123、魔弾の射手
何かが弾けるような小さな爆発音。
ダンジョン中に響くようなその音は、俺たちに侵入者が使用している武器を包み隠さず教えてくれた。
「銃使いか、珍しいね」
知能無きゾンビとの戦いを終え、俺たちの待つフロアへと降りてきたのは一丁の銃を携えた男である。しかも彼が持っているのは使い勝手の良い拳銃ではなく、狙撃手や狩人が使用するような長い銃身の小銃である。どう考えてもこんな狭い洞窟で、しかもソロの冒険者が使う武器として適当とは思えない。その上、見たところ剣など近接戦闘に使用できる武器を持っているわけでもなさそうだ。
銃というのは確かに強力な武器ではあるが、魔法ほど爆発的な威力はないし、リロードの際には必ず隙が生まれる。彼がいかに素晴らしい射撃の名手だとしても、スケルトンたちの数の暴力で容易にねじ伏せられるはずだ。
「みんな、頼んだよ」
一気に片を付けるべく、俺はフロアに散らばっていたスケルトン小隊を招集して冒険者へ攻撃するよう指示する。
大量のスケルトンは列をなして通路を飛び出し、冒険者の前へと躍り出た。その恐ろしくも勇ましい光景は、まるで死神の行進である。
スケルトンを視認するなり、冒険者は素早い動きで銃を構えて引き金を引く。銃声と共に冒険者が放った弾丸は派手な音を立ててスケルトンの頭蓋骨を砕いた。
ここまでは俺の想像通り。この後、冒険者はスケルトンの大群を倒すために次々引き金を引き、じきに弾を消費しつくして成す術もなく押し寄せるスケルトンの波に飲まれる――ここまでが俺の計画であった。
しかし俺の計画はいとも容易く狂ってしまった。冒険者の弾丸が貫いたのはスケルトンたちの頭蓋骨だったのである。そう、スケルトン「たち」だ。冒険者の放った、たった一発の弾丸が縦横無尽に動き回り、襲い掛かるスケルトンたちを次々貫いたのだ。
どうやら見通しが甘かったらしい。ヤツが持っているのはただの銃じゃない。恐らく、なんらかの魔法を銃に応用しているのであろう。
しかし今さら気付いてももう遅い。
たった一発の銃弾に蹂躙され、あれだけいたスケルトンたちはあっという間に単なる骨の山と化してしまった。
銃を使う冒険者というのは珍しい。
理由はいくつかあるが、銃が冒険者に使用されにくい最も大きな理由の一つは「コスト」の問題である。銃自体の価格が高く手に入れ辛いのももちろんだが、銃に必要不可欠な火薬も弾丸も消耗品。銃を使ってダンジョンを突破できたとしても、下手すればダンジョンで手に入れた宝より銃やその維持費の方が高くついてしまうという事もあり得る。
しかしこの冒険者は、少なくとも弾丸の消費の心配はしなくて良いようだ。
散々スケルトンを蹂躙した弾丸はブーメランのように銃口へ戻っていく。非常に良くしつけられた弾丸だ。これならばダンジョンに潜るたびに新しい弾丸を買わなくて済む。
だが感心している場合ではない。俺にはまだ仕事が残されている。冒険者に関する情報の伝達だ。あの冒険者の事、魔法の銃のことをみんなに伝えなければ。
スケルトンのほとんどが先ほどの戦闘で単なる骨の山と化してしまった。恐らくこの冒険者が次に対峙するのは――
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「ゾンビちゃん! ねぇ聞いて、今回の冒険者は真っ向から勝負しても勝ち目はないんだ。ここは奇襲作戦で行こう。今から指示を出すからその通りに――」
俺は必死になってゾンビちゃんに作戦の概要を伝える。しかし今のゾンビちゃんに俺の言葉は理解できなかったようだ。
俺の話が終わるより早く、ゾンビちゃんは俺の透明な体に飛びかかった。もちろん幽霊である俺の体に触れることはできないが、ゾンビちゃんは飢えた獣のように執拗に俺の体に噛み付こうとする。
「ああ……やっぱりちょっと朝ごはん少なすぎたか」
