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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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番外編 うわっ…俺達(高校生)って弱点多すぎ…?


100話突破記念特別番外編です。

話の舞台をダンジョンから高校に移しました。

流血無し、腕も足ももげませんがそれでも良いという方は寛大な心をもってお読みください。









「た、頼む……後生だ、見逃してくれ。同じ教室で共に学んできた仲間クラスメイトじゃないか」


 その生徒は黒いスラックスが汚れるのにも構わず床に膝をつき、蒼い顔で俺たちを見上げて必死に許しを請う。

 だが彼の目の前で赤い瞳を光らせているのは我が学園のトップ、すべての生徒の頂点に立つ男、吸血鬼生徒会長である。彼の傲岸不遜冷酷無慈悲な仕事ぶりはベテラン体育教師をも唸らせる程。 

 案の定、彼は意地の悪い、人を嬲るような薄ら笑いをその顔に貼り付けて男子生徒に言い放った。


「ほう、こんなものが目の前にあってどう見逃せというんだ?」

「違うんだ、これは病気で入院中の弟のために――」

「病人にエロ本の差し入れなんかするなッ!」


 目も当てられぬほど破廉恥な格好をした女性が怪しく微笑む雑誌を素早く丸め、吸血鬼はそれを男子生徒の脳天に叩き込んだ。


「痛ァイッ!?」

「神聖な学び舎にこんな猥褻図書を持ち込むとは何事だッ! 貴様の罰はエロ本百叩きの刑だからな!」


 エロ本を振り回し、男子生徒をタコ殴りにする吸血鬼に嫌が応にも通行人の視線が注がれる。これではどちらが変態か分かったものではない。

 俺は二人を周囲の目から隠す障害物となるべくさりげなく移動をしながら、鬼のような表情でエロ本を振るう吸血鬼に恐る恐る声をかける。


「ええと……ほどほどにね……」




 このお話は、泣く子も黙る残忍な生徒会の仕事の一部をお見せする青春ドキュメンタリーである。




********




 私立安出土(アンデッド)高校、東校舎三階理科室隣。

 簡素な机とパイプ椅子、そして海のものとも山のものとも分からない謎の生物の落書きが消されず残っているホワイトボードの設置されたこの小さな部屋こそ、生徒会の中枢にして俺たち生徒会役員の城である。

 俺たちは朝早くから太陽が沈むまでこの部屋で生徒たちの学園生活を応援すべく高尚な会議を重ねて――


「レイスー、オヤツちょーだい」


 ……いないこともたまにある。

 なぜならどんな優秀な人間にも休息というものは不可欠だからだ。


零栖レイス『先輩』でしょ……うーん、今は手持ちがないよ。さっきゾンビちゃんが俺のへそくりおやつ全部食べちゃったじゃないか」


 お腹をすかせた後輩に施しをできるような物資を所持していないことを証明するべく、俺はわずかな埃だけが入ったポケットを裏返してみせる。

 するとゾンビちゃんは力尽きたように机の上に突っ伏し、今にも消え入りそうな声で呟いた。


「ハラヘリ……ハラヘリ……」

「ラグビー部が引くほどお昼食べて、デザートに俺のお菓子まで強奪したくせに。しっかりしてよ、もう」


 俺は半ば呆れながらゾンビちゃんにそう言い放つも、彼女がしゃっきり背筋を伸ばそうとする様子は見られない。

 どうしたものかと困っていると、不意に廊下を駆ける騒々しい足音が扉の外から聞こえてきた。その数秒後、足音は扉を開ける音へと変わり、我が生徒会の長が教室へと足を踏み入れる。その手にはなにやら雑多なものが無秩序に収められた段ボール箱が抱えられている。


「レイス! 小娘! 良いものを持ってきたぞ」


 吸血鬼はそう言って意気揚々と段ボール箱を机の上に降ろした。


「なにこれ?」

「没収物だ。教師共から調査という名目で借りてきた」

「名目ね。じゃあ本当の目的は?」

「決まってるだろう、遊ぶんだよ!」


 吸血鬼は職権乱用を悪びれる様子もなくニヤリと笑い、ダンボールの中のものをぶちまける。

 生徒たちの没収物が派手な音を立てて机の上に転がると、先程までぐったり項垂れていたゾンビちゃんがスカートを翻しながら素早く立ち上がった。


「アッ、オヤツ!!」


 ゾンビちゃんは嬉々とした声を上げながらまるでネズミを捕まえる猫のように素早く没収物の山に手を伸ばし、お菓子だけをみるみるうちに回収して抱え込んでしまった。

 この場で全て食べてしまうつもりなのか、彼女はお菓子の包装紙をなりふり構わずバリバリと開けていく。


「没収物勝手に食べて良いのかなぁ」

「放っておけ、菓子類なんてどうせ生徒に返さないだろ。教師に処分されるくらいなら僕らで食べてしまおうじゃないか」


 吸血鬼はそう言ってゾンビちゃんの抱え込む菓子の一つに手を伸ばす。だが彼の手は菓子に触るより早くゾンビちゃんによって弾かれてしまった。


「痛ッ!? なにするんだ!」


 吸血鬼は赤くなった右手を撫でながらゾンビちゃんを睨みつける。一方、ゾンビちゃんもまた警戒心をあらわに吸血鬼を睨みつけ、ますます菓子を自分の方に引き寄せて覆い隠すように抱え込んだ。


