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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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122、コウモリの宅急便




 大きな羽音を響かせながら、黒い影がリボンのようになってダンジョンへ入っていく。まるで空を漂う黒い煙か霧のようにも見えるが、目を凝らせばそれが小さなコウモリたちの集合体であることが分かるだろう。

 彼らが体に括り付けて運んでいるのは大小様々な箱や封筒、カタログである。長旅を終えてダンジョンへ荷物を下ろすと、岩にとまって羽を休める暇もなく新しい注文書を抱えてダンジョンを飛び出していく。

 あっという間にコウモリの羽音は消え、そして地面には大量の箱や封筒が転がっていた。

 そして恐ろしいことに、ここ数日、彼らはずっとこんな飛びっぱなしの生活を送っているのである。


「……なんだか最近、コウモリたちが随分と忙しそうだけど」


 そう尋ねると、吸血鬼は地面に置かれた小包を拾い上げながら平然と答える。


「Danzonがセール期間中なんだ。数ヶ月先の買い物を今しているのさ」

「……それにしたって買いすぎなんじゃないの。一体なにをそんなに買ったんだよ」

「い、色々だよ……新しいシャツとか。僕が一日に何回着替えると思ってるんだ。働き者の証だろう?」

「そうは言ってもなぁ。そうだ、通販って送料も掛かるんじゃなかった? いくらセールだって言ってもこんなに買ってたら送料の方が高くつくよ」


 近頃のコウモリたちの働きぶりが異常なことは誰だって知ってる。彼らの労力に見合うだけの給料を払っていたら我がダンジョンは破産してしまうのではないかと思うほどだ。

 しかし吸血鬼は妙に得意げな表情を浮かべ、俺の言葉にこう返した。


「安心したまえレイス。Danzonプライム会員なら、何をどれだけ買っても送料無料だ」

「ふーん……ん? 待ってよ、いつの間に会員になったの?」

「少し前からだよ。今は無料お試し期間中だが、あまりに便利だからこのまま継続して会員になろうと思う」

「ええ? やめておいた方が良いと思うけどなぁ……」

「何故だ? ああ、年会費の事なら心配いらないぞ。月々たったの――」


 そう言って、吸血鬼はつらつらとDanzonの有料会員の素晴らしい特典やお得な年会費について語り出した。

 しかし俺が心配しているのは年会費でも、有料会員が受けられるサービスの数々についてでもない。送料が無料になることで吸血鬼がますますよく考えず物を買ってしまうことを心配しているのである。

 しかしそれを直接言ったところで、吸血鬼が俺の言うことを素直に聞くとは思えない。それどころかますます意固地になって有料会員になる事を望むだろう。

 ああ、目に浮かぶようだ。コウモリによって運ばれる荷物の山と降り注ぐ領収書の雨が。

 どうしたものかと考えていると、俺の視界の端に巨大な黒い影が入り込んだ。徐々に大きくなりながらダンジョンに近付いてくるそれを見つめながら、俺は吸血鬼に尋ねる。


「あー……そういえばこのコウモリたちって吸血鬼の眷属か何か?」

「まさか。配達用に契約してるだけだ。宅配業者とな」

「業者と? それってどういう契約なの?」

「血液を餌として与えることでダンジョンに常駐させている。まぁ最初に契約金は払ったが、後は血液だけ。そういう契約だ」


 吸血鬼はそう言いながらダンジョンの隅に設置された皿を指す。吸血鬼やスケルトンがボトル入りの血液をそこに注いでいるのは何度か見たことがあった。

 ダンジョンで調教・飼育しているコウモリなのかと思っていたが、業者から借り受けていたのか。


「なるほど、お金は払ってないんだ……じゃああれは、集金に来たって訳じゃないんだね」


 俺はそう言いながら、ぽっかり開いたダンジョン入り口から見える外の景色を指差す。

 俺の視界に入っていた黒い影は、今やその小さな目や羽に浮かんだ骨まで確認できるほどこちらに近付いていた。

 黒い毛皮に包まれたまるまるした体、つぶらな瞳、潰れた鼻。どことなくネズミに似た風貌であるが、大きく違うのはそれが翼をもっている点であろう。その姿は紛れもなくコウモリであった。しかもただのコウモリではない。その背丈は長身の吸血鬼とあまり変わらないほど大きく、首にはネクタイを締め、黒い帽子まで被っているのだ。不気味なような、可愛いような、なんとも言い難い姿である。

