130、力が、欲しいか……?
「いやぁ、あの時はさすがに死んだかと思ったよ。まさかこんなとこにまでハンターが攻め込んでくるとは」
「あはは……本当に」
顔を輝かせる吸血鬼から目を逸らし、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
吸血鬼が次に何を言うか、大体予想がつくからである。
「で、どうやったんだ?」
「なにが?」
足元に視線を落としつつ、俺は自分でも恥ずかしくなるほど白々しい言葉を吐きながら首を傾げて見せる。
すると吸血鬼は年齢にそぐわないキラキラした紅い瞳を俺に近付け、そして興奮気味に口を開いた。
「どうやってハンターを追い払ったのか、そろそろ教えてくれても良いんじゃないか」
……やっぱり、またこれだ。
俺はさり気なく後ずさりをして吸血鬼と距離を取りつつ、台本を読み上げるようにして吸血鬼の質問に答える。
「さっきから何度も言ってるじゃん。話し合いだよ。このダンジョンを潰したらどんな災厄が降り注ぐか、ハンターに滾々と説教してやったんだ」
「話し合いに応じるようなヤツにはとても見えなかったが」
「人は見かけによらないものだよ」
俺はそう言って、吸血鬼の視線から逃れるように彼に背を向ける。
ハンターを追い払ってからというもの、吸血鬼は俺と顔を合わせるたびにこの話題を振ってくる。吸血鬼に悪気はないのだろうが、いくら聞かれても俺は歯切れの悪い返答をすることしかできない。
だって、言えるわけないじゃないか。若い女性にストーカー宣言と言う名の脅迫を行い、ダンジョンを追い出しただなんて。
「もしかして君、僕らの知らない凄い力を隠し持ってるんじゃ」
どんな勘違いをしているのか、吸血鬼は俺に妙な期待まで寄せてくる始末だ。
そんな目で俺を見ないでくれ、俺は吸血鬼が思っているような凄いアンデッドじゃないんだ! ……と叫び出したいのをなんとか堪え、適当に取り繕って俺はその場を後にした。
吸血鬼の言うように、俺が何らかの凄い力に目覚めてハンターを追い払っていたならこんな苦労をせずとも済んだのに。
しかし俺には特別な力などない。能力と言えば、ちょっと壁をすり抜けることができるくらいのものだ。そんな俺が、あの状況でダンジョンを救うにはああするしか方法がなかったのだ。そして俺はあの作戦で無事ダンジョンの危機を回避することができた。なのにどうしてこんな気持ちを味合わなければならない。本来ならダンジョンを救った英雄として崇め奉られてしかるべきだ。なのに、なんだこの気持ちは。まるで罪が露呈するのを恐れる犯罪者の気分である。もっと言えば性犯罪者だ。
吸血鬼が目を輝かせれば輝かせるほど胸がキリキリ痛み、スケルトンとすれ違うたびに俺に軽蔑の視線を送っているんじゃないかと胸が重くなる。
くそっ、どうしてこんな事に。俺にもっと力があれば、もう少しまともな方法でダンジョンを守ることができたのに――
「力が、欲しいか……?」
どこからか響いてくるその言葉に、俺はビクリと体を震わせる。
まるで俺の願望を見透かしたような言葉。しかしその声に聞き覚えはない。
「だ、誰?」
呼びかけると、すぐに声の主は現れた。
壁の中からぬるりと出てきたそいつは、薄ぼんやりした白い影のような姿をしていた。息を吹きかければそのまま散っていってしまいそうな儚い人影は、そのぽっかりあいた穴のような目をこちらに向けて言う。
「……ふっ、若いな。まだ死にたてじゃないか」
「死にたてって……もう一年以上経ってますけど」
「一年なんて私からすれば『ほんのついさっき』だ」
人影はそう言って小さく笑う。
この姿、そしてこの口ぶり。恐らく、この人も幽霊なのだろう。
「私は君が想像もできない程の長い年月を過ごしてきた。生きていた頃の記憶など、もはやこの体より薄くぼんやりとしか思い出せない。自分がどこで生まれたのか、何をしていたのか、死んだときの年齢、性別すら曖昧だ」
その人影は蜃気楼のようにゆらゆらと体を揺らしながら自分の身の上を語る。
俺の体だってかなり薄く頼りないと思っていたが、彼(彼女?)の体に比べたら全然マシだ。まるで生きているみたいにしっかりしていると錯覚してしまうほどである。
