120、クリスマスが今年もやって来た
「助けてくれ! 助け……アアアアアアッ!」
男の野太い断末魔がダンジョンに響き渡る。
スケルトン部隊が袋小路まで追い詰めた冒険者の息の根を止めることに成功したらしい。
残すところあと一人。だがこちらは問題ないだろう。
「ああもう……クソッ!」
可愛らしい天使の人形が付いた杖を一振るいすると、小さな火の玉が飛び出してにじり寄るスケルトンたちを攻撃する。しかしその威力はごく小さなもので、スケルトンたちの鎧の表面を焦がす程度のダメージしか与えられていない。
女の本来の役割はあの男のサポートだったらしい。回復や防御など補助魔法の腕はなかなかだったが、攻撃を男に任せきりにしていたのだろう。攻撃魔法の腕は新米魔法使いに毛が生えた程度である。
いいところを見せたかったのだろうが、袋小路で息絶えたあの男が彼女の手を放して宝箱を守るスケルトン軍団に突っ込んでいったのは大失敗だったと言っていい。男もまた、防御と回復を女に任せきりにしていたのだから。
「なんか今日はカップルが多いねぇ」
女の断末魔を聞きながら、俺はスケルトンにそう声をかける。
似たような男女一組の冒険者が朝から数組は来ているのだ。
するとスケルトンは俺の質問に対してあっさりと答えを返した。
『今日はそういう日だから』
『どうしてデートにこんな血なまぐさい場所を選ぶのかは分からないけど』
「ああ、そっか」
スケルトンたちの言葉で俺はようやく思い出した。
不老不死の化物の巣食うこのダンジョンでは、なかなか時間の流れを感じることができない。ここにいると季節やイベント事に疎くなってしまうが、とはいえこんな一大イベントを忘れていたとは。
「今日はクリスマスかぁ……」
*******
「よぉ、久々だな」
襲い掛かってきたスケルトンをとっ捕まえ、道案内をさせてきたのだろう。ボロボロになったスケルトンを小脇に抱えながら、その男は俺に向かって知り合いに挨拶するみたいに手を上げた。
こんなことができる人間はただ一人だ。勇者である。
凄まじい力を持つ彼が我がダンジョンを訪れた事にも驚きだが、それ以上に俺が驚いたのは危険な性癖を持つ孤独な勇者様が可愛らしい同伴者を連れていた事だった。
「なんだその女は」
「ん? ああ、こいつか?」
吸血鬼の問いかけに、勇者は白々しく首を傾げながらその少女を見やる。
透明感ある白い肌、長いまつげ、細く柔らかそうな髪。触ったら溶けてしまいそうな儚げな雰囲気を持つ少女だ。
勇者は彼女の隣ではにかみながら、照れくさそうに頭を掻く。
「なんというか……今日はクリスマスだからな」
「ええ、なんだよそれ。ガールフレンドってこと? こんなとこでデート?」
「ま、まぁそんなような物だ」
勇者が生身の女の子と、しかもこんな可愛い娘とデートだなんて。にわかには信じがたい話であるが、彼女はその言葉を否定せず、微笑を浮かべたまま勇者に寄り添うようにして立っている。
「脅されて無理矢理連れて来られた……って訳じゃなさそうだね?」
しかし吸血鬼は二人をじっと見据えたまま、俺の言葉にゆっくりと首を振る。
「いや、油断するなレイス。ヤツが背中にナイフとか突きつけていないか、きちんと確かめるんだ」
「失礼なこと言うな!」
「失礼なものか。快楽殺人者がなにを言っているんだ」
「殺人はしたことねぇよ!」
勇者は吸血鬼に対し怒りの感情を露わにするが、慌てふためいたり吸血鬼の口を物理的に塞ごうとする様子は見られない。
「ふうん……慌てないってことは、彼女は知ってるんだ」
「なにがだ?」
「勇者様のヤバい性癖」
勇者は俺の言葉に虚を突かれたように言い淀み、しばし視線を泳がせた。
しかし彼はすぐに平静を装い、なんでもない事のように口を開く。
「ま、まぁな。でも彼女はそんな俺を受け入れてくれたんだ。お陰で破壊衝動も無くなってきた」
「幼少期から純粋培養された衝動が、そんなに容易く無くなるものか?」
吸血鬼のもっともな疑問に俺も頷く。
第一、普通の女の子が自分の命に危険が迫るような性癖をカミングアウトされて、それを平然と受け入れるなんて真似できるのだろうか。
俺はそれを確かめるため、勇者ではなくその隣の少女に向けて口を開いた。