俺はゾンビちゃんを見下ろしながら思わずそう呟く。もちろん今のゾンビちゃんに俺の言葉の意味は分からないだろうが、彼女の視線はどことなく俺を責め立てているように感じられた。
しかし俺だって、なにもゾンビちゃんをいじめたくて彼女の食事をケチっているわけではないのだ。
最近はめっきり寒くなり、雪のちらつく日も増えてきた。そのせいか、ダンジョンを訪れる冒険者が少なくなっているのだ。年末年始に冒険者がほとんど訪れなかった影響もあり、倉庫に貯めておいた肉は順調にその数を減らしている。
倉庫が空になる状況を少しでも先送りにすべくゾンビちゃんに与える肉を絞っているのだが、お陰でゾンビちゃんの知能はかなり落ち気味だ。この前なんか冒険者の返り血を浴びた吸血鬼に齧り付いてしまったくらいである。
そんな中現れた冒険者というのは俺たちにとって非常に貴重な食料だ。みすみす逃がすわけにいかない。
とはいえ、今回の冒険者は非常に手ごわい相手である。
超空腹状態のゾンビちゃんはお世辞にも頭が良いとは言えないが、決して戦闘勘が鈍っているわけではない。むしろ動物的な鋭い感覚を存分に戦闘に生かすことができるバーサーカーモードと言っても良い。彼女は肉を食らうため、まさしく鬼神のごとき活躍を見せるのである。
しかしそんな状態のゾンビちゃんですら、魔弾の前ではあっけない程に無力であった。
冒険者の放った魔弾は、的確にゾンビちゃんの額を貫いたのである。
「うわぁ、ヘッドショット」
四肢をもがれてもなお敵に食いつこうともがくゾンビちゃんだが、さすがに頭部を損傷されては手も足も出ないようだ。頭に風穴を開けられたゾンビちゃんは、糸の切れた人形のように地面へ崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
あまりにあっけない幕切れに、俺は思わずため息を吐く。
やはりこの冒険者と真っ向から勝負するのは得策ではない。冒険者が引き金を引く前に、なんとかして彼の息の根を止めなくては。
大丈夫。まだ決着はついていない。
冒険者が次に対峙するのは、我がダンジョンのボスなのだから。
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「はぁ? 奇襲だって?」
冒険者の恐るべき武器についての情報と共に俺の作戦を伝えると、吸血鬼はあからさまに嫌そうな表情を浮かべてそう言った。
俺は彼の言葉に対し大真面目に頷く。
「そう。要は向こうが引き金を引く前に勝負が付けばいいんだ」
「それは分かるが、奇襲ってのは相手の不意を突いて攻撃することだろう? ここで僕がどうやって不意を突けばいいんだ」
確かに吸血鬼の言う通り、彼が奇襲を仕掛けるのは他の誰よりも難しい事である。
ここはダンジョン最深層であり、待ち受けるのはダンジョンボス。当然のことながらこのフロアに足を踏み入れる冒険者はそれなりの準備と心構えを持っているはず。
警戒している相手の不意を突くのは難しい。しかし俺だってそんなことは分かっているし、それについての策は考えている。
「大丈夫、案はいくつか用意してるよ。灰色の毛布をかぶって岩に擬態するとか、茶色い布で壁と一体化するとか」
「……君は馬鹿なのか?」
吸血鬼は俺の考えたせっかくの案に対し、しかめっ面でそう返した。
その身も蓋もない言い方に、俺は思わず苦笑いを浮かべながら口を開く。
「ま、まぁ確かに馬鹿げた案だと思うかもしれないけど、俺的には結構良いセン言ってると思うんだよね。なんせダンジョンは暗いから、冒険者も気付かないよ」
「そうだとしても、ダンジョンボスがそんな格好悪い真似できるか!」
「仕方ないじゃん、あの状態のゾンビちゃんを一撃で倒した冒険者だよ? 一筋縄じゃ倒せな――」
俺は必死に吸血鬼を説得しようと試みるが、どうやら時間が足りなかったようだ。吸血鬼がどこかに身を隠して奇襲に備えるより早く、冒険者の方がこのフロアへと降りてきてしまったからである。
