106、働く男の戦闘服
実りの秋とはよく言ったものである。
過ごしやすい気候のお陰で動きが活発になった冒険者が我がダンジョンにも押し寄せ、暗い洞窟内には嬉しい悲鳴と断末魔がひっきりなしに響き渡っていた。
「あー忙しい忙しい! あっ、吸血鬼も早く宝物庫前で待機しといて」
「いや、今から着替えを取りに行ってくる」
吸血鬼はそう言って頬に付いた血を拭いながら宝物庫とは逆向きに足を踏み出す。
朝からひっきりなしに続いている冒険者の襲撃のせいで吸血鬼の全身は血の池にでも落ちたみたいに赤く染まっている。だが彼に血で汚れたシャツを替える暇などない。
「ダメダメ。次の冒険者たちがすぐそこまで来てるから」
「はぁ? もういい加減にしてくれ、こんな格好じゃとても人前に出られない」
「大丈夫大丈夫。その格好見た冒険者全員殺しちゃえば良いんだよ」
「簡単に言うな、朝からほとんど休みなしだぞ。もうヘトヘトだ。スケルトンや小娘は何をしている」
「仕方ないじゃん。吸血鬼もそうだとは思うけど、他のみんなも満身創痍なんだよ。次から次へひっきりなしに冒険者が来るんだからさ」
そう宥めると、吸血鬼は攻撃の対象を同僚アンデッドから冒険者に変えたようだった。剣のぶつかり合う音の聞こえる方に憎々しげな視線を送り、大きく舌打ちをする。
「あいつら、ちょっと涼しくなるとぞろぞろ雁首揃えてやって来る。暇なのか?」
「何言ってんの、あの人たちがダンジョンに来るから冬の間飢え死にしないで済むんだよ。それにあっちだって仕事でやってるんだから。ほら、こっちも仕事するよ」
「まったく、血が乾く暇もない……」
吸血鬼は吐き捨てるようにそう言うなり、血で汚れた髪をかき上げながら踵を返して宝物庫へ戻っていった。
********
日が沈み、外の森は闇に覆われ、人間の気配もすっかりなくなった頃。
「はぁ……ようやく一日が終わった」
吸血鬼は着替えたばかりのシャツに土が付くのも構わず、地面に大の字になって倒れこんだ。日が昇ってからずっと戦いっぱなしだったのだ。無理もない。
だが「一日が終わった」という彼の認識は残念ながら間違っている。俺は山盛りになった冒険者たちの遺品と疲れ切った様子のスケルトンを横目に、寝転がる吸血鬼に声をかけた。
「休憩中のとこ悪いんだけど、吸血鬼も荷物の仕分け手伝って」
すると吸血鬼はとんでもないとばかりに目を見開き、ネズミに足でも齧られたみたいに飛び起きた。
「それはスケルトンの仕事だろう!?」
「スケルトンだけじゃ間に合わなくて、ゾンビの手も借りたいくらいなんだ。疲れてるとは思うけど、頼むよ」
吸血鬼は終始不服そうな表情を浮かべていたものの、おぼつかない足取りでダンジョンを行き来するスケルトンや自分の体より大きな剣を何本も抱えて走り回るゾンビちゃんを前にして流石に断れなかったらしい。
「なんで僕が……」
吸血鬼はブツブツ文句を言いつつも荷物の山の麓に座り込み、想像していたよりずっと素直に冒険者たちの遺品整理を始めた。
「こんな地味な仕事やりたくない」とでも言われるかと思ったが、頼んでみるものである。
……と思ったのもつかの間。吸血鬼は突然嬉々として声を上げた。
「おっ、見ろレイス。なかなか良いものがあったぞ」
そう言って吸血鬼が冒険者のカバンから取り出したのは、黒い男性用のジャケットである。
全く、手伝ってくれたと思ったらこれだ。俺は渋い表情を浮かべて吸血鬼に言い放つ。
「遊んでないで真面目にやってよ」
「そう固いことを言うな。これくらいの楽しみもないんじゃやっていられない」
吸血鬼は俺の言葉など気にもせず、悠々とそのジャケットを羽織ってみせる。
どうやらその着心地に満足したらしく、先程までの疲労感が嘘のように満面の笑みを浮かべて言った。
