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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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126、ダンジョン湯けむり殺魔物事件(解決編)





 何度も修羅場をくぐり抜けて……いや、修羅場に飲み込まれてきたのだろう。

 数時間ぶりに会った吸血鬼は固まり掛けた血に塗れ、何日もロクに寝ていないかのようにげっそりやつれていた。激しい戦闘を物語るように鉄格子は曲がり、壁のあちこちにはひび割れと血の手形が付いている。ゾンビちゃんの手にかかれば、殺風景な牢獄も小一時間でやりすぎたお化け屋敷のような物々しい部屋に早変わりだ。

 ちなみに、この変わり果てた部屋でゾンビちゃんだけは何も変わらず牢獄の中心にうずくまり、虚ろな目をここではないどこかに向けている。


「どうだったレイス、犯人は分かったか」


 吸血鬼は疲れた顔を俺に向け、助けを求めるようにか細い声をボロボロの身体からひねり出す。

 俺は少々考えた挙句、吸血鬼の問いかけに対し正直に答えた。


「うーん、よく分かんなかった」

「な、なんだそれは!」


 俺の言葉に吸血鬼は血走った眼を丸くする。


「ヤツらのせいで僕もスケルトンも自由に動けない、君が頼りなんだぞ。分かっているのか!?」

「だってあの人たちあんまり協力的じゃないからさ。だいたい、推理って細かい時系列とかを追って行ったり、証言の矛盾をついたりしてアリバイ崩したりしていくものじゃん? でもここ、時計ないし!」

「下手な言い訳をするな!」

「いきなり推理しろなんて言われても、やっぱり普通に無理だって。なんかこう、怪しい気配はするんだけどイマイチ相手をねじ伏せられるだけの材料が集まらないって言うか」

「……じゃあどうするんだ。誰か他のヤツに助けを求めるか?」

「他のヤツって? 名探偵の知り合いなんているの?」

「そうだな……ミストレスとか……」

「ミストレスに助けを求めるってのはクイズの答えを見るのと同義ではあるけど、多分物凄い代償を支払うことになるよ」

「じゃあどうすればいいんだ!」


 吸血鬼は苛ついたように声を上げるが、それに反応するようにゾンビちゃんがぎょろりと目を動かしたのを見るなり慌てて口元を押さえる。彼女が発作を起こさない事を確認すると、今度はボロボロになったパイプ椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぎ、低い声でぽつりとつぶやいた。


「いっその事、アイツら全員殺して全部なかったことにするか」

「そんな乱暴な……」


 吸血鬼もいよいよ限界が近いのかもしれない。まぁこんな環境にいれば誰だってそうなってしまうだろう。

 このままではジリ貧だ。何もしないよりは、どんな馬鹿な事でもいいから何らかの行動を起こすべきであろう。俺は少し考えた挙句、密かに温めていたある「計画」を実行に移すことを決心した。