「うわぁっ! もう来ちゃったよ」
「案ずるなレイス。僕を誰だと思ってる」
吸血鬼は妙に自信がありそうな表情でそう呟く。しかし吸血鬼の溢れる自信が根拠のあるものとは限らない。というか、吸血鬼がきちんとした作戦を持ってそんなことを言っているのか怪しいものである。
一方、冒険者は冷徹な仕事人の目とその自慢の銃をこちらに向け、そして引き金を引いた。兎にも角にも、弾丸は銃口から飛び出してしまったのだ。
しかし吸血鬼も大口を叩いただけのことはあり、簡単に銃弾に貫かれるようなヘマはしなかった。冒険者が引き金を引いたその瞬間、吸血鬼は素早く体を動かし弾丸を避けたのである。
しかし普通の弾丸と違い、ヤツの魔弾は一度避けた程度で逃れられるものではない。吸血鬼の頭にめり込み損ねた弾丸は、空中でくるりとターンをして再びその先端を吸血鬼に向ける。
戦いはまだ終わっていないのだ。弾丸は吸血鬼の眉間めがけて飛んでいく。そしてやはり吸血鬼は弾丸を避ける。弾丸と吸血鬼の、終わりの見えない鬼ごっこが始まった。
とはいえ、ジグザグと複雑な動きで身をかわす吸血鬼を追いかける弾丸の速度は、正直それほど早くない。俺でも目で追える程度だ。
これならば、もしかしたらいけるかもしれない。ヤツを倒すことができるかも。
「良いよ吸血鬼! そのまま本体に攻撃を」
「……無理だ」
「……は?」
俺の期待をよそに、吸血鬼はなんともあっけなく諦めの言葉を呟く。
吸血鬼は非常に苦しそうにその白い顔を歪め、飛び回る弾丸をギリギリのところで避けながら唇を嚙んだ。
「躱すのでっ……精一杯なんだよ!」
「そんなぁ、吸血鬼が行けるって言ったんじゃん……」
落胆のあまり、俺は思わず情けない声を上げる。
しかし冷静に考えてみれば、確かに弾丸を相手にしながらガンナーを叩くというのはかなり厳しそうだ。少しでも気を抜けば、きっと弾丸は吸血鬼の眉間を貫いてしまう事だろう。
とはいえ、この状態が続くというのもなかなかにマズイ事態である。必死になって弾丸を避け続けている吸血鬼とそれを見ながら弾を操っているだけの冒険者。どちらが先に疲労で倒れるか、火を見るよりも明らかである。
「何とかしないと。このままじゃジリ貧だよ!」
「分かってる……ッ!」
しかし本体に攻撃するにはまず弾をどうにかせねばならない。
吸血鬼は明らかに疲れてきている。すでにかなり息が上がっているようだ。
このままではマズイと本人も思ったのだろう。そしてとうとう、吸血鬼は行動を起こした。
「このッ!」
吸血鬼はただ避け続けてきた弾丸に、今度はその手を伸ばした。まるで飛び回る鬱陶しいハエを掴むかのように、なんの躊躇いもなく。そして驚くことに、彼は弾丸を素手で掴むことに成功したようだ。
吸血鬼はその右手に弾丸を握ったまま、冒険者に憎らしい程のドヤ顔を向ける。
「どうだガンナー、僕の勝ちだ」
しかしこの絶対的なピンチにも、冒険者は顔色一つ変えることなく口を開いた。
「馬鹿め」
次の瞬間、吸血鬼のドヤ顔がみるみる苦痛に歪んでいった。弾丸を握っていたその手からは血が噴き出して地面に小さな血溜まりを作っていく。
「うあああッ!」
吸血鬼は半ば反射的に手を開いたが、もはや彼の手の中に弾丸はない。その代わり、吸血鬼の腕にできた奇妙な膨らみが、少しずつ上へ上へと上っている。
弾丸は吸血鬼の手のひらを突き破って腕の中に侵入し、肉をかき分けながらその中をまるでモグラのように這い進んでいるのだ。
「なんで弾丸なんて掴むんだよ!」
「う、うるさい! 掴めると思ったんだよ」
吸血鬼は苦痛に顔を歪ませ、額に大粒の汗を浮かべながら皮膚ごと弾丸を摘む。入り込んだ弾丸を摘出しようとしたのだろう。しかし吸血鬼に摘出されるまでもなく、弾丸は吸血鬼の右腕を突き破り、さらに吸血鬼の左手まで貫通して外へと出てきた。