「うん、オーダーメイドみたいにピッタリだな。生地も上等だ。これは僕が貰うぞ」
「そんな勝手に……まぁ良いけどさ」
「ようやく血の付いていない上着を手に入れた。さっそく明日着――ん?」
吸血鬼はジャケットのボタンに手を掛けたまま、ピタリと動きを止めた。
「……どうしたの?」
尋ねると、吸血鬼は顔を上げて困惑したような表情をこちらに向ける。
「いや、なんか……脱げないんだ」
「はぁ? 疲れてボタンも外せなくなっちゃったの? 子供じゃないんだからさぁ」
「ち、違う! ボタンのせいじゃ……」
「スケルトンたち、悪いけどちょっと手伝ってあげて」
スケルトンたちは俺の指示に応じ、気怠そうに吸血鬼のボタンに手をかける。
ところが彼らも吸血鬼と同じようにその状態のまま動きを止め、やがて困ったようにこちらを向いて首を振った。
「ええっ、そんなに固いボタンなの?」
「そんな訳ないだろう。これは恐らく物理的な問題じゃない」
「物理的な問題じゃない……?」
脱げない装備品――物理的な問題じゃないとすれば、考えられることは一つしかない。
このジャケット、呪われている。
「……大丈夫? 苦しいとか痛いとかない?」
俺は恐る恐る吸血鬼にそう尋ね、彼の様子を注意深く観察する。吸血鬼の顔は死人のように真っ青、それに反し目なんか血みたいに赤い。
……が、それは別に呪いのせいではない。もともとである。
吸血鬼はその蒼い顔を引き攣らせ、無理に笑って見せる。
「こ、恐いこと言うなよ。今のところ大丈夫だ」
「なら良かったけど……でも困ったな、吸血鬼が教会に行くわけにもいかないし。この繁忙期にボスがいないって事だけは避けないと」
「とりあえず様子を見るしかないか。大したことないと良いんだが。ちなみに、呪いの装備を着けるとどうなるんだ?」
「ものによって色々だから何とも言えないけど、ポピュラーなのは生き血を吸われるとか、精気を奪われるとか、正気を失うとか、少しずつ締め付けられて最後には窒息死するとか」
俺の言葉に吸血鬼の顔がどんどんと引き攣っていく。
やがて吸血鬼は頭を抱え、大きくため息を吐いた。
「……聞かなきゃよかったな」
*******
翌日。
呪いの装備を纏った吸血鬼には確かに大きな変化があった。しかしそれは俺達の想像していたものとは大きく違っていた。
「準備して吸血鬼、すぐそこまで冒険者が迫ってる!」
「もうか? 今回の冒険者は到達が随分と早いな」
吸血鬼の冷静な一言に、俺は一瞬言葉を詰まらせる。
だがこのまま黙っていても仕方がない。俺は大きく息を吸い、一思いに口を開いた。
「……ご、ごめん。ゾンビちゃんの回復が間に合わなかったのと、スケルトンたちへの伝達ミスのせいで上手く立ち回れなくて……冒険者たち、ほぼ無傷なんだよね」
俺は言い訳することを諦めて真実だけを伝え、体を固くして吸血鬼の次の一言を待つ。
吸血鬼の事だ。俺のミスとふがいない結果を叱責するに決まっている。いつもなら言い返すところだが、今回は完全に俺のミスだし、吸血鬼に負担を強いる結果となってしまった。ここは何を言われても黙って謝るしかない。
そして、永遠にも思えるほど長い数秒の沈黙のあと、吸血鬼はゆっくり静かに口を開いた。
「上等だ、僕に任せろ」
「……えっ?」
思わぬ一言に俺は耳を疑う。
すると吸血鬼は平然とした表情で、もう一度はっきりと口を開いた。
「大丈夫だ。ここで僕が奴らにとどめを刺せば良い話だろう」
「う、うん……でもどうしちゃったの吸血鬼」
「なにがだ。変なこと言ったか?」
「いや……なんか今日はやけに優しいから」
「気持ち悪いなぁと思って」と言う言葉を俺は慌てて飲み込む。
吸血鬼はというと、人が変わったように爽やかな笑みを浮かべ、優しい口調で俺に言った。
