125、ダンジョン湯けむり殺魔物事件(捜査編)
「まったく、なんで僕がこんな事……」
鉄格子に囲まれた監獄の中で、吸血鬼が体の底から絞り出すようなため息を吐き出す。
もちろんこの監獄に囚われているのは吸血鬼ではない。彼はあくまで見張り。この虚ろな目で地面に転がっているツギハギだらけの獣が暴れ出した時のストッパー要員なのである。
とはいえ、いくら吸血鬼といえどこの状態のゾンビちゃんを相手にすれば無傷では済まない。ゾンビちゃんの身体にはこれでもかというほど鎖がまかれているが、彼女が「発作」を起こせばこんなもの輪ゴムとさして変わらない。
こんな時限爆弾みたいなものを前に、吸血鬼は成す術もなく椅子に体を預けて天井を仰ぐ。
「まるで僕まで監獄に囚われている気分だ。看守のつもりでここに来たが、これでは囚人だな」
「でもまぁ、『お客様』のご要望だからね」
「それがまた腹立たしいんじゃないか! なんで僕があんな奴らの指示に従わねばならないんだ」
吸血鬼はそう言って忌々しそうに唇を噛む。
そう、容疑者と彼女を見張る看守を檻の中に隔離するよう、お客様方から強い申し出があったのである。
「あの人たちの気持ちも分からないではないよ。誰だって身内が身内を殺したなんて信じたくはないだろうし……でも絶対、犯人はゾンビちゃんじゃない」
「よく小娘を信じられるな。僕は正直、コイツならやりかねないと思ったが……」
「だって困るじゃん。もしゾンビちゃんがやった、なんてことになったら温泉客が来なくなっちゃうよ」
「なんだ、願望か……」
渋い顔を浮かべる吸血鬼に、俺は慌てて首を振る。
「いやいや! 根拠がないわけじゃないよ。もし本当にゾンビちゃんがキマイラを食い殺したんだとしたら、たった一口程度で我慢するはずない。きっと今頃、骨までしゃぶり尽くされてるでしょ。いや、骨も残ってないかも」
「他の客の気配を察して逃げたんじゃないのか?」
「今のゾンビちゃんにそんな知性は残ってないよ。やっぱり誰かがゾンビちゃんに罪を擦り付けようとしてるんだ」
「なるほどな。でもまぁ、今の話だけじゃヤツらは納得しないだろう」
「そうだよねぇ……」
ゾンビちゃんを以前から知っている者なら納得してくれるかもしれないが、さっき会ったばかりの被害者の仲間たちに今の説明をしたところで「そんなのはお前らの作り話だ」とでも言われればそこで終わりだ。なにせ向こうはゾンビちゃんが殺ったと決めつけている。ぐうの音も出ない決定的証拠を付きつけなければ、ゾンビちゃんへの疑いを解くことは叶わないだろう。
そしてゾンビちゃんがやってないという証拠を探すより、他の誰かがやったという証拠を探した方がずっと簡単である。
「とにかく、何とかして真犯人を見つけないと」
「犯人はあの中の誰かか?」
「どうかな、外部の犯行もなくはない……かも。最近はダンジョン泥棒とかが頻発してるって回覧板で注意が回ってきてたし、なにかと物騒だからね」
「だとしたら厄介だが……いや待て、外は吹雪だろ? なら少なくとも今日ダンジョンを出入りしたヤツはいないんじゃないか。外から忍び込んで潜伏していた何者かがキマイラを殺した可能性は否定しないが、少なくとも犯人はまだこのダンジョンの中に潜んでるってことになる」
「そうだね。まぁ、転移魔法の使える魔物ならまた話は違ってくるけど」
「……そんなこと言い出したら、もうなんでもアリじゃないか。推理するのがアホらしくなってきたよ」
「冗談冗談。ゾンビちゃんに罪を擦り付けるために下手な偽装するくらいだから、きっと犯人は万能なんかじゃない」
「だと良いんだが……あーあ、分かっているのか小娘。お前のせいでこんな面倒なことになってるんだぞ」
吸血鬼は眉間に深い皺を寄せながら地面に転がったゾンビちゃんを見下ろす。
彼女は相変わらず虚ろな眼差しでここではないどこかを見つめ、なにやらぶつくさ呟いている。
「ニク……ニ……ニク……」
「やっぱり意思疎通は無理そうだね。ゾンビちゃんからも証言を取れれば良かったんだけど」