「うあっ……」
弾丸が飛び出した勢いでバランスを崩したのだろう。吸血鬼は何とも無様に尻餅をついた。
一方、飛び出した弾丸は空中でくるりとターンし、風を切り裂きながら無防備な吸血鬼に向かっていく。
ゾンビちゃんの時と同じだ。一寸の狂いもなく、弾丸はその眉間に一直線。さすがにこの体勢で弾丸を避けることはできない。
この先の展開など火を見るよりも明らかだ。俺は思わず吸血鬼から目を逸らす。短時間に二度も仲間の脳天に風穴が開くところなんて見たくはない。
しかしどれだけ時間が経とうとも、吸血鬼の断末魔も弾丸が頭蓋をかち割る音も血の噴き出す音も聞こえてこない。俺はしびれを切らし、恐る恐る吸血鬼の方へ目をやる。
その光景に、俺は思わず目を丸くした。
結果的に言うと、弾丸は吸血鬼を貫いてはいなかった。吸血鬼を貫く寸前――彼の眉間のほんの少し手前でピタリと止まっていたのである。
意味が分からなかった。冒険者に吸血鬼を殺さない理由などないはず。
「……武器に頼りすぎて勘が鈍っていたか? 忍び寄る敵に気付かないとは」
なんとかヘッドショットを免れたものの、眉間に弾丸を突き付けられている事には変わりない。にも関わらず、吸血鬼は冷や汗を浮かべながらも嘲るような笑みを浮かべてみせる。
どうして吸血鬼がこんなに余裕ぶっているのか。最初はさっぱり分からなかったが、冒険者を見るとすぐにそれを理解することができた。
銃弾を操っていたのだろう銃も、冒険者の腕も、もはや彼自身の自由にはならないのだ。銃を構えた冒険者の腕に、ゾンビちゃんが齧り付いているからである。
ゾンビちゃんはその大きな口で冒険者の腕の肉を引きちぎる。筋肉か、もしくは神経が損傷したからか。冒険者はとうとう手に持った唯一の武器、魔弾をコントロールする銃を落とした。瞬間、吸血鬼の額に突き付けられていた魔弾も銃と同じように地面へと落下する。
気丈に笑って見せていたが、やはり弾丸を眉間に突き付けられていては生きた心地がしなかったのだろう。吸血鬼は地面に転がる弾丸を見下ろし、大きく息を吐く。
「ふん……魔弾の射手も大したことは無かったな」
「よく言うよ。でも、なんでゾンビちゃんが」
俺はそう言いながらゾンビちゃんと冒険者を見やる。
俺の目の前で確かに頭を打ちぬかれ、糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちたゾンビちゃんは、今や元気に冒険者を組み敷いて一心不乱にその肉を貪り食っている。その様ときたら、まるで獲物を屠る肉食獣そのものだ。
「……レイス、小娘はどんな風に殺されたんだった?」
「そりゃあ、あの魔弾で眉間を一発――」
「一発……そうか一発か。はは、一撃必殺が仇となったなガンナー」
ゾンビちゃんに貪り食われながら息も絶え絶えに悲鳴を上げている冒険者を見下ろし、吸血鬼は意地の悪い高笑いを上げる。
「ネズミも通れないようなサイズの風穴など、今の小娘なら簡単に修復できる。ゾンビを殺るなら体を蜂の巣にするくらいの気持ちで徹底的に痛めつけなければ。今ならそれが良く分かるだろう?」
吸血鬼はそう冒険者に声をかけるが、恐らく彼の耳にはもう届いていないだろう。
ゾンビちゃんに腹を食い破られ、はらわたを引きずり出され、もはや悲鳴も上げなくなった。
手強い冒険者の脅威が去った今、俺の心配は一つだ。
「これで多少は、ゾンビちゃんの知能が戻ってくれるといいんだけど」
俺の言葉に、薄笑いを浮かべていた吸血鬼から笑顔が消えた。そして彼は血に塗れた自分の手とゾンビちゃんを交互に見つめ、低い声で呟く。
「……血を洗い落としておこう。血の匂いに釣られて、ヤツに齧られたらかなわん」
ダンジョンの外を吹き荒ぶ冷たい風が、鉛色の雲を運んでくる。
厳しい寒さはまだまだ続くようだった。