「今日は物凄く調子が良いんだ。蓄積していた疲れが嘘みたいに吹っ飛んで……なんというか、やる気がみなぎってくるんだよ。ジッとしているくらいなら冒険者と戦っていたいくらいだ」
「そ、そうなの? ええと……呪いの方は大丈夫?」
「呪い? ああ、そういえばそうだったな。安心しろ、そんな事忘れてしまうくらいに大丈夫だ」
吸血鬼は自分の纏った黒いジャケットを一瞥し、何でもないように笑ってみせる。その笑顔は彼の体調がとても良い事、そして彼の精神が今までにないほど穏やかで優しさに溢れていることを証明しているかのようであった。
しかしこの時、呪いは確実に彼の精神と肉体を蝕んでいたのだ。
呪いによる異変が濃くはっきりと出てきたのは、日が沈み、アンデッドたちも眠りについた深夜の事であった。
「……こんな時間にどうしたの?」
この時間に活動しているのは睡眠を必要としない――いや、眠ることのできない俺くらいだ。
完全な静寂に支配されたこの時間帯のダンジョンで誰かが無防備に歩き回れば俺はすぐに気が付く。足音に反応し、壁をすり抜けて駆け付けた先にいたのは、目の下にうっすらクマを作った吸血鬼であった。
「ああ、レイスか。明日の準備をしようと思ってな」
「準備って、武器を使うわけでもないのに何の準備がいるっていうんだよ。それに夜明けはまだまだ先だよ?」
案の定、吸血鬼の手には何も握られていない。いくら準備したくたって、彼の戦闘スタイルでは「替えのシャツを用意する」くらいの事しかできないのだ。
だが吸血鬼はその行動になんの疑問も抱いていないかのように堂々と微笑んで見せる。
「なんだかジッとしていられないんだ。それに、この時期に少しでも多く食糧を蓄えておかないといけないだろう?」
「そ、それはそう……だけど。でもほら、休むのも仕事のうちだよ? 体壊したら元も子も――」
「は? 休むのも仕事のうち、だって?」
その瞬間、吸血鬼の顔色が変わった。
穏やかだった表情は酷く歪み、攻撃的な視線が俺の透明な体を射抜く。
そして彼はその尖った牙を剥き出しにし、勢いよく口を開いた。
「貴様、仕事を舐めているのかァ!」
静寂を切り裂くような怒声がダンジョンに響き渡る。
驚いて飛び起きたのだろうか、どこからか響いてくる骨の崩れるような音が聞きながら、俺は恐る恐る口を開いた。
「えっ……ご、ごめん」
「チッ、ここのダンジョンの連中は揃いも揃って甘すぎる。仕事に対する熱意が足りない――」
鬼のような表情で「仕事」について熱弁をふるう吸血鬼。その姿は、とても正気には見えなかった。
吸血鬼の異常な演説に唖然としている俺の目に映ったのは、彼の纏ったあのジャケットである。
俺が吸血鬼の豹変の原因が呪いであると確信したのはこの時だった。
しかし呪いが真に脅威を振るうのは、それから数時間経ってからの事である。
「なにサボってるんだ! もう冬まで二ヶ月しかないんだぞ、分かっているのか!」
思わず耳を覆いたくなるような怒声がダンジョンに響く。
喚き散らしているのはもちろん吸血鬼だ。吸血鬼に説教されているのはスケルトン――いや、疲労で人の形を保てず崩れ落ちた骨の山。
『どうしたの、あれ』
ネズミの入った籠を手に持ったスケルトンが俺の方に近付いてきてこっそりとそう尋ねた。この騒ぎを知らないということは、恐らく温泉業務の方のシフトに入っていた幸運なスケルトンだろう。
俺は大きくため息を吐き、夜のうちに本で調べた知識を披露する。
「呪いだよ、過労の呪い」
『過労?』
「そう。吸血鬼の纏ってるあのジャケット――あれは月200時間残業、300日連続勤務の末過労死した労働者の怨念がこもってるスーツなんだ。このスーツを纏った者は呪いのせいで眠ることも休むこともできず、死ぬまで働き続ける」
『死なない場合はどうなるの?』
「死なない場合は……どうなるんだろうねぇ」
