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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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111、魔法調理学科の優等生





「……鍋が、歩いてる?」


 足の生えた寸胴鍋がダンジョンをとことこ進んでいく。歩く度にガシャガシャ音を立てているところを見るに、鍋の中には何か入っているらしい。

 今のところ、その役に立つのか立たないのか分からない情報以外、俺たちはヤツについてなにも分かってはいなかった。

 俺はスケルトンたちと共にそいつの様子を伺いながらボソボソ呟く。


「なんだろうね、アイツ。魔物?」


 鍋の魔物などあまり聞いたことがないが、ミミックの一種ということも考えられなくはない。しかしやはり確信が持てないのか、スケルトンたちも首を傾げながらヤツの動きを見守る。

 すると突然、通路の真ん中で鍋がその足を止めた。


「どなたかいらっしゃいませんかー!」


 若い――いや、幼いと言った方が適切なくらいの男の声だ。しかも明らかにあの鍋から出てきたものである。

 刹那、スケルトンたちの視線が一気に俺へ集まる。


『呼んでるけど』


 スケルトンの一人がそんな文言の載った紙をこちらへ向ける。

 俺はスケルトンの言葉に素直に頷く。


「呼んでるねぇ」

『行くの?』

「うーん、まぁ呼んでるからね」


 ヤツが魔物ならば無闇に攻撃するわけにもいかない。人間だとしても、わざわざ危険を犯して敵を呼ぶくらいだからなにか事情があるのだろう。

 俺は通路の陰からふらりと体を出し、そしてゆっくりと鍋に近付いていく。気配を察知したのか、鍋は素早くこちらへ振り向いた。

 その瞬間、ヤツは自分の正体を呆気ないくらい簡単に明かした。

 それは魔物などではない。少年だ。白いコックコートを纏った少年が、体をすっぽり覆い隠してしまうほどの巨大な鍋を背負ってダンジョンを進んでいたのだ。

 彼は幽霊レイスである俺を見ても顔色ひとつ変えず、笑みすら浮かべて愛想の良いハツラツとした声を上げた。


「このダンジョンの方ですね!」

「ええ、まぁ」


 その勢いに飲まれ、思わず普通に頷いてしまった。

 すると彼はペコリと頭を下げ、再びハツラツとした、しかしどこか緊張感を帯びた声を上げる。


わたくし、魔法魔術学園魔法調理学科より参りました――」

「えっ、ちょっと待って。なに? 就活?」


 完全に彼のペースに飲まれてしまっている。このままでは就職面接に付き合ってしまいそうだ。俺は自分のペースを取り戻し、状況を整理すべく彼の自己紹介を遮って声を上げた。

 すると少年は困ったように笑いながら俺の言葉に首を振る。


「いえ、卒業試験です。このダンジョンをクリアすることで卒業資格が得られるんです」

「……ん? 調理学科の生徒が? 魔法科とか冒険者養成コースの生徒ならそれも分かるけど」

「やはりそう思いますよね……」


 少年は顔に浮かべた苦笑いの「苦味」の方をますます深くしながら俺の疑問に答える。


「魔法魔術学園自体は創立300周年を迎えた伝統ある学校なのですが、魔法調理科は新設されたばかりの学科。色々と制度が整っておらず、他の学科と同じ卒業試験が課せられてしまったんです」

「ええー……そんなの料理と関係ないじゃん」

「はい、私もどうせなら学校で学んできた料理技術を先生方に披露して卒業資格を得たかった。しかし文句を言っても仕方ありません。一生懸命頑張らせていただきますので、どうぞお手柔らかに」

