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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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115、毒を以て毒を制す





「うわっ、ここにもいる!」


 通路の端で気味の悪い色をした化けカエルの群れが身を寄せ合って一つの塊のようになっている。カエルとはいえその体長は人間の腰程度もあり、それが積み重なっている様はまるで岩山のようだ。思わず声を上げてしまいそうになる光景だが、俺たちの口から出るのはどちらかと言えばため息の方である。

 今、我がダンジョンには至る所にこのような光景が広がっているからだ。


「またか……退治しても退治してもキリがない。なんでこんな時期に」


 吸血鬼も引き攣らせた顔をカエルの山に向け、うんざりしたようにそう呟く。眠っているところを起こされて最高に不機嫌な魔獣を始末したばかりであり、その頬にはまだ大きなひっかき傷が残っていた。


「冬眠しに来てるんじゃない? ここは外より暖かいし、雨風しのげて瘴気も潤沢だから」

「全く、誰の許可を得てここを住処にしているんだ。通路の隅で寝ている程度ならまだ可愛げがあるが、夜中僕の棺に入ってきたらと思うとゾッとするよ。なにかこう、ヤツらを一網打尽にする良い方法はないのか?」

「うーん、ここが普通の家だったらバルーション焚くところだけど」

「バルーション? なんだそれは」

「知らない? 燻煙式の殺虫剤なんだけど……簡単に言うと、毒煙を建物に充満させて歓迎されざる同居人たちを一掃するんだ」

「ほう、それは良いじゃないか。今日は温泉客もいないし」


 俺の言葉に吸血鬼はパッと顔を輝かせ、嬉々として声を上げる。今にも倉庫かなにかにバルーションを探しに行ってしまいそうな勢いだ。

 だがバルーションを持ち歩いている冒険者などそうはいない。それゆえ我がダンジョンにバルーションのストックなどないし、仮にバルーションがあったとしてもそう簡単にはいかない。


「バルーション焚くのは『ここが普通の家だったら』の話だからね。ダンジョンまるまる燻すのに一体いくつのバルーションが必要なのか見当もつかないし……なによりバルーション焚いてる間、俺たちはどうするんだよ」

「僕は外に避難するぞ。バルーション焚くなら夜にしてくれ」

「他のアンデッドはどうすんの」


 一応尋ねると、吸血鬼は平然とした顔で悪びれる様子もなく言う。


「知るか。どうせ死なないんだから構わないじゃないか」

「勝手な事ばっかり言って……とにかく、ダンジョンでバルーションは無理だから!」

「チッ、ケチ臭いヤツだな」


 吸血鬼が吐き捨てるように言ったその時、スケルトンたちのガシャガシャと慌ただしい足音が我々の方へと近づいてきた。またもや招かれざる客たちを見つけたに違いない。

 厄介ごとの気配に吸血鬼は頭を抱えてため息を吐く。


「またか……爪や牙の無いヤツだと良いんだが」


 俺も目の前に積み重なるカエルのような魔獣がダンジョンに迷い込んだのだとばかり思っていた。

 だがどうやらそれは違うらしい。スケルトンたちは首を振りながら紙に殴り書きされた文字を俺たちに向ける。


『変なヤツ来た』




**********




 スケルトンに連れられて向かった先にいたのは、通路の曲がり角からこっそりと顔を覗かせるたくさんのスケルトン、そして魔獣の肉に夢中になっているゾンビちゃんであった。


「それで、その『変なヤツ』ってのは――」


 俺はそう言いながらスケルトン達と同じように通路の陰から顔を出してこっそりと様子をうかがう。俺の目に飛び込んだのは身を寄せ合って眠りにつく魔獣の群れではなく、暗いダンジョンに浮かび上がるような白衣を纏った男たちの集団であった。彼らの周りには不可思議な機械や大掛かりな装置が並んでいる。