長く生きてきたからだろうか、それとも記憶が曖昧だからだろうか。彼の体はその輪郭すらも曖昧だ。その姿から彼が生前どんな人だったのか推し量ることはもはや困難である。
俺の胸に彼を哀れむような気持ちが湧き出てきた。自分がどんな人間だったか分からない、というのはかなり恐ろしい事なのではなかろうか。もし自分がそうなってしまったら、俺は彼のようにしっかりした自我を持って冷静に自分の身の上を語れるだろうか。
しかし本人は暗い感情を一切感じさせない、至って明るい声を上げる。
「しかし『誰でもない』というのは『誰にでもなれる』ということだ」
瞬間、突然その煙のような体がぐにゃりと動き始めた。煙のようだった曖昧な体はしっかりと集まって密度を増し、みるみるうちにハッキリとした新しい体を作り上げていく。
表情どころか輪郭すら曖昧だったその人影は、あっという間に深い皺の刻まれた不気味な老人の姿になった。
しかし彼の変身はそれだけでは終わらない。
不気味な老人は氷像が溶けるようにその姿を失い、次の瞬間にはおかっぱ頭の小さな女の子に姿を変えていた。感嘆の声を上げる暇もなく、小さな女の子もすぐさま真夏の太陽の下の氷像のごとくその姿を失う。
小さな女の子の次は異国の派手な民族衣装に身を包んだ若い男、その次は白いワンピースを纏った金髪の少女、次はシルクハット片手にお辞儀をしてみせる紳士。まるでフラッシュ暗算のごとく次々に新しい姿を作っては溶けるように消えていく。そして――
「どうせ話を聞くなら美女相手の方が良いかね?」
幽霊らしからぬ真っ赤なドレスが目に眩しい若い女性が、怪しい笑みを浮かべながら妖艶な眼差しをこちらに向ける。まるで生きているみたいにリアルな姿だ。彼女にもし脚があったなら、誰も彼女が幽霊だとは気付かないだろう。
面食らって声を出せないでいると、「彼女」もまた今までと同様、溶けるようにその姿を失ってしまった。
元のぼんやりした人影の姿を取り戻した幽霊は、煙のようにゆらゆらと辺りを漂いながら、何故か落胆したような低い声を上げる。
「……すまないな、勝手に盛り上がってしまった。いくら若造とはいえ、死んでいるのだから女などどうでも良いか」
「い、いや、まぁ、そそそ、そうですね」
俺は思わず人影から目を逸らしながら苦笑いを浮かべる。
正直言ってあの美女が消えてしまったのは残念でならないし、死んでいるからと言って「女などどうでも良い」と言い切れるほど俺はまだ悟り切れていない。とはいえ、まぁあんまり綺麗な姿でいられても緊張するからこれはこれで良いのかもしれない。
そんな葛藤が俺の中で繰り広げられていることも知らず、目の前の幽霊は妙に神妙な声で言う。
「まぁこんなものはほんの子供だましに過ぎない。私は長い年月をかけ、この素晴らしい力をコントロールする術を手に入れたのだ。そして私は今、この力を継承する者を欲している。結構珍しいんだよ、君のように明確な意思疎通ができる幽霊というのは」
「えっ、それって……俺に幽霊の特殊技を教えてくれるってこと!?」
興奮のあまり声を上げると、幽霊は裂け目のような口を三日月形に歪める。
「さて、再度問おう。力が……欲しいか?」
返事などするまでもない。渡りに船とはこのことだ。
胸を張ってダンジョンを守れる力が、仲間から軽蔑の視線を向けられずダンジョンを守る力が欲しい。
俺は一も二もなく、この煙のような幽霊に弟子入りすることを決めたのだった。
*********
早速幽霊の幽霊による幽霊のための特訓が始まったのだが、これ幸いと飛び乗った船は早くも暗礁に乗り上げてしまっていた。
「そうじゃないそうじゃない! 君は生前の姿に固執しすぎだ。魂というのは液体のようなもの。体という器から解放された今、君は本来自由な姿を取ることができるはずなんだ。なのに、君の魂ときたらまるで氷みたいだ! もっと柔軟になりたまえ」
「ええと、具体的にはどうすれば……」
「何度も言っているだろう。ギュっとなって」
そう言いながら彼は煙のような体を急速に縮こめ、密度の高い球状の姿を作る。