「どうなんですかね、彼女さん」
しかし少女は俺の言葉に答えるどころか、こちらに視線を向けようともせず、ただ薄っすらと笑みを浮かべている。
……もしかするとこの少女、「普通の女の子」ではないのかもしれない。
吸血鬼も異変を感じ取ったのだろう。反応のない少女に素早く手を伸ばし、その白い腕を乱暴に掴む。
「うわっ、お前! 人の女に手を――」
勇者が怒声を浴びせながら吸血鬼の腕を掴むが、もう何もかもが手遅れだった。少女の肌は柔らかそうに見えたが、実際は見た目以上に繊細で柔らかかったのだ。
少女の腕を掴んだ吸血鬼の指はほとんど抵抗なくその白い肌にずぶずぶと沈み込んだ。それは人の腕を掴んでいるというよりは、ドロドロに溶けた餅や白いゼリーを掴んでいるように見える。
やがて指の間から彼女の肉がこぼれ落ち、足元にドロリとした水溜りができた。そしてとうとう彼女の腕は自分の重さに耐えきれなくなり、べチャリという水っぽい音を響かせながら地面へ吸い込まれるように落下してしまったのだ。
「お前の女、随分と柔らかい体をしているな」
吸血鬼は手に付いた白いゲル状の物体を振り落としながら、勇者に引き攣った笑みを見せる。
地面に落下した「少女の腕だったモノ」、そして少し遅れて「少女だったモノ」が、氷像が溶けるように半透明のゲルへと姿を変えた。
その姿は、もはや少女でもなんでもない。紛うことなきスライムである。そしてスライムは、その形状からは想像できないほどのスピードで地面を這い、ダンジョンの闇へと消えてしまった。
勇者は慌ててそれに手を伸ばすが、彼の指は虚しく空を掻くばかり。
「ああああっ! スラリーヌ!」
「スラリーヌて……」
「一体なにを企んでいたんだ? 無敵の勇者様がこんな小細工をして、宝箱でも狙っていたのか?」
吸血鬼は怪訝な表情で勇者を睨みつけるが、勇者はバツが悪そうに不明瞭な言葉を呟き続けている。
このまま待っていても埒が明かなさそうなので、勇者に変わって俺が口を開くことにした。
「違うよ吸血鬼。勇者様は見栄を張りたかったんだよ」
「はぁ? 勇者様がクリスマスにダンジョンへやって来てスライムを彼女だと言い張った理由が、『見栄を張りたいから』だって?」
「うるせぇ! 全部言うな!」
勇者は目を見開いて口を開き、悲鳴にも似た声を上げる。
勇者の目に張った涙の膜が厚くなっているような気がするが、吸血鬼はそんな事気にもせずさらなる追撃を放つ。
「まぁ見栄を張りたい気持ちは分からないでもないが、それを我々(アンデッド)に見せるというのが理解できないな。友達いないのか?」
吸血鬼がその言葉を言い終わるより早く、勇者はその拳で物理的に吸血鬼の口を塞いでしまった。
鮮やかに弧を描きながら吹っ飛び、そして背中から地面に倒れ込む吸血鬼を見下ろしながら勇者は鬼のような表情で口を開く。
「クリスマスに乗じてお前たちが悪巧みをしてやしないか監視しに来たんだよ! それで……たまたま面白いスライムを手に入れたから、ついでに連れて来ただけだ!」
「ほう、勇者様はクリスマスもお忙しいんだな」
吸血鬼は赤く腫れた頬をさすりながら、口に溜まった血と一緒に吐き捨てるように言う。
俺もなんだか面倒くさくなってきて、思わず苦笑いを浮かべながら勇者にこう伝えた。
「俺たち、この通りクリスマスも通常営業してるんで帰ってもらって結構だよ」
「……そんなこと言うなよ」
鬼のような表情から一転、勇者は雨に打たれた子犬のような表情を浮かべ、弱々しい声で語り始めた。
「この時期、街はあっちでもこっちでも電球がピカピカしてて眩しいし鬱陶しいし、そのうえどこへ行ってもカップル達が目に止まる。アイツら、自分たちの世界に入り込んじまってて周りが見えてないだろ? でも俺はしっかりアイツらを認識しちまう。奴らは自分たちの世界から俺をシャットアウトするくせに、俺の世界にはアイツらがガッツリ入り込んでるんだよ。その状態でいると、なんだか自分の世界がアイツらに侵食されているような感じがするんだ。奴らの周りだけ世界が切り取られてて、俺の世界が虫食い状態になってるような、そんな気がするんだ」
情緒不安定気味な勇者の言葉に、俺たちは顔を見合わせてそれぞれ口を開く。