 それを一目見るなり、吸血鬼は怪訝そうな表情を浮かべて呟くように言った。


「コウモリ連中のボスだ。契約金を払ったとき以来だな」

「何しに来たんだろ。心当たりは?」

「ない。あっ、いや……もしかしたらちょっと古くなった血を餌にしてたのがバレたのかも」

「なにやってんだよもう。在庫管理はしっかりしないと」

「でもアイツら、ちょっと腐った血の方が食い付きが――」


 そこまで言ったところで、吸血鬼は言いかけた言葉を飲み込んだ。俺たちのヒソヒソ話が聞こえるほどの距離まで巨大コウモリが近付いたからである。

 コウモリはゆっくりした動作で帽子を取り、恭しく頭を下げる。コウモリとは思えないほど紳士然とした態度だ。


「こんにちは吸血鬼さん、お久しぶりです。そちらの方はお初にお目にかかりますね」


 コウモリの声は想像していたよりずっと低く、渋さのある良い声であった。これで超音波も出せるのだとしたら、まさに七色の声を持つ男……いや、オスである。


「ああどうも。それで、今日は一体どういった要件だ?」

「実は、コウモリたちの労働環境について少しお願いが」


 コウモリの言葉に、吸血鬼は冷静を装って頷いて見せる。しかし彼の額に汗が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。


「え、餌ならきちんと決められた頻度で与えているぞ。そりゃあ、いつも最高の状態の血液を、というわけにはいかないが」


 吸血鬼の言い訳じみた言葉に、コウモリはゆっくりと首を振る。


「いいえ吸血鬼さん。問題なのは食事ではありません」

「じゃあ一体――」


 吸血鬼が口を開いた瞬間、コウモリと俺たちの間を一匹のネズミが凄い速度で駆け抜けていった。それだけならばたいした事ではないが、問題はその直後。狩りの最中だったらしいゾンビちゃんも俺たちの間をヘッドスライディングですり抜け、そして見事ネズミを捕まえることに成功したのである。

 彼女は暴れるネズミの柔らかい腹に噛り付き、臓物を引きずり出したところでようやく客人の前であることに気付いたらしい。見慣れぬ巨大コウモリをその好奇心に満ち満ちた大きな目でじいっと見つめるが、ネズミを咀嚼するのを止めはしなかった。


「い、いや大丈夫。ヤツが襲うのはネズミだけだ。コウモリは食べない……多分」

「あー……一応、コウモリたちには手を出さないよう言っておきますから」


 俺たちは苦笑いを浮かべながら必死になってそう言い訳をする。

 自分を捕食しかねない怪物のいる職場――もしかしたらコウモリたちの目には我がダンジョンがそう映っているのかもしれない。そうだとしたら、ここは彼らにとってまさしく最悪の労働環境と言うにふさわしい。とはいえ、コウモリたちにいなくなられるのはこちらとしては非常に困るのだ。ダンジョンから出られない俺たちにとって、このコウモリたちは外の世界との唯一の連絡手段なのである。彼らがいなくなったら、吸血鬼が夜の間寝る間も惜しんで働かなくてはならなくなってしまう。

 だが俺たちの心配をよそに、コウモリは薄笑いを浮かべて首を振って見せた。


「ご心配なく。我々はネズミとは違い、この通り羽を持っています。ゾンビに捕まったりはしない」

「フワフワ!」


 ゾンビちゃんは俺たちの会話の中身など気にも止めず、その手にネズミの死骸を握りしめたまま難なく巨大コウモリを捕まえ……いや、抱きしめた。


「オイシイ?」


 ゾンビちゃんはそんなことを呟きながら、捕らえたネズミにしたのと同じようにコウモリのふわふわの腹に顔を埋める。しかし吸血鬼が慌ててゾンビちゃんの首根っこを掴んだお陰でコウモリの腹が食い破られる事はなんとか防げた。


「美味しくない! 美味しくないから!」

「お前は少し大人しくしていろ!」


 吸血鬼は怒声を上げながら力づくでコウモリからゾンビちゃんを引き剥がす。

 そして彼女をコウモリから十分離れた場所に放り投げると、やれやれとばかりに息を吐きながら改めてコウモリに向き直った。


「失礼したな。最近知能が落ち気味で……それで、そのお願いってのは一体何なんだ? できれば手短に頼むよ、でないと君の体重が少し軽くなることになるかもしれん」

「それは困りますね。でもそれ以上に私は今は困っています。見てください、あの疲弊しきったコウモリたちを!」


 巨大コウモリは悲痛な表情を浮かべながら、羽と一体になった手で天井を指す。ダンジョンの天井にいるのはもちろんコウモリたちだ。相変わらず忙しそうに飛び回っている者が多いが、疲れ切っているのかダンジョンの壁にぶら下がったままミノムシのように動かない者もいる。