「パッ、だ」
そして次の瞬間、球状の煙の塊は風船が膨らむように急速に膨張し、見慣れた姿に形を変えた。
半透明の体、覇気のない顔……俺だ。よりにもよって俺の姿をコピーしたのだ。
「……そんな事されても、さっぱり分からないです」
「はぁー」
幽霊は俺の顔で露骨にため息を吐く。
自分に呆れられるというのはなんとも変な気分だ。しかし他人に呆れられるよりずっとムカつく、これだけは確かである。
彼に技術力があることは認める。しかし彼は教師としてはこれ以上ないほどに無能であった。さっきから「ぎゅっ」だの「パッ」だの擬音しか喋っていない。長く生き続けると記憶だけじゃなく語彙力も消失していくのか、それとも擬音以外を喋るたび体が薄くなっていく呪いでも掛けられているのか。
幽霊は元の煙のような姿に戻ると、おまけだとばかりにもう一つため息を吐く。
「君にこの技術は少々早かったかもしれないな。ではもう少し初心者向けのヤツをやろう」
「初心者向け、ですか……?」
その言葉に俺はがっくり肩を落とす。
地味で意味があるんだかないんだかよく分からない特訓でもさせられるのだろうか。正直言ってやる気が起きない。
しかし幽霊は俺の心を見透かしたのか、慌てたように口を開いた。
「そんな顔するな。きっと君の魂は器に入っていた時の姿のまま凝り固まってしまっているのだ。となれば、別の器に入って魂の形を強制的に変える必要がある。そうすれば多少は柔軟になるだろう」
「別の器に入るっていうのは、もしかして……?」
「憑依だ」
その言葉に、墜落しかけていたモチベーションが急上昇していくのを感じる。
「憑依……幽霊っぽい!」
「今さら人間の体に入るのは窮屈だとは思うが、まぁ悪い事ばかりではない。憑依すれば人間の感覚を疑似体験することができる」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、貴族の体を一日借りて生活してみたこともある。結局自分の体ではないから虚しくなるだけだがな」
他人の体に入り込み、他人の人生の疑似体験。まさに自分の身体を持たない幽霊の特権ではないか。
この能力を使えばどんな人にだってなれる。比喩じゃなく、本当に。上流貴族にも、屈強な戦士にも、可憐なお姫様にだって――
「そ、それはぜひ習得したいですね……!」
際限なく膨らむ妄想をなんとか抑え、縋り付くようにして我が師に教えを請う。
すると幽霊はしばらくの沈黙のあと、ため息を吐くように「ああ、そうか」と呟いた。
「確かにこれはダンジョンでの戦いにも使える技かもしれんな。まぁ気持ちは分かるが、そう焦るな」
「え? あ、ああ! そうですね、戦いに使うためにも早く覚えなくちゃ、あはは……」
そんな事これっぽっちも頭になかったが、とりあえず曖昧な笑みを浮かべて幽霊の言葉を肯定しておく。
確かによく考えてみれば、憑依というのは戦闘においてもかなり便利だ。パーティメンバーの一人に憑依して暴れまわれば、それだけでパーティを壊滅させることができるかもしれない。
これは色々な意味で習得すべき技である。
ということで「憑依」を習得するため再び訓練を始めたのだが――
「どうです? 上手くいったんじゃない?」
嬉々として声を上げるも、幽霊はため息を吐きながら唸るような声で言う。
「上手くいっているものか。よく見てみろ、それは憑依じゃない。重なっているだけだ」
「ええ?」
俺は視線を落とし、試しに腕を上げてみる。
しかしツギハギだらけの蒼い腕は上がらず、自分の透明な腕だけが幽体離脱の如くするりと肉体から分離した。
「あ、ほんとだ」
すると幽霊はその薄っすらした煙のような腕を組み、呆れを通り越して困ったような声を出す。
「うーむ、憑依もできないとは」
「しょうがないじゃないですか、急にやってみろとか言われてもどうしたら良いか分かりません!」
そう反論の声を上げると、あり得ないほど近いところからうんざりしたような声が飛んできた。
「ネーレイス、もう良イ?」
今の状況を思い出し、俺は慌てて天井付近まで浮き上がる。その状態で足元に視線を落とすと、迷惑そうな表情を浮かべたゾンビちゃんと目があった。
