物やらで汚れた舞台を掃除し、同じく汚れたゾンビちゃんを数人がかりで拭いている。
しかし彼女は自身の汚れなど大して気にしていないらしく、机に手を伸ばして肉を食っている始末だ。心配して損した。
やがて肉を食い尽くし、彼女の手の届く範囲に肉がなくなる。すると今度は、なぜか食人植物の植えられた巨大な鉢を掘り始めた。
「おや? ゾンビ選手、一体何をしているんでしょうか……?」
「ゾ、ゾンビちゃん……?」
やはりどこかのタイミングで頭でも打ったのだろうか。
丸呑みから奇跡の復活を果たした彼女の奇行に観客たちの視線も集まる。
自身の根本を荒らされて怒っているのか、食人植物はその大きな葉でゾンビちゃんを払おうと藻掻くが、ゾンビちゃんはその程度の攻撃気にも止めない。
そして彼女が穴から引っ張り出してきたのは――肉であった。彼女は地面に埋まっていた肉を、土で汚れているのにも構わず口の中に放り込む。
しかも埋まっているのは一枚や二枚ではないらしい。ゾンビちゃんは次々と肉を引きずり出しては食べている。
「これって、まさか――」
俺は慌てて舞台の上に飛び出し、ゾンビちゃんの頭上から穴を覗き込む。食人植物は俺の視界を遮るかのように穴を葉で覆うが、そんなものすり抜けてしまえば関係ない。
食人植物が隠そうとした穴の中には、テーブルの上のものと全く同じ形にカットされた肉がギッチリと詰まっていた。
「肉だ……肉が埋まってる。イカサマだ!」
俺の言葉により、会場に一気に色めき立つ。
「ち、違……植物が根から栄養を摂るのは当然です!」
「うわっ、喋った!?」
想像以上に明瞭な発音で言い訳をする食人植物に俺が面食らっている間に、先輩はどこからか分厚い本を取り出して付箋の貼ってあるページに目を落とす。
「一度飲み込んだ食物を嘔吐、もしくはそれに類する行為により体外に排出した場合……失格! 食人植物選手失格です!」
すると食人植物は項垂れるように力なく蕾を前におろし、しなしなと萎れてしまった。
先輩からの指示により、食人植物は鉢ごと台車に載せられて舞台から退場していく。
「失格が二人も……一体この大会はどうなってるんです?」
舞台に戻りつつ先輩に耳打ちすると、彼は平然とした表情で口を開いた。
「魔物なんてそんなもんだろ。スポーツマンシップなんて言葉は人間のためだけにあるもんだ」
「うーん、そんなもんですかねぇ。でも残ったのが一番人気のスキュラって、なんの意外性もない結果になっちゃいましたね」
「いや……そうでもないかもな。見ろよ」
先輩に促されて舞台に目をやる。なるほど、彼の言いたい事がひと目で分かった。
スキュラの様子がおかしいのだ。下半身に付いた犬の顔は先程までと打って変わり、小型犬の如きペースでモソモソと肉をつついている。上半身に付いた顔は腹痛でも我慢しているかのように微かに歪み、その額には汗が浮かんでいた。
「もしかして、もう食べられない……?」
「口が多いから喰うのは早いが、腹の容量はそうでもないのかもな」
明らかに肉の減りが遅いスキュラ。一方、ゾンビちゃんは相変わらずの勢いで肉を食べ進めていた。そのペースは全く衰えることがなく、彼女の無限の食欲を見せつけられているかのようだ。
「これならゾンビちゃんが追い上げるかもしれませんね!」
「……なるほどな、これならアレが見れるかもしれない」
「アレ?」
「あんな顔してるけどな、ヤツは新人潰しとして有名なんだぜ」
先輩は不穏な言葉を呟くと、高みの見物だとばかりに無責任な笑みを浮かべた。
……物凄く嫌な予感がする。
スキュラをジッと注視していると、彼女は早くも動きを見せた。テーブルの上へおもむろに皿を起き、素早く立ち上がったのだ。スキュラはそのまま肉に夢中になっているゾンビちゃんに襲いかかり、彼女に馬乗りになった。
子犬のようにしおらしくしていた犬たちも野生を取り戻し、牙を剥き出しにしてゾンビちゃんに噛み付く。
「ちんたら食ってんじゃないわよ!」
野生を取り戻したのは犬だけではないらしい。
上品で柔らかな物腰はどこへやら。スキュラの上半身も牙を剥き出しにしてそう叫ぶと、ゾンビちゃんの頬に拳を放った。
「新人潰しって、物理的な意味!?」