「分かった、じゃあそれは最後の手段として取っておいてよ。実はちょっと試してみたいことがあるんだ」

「どういう計画だ、端的に教えてくれ。頭がまわらない」


 吸血鬼は天井に顔を向けたまま、微妙に焦点の合っていない目だけをこちらに向ける。

 俺は少々考えた挙句、その作戦をこう説明した。


「端的に言うと……名探偵を召喚する計画、かな」



********



「本当お願いします、死体見せてくださいよぉ」


 このセリフを言い続けて、もうかれこれ1時間が経っただろうか。「考えておく」などと言った割に、彼らはいつまでたっても死体を見せようとはしなかったのだ。

 しかし俺の陰湿な「ストーキング要求」に、屈強な体の魔物たちもとうとう音を上げた。


「あーっ! うるせぇヤツだな本当に!」

「これじゃあ埒が明かないわ。もう見せてやんなよ面倒くさい。どうせ触れやしないでしょ」

「チッ……見るだけだぞ。ちょっと待ってろ。コボルト、手伝え」


 他の二人と同様、吐き捨てるようにそう言うとサイクロプスはコボルトを連れて奥の部屋へと消えていった。

 しかしサイクロプスの入っていったあの部屋に死体がない事は確認済みだ。それに、一つ不可解な点もある。


「……どこか怪我でもしてるんですか」


 尋ねると、ミノタウロスは怪訝な表情で首を傾げた。


「いいや。なんだ急に」

「だってどう考えてもコボルトよりあなたの方が力があるでしょう。なのに、彼はわざわざコボルトを連れて行ったから」

「細かいヤツだな。たまたまだろ」


 ミノタウロスは心底面倒くさそうにそう吐き捨てるが、そのつぶらな目が俺ではなくあらぬ方向に向けられているのが少々引っかかる。やはり死体の隠し場所にはなにか秘密があるに違いない。

 しかしそのことを問いただすより早く、死体があるという部屋の扉が開いてコボルトがその可愛らしい顔を覗かせた。


「準備できたんだな」


 俺たちはコボルトに促され、扉の中へと足を踏み入れる。

 部屋の中心には、確かにキマイラの死体が転がっていた。数時間前に見た時と何も変わっていない、まるでついさっきまで生きていたみたいに新鮮な死体だ。そしてやはり、パッと見た限りでは証拠になりそうなものや事件解決のヒントになりそうなものは見当たらない。

 それよりも俺が気になったのは、コボルトの帽子である。


「あれ? 帽子はどこやったの」


 コボルト曰く「探偵の証」である鹿撃ち帽が、彼の頭から綺麗さっぱりなくなっていたのである。この部屋に入る前までは確かに彼の頭にちょこんと乗っかっていたはずなのに。

 コボルトはその短い手で頭を撫でると、不思議そうに首を傾げて見せた。


「ん? あれれ、さっきまであったのに。まぁ、あとで探しとくんだな。それより、早く死体を調べたらどうなんだな」

「それもそうだね……じゃあみんな、入ってきて!」


 俺がそう声を上げると、ガチャガチャという凄い足音と共に大量のスケルトンが大して広くもない部屋の中へ、まるで洪水のような勢いで押し入ってきた。

 しかし入ってきたのはスケルトンだけではない。

 血に塗れたボロボロの服を纏った吸血鬼、そして吸血鬼に鎖を引かれて、ゾンビちゃんもまたこの部屋に足を踏み入れた。これで被害者と容疑者たちが揃ったわけだ。

 しかしなんの説明も受けていなかった温泉客たちは、突然アンデッドが押しかけてきたことに目を丸くする。


「な、なんでアイツがこんなとこに!」


 ミノタウロスが血相を変えてゾンビちゃんを指差し、悲鳴のような声を上げる。

 しかし俺はゾンビちゃんがここにいることがさも当然であるかのような態度で、ミノタウロスの言葉に平然と返事をする。


「容疑者の歯と被害者の歯型を実際に見比べないと分かるものも分からないでしょう。大丈夫です、きちんと我がダンジョンのボスが手綱を握ってますから」


 俺の言葉に呼応するように、吸血鬼がゾンビちゃんの体に繋がった鎖を軽く持ち上げて見せる。しかしこんなものはただの飾りでしかない。ゾンビちゃんが本気を出せば鎖を千切ることも吸血鬼の腕を千切ることも容易い。

 それにそもそも、専門家でもないのにキマイラの体に付いた歯形がゾンビちゃんの物か否かなんて分かるはずもないのだ。

 俺たちの本当の狙いは、全く別のとこにある。


「本当に大丈夫かレイス。こんな獣が、短時間で名探偵になるのか?」

「大丈夫だよ、これだけの肉を食べればきっと」


 俺はさり気なく口元を隠しながら吸血鬼の問いかけにそう返事をする。

 俺の作戦はこうだ。ゾンビちゃんに大量の肉を食わせて知能を上げ、彼女自身にこの事件を解かせる。「大量の肉」というのは、もちろん目の前にある大きな魔物の死体である。これだけでもかなりのボリュームだが、万一足りないとなれば倉庫に残ったなけなしの肉の放出も辞さない構えだ。