俺はもう一度、今日だけで数十回目になるため息を吐いた。
もちろん繁忙期にはある程度無理をしてでも働いてもらわなくてはならない。しかし非効率的な長時間労働を続ければ疲労により集中力が落ち、本来の力を発揮できなくなってしまう。
そして困ったことに、ある程度地位の高い者がこの呪いに掛けられた場合、周りの者にも呪いを振りまく事になるのである。
「コラァーッ! 肉喰う暇があったら仕事しろ仕事!」
次に吸血鬼のターゲットになったのは、自分が屠った冒険者の肉を貪るゾンビちゃんである。
彼女は急に怒鳴りつけられ、きょとんとした表情で首を傾げる。
「ナンデ? 食ベルためニ殺シタのに」
「口答えするなッ! 見ろ、みんな働いているんだぞ。サボっているのはお前だけだ」
吸血鬼の言う通り、スケルトンたちは誰一人休むことを許されず「死人のような表情」を浮かべてフラフラと働き続けている。夜明けの数時間前に吸血鬼にたたき起こされて以来、彼らは休息もなく働かされ続けているのだ。
ただでさえ忙しく、疲労も溜まっているところにこの仕打ち。彼らの体力はもはや風前の灯火である。
その光景を目の当たりにし、ゾンビちゃんは不可解そうな表情を浮かべて吸血鬼に言い放った。
「じゃあミンナ休メバ良イのに」
「屁理屈言うな!」
吸血鬼はまるで自分が正しいかのようにゾンビちゃんを怒鳴りつけたが、今回ばかりはゾンビちゃんが正しかった。
吸血鬼は本来働く必要のない人員まで総動員し、する必要があるのかないのか分からない仕事をさせているのである。呪いに掛けられている本人は一種のトランス状態に陥っており疲労感などが麻痺しているが、周りのアンデッドたちはそうではない。
『助けてレイス』
『このままじゃこっちが過労死しちゃうよ』
地獄の亡者が蜘蛛の糸を掴むかの如く、スケルトンたちは俺の透明な体に縋りつく。だが間髪入れず吸血鬼がこちらへとやって来て、彼らを容赦なく労働無間地獄へと引きずり込んでいった。
このままでは彼らの心が壊れる日もそう遠くない。吸血鬼に引きずられながらも助けを求めるようにこちらに手を伸ばすスケルトンたちの悲痛な表情を前に、俺は吸血鬼を止める事を心に誓った。
俺たちアンデッドは確かに体は不死だ。しかし心の方は過酷な労働環境に耐えられるほど強くないのである。
*******
「ああ忙しい! 忙しい!」
土砂降りの雨のせいで夕方から客足がばったり途絶え、日が沈むころには冒険者の荷物の仕分けから明日の準備までほぼすべての仕事が終わっていた。
しかし精神まで呪いに浸食された吸血鬼に休むという選択肢はない。「何かやっていないと気が狂いそうになる」と主張する彼がスケルトンから与えられた仕事は「穴を掘っては埋める」という不毛な作業であった。
『これって仕事のうちに入るの?』
日中、温泉の方で業務に勤しんでいたスケルトンたちが吸血鬼を見て困惑したように首を傾げる。恐らく吸血鬼の状態がここまで悪いとは想像していなかったのだろう。温泉で働いていたスケルトンまで吸血鬼に虐げられることのないよう、彼らには冒険者通路にできるだけ近付かないよう指示していたのだ。
俺は苦笑いを浮かべ、半狂乱で土を掘り続ける吸血鬼を見下ろす。
「多分疲労で正常な判断ができないんだよ。でももうちょっとこう、役に立つ仕事はなかったの? 事務仕事とかさ」
『それこそ判断力が落ちてるから、まともな仕事は任せられない』
「ああ……そりゃそうだよね」
連日の業務と昨夜の徹夜、そして今日の無茶な仕事量に吸血鬼の体は悲鳴を上げているはずだ。しかし呪いの力により疲労を感じないどころか高揚感すら覚えているのだろう。目の下には濃いクマが浮かんでいるのに、眼光は鋭く、顔には笑みなどを浮かべている。あんな状態で仕事などさせたら、その尻拭いにもっと多くの時間がかかるに違いない。