「なんだかよく分からないが……これは重症だな」
「通り魔でも起こしそうな勢いだね」
「それよりあの娘はどこだ? あのゾンビの……」
勇者は寝言のようにそう呟きながら虚ろな目で辺りを見回す。
少女の形をしたスライムを失い、自分の中の闇を吐露した勇者にもはや理性が残っているとは思えない。
今の勇者とゾンビちゃんを引き合わせるのは、飢えた猛獣の檻にウサギを放り込むよりも危険な行為である。
「こ、殺すなら他所のモンスターにしてよ!」
「スライムで我慢してろ」
二人がかりで勇者の説得を試みているさなか、通路の向こうからペタペタという足音が聞こえてきた。聞き覚えのあるその足音は、少しずつこちらへ近付いて来ているらしい。
まったく、どうしてこんなタイミングで。
俺たちは息を呑んで足音のする方向へ視線を向ける。
しかし俺達の目に飛び込んできたのはゾンビちゃんではなく、赤い服と帽子を纏い、顔中を覆うような白い髭を付けた男であった。
ヤツは大きな白い袋を担いでいるにしては俊敏な動きで通路を疾走し、こちらへ真っ直ぐに向かってくる。
「た、助けてくれ! 追いかけてくるんだ!」
その声でようやく俺はその男が先輩であることに気が付いた。
そして先輩の言うとおり、彼を追跡するように通路を走る人物も見えてきた。ゾンビちゃんである。
しかし先輩は相変わらずズルズルに腐った豚の皮と血液を身に纏ってゾンビに変装しているし、彼が不味い事をゾンビちゃんはすでに知っている。それが分からないほど知能が落ちていると言うこともないはずだ。
ということは、彼女が狙っているのは先輩ではなく、何か別のものなのだろう。
「もしかしてなにか食べ物持ってます? 肉とか」
「……ああ! これか」
先輩は俺の言葉に反応し、袋から人の頭より二回りほども大きい箱を取り出してゾンビちゃんに投げてよこした。
するとゾンビちゃんは予想通り地面を転がる箱に飛び付き、中のものを貪り食った。
「なんですか、それ。……あとその格好」
「いやぁ、実は困った事になって――ん?」
先輩は膝に手をつき息を切らしていたが、勇者がいる事に気付くとパッと顔を輝かせて背筋を伸ばした。
「あっ、いつぞやのコスプレ野郎」
「誰がコスプレ野郎だ!」
幸運なことに、勇者も突然の騒ぎによる刺激で理性を取り戻しているらしい。目に光が戻っていた。
少し前まで人を殺しそうな勢いだった事も知らず、先輩は手を擦りながら勇者に擦り寄る。
「ああ失敬失敬。ところで旦那、お腹空きません?」
「な、何だ一体」
「決まってるじゃないですか、クリスマスですよ今日は。クリスマスといえばこれでしょ」
先輩は胡散臭い声でそんな台詞を吐きながら、白い袋からゾンビちゃんに寄越したのと同じ大きな箱を取り出す。
中から出てきたのは、綺麗に焦げ目の付いた巨大なローストチキンであった。
「七面鳥か?」
「ええ、そうです! お一ついかがですか? 今なら安くしときますよ」
勇者の言葉に頷きながら、先輩はローストチキンを勇者にぐりぐり押し付ける。
しかしそのローストチキン、少し妙だ。
形は絵に描いたように整っているものの、なんだか変に大きい。
……いや、よくよく見れば形も十分に変である。頭を落とされた状態でローストされているものの、首のあったであろう部分が妙に広いのだ。
「……これ本当に七面鳥ですか?」
「な、なんだよ。どっからどう見てもそうだろうが」
「七頭鳥じゃなくて?」
そう尋ねると、先輩は明らかに慌てたような素振りを見せながら視線を落ち着きなく辺りに飛ばした。
「うっ……ま、まぁそう呼ばれることもある」
「なんだ七頭鳥って」
俺達の会話に吸血鬼が首を傾げ、口を開く。
言い淀む先輩の代わりに、俺が七頭鳥についての説明を行うことにした。
「読んで字のごとく、頭が七つある化物鳥だよ。鉄の鉤爪とクチバシを持った獰猛なモンスターで、羽毛の代わりに千の針が体を覆ってるんだ」
「ゲテモノじゃないか。味はどうなんだ」
これに反応したのは、今まさに「七頭鳥」を貪っているゾンビちゃんである。
眉間にシワを寄せる吸血鬼とは対象的に、ゾンビちゃんは満面の笑みで口を開いた。
「血ノ味スルよ!」