「はぁ、いっそ本当にキマイラを殺して肉を食ってくれていた方が楽だったんじゃないのか? 犯人捜しより偽装工作の方が簡単だろう」
「な、なに物騒な事言ってんだよ……まぁでも、確かにね」
俺は苦笑いを浮かべながらゾンビちゃんを見下ろす。
「キマイラを食べてたら、もっと賢くなってるだろうしね」
「それは言えてるな……はぁ、うちにもっと大量の肉があったらな」
吸血鬼の何気ない呟きに、ゾンビちゃんの目が突然ぎょろりとこちらを向いた。
「あ……あれ?」
虚ろだったゾンビちゃんの目に、明らかになにやら怪しい光が灯っている。
彼女はゆっくりと体を起こし、その血走った眼をあちこちに向ける。それと同時に、彼女を拘束する鎖からミシミシと怪しい音が聞こえてくる。
「ニク……ニク、ニク!」
どうやら押してはいけないスイッチを押してしまったようだ。
ゾンビちゃんを拘束していた鎖が弾け飛び、たった今飢えた獣が自由となった。
「ひっ……く、空腹発作だ!」
吸血鬼は椅子を倒しながら慌てて立ち上がる。その瞬間、ゾンビちゃんは猫じゃらしに飛びつく猫のごときスピードで吸血鬼に飛びかかった。
一見すると年の離れた兄にじゃれつく妹に見えなくもないが、実際には単なる捕食行為である。その肉を貪って飢えの苦しみを少しでも緩和すべく、彼女は口を大きく開いて吸血鬼の喉元に喰らいつこうと迫る。
「離せこの……バケモノ!」
吸血鬼もそう簡単に食い殺されるものかとゾンビちゃんの顔を鷲掴みにして抵抗するが、こうなってしまえば力負けするのは時間の問題だ。
仲間同士の共食いなど見たくはないが、かと言って俺にはこの状況をどうすることもできない。
ゾンビちゃんから逃れるべく必死の抵抗を続ける吸血鬼に、俺は苦笑いを浮かべながら背を向けた。
「あー……俺、聞き込み行ってくるね」
*********
俺はそそくさとゾンビちゃんたちいる監獄をあとにし、第一発見者に話を聞きに行った。のだが……
「もしかして話を聞ける状況じゃないのかな……?」
俺は阿鼻叫喚の地獄絵図と化したフロアに目を丸くしながら呟く。
転がっているのはスケルトンの骨、骨、骨。その中心に君臨しているのは第一発見者であり被害者の仲間の魔物、ラミアである。良く分からないことをヒステリックに叫びながら、ラミアはその巨大な蛇の尻尾を鞭のように振るい、増援に来たスケルトンたちをも次々となぎ倒していく。
仲間を失ったショックからか、どうやら錯乱して大暴れしてしまっているらしい。
スケルトンが必死に止めようとしているようだが、彼らの力ではどうにもならないようだ。
「ねぇ、あの人ずっとあの調子なの?」
散らばった骨に向けて小声で尋ねると、地面に転がっていたスケルトンの首が震えるように微かに頷いた。
「うーん、困ったなぁ」
「ラミアに話を聞きに来たんだな?」
当てが外れ、どうしたものかと悩んでいると、突然足元から少々訛った子供のような声が聞こえてくる。慌てて足元に視線を向けると、小さな犬のようなモンスターがつぶらな瞳でこちらを見つめていた。彼も被害者の仲間であり死体の第一発見者の一人、コボルトだ。
「あ、ああ……まぁ、そうですけど」
「僕もなんだな。でもこのままじゃ話を聞くどころじゃないんだな。こっちの身が持たないんだな」
そうこう話している間にもラミアの暴走は続いている。コボルトの頭上、そして俺の胴のあたりをラミアのしっぽがうなりを上げて過ぎ去っていく。
「とりあえずラミアは諦めるんだな。代わりに、従業員の人に話を聞いてみるんだな」
確かにこの状態じゃあ話をするのは無理だろう。
俺もラミアと話をするのを諦め、コボルトと一緒にラミアの尾の届かない部屋の隅へと移動をする。「従業員」ならそこら中に散らばっているから、色々話が聞けることだろう。
「……ところで、その帽子は?」
俺はふと気になって、コボルトに尋ねる。
彼の頭には、先ほど会った時にはなかった帽子が乗っかっていたのだ。茶色いチェック柄の、前後につばが付いた変わった帽子である。鹿撃ち帽、と言うんだったか。服も着ていないコボルトが帽子を被っているというのは、俺の目には何とも奇妙に映った。