「これはどうもご丁寧に……じゃあえっと、始めようか」


 冒険者がおしゃべりに興じている間にもスケルトンたちは彼を倒す算段を立てていたらしい。

 俺が合図を出した瞬間、スケルトンたちは彼の逃げ道を防ぐように様々な方向から躍り出てきた。


「わぁ、これは手強そうですね……どうぞよろしくお願いします!」


 どこまでも礼儀正しい少年である。彼は自分を殺そうとにじり寄る相手に頭を下げると、その巨大な寸胴に手を突っ込み、中からやや刃渡りの長い包丁を引っ張り出してきた。


「えっ……い、いやいや。まさか」


 もし声が出せたなら、スケルトンたちも俺と同じような言葉が口をついて出たに違いない。

 別に料理人だからといって、獲物を包丁で仕留める必要はないのだ。剣士が仕留めた獲物をロングソードで捌いたりしないのと同じである。

 それとも学校側が包丁以外の刃物の使用を禁じているのだろうか。だとしたら……いや、そうじゃなかったとしても気の毒な話である。

 彼はせっかく学校で習った調理技術を生かす暇もなく、こんな暗い洞窟で死んでいくのだから。


 ……と思いきや、俺の予想は清々しいほどに外れる事となった。

 彼はその小さな刃を驚くほど器用に使いこなし、華麗と言っても良い戦いぶりを見せたのである。

 もちろん彼の技術も素晴らしいが、驚くべきはその包丁だ。よく手入れされているであろう小さな刃は、スケルトンの骨をも砕いていく。


「そ、そこそこ強いね!?」


 思わず声をかけると、少年は背中に背負った鍋でスケルトンの斬撃を防ぎながらこちらに笑みを向けた。


「一応学校で戦闘訓練も積んでるんです。幻の食材は市場に流通していないことも多いですから、虎穴に入れるだけの強さがないと」

「そうなんだ、料理人も大変だなぁ」


 そうこうしているうちに、スケルトン軍団最後の一体が地面に崩れ落ち、地に足ついて立っているのは少年だけになってしまった。

 想定していなかった結末に俺が唖然とする中、少年は勝利を喜ぶどころか、地面に散らばる骨の山を前に難しい表情を浮かべる。


「骨か……本来食材にはならない部位。しかしこの僕にかかれば本来捨てちゃう部位も美味しい一品に早変わりだ」

「えっ、人骨だよ? 部位の問題じゃないよ?」


 どうやら、なんらかのスイッチが入ってしまったようだ。少年は俺の言葉に返事もせず、背負った巨大寸胴の中から一般的な大きさの寸胴をマトリョーシカのごとく取り出し、おもむろに地面へと下ろす。一見なんの変哲もない鍋だが、やはりマジックアイテムなのだろう。火にくべていないにも関わらず鍋からは湯気が立ち上り、中には種々の香味野菜などが浮いている。

 そして少年は華麗な包丁捌きによりバラバラになったスケルトンたちをなんの躊躇いもなく鍋の中に投入した。


「ええ……マジか……」


 俺は少年の信じられない行動に思わず声を漏らす。腹の底から湧き上がる感情は、食べ物で遊ぶ大人を見たときのそれと酷似していた。

 ところがそれから数秒後、俺は全く別の理由で声を漏らすこととなった。


「うわぁ、なんかいい匂いしてきた……」


 鍋から漂う湯気と共に、なんとも言えない芳醇な香りが立ち上ってくる。

 俺が人間で、この香りが街のレストランから漂っていたなら、俺は間違いなくその店に入っていたことだろう。

 だがここは血生臭いダンジョンで、俺はその鍋の中身を知ってしまっている。スケルトンから出汁をとったスープから漂うのがこんな良い匂いだなんて、これ以上気味の悪い事があるだろうか。

 しかも感覚の鈍ったこの俺がこれほどまでにハッキリ匂いを感じているのだ。かなり強い匂いが漂っているに違いない。

 そしてやはりこの匂いは湯気とともにダンジョン中に流れてしまったらしい。美味しそうな匂いに惹きつけられ、ふらふらとこちらへ向かう者が一人。ゾンビちゃんである。


「良イ匂イ。オイシソウ」


 ゾンビちゃんは鍋でコトコト煮込まれるスープではなく、それをかき混ぜる少年を見つめがら呟く。


「むっ、ゾンビか」


 少年もゾンビちゃんに気が付くと、すぐさまおたまから包丁に持ち替え、素早くゾンビちゃんに斬りかかる。

 しかしゾンビちゃんは振り下ろされる刃に怯みもせず、それを片手で握り、受け止めた。そして包丁が指に沈んでいくのも意に介さず、その鋭利な刃をへし折る。


「さ、さすがに中ボス相手に包丁では太刀打ちできないか……」


 少年は折れて柄だけになった包丁を悲しそうな目で見つめながら、それを背負った鍋の中に放り込む。そして代わりに鍋の中から取り出したのは、妙な形の巨大なハンマーであった。銀色に輝く頭部は四角い形をしており、その表面にはデコボコした模様が彫られている。


「行くぞ……料理してやる!」


 少年はハンマーを構え、ゾンビちゃんへ果敢に立ち向かっていく。その細腕で重量感あるハンマーを振り回し、勢いのついた鉄の塊は唸りを上げながらすくい上げるようにしてゾンビちゃんの膝を砕いた。


「ウッ!?」


 瞬間、骨が砕け、筋繊維が切れる嫌な音が上がる。このハンマー、見た目に違わず凶暴な武器だ。ゾンビちゃんの膝はもはや原型が分からないほどぐしゃぐしゃに潰れ、その勢いにより彼女は地面へ仰向けに倒れ込む。