「……小娘が飛び付くはずだな。化物にはちょうど良いかもしれないが、人間には刺激が強すぎるんじゃないのか」
「て、鉄分たっぷりで体に良いんですよ? それにほら、見てくださいこのボリューム! 家族や友人、恋人とシェアするのにピッタリで――」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
先輩の「シェア」という言葉が勇者のデリケートな心に突き刺さったに違いない。
突如奇声を上げ、今まで大人しくしていた勇者が先輩に牙を剥いた。勇者は先輩から強引に袋を奪い、七頭鳥の入った箱を力任せにぶん投げる。
「ああああああああああああっ!?」
地面に散らばる七頭鳥を見下ろして、次は先輩が悲鳴を上げた。
恐ろしいことに、先輩は怒りに任せて勇者へとにじり寄る。
「な、なにするんですか! そうだ、弁償して――」
「ブチ殺すぞ腐れゾンビがァァァァァ!」
「ひいいいっ!?」
その気迫に後ずさる先輩。しかし勇者は背中に背負った剣に手をかけながら先輩に掴みかかろうと手を伸ばす。
勇者が本気を出せば、先輩の息の根を止めて本物の死体にしてしまうのも容易い事だろう。俺たちと違って先輩は生身の人間だ。その体は脆く、そして一度死んだら生き返らない。
俺は慌てて勇者を制止する。
「お、落ち着いて落ち着いて! この人死んだら死にっぱなしになっちゃうから!」
「床を血で汚すような真似するな」
吸血鬼が剣を抜こうとする勇者の腕を掴み、先輩から引きはがす。その気になれば吸血鬼を振り切って攻撃することもできたはずだが、幸運にもそれ以上攻撃を重ねることはしなかった。
突然訪れた命の危険に、先輩は肩で息をしながらへなへなとその場に座り込む。俺はこれ以上の危険を避けるため、先輩に忠告を行うべく彼に近付いた。
「今マジで死ぬとこでしたよ。お願いですから変なことしないで下さい」
しかしそれに対する先輩の返答は、俺が予想だにしていない言葉であった。
「なんで俺がこんな目に合わなきゃなんねぇんだよ!!」
先輩が突如として声を上げる。
まるで駄々をこねる子供のような喚き声、そしてその眼からは大粒の涙が零れ落ちている。
大の男の逆切れとは思えないその様子に、俺は怒ることも忘れて先輩に尋ねた。
「ど、どうしたんですか」
「どうしたもこうしたもねぇよ! クリスマスっつうから肉仕入れて一昨日から寒い中道端に突っ立ってるっていうのに全然売れやがらねぇ!」
「そりゃあ七頭鳥じゃ売れないですよ。仕入れ値が安かったんでしょうけど、そんな詐欺まがいな商売じゃ泣くことになっても仕方ありません」
「うるせぇな! 今俺が求めてんのは正論じゃなくて温かい言葉なんだよ!」
大の男のものとは思えない身も蓋もない言葉に、俺は呆れて言葉も出ない。
人が取り乱していると却って冷静になるものである。泣き喚く先輩の姿を見ながら、勇者は呆然と立ち尽くしている。
ゾンビちゃんは相変わらず肉を貪り食っていてこちらを見ようともしていない。
先輩のすすり泣く声とゾンビちゃんの咀嚼音だけが響く中、吸血鬼が呟くように言った。
「なんだこの地獄は……」
「あれー? なんか騒がしいね、誰か来てる?」
場にそぐわない軽薄な声を響かせながら登場したのは今一番ダンジョンに来てほしくない男、狼男だ。
狼男の事だ、クリスマスを満喫しまくっているに違いない。それをこの二人に見せてしまったら、きっとまたデリケートな心が傷付き、荒んでしまう事だろう。
……と思いきや、どうやら狼男もクリスマスを満喫しているとは言えない状況にあるようだった。
彼の銀髪は真っ赤に染まり、そして流れ出た血が顔の半分を赤く濡らしてしまっている。
そんな大怪我にも関わらず、狼男は頭の怪我など存在していないかのようにニコニコ笑いながら俺たちに向けて軽く手を上げる。
「男ばっかでパーティーでもやってんの?」
「うわっ……どうしたのそれ」
どうしても気になって恐る恐る尋ねると、狼男は苦笑いを浮かべながら血を流し続ける頭にそっと手を当てる。
「ああ、これ? ちょっとトラブルがあってね」
「また女絡みか?」
「あはは」
吸血鬼の言葉を肯定するように狼男は軽薄な笑い声を上げる。