「探偵の証なんだな。カッコいいでしょ?」
コボルトはそれを愛おしそうに撫でながら自慢げに笑う。他の魔物とは違い、コボルトからは明確な敵意を感じない。しかもこのコボルト、正直言ってかなり可愛い。割といかつい姿をした彼の仲間たちとはだいぶ雰囲気が違う。
剣の鍛錬のため、冒険者時代に嫌というほど殺したのは秘密にしておこう。
「ほんと、良い帽子だね。でも探偵って? ……君らはゾンビちゃんがやったって思ってるんでしょ?」
「基本的にはそうなんだな。でも友達がどうして死んでしまったのか、ちゃんと調べてちゃんと知りたいと思うのは当然なんだな」
「……なるほどね」
他の者に比べると、まだこのコボルトは話が通じそうだ。……まぁ、まだするべき話など無いのだが。
少しでも情報を収集すべく、俺は床に散らばったスケルトンたちに聞き込みを開始する。
「ねぇ、みんな。ちょっと聞きたいんだけど」
俺が声をかけると、床に散らばった骨の欠片たちがのそのそと床を這うようにして集まってきた。そして骨のパーツが少しずつ集まり、何本かの腕を形作る。
「キマイラが殺される前……もしくは後、なにか変わったことはあった?」
そう尋ねると腕たちがのそのそと動き出し、地面に文字を描き出した。
『分からない』
『ずっとお客さんに付きっきりだったから』
「お客さん?」
首を傾げると、転がっていたスケルトンのしゃれこうべが不満げに顎をガタガタと鳴らした。舌を持たない頭蓋骨の代わりに、地面を這う腕がスケルトンたちの言葉を紡いでいく。
『あのラミアがそりゃあもうワガママでワガママで、大変だったんだ』
と、そこまで書いたところでスケルトンは俺の隣にちょこんと立っているコボルトに気付いたらしい。いまさらながら床に書いた文字をその白い手のひらでさっと覆い隠す。
「……いいのだ。あの子のワガママはいつもの事なのだ」
コボルトは苦笑いを浮かべながら、スケルトンの腕にそう声をかける。
まぁ、今さら彼らに遠慮していても仕方がないだろう。俺は気にすることなく、スケルトンに再び質問をする。
「ワガママって、どんな?」
すると俺の周りに集まっていたスケルトンの腕が一斉に地面を這い始めた。土の上に次々と書き殴られていくのは、まるで呪詛の言葉のような不満の数々である。
『あれもってこいだの、これもってこいだの』
『肩を揉めだの』
『鱗を磨けだの』
『ネズミが食べたいだの』
『イタチは無いのかだの』
「わ、分かった分かった。大変だったね」
このまま放っておいたら地面が文字で埋まってしまいそうである。
俺は改めて、違う角度から彼らに質問することにした。
「じゃあ他のスケルトンの話でもいいや。誰かから何か聞いてない?」
『特に無い』
『温泉担当のスケルトンのほとんどはラミアのワガママに付き合わされてたから』
『温泉担当だけじゃない。ダンジョンのスケルトンたちまで駆り出されてたよ』
「うーん……困ったな。情報がないんじゃどうしようも――」
そう呟いたその時、地面を這っていた腕の一本が何か思い出したように小さく震え、そして再び地面を這い始めた。
『そういえばダンジョン担当のスケルトンが、ダンジョンに迷い込んだミノタウロスを案内したって聞いた』
「……ミノタウロスが?」
一本の腕が出した証言に誘発されたのか、他の腕たちも「そうだったそうだった」とばかりに地面に指を這わせていく。
『危ないから客が迷い込まないよう対策を、って話になったんだった』
『結局事件のせいでウヤムヤだけど』
ミノタウロスと言えば、事件の後ゾンビちゃんを連行した魔物である。
……少なくとも俺は温泉客がダンジョンの冒険者用通路に迷い込まないようにするための対策が不十分だとは思わない。二つの場所はそれなりに離れているし、立ち入り禁止の札もある。冒険者用通路に侵入するという明確な意思がなければ、こんなことにはならないはずなのだ。
なんとなく、怪しい気配がする。
「ふーん……ミノタウロスにも話を聞きたいな。どこにいるの?」