「やめろ! やつらを近付かせるな!」


 死体を前にゾンビちゃんがギラギラ目を輝かせていることに気付かれたか。サイクロプスの号令により、温泉客たちが揃って俺たちの前に立ちはだかった。

 このまま近付けなければあの時の二の舞である。こうなったら、一か八かだ。


「吸血鬼、手綱を離して」

「……どうなっても知らないからな!」


 吸血鬼は薄く笑いながらそう言うと、鎖を離してゾンビちゃんの後を押すように彼女を突き飛ばす。衝撃で前に飛び出たゾンビちゃんはその勢いを殺すことなく、獲物を追いかけて疾走する肉食獣のごとく俊敏さで客たちを間をすり抜け、動かない死肉に飛びかかった。

 ゾンビちゃんは一度食らいついた獲物を離さない。もう温泉客たちがどうあがこうが、キマイラはゾンビちゃんのお腹に納まる運命なのだ。

 ……俺を含むすべてのアンデッドが、そう信じて疑わなかった。しかし獲物に食らいつくまさにその瞬間。予想外の展開が俺たちを襲った。


「キィ!」


 部屋に響く金属音にも似た甲高い音。

 キマイラが、鳴いた。

 いや違う。鳴いたのはキマイラではない。というか、キマイラがどこにもいない。

 代わりに小さな球状の黒い生物が、ゾンビちゃんから逃げるようにその背中に生えたコウモリのような羽を必死にばたつかせている。

 「それ」はキマイラの死体が横たわっていた場所を離れ、コボルトの頭の上へ着地した。そして次の瞬間、瞬きするようなほんの一瞬の後、それはキマイラでも黒い球状の生物でもなく、茶色いチェック柄の鹿撃ち帽に姿を変えた。


「……は?」


 キマイラの死体が謎の生物の姿を経て鹿撃ち帽になるのを呆然と見つめていた俺たちだったが、ようやく我に返って、あたりは騒然となった。

 何が起きたのか分かっていないのはゾンビちゃんも同じらしい。食べ損ねた肉を探しているのか、キマイラのいた場所の土を必死になって掘っている。キマイラが土の中に隠れたとでも思ったのだろう。

 しかし当然ながらキマイラは土の中にはいない。そして今コボルトの頭に乗っかっている鹿撃ち帽……あれも本当は鹿撃ち帽なんかじゃない。


「今の……シェイプシフター?」


 思わず呟くと、ただ呆然と立ち尽くしていたアンデッドたちの視線が一斉にこちらへ向けられた。そしてアンデッドたちを代表するように、吸血鬼が口を開く。


「な、なんだそれは」

「小悪魔だよ。色んなものに擬態することができる……殺されたキマイラなんて、最初からいなかったんだ」

「はぁ? なんのためにそんなこと」


 素っ頓狂な声を上げる吸血鬼。

 彼の質問に答えたのは、ほかならぬ温泉客たちだった。


「決まってんだろ、金だよ。こんな爆弾みたいな魔物抱えてんだ、ちょっと死体を作ればすぐ金を毟れると思ったが」

「お前の計画が甘かったからこんな事になったんだぞ!」


 大きな目を閉じてため息を吐くサイクロプス。その横で、ミノタウロスが苛ついたように声を上げながらコボルトを小突く。

 散々ヒステリックに暴れまわっていたラミアですら、まるで憑き物が落ちたようにきわめて落ち着いた声を上げた。


「脅すのが無理なら混乱に乗じて宝でも盗もうと思った矢先にこれだ。あーあ、こっちは声枯らしながら暴れたっていうのに」

「……まさか、近頃頻発してたダンジョン泥棒って、お前らのことか」


 吸血鬼の言葉に、魔物たちは嫌な薄笑いを浮かべる。

 最初から目的が違ったのだ。奴らはキマイラ殺しを隠蔽するためではなく、このダンジョンの金、もしくは宝を狙って行動していたのである。だとすると、不可解だった奴らの行動にも納得がいく。