その辺でネズミを追いかけ回していたゾンビちゃんに練習台として協力して貰っていたのだが、どうやらそれにも飽きてきてしまったらしい。そうじゃなくても、体を出たり入ったりされるのは気分の良いものではないだろう。
とはいえ、彼女以外に練習を頼むことはできない。骨の体を持つスケルトンに憑依するのは非常に難しいらしいし、かといって吸血鬼に頼めばまた余計な詮索をされかねない。
ここはゾンビちゃんにもう少し頑張ってもらう他ない。
「ごめんねゾンビちゃん、でももう少し――」
そう言いかけたところで、幽霊が不意に俺の言葉を遮って声を上げた。
「大丈夫だお嬢さん、あとは私に任せたまえ」
「えっ?」
幽霊の言葉の意味が分からず困惑していると、彼はまるでタバコの煙のように姿を変え、ゾンビちゃんに近付いていく。
「よーく見ていたまえ」
そう言うや否や、細い煙は鎖のようにゾンビちゃんの体に巻き付き、そして綿飴が水に溶けるようにスッと消えてしまった。
瞬間、ゾンビちゃんの雰囲気が一変した。
落ち着きなく煙を目で追っていたゾンビちゃんが、今は彼女らしからぬ落ち着いた視線をこちらへ向けている。
「ゾンビ……ちゃん? いや、もしかして――」
するとゾンビちゃんは今までにあまり見せたことのないような落ち着いた微笑みを浮かべ、ゆっくりとツギハギだらけの両腕を広げてみせる。
「分かったかね、憑依というのはこうするのだよ」
「うわぁ、凄――」
しかし俺が感嘆の声を上げる暇もなく、突然ゾンビちゃん――いや、ゾンビちゃんに憑依した幽霊がお腹を抑えて地面に倒れ込んでしまった。
目を見開き苦痛の表情を浮かべ、悶え苦しむように地面を引っ掻いている。
「ど、どうしました!?」
俺の呼びかけにも応答はなく、とうとうガクリと項垂れたまま動かなくなった。
もしかして、死んだのだろうか。ゾンビに幽霊が取り憑いて死んだのだろうか。
そんな意味の分からない事を本気で考えていたその時、コルクがビンから抜けるような軽快な音を響かせながら、ゾンビちゃんの体から幽霊が飛び出してきた。
「うわっ! 大丈夫ですか」
慌てて尋ねると、彼は千切れ雲のようにあたりを漂いながら震えた声で呟く。
「もの凄い飢餓感だ……危うく意識を持っていかれるところだった。よくこんな状態で平然としていられるな、この娘は」
「ええっ、そんなにですか? これでもまだマシな方だと思うんですけど」
確かにゾンビちゃんが空腹状態なのは間違いないだろう、彼女が空腹を感じていない瞬間など皆無だからだ。
しかし言葉も通じず、俺たちアンデッドをも捕食しようと襲い掛かってくるほどの飢餓状態に比べればこんなのは全然大したことない。少なくとも地面に転がって土を引っ掻くのは大袈裟というものではなかろうか。
俺の考えを見抜いたのか、幽霊はこちらにじっとりした視線を送りながら唸るように声を絞り出す。
「いいか、我々は久しく満腹感も空腹感も、痛みも快楽も感じていない。我々は赤子の柔らかな肌のように外部からの刺激に敏感なのだ。赤子の肌に唐辛子の汁でも塗ってみろ。どうなるか、君にだって想像がつくだろう。あまりに強い刺激は我々の魂を蝕む。君も憑依する時は重々気を付けたまえ」
「そ、そうか……そういう悪い感覚もダイレクトに伝わってきちゃうんですね」
幽霊の話を聞いているうちに、俺の胸を満たしていた好奇心が急速に萎み、代わりに怒涛の勢いで恐怖心が膨らんでいく。
そもそも、彼の体が煙のように薄くなってしまったのも記憶がなくなってしまったのも、むやみに人の体に侵入したりしてるからなのではなかろうか。自分の記憶や自分の姿を犠牲にしてまで人の人生の疑似体験をしたくはない。
よくよく考えれば、人の魂を押しのけて勝手に体を拝借するというのもどうかと思う。
もっと言えば俺はダンジョンの外に出ないのだ。人の体を借りれたとしても、このダンジョンでできることなどたかが知れている。
「……すみません、やっぱりもう少し簡単なのお願いできます?」
「うむ……確かに練習台がこれでは、とても憑依など教えられんな。では初歩中の初歩を教えるとしよう」