クリスマスに打ちひしがれる哀れな二人が、遊び人の不幸っぽいエピソードに食いつかないはずがなかった。
「まさかクリスマスに振られたのか!? ハハハ、ざまあみろ!」
「血出てるね!? これは良くないよ、鉄分取らなきゃ鉄分。七頭鳥どう?」
急に元気を取り戻した二人が凄い勢いで狼男ににじり寄る。
その異様なテンションに、狼男はよろよろと後ずさりしながら首を傾げる。
「ど、どうしたのこの人たち」
「気にしないで。色々あったんだよ。それで、今度は一体なにやったの?」
「うーん、ちょっとデートのスケジュールがタイトすぎてさぁ。女の子に怒られちゃった」
「そんな事で流血するまで殴る?」
「一体どんな計画だったんだ?」
吸血鬼の素朴な疑問に、狼男はポケットからスケジュール帳取り出してそれに答える。
「ええとねぇ、午前9時から12時までデート、その後13時半まで別の娘とランチ、それからまた別の娘と夕方まで遊んで、夜もまた別の娘とっていう計画だったんだけど、午前の女の子にランチデート見つかっちゃってさ。レストランで揉めてたら人が集まってきて夕方の娘と夜の娘にも見つかって、もう地獄みたいだったよ」
「そんな計画破綻するに決まってるだろう」
「なんでそんな無茶な計画立てたの?」
そのあまりにタイトすぎるリスキーな計画に、俺たちは思わず顔を引き攣らせて狼男を非難する。
しかし狼男は反省する素振りも逆切れする素振りも見せず、ヘラヘラと笑いながら口を開いた。
「だって、女の子からクリスマス誘われたら断れないじゃん?」
そのシンプルながらどこか余裕を感じさせる狼男の言葉は、クリスマスに打ちひしがれた勇者の神経を大いに逆なでしたようだった。
勇者は静かに背負った大剣を抜き、構える。何千、何万もの魔物を切ってきただろう伝説の剣は勇者の殺意を反射させてギラギラと輝き、俺たちを威嚇する。
「おかしいと思ったんだ。人間の男女比はほぼ半々なのに、こうも彼女が出来ないと嘆く男が多い。お前みたいなスケコマシのせいだったんだな」
「ま、待ってよ! 女の子に殺られるならともかく、なんで男に切られなきゃならないんだよ」
「うるせぇ! 彼女の独占は許さん!」
勇者は腹の底から響くような叫び声を上げながら力任せに剣を振るう。
しかしその感情に任せたような大振りな攻撃を避けることは、戦いにあまり慣れていないであろう狼男にとっても難しいことではなかったようだ。
狼男が身をかわしたことで剣は地面に深々と突き刺さり、勇者の動きを止めた。
彼を止めるなら今しかない。
「落ち着いてってば! たとえ狼男を殺しても多分勇者様に彼女はできないよ!」
剣を抜こうと躍起になっていた勇者は、俺の言葉でその動きをピタリと止めた。やがて彼は剣の柄を握ったまま崩れ落ちるように地面に膝をつき、そして静かに泣き始める。
地獄絵図の再来だ。
勇者を止めるためとはいえ、とてつもなく酷いことを言ってしまったような気がして酷く胸が痛む。その痛みを紛らわせるため、俺は吐き捨てるように言った。
「なんでみんなわざわざうちに来るんだよ……」
独り言に近い俺の言葉に答えたのは狼男であった。
命の危機に瀕していたにも関わらず、彼だけはけろりとした表情で平然と口を開く。
「ここはいつもと変わらないからね。イルミネーションも、赤い服着た太った男の人形も、飾り付けられたモミの木もない。なんか落ち着くんだよ」
「俺から言わせれば、クリスマスだからってみんな身の丈に合わない事をしすぎなんだよ。クリスマスなんてただの平日なんだからさ」
「そうは言ったって、生きている間はクリスマスの呪縛からは逃げられないんだよ。世間が浮ついていたら自分だって浮つきたくなるでしょ?」
「……まぁ、そうかもね」
俺は狼男の言葉に苦笑いを浮かべながら頷く。
狼男は「生きている間は逃げられない」と言ったが、もしかするとそれは違うかもしれない。
すでに死んでいる俺もクリスマスに一喜一憂する彼らを見て、呆れると同時になんだか羨ましくなっていることに気付いてしまったからである。
俺だって派手なクリスマスを過ごすタイプではなかったが、あのイルミネーションに彩られた街をもう一度見たいなぁ、などとダンジョンの暗闇に包まれながら考えるのであった。