 その隙を、当然のことながら少年は見逃さなかった。彼は巨大なハンマーを器用に扱い、地面に倒れ込んだゾンビちゃんに次々攻撃を放っていく。

 ゾンビちゃんが動かなくなっても少年の猛攻は続き、白いコックコートが真っ赤に染まって、ようやく彼は柄まで血に塗れたハンマーを下ろした。

 だが彼の「死体蹴り」は、まだ終わったわけではない。


「フラワー!」


 少年は、地面に横たわり動かなくなったゾンビちゃんに右手をかざして呪文のようなものを唱える。瞬間、彼の手の平から白い粉が吹き出し、ゾンビちゃんの体を覆っていく。

 魔法には違いないのだろうが、聞いたことのない呪文である。その白い粉がなんなのかもよく分からない。

 首を傾げていると、少年は再び口を開き声を上げた。


「スプラット!」


 少年がまたもや聞き覚えのない呪文を唱えた途端、手から降り注いでいた粉がスッと止み、かわりに黄色いドロドロとした液体が気味の悪い音を立てながら彼の手から飛び出した。

 その液体は粉だらけになったゾンビちゃんの体をコーティングするように滴り落ちていく。

 なんのために戦闘不能になったゾンビちゃんに魔法をかけているのか分からないし、こんな気持ち悪い呪文に心当たりもない。

 しかしなぜだろう。この光景自体にはなんだか見覚えがあるような気がする。 


「クランブス!」


 次に少年が呪文を唱えると、気味の悪い液体は彼の手から吹き出すのを止めた。代わりに彼の手から出たのは、何かを刻んだようなボソボソした荒い粉である。先程の気味の悪い液体によるコーティングのせいで、少年の手から降り注ぐ粉がゾンビちゃんの体に引っ付いていく。荒い粉はゾンビちゃんの体にまんべんなくまぶされ、さながら巨大な蛹のようになってしまった。

 そして少年は大きく深呼吸をしながら、次は両手をゾンビちゃんにかざす。


「究極奥義……フリッター!」


 刹那、彼の両手からやや黄色っぽい液体が噴き出し、ゾンビちゃんの体に降り注いだ。液体は湯気と「じゅうじゅう」という音を立てながらゾンビちゃんの纏った衣を黄色く染め上げる。この液体、恐らく水じゃない。油だ。

 立ち上る芳ばしい香りと見覚えあるフォルム……狐色の衣を纏いて千切りキャベツの野に降り立つ勇姿が目に浮かぶようである。

 そして少年はカラッと揚がったゾンビちゃんを見下ろし、満足げに頷いた。


「よし、メインディッシュ完成! そうだな、名付けて……『ぞんかつ』だ!」

「うわぁ……料理しやがった。分かってる? それゾンビだよ? ポップな名前つけてるけど、ゾンビだよ?」

乾燥熟成肉ドライエイジが流行っているように、そもそも肉というのはある程度寝かせた方が旨味が出るんですよ」

「いやいや、『ある程度』を超えちゃってるよ。先週それで酷い目にあったヤツが出たばかりだよ」


 俺の忠告にも聞く耳を持たず、少年は背負った巨大寸胴鍋から大きなタッパーとナイフを取り出し、完成した「ぞんかつ」をカットして詰め込んでいく。まさか本当に食べる気か、もしくは誰かに食べさせようと企んでいるのだろうか。

 ダンジョンが弱肉強食なのは重々承知していたつもりだったが、まさか本当にアンデッドを肉として食おうとする人間が現れるとは。

 自分たちの普段していることを棚に上げてドン引きしていると、匂いに釣られたのだろうか、今度は通路の向こうから吸血鬼が歩いてきた。


「おっ、新しい食材……じゃなかった、魔物!」

「妙な匂いがすると思って来てみたら、また随分とクレイジーなのが来たな」


 鍋底に沈むスケルトンと衣に包まれたゾンビちゃんを見るなり、吸血鬼は頬を引き攣らせながら少年の前に立ちはだかった。

 少年は寸胴鍋から血の付いたハンマーを取り出し、素早く構える。そして地面を蹴り、先手必勝とばかりに吸血鬼に襲いかかった。

 だがいくら彼に技術があっても、やはりハンマーというのは小回りの効かない武器であり、一撃一撃の動作が大きい。しかも吸血鬼の素早さはゾンビちゃんの比ではない。吸血鬼は唸りを上げて振り下ろされるハンマーを、軽々避けてみせた。