「なんだあいつら」

「ただの冒険者って訳じゃなさそうだけど……っていうか、あいつら見覚えない?」


 白衣と言えば、つい最近ダンジョンへ来た「毒使い」も白衣を纏った男であった。そういえばヤツは自分をある組織で毒の研究をしている者であると称していた。

 とすると、彼らも同じ組織の人間たちである可能性がある。


「懲りないヤツらだな。雁首揃えてノコノコと……」


 吸血鬼はそう呟きながら頭の後ろで肘を掴み、肩をバキバキと鳴らす。

 うんざりしたような口調とは裏腹に、その顔にはサディスティックな笑みが浮かんでいる。今にも通路を飛び出してしまいそうな吸血鬼を、俺は慌てて呼び止めた。


「ちょっと待ってよ吸血鬼、そんな急に行ったら危ないって。まずは様子をうかがって」

「何を怖がっているんだ、やつらの実力などたかが知れているじゃないか。奇襲をかけて壊滅させてやるから、君たちはそこで見ていろ」


 朝から凶暴な魔獣退治に駆り出されたストレスをあの貧弱そうな白衣の連中に発散しようとしているに違いない。

 俺はもう一度吸血鬼を止めようと口を開きかけたが、彼はそれよりも早く地面を蹴ってヤツらの前へ踊り出てしまった。

 しかし吸血鬼の爪が男たちの喉を掻き切ることは叶わなかった。通路から飛び出した次の瞬間、吸血鬼は巨大な機械から放出された大量の弾丸をその身に受け、あっという間に穴だらけのボロ雑巾と化してしまったからである。

 しかもその弾、ただの鉛玉なんかじゃない。ヴァンパイアハンター御用達の銀の弾丸シルバーバレットだ。


「うわぁ、こんなものまで……」


 アンデッドのいるダンジョンに足を踏み入れるのだ、ある程度の対策をしているだろうとは想像していたが、まさかここまでとは。以前ここへ来た男のお粗末な「対策」とは雲泥の差だ。

 しかし設備はともかく彼ら自身の戦闘能力にそう大きな違いはないらしい。白衣の男たちは吸血鬼の襲撃と全自動で行われた撃退をただ呆然と見つめ、そしてすべてが終わった後に動かなくなった吸血鬼の元へ慌てて駆け寄っていく。ボロ雑巾となった吸血鬼を軽く調べ、男はアッと声を上げた。


「発達した犬歯、紅い虹彩……博士! 吸血鬼の可能性が非常に高い個体です!」

「懸念していた先住民の親玉をこれほど早く捕獲できるとは。諸君、我々はついている」


 博士と呼ばれた男――精悍な顔立ちの壮年の男が言うと、白衣の男たちが一斉に歓声を上げる。どうやらあの男が白衣の男たちを束ねるリーダーであるらしい。

 歓声がひと段落すると、男の一人が「博士」の元へと駆け寄って吸血鬼を指差した。


「博士、こちらはどうしましょう」

「そうだな、回復されると面倒だ。さっさと灰にして川か海にでも捨ててしまおう」


 なんでもないように呟いたその一言に、俺たちは戦慄を覚えた。


「不死身の吸血鬼と言えど、そうまでされるとちょっとマズイね……」


 あいつら、吸血鬼の息の根を完全に止める気だ。

 普通の冒険者はそんなことしない。手間もかかるし、そんなことをしたってなんのメリットもない。そもそもダンジョンを過度に破壊するような行為は冒険者のルールに反している。そのような行為でダンジョンを潰していては冒険者という職が成り立たなくなるからだ。

 ……いや、そんな事今は関係ないか。彼らは冒険者じゃないのだ。宝箱を目的にこんな大掛かりな装置を置いた訳ではあるまい。そして吸血鬼への冷酷な対応を見るに、前回の男にように実験動物の確保に来たわけでもないらしい。