なんだか事件突破の糸口が見えてきたような気がして、俺はスケルトンたちに意気揚々と尋ねる。
しかしスケルトンたちの腕の動きは鈍い。
『さぁ』
『見てないけど』
「え? いないのか……どこいったんだろう。じゃあ先に死体でも調べさせてもらおうかな。あの人たちがいると近寄らせてもらえなさそうだし。どこにある?」
『部屋を追い出されちゃったから分からない』
『さっき掃除をしに部屋へ行ったんだけど、その時にはもうなかったよ』
「は!? ちょっと、死体は!?」
スケルトンたちの思わぬ報告に目を丸くしながらコボルトに問いただすと、彼はさも当然と言った風に平然と口を開く。
「サイクロプスが片付けちゃったんだな。いつまでも血だらけで寝かせてたら可哀想なんだな」
「いや、まぁ……そりゃあそうなんだけどさぁ……」
迂闊だった。
犯人は高確率でキマイラの仲間たちだ。死体は彼らの手に渡ってしまった。もし死体に証拠が残ってたとしても、きっともう隠蔽工作を済ませてしまっているに違いない。
素人の俺が死体なんか調べたところで何にも分からないような気もするが、多少強引にでも死体は調べておくべきだった。
しかし過ぎたことを後悔していたらいつまで経っても犯人などみつけられない。
死体を片付けてどこかへ隠したというサイクロプスと、ゾンビちゃんを連行したり事件前にダンジョンをうろついていたというミノタウロス。双方に話を聞く必要がある。
俺は二人を探すことにしたが、これがなかなか骨の折れる作業だった。
「……随分探しましたよ。一体こんなとこで何してたんですか」
コボルトの呼び掛けに応じて出てきた二人を前に、俺は大きくため息をつく。
温泉エリアのどこかにいてくれればもっとずっと楽に見つけ出すことができたのだが、彼らがいたのは俺たちアンデッドと冒険者が殺し合いを繰り広げている戦場、ダンジョンの一角だったのである。
こちら側へ侵入することを許可した覚えはないのだが、二人は悪びれる様子もなく開き直ったように言う。
「仲間が殺されたんだぞ、ジッとしてられるか」
「俺たちはアイツみたいに容易く殺されたりするつもりはない」
覚悟はしていたが、やはり敵意剥き出しである。人並みに知能のある魔物からこんな露骨な敵意を向けられるなんて久しぶりだ。牙を剥いて威嚇する魔物に睨まれていると、なんだか冒険者時代に戻ったような感覚に襲われる。
俺は無意識に二体の魔物の、より効率的にダメージを与えられるであろう急所を探しながら口を開く。
「まぁいろいろ思うことはあるかもしれませんが、とりあえず話を聞かせてくださいよ」
「話すことなどない!」
強い口調と鼻息で、ミノタウロスは俺の要求を一蹴する。
キマイラを殺した容疑者の仲間と話したくないというのもまぁ理解できなくはない。
しかし、彼らが俺と話したくない理由は、本当にそれだけだろうか。
「……なんか怪しいなぁ。そりゃあ、最初から口を開かなければ不都合な事をうっかり話してしまう心配もありませんもんね」
「な、なんだと!?」
ミノタウロスはとんでもないとばかりに目をひん剥き、鼻息でその鼻輪を勢い良く揺らす。まるで興奮した闘牛だ。
しかし仮にミノタウロスがこちらへ飛びかかってきたとしても、俺は文字通り痛くも痒くもない。なので構わず話を続ける。
「事件後、あなたがどこからかゾンビちゃんを連れてきたんですよね。仲間が殺されているのに、そんなに素早く部屋を飛び出して容疑者を確保できるだなんて、見た目に似合わず冷静だ」
「テメェ、バカにしてんだろ!」
「落ち着け、挑発に乗るな」
今にもこちらへ突っ込んできそうなミノタウロスを、サイクロプスがなんとか宥める。
仲間の声には耳を貸すのだろうか。サイクロプスの言葉でミノタウロスも少々落ち着きを取り戻したように見える。これで本題に入れるというものだ。
「事件発生前、あなた冒険者用通路に入り込んでいたそうですね。温泉からは結構距離もあるし立ち入り禁止の札もあったのに、どうしてわざわざ危険な冒険者用通路へ出たんですか」