 コウモリたちのボスは天井を仰ぎ見ながらため息混じりの声を上げる。


「年末から年始にかけて働き詰め、追い打ちをかけるような通販会社のセール。コウモリたちは忙しすぎて毛づくろいもできないくらいなんですよ。可哀想に、みんなあんなにやつれてしまって……」


 そう言うと、コウモリは「もう見てられない」とばかりにその薄い羽で顔を覆い、背中を丸めてうずくまった。

 コウモリの体型には詳しくないので彼らがやつれているのかいないのか判断することは叶わないが、それでも彼らが忙しく飛び回っていたことは知っている。

 あれだけ働いていたら、まぁいくらか痩せていたとしても不思議ではないだろう。

 吸血鬼も働かせ過ぎていた自覚はあるのか、少々バツが悪そうに口を開く。


「それは気の毒な事だが……一体僕にどうしろと言うんだ。残念ながらコウモリの知り合いに心当たりはない。新入社員が必要なら求人誌で募集をかけたらどうだ? ダンジョンにチラシを貼る程度の協力ならできるかもしれんが……」

「我が社の従業員はただのコウモリじゃない。特別なんです。そんなにすぐ補充することはできないんですよ。働き手の数を増やさず従業員の負担を減らすには、仕事量を減らす他ないんです」


 巨大コウモリの言葉に賛同するように、天井にぶら下がった小さなコウモリたちが一斉にキイキイと鳴き声を上げる。

 しかしその言葉に吸血鬼もまた声を上げた。コウモリたちとは正反対の、低く、静かで、そしてどこか人を威圧するような重みのある声だった。


「それはどういう意味だ? まさかとは思うが……宅配業者が、客に、注文を控えろと言っているのか?」

「いえ、そこまでは言っていません。ただ我々はお客様にちょっとした配慮をして頂きたいのです。注文をひとまとめにしていただくとか、むやみやたらとお急ぎ便を使わないとか、必要のないDMを止めていただくとか」

「なんだそれは。どうして僕が君らの指図に従わなくてはならないんだ」


 宅配便についての話をしているとは思えない、非常に深刻な、そしてやや攻撃的な表情で吸血鬼はそう言い放つ。そんなにムキになるような事か……? と思わないでもないが、まぁ吸血鬼にとっては死活問題なのだろう。

 しかしそれは向こうも同じだ。いや、向こうの方が状況はより深刻である。


「ご不満はごもっとも。しかし私どももお客様に恥を忍んでこのようなお願いをしなくてはならない状況なのです。どうかご理解下さい」


 丁寧な口調と物腰、そしでどこか縋るような声で巨大コウモリは吸血鬼に「お願い」をして見せる。

 部下のコウモリたちも感動で声が出ないのか、もはやキイキイという鳴き声も翼を動かす音も聞こえない。部下を想って頭を下げる――まさに上司の鑑だ。こちらまで涙が出てきそうである。

 ところがこんな雰囲気にもかかわらず、我がダンジョンのボスは恐ろしく冷たい声でこう言い放った。


「知るかそんなこと。それはお前たちの都合だろう」


 よくもまぁこの空気のなかでそんな酷いことを言えたものである。いや、この空気をぶち壊したくてあえてそんな台詞を吐いたのかもしれない。自分を悪者にして感動的な空気を作られたのが気に障ったのかも。

 ……まぁ、純粋に趣味のショッピングを邪魔しようとするコウモリが気に入らなかっただけかもしれないが。


「しかしこのままでは――」

「ああもう、うるさいな。そんなのは契約になかったはずだぞ。こちらは契約通りコウモリたちに餌を与えているんだ。そちらも契約通り仕事すべきじゃないのか」


 なおも口を開こうとするコウモリの言葉を遮り、吸血鬼は彼に――いや、「彼ら」に向かってそう声を上げる。彼の言葉は冷酷ではあるが、反論できるほど滅茶苦茶な理論ではない。

 これにはコウモリも返す言葉に困ったのだろうか。かなり長い時間黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「……おっしゃる通りですね。しかしそうするためにはこちらも契約で定められた権利を行使しなくてはなりません。ところで、契約書はきちんとお読みになりました?」