 すでにヤツらは吸血鬼を運びやすくしようとおぞましい道具の準備を進めている。どちらにせよ時間稼ぎが必要だ。


「俺、試しにちょっと話してくるよ。みんなは捕まらないように気を付けて」


 スケルトンたちにそう宣言し、俺は不安げな視線を背中に感じながら白衣の男たちの元へと向かう。

 奴らは俺の姿を視界に入れた途端、慌てたように装置を操作してこの透明な体に大量の弾丸を打ち込んだ。体をすり抜けた弾丸は俺の背後にあった岩を粉々に吹っ飛ばし、ようやくその耳障りな銃声を止めた。

 ……前回のように大量のスケルトンで囲み弓でハチの巣にするという作戦も考えていたが、この様子じゃ返り討ちにされるのがオチだろうな。


「博士! アンデッド接近、攻撃が効きません」

「うん……? ああ、そいつは気にするな。煙のようなものだ、鬱陶しいが害にはならない。相手にするだけ弾の無駄だ」


 慌てふためくほかの男たちとは違い、博士は俺の姿を見るなり冷静にそう言い放った。

 さっきの吸血鬼に対する言動といい、このダンジョンの事はあらかた調べてあるようだ。


「……ま、話が早いのは助かるかな。知っての通りここはダンジョンな訳で、あんまり長く居座られると困るんだよね。宝箱を取ったらさっさと帰ってほしいんだけど」

「宝箱? ははは、ここがダンジョンなのは君たちにとっての話だろう? 私たちにとってここは興味深い実験施設なのだよ」

「ふうん、やっぱりお前らも前に来た白衣の男と同じかぁ」

「確かにヤツは我々の同志だった。だが彼と『同じ』と言われるのは心外だな。彼は命令を無視して単独でこのダンジョンへ乗り込み自滅したのだ。死者を悪く言うのは心苦しいが、実に愚かな男だったと言わざるを得ない」


 博士はにこやかに、しかしながらゾッとするほど冷徹にそう言ってのける。あの男、やはり組織での立場はあまり良くなかったのだろう。

 人間たちの鼓動すら聞こえてきそうな静けさの中、博士はさらに続ける。


「まぁそんな男だから実験もうまくいっていなかった――が、彼が今際の際に送ったデータによれば、新作の毒がこのダンジョンのゾンビに奏効したと言うじゃないか。研究室では全く成果を挙げられなかった出来損ないが、だ。そこで私たちは彼のデータをこう解釈した。『特別なのは毒ではなく、この場所なのではないか』とね。充満した瘴気のお陰か、はたまた全く別の理由があるのか……この洞窟で試してみたいことはごまんとある。そしてそこに君たちは必要ない」


 博士は俺の透明な体を通して、こちらの様子をじっと見つめるスケルトンたちを眺める。


「お仲間に伝えてくれたまえ。このまま我々の前に姿を現さず、速やかにこの場所を明け渡すようにと。さもなくば永遠に続く生に終止符を打つことになる。死に損ないの息の根を止める事など、我々には造作もないことなのだから――」





********





「不味い事になったなぁ、アイツら完全にこのダンジョンを乗っ取る気だよ」


 俺の言葉にスケルトンたちはガックリと肩を落としている。

 油断していたとは言え、我がダンジョンで最も強い吸血鬼をいとも容易く屠ったのだ。あの機械のせいで我々はヤツらを追い出すどころか、ヤツらに接近することすら難しい。

 とは言え、俺達だって「はいそうですか」とダンジョンを明け渡す訳にはいかない。

 ではどうしたら良いのか。問題はそこだ。

 なにかヒントが転がっていないかと辺りを見回すが、目に入るのは眼窩を地面に向けたスケルトンと暢気に魔獣を齧っているゾンビちゃんばかりだ。俺はほぼ骨になりかけている魔獣の死骸を眺めながらため息を吐く。