「んー……アレ?」
目を覚ましたゾンビちゃんがキョトンとした表情で辺りを見回す。彼女が困惑するのも無理はない。今、ゾンビちゃんの体は空を漂う雲のようにふわふわと浮いているのだ。
もちろんゾンビちゃんが突然飛行能力に目覚めたわけではない。
「俗に言う、ポルターガイストだ」
幽霊はそう言うと、節穴のような目をこちらに向ける。
「その辺の自我の無い下級幽霊にだってできる基本中の基本だ。これさえできないようなら……」
「い、いやいや! ポルターガイストなら以前練習したことがあって、少しならできます」
「ほう、ではやってみたまえ」
そう言うと、ふわふわと地面を漂っていたゾンビちゃんが俺の足元へふわりと着地した。彼がやって見せたのと同じように、ゾンビちゃんを浮かせて見せろということだろう。
幽霊が見守る中、俺は俺ができる最大のポルターガイストを見せるべくゾンビちゃんに近付いていく。そして大きく息を吸い込み、彼女をふわりと浮かせて見せた。
「……何をやっているのかね」
「ふーっ……ポルターガイストです。ふーっ」
俺が息を吐き出すたびに風力によってふわりと浮き上がるゾンビちゃんの髪の毛を見つめながら、幽霊は呆れたように言う。
「それをポルターガイストと言い張る君の勇気は認めよう」
「レイス、それ鬱陶シイ」
「あっ……ごめん」
幽霊の白い目とゾンビちゃんの迷惑そうな表情に心が折れ、俺は早々に口を閉ざすこととなった。すると今度は幽霊が大きく口を開けて今日一番のため息を吐き出し、そして吐き捨てるように言う。
「ダメだな……君には素質がない。残念だが諦めろ」
「ええっ、そんなぁ」
「……と、切り捨ててしまうのは簡単だが、私はそこまで気の短い幽霊ではない」
意外な言葉を口にしたかと思うと、幽霊はその裂け目のような口をニッと持ち上げ、ふわりと俺に近付いてきた。
「却ってますます君に興味が湧いてきたよ。そんなにハッキリした姿と自我があるにも関わらず、ここまで幽霊としての力が無いとは。訓練すれば物凄い力が出せるようになるかもしれん。どうだ、私と共に外の世界へ行かないか」
「え、外? 嫌です」
「え?」
俺の返事がよほど意外だったのだろうか。
幽霊はピタリとその動きを止め、そしてしばらくの沈黙のあと悲鳴にも似た声を上げた。
「な、なぜだ? 私と来ればもっと大きな事が出来るんだぞ。なぜこんな場所にずっといるんだ!」
「なんで外に出て大きい事をする必要があるんですか? ダンジョン外に出て行って平気な保証はないんです。もしかしたら外に出た途端、そのまま煙みたいに消えちゃうのかも」
「確かに保証はできないが……君ならきっと大丈夫だ。たとえ新しい力が習得できずとも、君の力はそのままで十分に素晴らしい。そのハッキリした姿……きっと通常の幽霊なら近付くこともできない聖域にも入っていくことができるだろう。もしかすると、君は太陽の下ですら変わらず活動を続けることができるのかもしれない。その力を使えば、君はきっと素晴らしい活躍ができる。こんな狭い世界ではなく、広い外の世界で!」
「んー……だとしても、こんな体で大きいことなんかして一体何になるんです?」
俺の言葉に、幽霊は理解できないとばかりに首を傾げる。
「な、なんになる……?」
「だってお金なんて貰ったってどうしようもないし、なにより金貨をこの手に乗せる事すらできないのに」
「……これが内向的な若者と言うヤツか」
唸る様にそう言うと、幽霊はくるりと俺に背を向ける。
「もう良い……後悔しても遅いぞ!」
吐き捨てるようにそう言うと、幽霊はゆっくりと俺から遠ざかっていく。
それを黙って見ていると、彼は不意に振り返って子供が駄々をこねるように言った。
「もう遅いからな!」
「分かりましたって。なんだよもう……」
言葉とは裏腹になかなかダンジョンを出て行こうとしない幽霊に、俺は思わず口を尖らせる。
力を手に入れた彼が本当に欲しかったのは、同じような境遇の仲間だったのではないか。彼がダンジョンから消えるその瞬間まで、俺がそれに気付くことは無かった。