尋ねると、ミノタウロスはムッとした表情で口を開く。
「そんなの事件に関係ないだろ」
「今色々情報を集めてるところなんです。情報の取捨選択は後でやります。それとも、答えられない理由があるんですか?」
「めんどくせぇヤツだな……俺も昔はダンジョンに住み着いて冒険者と戦ってたんだ。アンデッドダンジョンがどんなもんか興味があったからちょっと覗いただけだ。そういえばその時にも通路をうろつくゾンビを見かけたな。ヤバそうなのがいるとは思ってたが、こんなことになるとは……」
そう言いながら、ミノタウロスはその太い腕で自らの巨体を抱きしめ、大袈裟に身震いしてみせる。俺はそれを無視し、更に続ける。
「それともう一つ。あなた、ゾンビちゃんを捕まえるとき干し肉を使用していましたね?」
「ああ、それがなんだ」
「なんで干し肉なんて持っていたんですか」
「はぁ? そりゃ、普通に軽食として持ってただけだよ」
「それにしては少し大きすぎません? それに、どうしてあなたが肉を軽食なんかにするんです」
「……は?」
「だってあなた、牛じゃないですか」
その一言に、ミノタウロスの目が点になる。
ぽかんと口を開けたまま特に言い返してくる気配もないので、俺はさらに長年の疑問をぶつけてみることにした。
「ずっと思ってたんです。なんでミノタウロスって牛なのに人を襲って肉を食べたりするんだろうなって。牛ならば、軽食は干し草とかが妥当――」
「やっぱバカにしてんだろお前!!」
ミノタウロスはその意外につぶらな目を見開き、鼻息荒く地団太を踏む。
いよいよ本格的に怒らせてしまったらしい。ミノタウロスはふんっと鼻を鳴らして俺に背を向ける。
「やっぱりお前に話すことなんてねぇ! 行こうぜ!」
「ああっ、待ってくださいあと一つだけ! 死体は、死体はどこにあるんですか」
俺の言葉に二人の動きがピタリと止まる。
こちらに背を向けているミノタウロスの表情を伺うことはできないが、サイクロプスの目が泳いでいるのは見逃さなかった。ポーカーフェイスを装ってはいるが、その大きな一つ目は彼の感情を如実に表している。
「あなた方を探していろんな場所に行きましたが、どこにも死体がない。一体どこにやったんですか?」
俺の問いかけに対し、ミノタウロスは返事をしないどころかこちらを見ようともしない。
このまま二人してだんまりを決め込まれたらどうしようかと思ったが、少しの沈黙の後サイクロプスが低い声で答えた。
「隠してんだよ。そう簡単に見つからない場所にな」
「そ、そうだそうだ。ショーコインメツしようったって、そうはいかないからな!」
今までだんまりを決め込んでいたミノタウロスも突然こちらを向き、激しく声を荒げる。
大声と勢いで何かを誤魔化しているようだが、まだ何を誤魔化しているのかまでは分からない。どうであれ、死体を調べないわけにはいかない。
「じゃああなたたちの立会いの下でだったら、もう一度死体を見せてもらえますか?」
俺の言葉に二人はすぐに返事をしなかった。二人して顔を見合わせ、なにやら不明瞭な言葉を口の中で転がしている。
「なにかダメな理由が? 歯型を見ればゾンビちゃんの齧った跡かどうか分かるかもしれませんよ。それにこの通り、俺に死体をどうこうすることはできません」
二人をじいっと見つめながら、俺は低い声でそう呟く。
しばらくの沈黙の後、サイクロプスがバツの悪そうな表情を浮かべながら頷いた。
「わ、分かった分かった。考えとく」
ガムを吐き捨てるみたいにそう言うと、今度こそ三体の魔物は揃って俺に背を向ける。
小さくなっていく魔物たちの背中を眺めながら、俺は耳にした情報を頭の中で整理する。とりあえずハッキリしたことは、ミノタウロスはやはり肉食であるということだ。彼が肉食獣の歯を持っているのか、それともやはり歯は草食獣のものなのかまで聞けなかったのは悔いが残る。
そして彼らの背中が完全に見えなくなってから、俺はポツリと呟く。
「……どうしよう、結局よく分かんないや」
解決編も今日中に投稿します