「はぁ、あっちもこっちも不法侵入の不法滞在者ばっかりだ。本当にバルーションで一掃できたらどんなに良いか……」


 何の気なしにそう呟いた瞬間、下を向いていたスケルトンのうち何体かがハッと顔を上げ、にわかに騒ぎ始めた。


「なに? うちにバルーションなんてあったっけ。いや、いくらたくさんあったとしても人間の致死量には到底――」


 俺の言葉にスケルトンは一斉に首を振った。そのうちの一体が何やら紙にペンを走らせ、それを掲げる。

 スケルトンのその言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「そういえばあの男、そんな事も言ってたような……えっ、本当にそんなのあるの?」


 スケルトンたちは激しく首を縦に振る。

 彼らの言葉が本当だとしたら――この問題は拍子抜けするほど簡単に片が付くことだろう。

 我が物顔でダンジョンに居座る白衣の集団をちらりと見やり、俺はぽつりと呟いた。


「なるほど、毒をもって毒を制すって訳ね」




********




「引っ越しの挨拶か?」


 白衣の男たちは俺の姿を見るなり嫌らしい薄笑いを浮かべる。

 すっかりこのダンジョンの主気取りだ。


「……別れの挨拶には違いないかな。実はね、ダンジョンを取られるくらいならいっそ無理心中でもしちゃおうかなーと」

「はは、何を馬鹿なことを。爆弾でも巻いて突っ込んでくる気か? 言っておくが、我々の装備は銃だけじゃない。守りも万全だ」


 博士は薄笑いを浮かべながらあちこちに並べた機械の数々に目をやる。どんな機能があるのか俺には見当もつかないが、彼の言葉に嘘はないのだろう。この態度、よほど自信があるに違いない。


「ところでなんだけど、君たちの開発した毒って解毒剤とかあるの?」


 俺は念のため、彼らに尋ねる。

 すると博士は冷たい笑い声を上げながら俺の質問にあっさり答えた。


「我々が作っているのは究極の毒だ。解毒剤や防毒マスクで防げる毒など我々に言わせれば出来損ないだよ」

「ないんだね、じゃあ良かった」


 俺が安堵の声を上げた瞬間、スケルトン特有のケタケタ顎を鳴らす笑い声がどこか遠くから響く。

 だが笑い声に紛れて「プシュッ」という音が聞こえると、スケルトンたちの「声」はピタリと途絶え、代わりに骨の崩れ落ちるけたたましい音がダンジョンのあちこちから響いた。


「な、なんだ」


 スケルトンたちのただならぬ様子に白衣の男たちの顔から笑顔が消えた。

 不安げな表情を浮かべる男たちに、俺はゆっくりと今起きていることを告げる。


「前に君たちの仲間がこのダンジョンに来た時、いろんな毒を置いて行ってくれたんだ。あれもその中の一つ」


 俺はそう言って通路の陰から転がり出てきた細長いスプレー缶を指差す。その表面には「ワンプッシュで生者がいなくなるスプレー」と手書きで書かれたラベルが貼り付けられていた。


『私はある組織で毒に関する研究を行っていてね。これらはすべて私のお手製なのだが、どれもこれもトリッキーな猛毒ばかりだ。ワンプッシュでこのダンジョンを死の洞窟に変えられる毒だってある。まぁ実験動物をむやみに殺すような真似はしないがね』


 以前ダンジョンを訪れた白衣の男は確かにそんなセリフを口にしていた。

 その後のどさくさですっかり忘れていたが、彼の言葉に嘘やハッタリはなかったのだ。そしてその効果も、どうやら本物であるらしい。

 あの白衣の男は確かに間抜けだったが、研究者としては非常に有能だったに違いない。

 それを見抜けていればあの男も、そして目の前の浮かない表情をした彼らも死なずに済んだのに。なんて皮肉な話だろう。

 だがまぁ、こちらとしては色々な意味で好都合だ。


「ちょうど害獣駆除をやろうと思ってたとこなんだ。生きている者がいなくなった後で、俺たちはゆっくり生き返るとするよ」


 通路の陰から漂ってきた紫色をした死の煙は、大小様々な命を奪いながら少しずつこちらへと迫って来ていた。

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