「うーん、これじゃダメか。ていうか、もうスープもメインもあるしなぁ……」


 ハンマーでの攻撃に見切りを付けたらしい少年は、再び鍋に手を突っ込み、新たな武器とアイデアを引っ張りだすべく中を掻き回す。


「そうだな、このコースに足りないものと言ったら……」

「ペラペラ喋る余裕があるのか?」


 嘲笑うように言うと、吸血鬼は地面を蹴って一気に少年との距離を詰める。少年もいち早くそれに気付き、退避すべく地面を蹴るが間に合わない。

 身をよじることで急所は避けたものの、吸血鬼の鋭い爪は少年の肩を深く抉った。


「あっ……」


 返り血で染まっていたコックコートに、この日初めて彼の血が染み込んだ。今までどこか余裕の表情を浮かべていた少年の顔が引き攣り、額に脂汗が滲む。他人事だった「死」が、案外自分のすぐそばに潜んでいると言う事に気が付いたのだろう。

 負傷した腕を押さえて肩で息をする少年を見下ろし、吸血鬼は挑発するように手に付いた血を舐める。

 その瞬間、少年の目がカッと開いた。


「血液……そうだ!」


 そう声を上げるなり、少年は突然体勢を立て直して吸血鬼の懐へ飛び込んだ。

 ここにきて少年がこんな動きをするとは思ってもみなかったのだろう。半ば勝利を確信していた吸血鬼は、少年の捨て身とも思える攻撃に一瞬反応が遅れた。

 上手く懐に潜り込んだ少年は、吸血鬼に素早く何かを打ち込む。


「ッ……離れろ!」


 しかし吸血鬼だってそう長く少年の接近を許したりはしない。吸血鬼が腕をひと振りすると、少年のちいさな体はいとも容易く吹っ飛ばされてしまった。

 少年はけたたましい金属音を響かせながら壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちるように地面に座り込んだ。無理をしたせいか、腕からの出血も酷い。

 もはや勝負あったか、と思ったのも束の間。吸血鬼の様子がおかしいことに気が付いた。


「なんだ、酷く喉が渇く……一体何を」


 壁に手をつき、肩で息をしながら少年を睨む吸血鬼。その体には何本もの太い注射器が突き刺さっている。

 そのうちの一本を抜き、吸血鬼は吐き捨てるように言った。


「チッ、毒でも入れたか」


 だが少年は穏やかな笑みを携えて、吸血鬼の言葉に首を振った。


「いや、特製糖液だよ」


 少年はそう言いながら、吸血鬼に向かって手をかざす。


「究極奥義、スチーム!」


 そう唱えた瞬間、彼の手から高温の蒸気が吹き出した。通路を広範囲に覆うスチームを、意識朦朧とした吸血鬼が防ぐことは難しかったに違いない。

 高温の霧が晴れると、そこにはすっかり蒸し焼きになった吸血鬼が転がっていた。


「よし……うっ」


 安堵の表情を浮かべたのも束の間、少年は思い出したように腕に負った傷を押さえる。

 ボスを倒したとは言え、少年の容態はいいとは言えない。一刻も早くダンジョンを出て然るべき治療を受けなくてはならないだろう。

 ところが少年は立ち上がるなり、まっすぐに蒸し焼きになった吸血鬼の元へと向かった。そしてポケットから小さなナイフを取り出し、戦闘不能となった吸血鬼の胸に刃を入れていく。

 彼が吸血鬼の胸から抉り出したのは、動くことをやめた握りこぶし大の筋肉の塊――心臓である。

 少年は緊張の面持ちで取り出した心臓にナイフを入れていく。半分になった心臓を開いて中を覗き込むなり、彼の顔がパッと明るく輝いた。


「完成! デザートはハートのゼリーだ」


 開いた心臓は当然のことながら真っ赤な血液に満たされている。だが注入された「特製糖液」とスチームのせいだろうか。血液はぷるぷるとしたゼリー状の塊となり、吸血鬼の心臓を器にして揺れていた。

 少年はそれを愛おしそうにタッパーに詰め、至福の表情と共にこちらへ顔を向ける。


「ありがとうございました、アンデッドフルコースの完成です。試験項目には含まれていませんが、外で待つ先生方に振る舞おうと思います!」


 満面の笑みを浮かべた少年はゾッとする言葉をなんの躊躇いも悪意もなく口にしてみせる。

 もはや止めたところでどうにかなるものでもあるまい。俺は外で待つという教師たちを密かに憐れみながら、意気揚々と出口に向かって歩いていく少年の後ろ姿を見送ったのだった。


 アンデッドフルコースを食した教師たちがどうなったのか、俺には知る由もない。



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