「彼女の得意技の一つ、強制嘔吐。腹を殴打、もしくは食い破り、中身を掻き出す事で相手を失格にさせる必殺技だ」
「……それってルール的にどうなんですか?」
「選手間の接触を禁じるルールはないからな。客も喜ぶし」
「野蛮だ……」
しかしゾンビちゃんはダンジョンで日夜冒険者と殺し合いを繰り広げるアンデッド。
しかも食事を邪魔されて酷く怒っているようである。
「ナニスル!」
ゾンビちゃんはそう声を上げながらスキュラを蹴り上げる。犬の牙により四肢はボロボロだが、それでもスキュラを数メートルふっ飛ばす程度の力は出るらしい。
地面を転がるスキュラをひょいとつまみ上げてテーブルの上に載せ、今度はゾンビちゃんがスキュラへ馬乗りとなった。形勢逆転だ。ゾンビちゃんがスキュラに顔を埋め、その肉を喰らう。
しかしスキュラだってやられっぱなしではない。彼女の手足に犬が食いつき、引き千切れんばかりに首を振りまくる。
血に塗れる舞台、湧き上がる悲鳴と歓声。
俺たちは一体何を見せられているのだろう。
「えっと……これフードファイトですよね? キャットファイトじゃないですよね? 止めなくて良いんですか?」
「まぁ良いんじゃないか。客も盛り上がってるし。元々テーブルの上の肉を食い尽くせってルールだしな」
「野蛮だ……」
*******
結局スキュラが「ギブアップ」を宣言したことにより、彼女が骨になる前に勝者が決まった。
大勢の観客たちの予想を裏切り、この小柄なツギハギだらけの少女が初代女王の座に輝いたのだ。
まぁそこまでは良い。問題はその後だ。
「話が違うんですけど!」
俺はそう言いながら、スケルトンがゾンビちゃんに代わって受け取った小さな麻袋を指差す。優勝賞金は金貨百枚。満額はいっていれば、麻袋はずっしりと重くはち切れそうなほどに膨らんでいたであろう。
しかし先輩から手渡された麻袋は可哀想なほどに痩せていて、文鎮にもならないくらいに軽そうである。
この問題について追及すると、先輩は麻袋から目を逸らしながら聞き取りにくい声でブツブツと開き直る。
「仕方ないだろ……こっちだって大変なんだよ。トロールとスキュラは治療費払えってうるさいし、食人植物のヤツはイカサマがバレて仕事ができなくなったんだから慰謝料寄こせってさ。今度は俺が食い殺されそうな勢いだ。いっそ死んでてくれりゃあ良かったのに」
「その金を優勝者の賞金から絞り出す事が問題なんです!」
「怪我させたのはお前んとこのゾンビだろ」
「先に仕掛けてきたのは向こうだし、ルール違反じゃないって言って止めなかったのは先輩ですからね!?」
「そんなこと言うなって、こっちだって下手したら赤字なんだよ……」
どうやらピンチなのは本当らしい。腐肉の間から見える先輩の顔色はまるで死人のようだ。これなら変装せずともゾンビに見えるのではなかろうか。
とにかく、先輩からこれ以上の金貨を引き出すのは無理そうである。
思わず落胆のため息を吐いたその時、ちょうど向こうから吸血鬼がやってくるのが見えた。
そういえば彼もゾンビちゃんの賞金に期待していたのではなかったか。
「残念だったね吸血鬼。賞金には期待できな――」
そこまで言ったところで俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。
彼がパンパンに膨らんだ麻袋を持っているのが見えたからである。
「……なにその袋」
尋ねると、吸血鬼はよく聞いてくれたとばかりにしたり顔を浮かべ、麻袋を軽く揺らして見せる。すると麻袋からジャラジャラと金属音が鳴り響いた。
「見ろ、大勝ちだ」
「えっ? な、なんで……あっ、まさか賭けてたの?」
一番不人気だったゾンビちゃんのオッズはかなり高くなっていた。彼女に賭けていた者はかなり額を受け取ることができたはずだ。
案の定、吸血鬼は俺の言葉にニヤリと笑う。
「食べることに関して小娘が負けるはずないからな」
「なるほど、そっちかぁ……」
俺は思わずため息を吐く。結局吸血鬼の一人勝ちだ。
……いや、一人勝ちってわけでもないか。本当に今回のイベントを楽しみ、そして勝利したのは紛れもなく彼女だろう。
大量の肉を腹に収めてスヤスヤと眠っているゾンビちゃんを眺めながら、俺はそんな事を想うのであった。