明日もきっと多くの冒険者が訪れるだろう。早く吸血鬼を正気に戻し、「正しい労働」をしてもらわねば。
「さて、あのスーツをどうするかだけど」
俺はそう切り出し、改めて吸血鬼を見下ろす。
一日中働き続けたにもかかわらず、彼のスーツには皺の一つ、汚れの一つもついていなかった。
「まぁ無理だとは思うけど、念のためやってみよっか。ゾンビちゃん、お願い」
「ウン」
指示を送ると、ゾンビちゃんは吸血鬼に背後からそっと近づき、スーツの裾を両手で掴んで思い切り引っ張った。
普通の衣類ならば新聞紙でもちぎるみたいに容易く縦に避けてしまうはずだ。しかし予想通り、ゾンビちゃんがどんなに踏ん張っても吸血鬼のスーツには全くダメージを与えられなかった。
やがてゾンビちゃんは吸血鬼のスーツから手を放し、俺の方を向いて静かに首を振る。
「ダメ」
「やっぱダメか。ゾンビちゃんの力でダメって事は、物理的な手法には頼れないってことだね。どうしたものかなぁ……」
そう簡単に呪いが解けない事は覚悟していたが、ゾンビちゃんにも破壊できないところを実際に見せつけられるのはなかなかにキツイ。物理的な攻撃を受け付けないということは、かなり強力な呪いが込められているということだ。この呪いは小さな町の教会程度じゃ解けないかもしれない。
ミストレスを呼べば簡単に呪いを解いてくれそうではあるが、彼女に頼るのは最終手段だ。きっと呪いより手痛い被害がダンジョンを襲うことになる。
ならば一体どうしたらよいのか。
頭を悩ませていたその時、不意にガシャガシャというけたたましい足音が聞こえてきた。顔を上げると、俺の前に疲弊してフラフラになったスケルトンが何十体も並んでいるのが目に入った。
土塗れの骨、今にも崩れてしまいそうな不安定感――間違いない、吸血鬼に強制労働させられていたスケルトンだ。
「スケルトン! ダメだよ、休んでないと。ここにいるといつ吸血鬼に働かされるか――」
『その呪い、解いてみせる』
「え? と、解いてみせるって――」
よくよく見ると、彼らはみなその手に武器を握っていた。それでスーツを引き裂くつもりだろうか。
「ゾンビちゃんでもダメだったんだよ? いくら武器を使ってもさ」
スケルトンたちは何も言わないかわりに、どこからか小さな袋を取り出した。
中に何か入っているらしく袋が膨らんでいるが、その口は8割がた縫い付けられていてその正体をうかがい知ることはできない。
だが次の瞬間、スケルトンは袋を地面に落とし、そして持っていたモーニングスターをその袋に叩きつけた。
「な、なにを……?」
疲労でスケルトンまでおかしくなったのか。
そう思ったが、スケルトンは極めて冷静に地面にめり込んだ袋を拾い上げ、逆さにして振って見せる。袋に開いた小さな口から出てきたのは、粉々に砕けたクルミのような木の実であった。
初めは彼らの真意を汲み取れずただ呆然としていたが、やがて俺は彼らがこれから何をしようとしているのかを悟った。
つまりあの袋こそが「呪いのスーツ」で、中のクルミが吸血鬼と言うことなのだろう。
とすると――
「もしかしてスーツを破るんじゃなくて『中身を潰して掻き出す』って事?」
スケルトンたちは武器を構え、カタカタと不気味に笑ってみせる。
そして彼らは穴掘りに夢中になっている吸血鬼の元へゆっくりゆっくりと近付いていく。俺に心を読む能力などないが、それでも彼らが「呪いを解いてあげよう」という純粋な気持ちを胸に武器を握っている訳ではないと気付いた。彼らの姿は極悪非道の経営者に一矢報いてやろうと武力蜂起した労働者そのものである。
そして彼らが吸血鬼の掘った深い深い穴の中に入っていった直後、鈍い打撃音と短い悲鳴が響いてこの過酷な労働環境の終わりを告げた。