「戦うと厄介なゾンビちゃんと吸血鬼を監獄に押し込めて、数の多いスケルトンはラミアが集めて壊して、警備の手薄になったダンジョンをミノタウロスとサイクロプスが宝探ししてたって事か」

「……お前の見張りはコイツの担当だったんだが、全く役に立たなかったな」


 ミノタウロスが鼻息で鼻輪を揺らしながら、忌々しそうに足を上げ、ボールでも蹴るみたいに振り下ろした。

 しかし彼の脚は空を蹴るばかりで、バランスを崩したミノタウロスがふらりとよろける。彼の足元に、もはやコボルトはいなかったのである。


「もうダメなんだな、逃げるんだな! シェイプシフター!」


 いつの間に移動したのか、すでに部屋の外に出ていたコボルトが頭に乗った鹿撃ち帽を高く放り投げる。

 キマイラの死体を経て鹿撃ち帽になったソレは、今度は濡れたように黒い毛皮を持つ美しい馬に姿を変えた。しかも今度は死体じゃない。

 コボルトには立派すぎるその馬の背に跨り、彼はそのまま何処かへ走り去っていってしまった。


「チッ、あいつ!」


 ミノタウロスは一瞬追いかけるような素振りを見せたが、他の二人は冷酷に思えるほどコボルトに無関心だ。


「放っときなよ、どうせ大して役にも立たないんだ。それより今は……」

「ああ、俺は最初からこうしたかったんだ。コソコソすんのは性に合わねぇ」


 舌なめずりしながらラミアは双剣を、サイクロプスは棍棒を取り出して構える。ミノタウロスも鼻輪を揺らしながら人の背丈ほどもある大斧を構える。


「詐欺の次は泥棒、それも駄目なら次は強盗か」


 呆れたように呟く吸血鬼に、三体の魔物たちがジリジリと近付いていく。


「被害者の死体を食おうだなんて、流石はアンデッドね。狂ってるわ」

「アンデッドなんて所詮死に損ないの人間だろ。本物の魔物の戦いを見せてやるよ」

「普段人間相手に強ぶってるダンジョンボス様が俺らに勝てるかな」


 そう言って下卑た笑い声を上げる魔物たちに、吸血鬼は極めて冷静に言い放った。


「お前らの相手は僕じゃないぞ」


 吸血鬼の言葉に魔物たちは怪訝な表情を浮かべる。

 そりゃそうだろう。魔物たちはまともに戦えそうな相手が吸血鬼一人だと思ったから大口叩いて武器を取ったのだ。ダンジョンボス相手とは言え、三人がかりなら倒せると踏んだに違いない。

 しかし普段ならともかく、今このダンジョンで最も強いのは吸血鬼じゃない。


「喰えよ小娘、餌だ」


 瞬間、ゾンビちゃんが地面を蹴って魔物たちに飛びかかった。

 彼女が最初に狙いを定めたのはラミアだ。ラミアに防御体勢を取らせる暇も与えず、ゾンビちゃんはその無防備な白い脇腹に歯を突き立てて肉を噛みちぎる。

 ラミアは悲鳴を上げながら剣をゾンビちゃんに振り下ろすが、ゾンビちゃんはその手首を掴み取り、あらぬ方向に捻じ曲げた。

 このままではラミアが直に骨になってしまうと気付いたのだろう。仲間を助けようと、サイクロプスとミノタウロスが武器を構えてゾンビちゃんに向かっていく。

 しかしそれは正しい判断ではなかった。今すぐ逃げれば、もしかしたら助かったかもしれないのに。


「……なんだ、結局こうなるのか」


 その地獄のような光景に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。やはり繊細な推理だのなんだので事件を解決することは叶わなかった。しかしまぁ、方法はどうあれ事件は解決できたのだから良しとしよう。その上、図らずもゾンビちゃんに肉を食べさせることができたわけだし。


 そして直に彼らは怒声も悲鳴も、ヒュウヒュウという呼吸音すら上げなくなった。

 たった今ダンジョンから生者の姿が消え、凍えるような静かな空間にいつも通り死者だけが残されたのだった。



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