「ああ、もちろんだ。……あー、いや、どうかな。ちょっと読み飛ばしたかもしれない」


 吸血鬼は急に自信なさげな表情を浮かべ、焦ったように目を泳がせる。確認するまでもない。どうせ面倒臭がってきちんと規約も読まずに契約してしまったに決まっているのだ。問題は吸血鬼の読み飛ばした契約の中身である。


「勘違いしないで頂きたいのですが、私は従業員のためではなくお客様のためにこうして訪問までしているんですよ。私は最初『お願い』と申しましたが……訂正しましょう。これはお願いというより忠告に近い」


 先ほどまでの懇願じみた口調とは打って変わった、高圧的な声色でコウモリは吸血鬼に言い放った。低い声と相まって、コウモリにしてはなかなかの迫力を醸し出している。

 しかしそんな言葉で吸血鬼が引くはずもない。吸血鬼は背筋を伸ばして顎を上げ、目の前の巨大なコウモリを見下ろす。


「なんだ、脅迫か? 随分と品行方正な宅配業者だな」

「何度でも言いましょう。これは忠告ですよ。コウモリたちは疲弊しています。年末からずーっと働き詰め。もう限界です」

「ストライキでも起こすってのか?」


 吸血鬼の言葉に、巨大コウモリは微かに肩を震わせる。泣いているのではない。笑っているのだ。


「何寝ぼけたことを。我々はチスイコウモリ。木の実や虫を食べる腑抜けたコウモリと一緒にされちゃ困ります」


 巨大コウモリがなにやら意味深なセリフを言い終えた丁度その時。天井から降ってきた小石が俺の体をすり抜けて地面へと落ちていった。それ自体は別に珍しい現象ではない。ダンジョンの、特に外気の当たるダンジョン入り口の壁や天井は少々脆くなっていて、コウモリたちが体をぶつけたりすることで石の欠片が落ちてくることがあるのだ。しかし音に反応して反射的に天井へ目を向けた俺は、目の前に広がるその光景に絶句した。

 誰も気付いていないのだろうか。いつの間にやらダンジョンの天井にはおびただしい数のコウモリがぶら下がっていたのだ。その数百、数千の目が向けられているのは、他の誰でもない。吸血鬼である。


「ああ、もう駄目か。すみません、間に合わなかった。コウモリの間では有名ですから」

「なんの話だ?」


 怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げる吸血鬼に向かって、巨大コウモリは極めて残念そうに、しかしどこか嘲るような口調で言った。


「決まってるじゃないですか。吸血鬼の血液が滋養強壮に効くって話ですよ」


 次の瞬間、天井にぶら下がっていたコウモリたちが一斉に壁や天井を離れ、流星のごとく急降下していく。もちろん目標は吸血鬼だ。

 彼は逃げる暇どころか息つく暇もないまま、あっという間に大量のコウモリに覆われて見えなくなってしまった。まるで黒衣のマントを被っているような姿であるが、実際にはそんなカッコいいものではないようだ。


「こうなったら私ですら止められない……悪く思わないでください。契約書にもあったはずですよ。繁忙期には特別料金を頂くことがあるって」


 巨大コウモリは客に襲い掛かる従業員を眺めながらそう言ってため息を吐く。

 吸血鬼を覆う黒衣の隙間から、たまにチラチラ赤いものが見える。どうやらコウモリたちはそのカミソリのような鋭い牙で吸血鬼の体を切り裂き、そこから流れ出る血をすすっているようだ。普段吸血する側である吸血鬼の血はそんなに美味しいのだろうか。吸血鬼が必死になってコウモリを振り払っても振り払っても、彼らは吸血鬼から吸血することを止めようとはしない。

 どうして良いか分からず、しばらくその様子を眺めていた俺たちだったが、不意に巨大コウモリが俺に向かって口を開いた。


「こんなことをしたら、さすがに契約解除されてしまいますでしょうか? このダンジョンは従業員に人気の餌場……いや、職場だったんですが」


 巨大コウモリはつぶらな瞳を足元に向け、その小さな耳をしょんぼりと垂らしている。

 しかし俺はコウモリの心配が杞憂に終わることを確信していた。俺は失血死しかけている吸血鬼を眺めながら、巨大コウモリにこう声をかける。


「いやぁ、多分大丈夫ですよ。吸血鬼がこんな便利な通販ものを手放せるとは思えませんから」





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