「ダメ! コレ私の! 私が食ベルもん」

「はぁ? 何言ってる、これの所有権は今や生徒会のもの。生徒会トップの生徒会長が食べられないなんて、そんな理不尽な話があるか。というかそれ以前にお前一年だろ、ちょっとは先輩を立てろ!」

「ま、まぁ落ち着いて。それより没収物調査って名目で借りてきたなら一応先生に提出できるだけの資料を作らないと」


 俺は慌てて火花を散らす二人の間に割って入り、正面衝突を避けるべく話を変える。

 ゾンビちゃんは相変わらず脇目も振らず目の前のお菓子を貪り食っていて俺の声が聞こえているのかどうかすら分からないが、吸血鬼の方はため息を吐きながらも俺の言葉に頷いた。


「分かった分かった。君は真面目だなぁ」


 そう言うと、吸血鬼は渋々ながらにホコリの被った棚からいつのものとも知れない色褪せたプリントの束を引っ掴み、俺にその半分を手渡す。

 没収物には持ち主の名前とクラスの書かれた紙のタグが付いており、俺たちは没収物の名称と持ち主の学年、クラス、名前をプリントの裏紙に黙々と書き写していった。


 我が学校の校則はそこまで厳しい方ではない。

 菓子類やゲーム機の持ち込みは規制されていないし、休み時間や放課後にそれらを使用することに関して罰則は設けられていない。

 だからここに集められた菓子類やゲーム機は、恐らく授業中に取り出したとか飲食禁止の場所に広げたとか、ルールに則った「正しい使い方」をされなかった物たちである。

 だが、中にはどういった経緯で没収されたのか想像しにくいものもあった。


「お菓子やゲーム機の類いが多いのはいつものことだけど、カッターとかハサミはどういう理由で没収されたのかなぁ」

「アホがふざけて振り回したりでもしたんじゃないのか」


 吸血鬼は気怠そうにペンを動かしながら興味の無さを隠そうともせずそう答える。

 もちろん最初は俺も吸血鬼と同じ推理をした。美術の時間、工作に飽きた馬鹿な生徒がふざけて友人に刃を振り下ろす真似をし、美術教師にそれを咎められる――その光景を想像するのは非常に容易い。ところが、それでは腑に落ちない点がいくつかあるのだ。


「男子ならそれも分かるけど持ち主がみんな女子なんだよね。しかもこんなにたくさんだよ」


 もちろんふざけて刃物を振り回すような思慮のない女生徒が全くいないとは言わない。とはいえ、机の上にある刃物の数は我が校の「馬鹿な生徒」の数とイコールになるとは思えないほどに多かったのである。

 どうにも気になって首を捻っていると、吸血鬼の顔にみるみる苦笑いが広がっていく。


「女子生徒か……なら刃傷沙汰未遂事件の凶器じゃないのか」

「あっ……あの人また恨み買うようなことしたのか……」


 俺の頭に銀髪問題児の軽薄な顔がもわもわと浮かぶ。机の上の刃物がどういった使われ方をしたのか、今となっては想像することは容易い。俺は全てを察し、机の上の刃物を静かに端へ寄せた。


「おいレイス、そんな物騒なものよりもっと面白いのがあったぞ」


 頭の中のもわもわを振り払うような明るい声を上げながら、吸血鬼は机の上に積み重なった没収物の山からカラフルなおもちゃの弓矢を取り出した。吸血鬼は先端に吸盤の付いた矢を張り詰めた弦に掛け、無駄に格好つけて構えてみせる。


「これで遠距離からの攻撃も万全だな」

「なんで攻撃する必要があるのさ……っていうかそんなの人に向けないでよ。危ないな」

「ははは、僕がそんなヘマするわけ――おっと」


 その瞬間、矢は吸血鬼の手を離れ、おもちゃとは思えないスピードで真っ直ぐに飛んでいく。懸念していた通り、それは速度を落とさずゾンビちゃんの無防備な脇腹に衝突した。


「ウギャッ!?」


 ゾンビちゃんはなんとも形容しがたい奇妙な悲鳴を上げ、衝撃に大きく体を仰け反らせる。

 その拍子に「きのこの洞窟」なる黄色い箱の菓子が彼女の手を離れ、重力に従って吸い込まれるように落下していく。地面へと着地した瞬間、位置エネルギーは運動エネルギーへと変換され、怪しげなキノコ型蛍光色チョコクラッカーが跳ねたり転がったりしながら箱を飛び出して床にぶちまけられた。


「ああ、すまないな。手が滑った」


 吸血鬼はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながらゾンビちゃんを見下ろす。

 ゾンビちゃんはというと、吸血鬼の声など聞こえていないかのように地面にぶちまけられたキノコを呆然と見下ろしている。だがやがて彼女の顔は鬼のような恐ろしい形相へと変化していった。


「そう恐い顔するなよ。わざとじゃな――」


 ヘラヘラ笑いながらそう言いかけた吸血鬼の声は、何かが風を切る音と、それから「ポンッ」といういやに間抜けな音によって掻き消された。先ほど放ったはずの矢は、今吸血鬼の額に突き立てられている。

 突然のことに硬直する吸血鬼を見上げ、ゾンビちゃんはヘラリと笑いながら立ち上がった。


「ゴメン、手が滑ッタ」

「……やってくれるじゃないか」


 こめかみに青筋を浮かべ、歪な笑みを浮かべながら吸血鬼も立ち上がる。

 そして吸血鬼が額に刺さった矢を抜き捨てるのを合図に、お互いほぼ同時に相手へ飛びかかった。


「ちょっと、やめなって二人とも! 子供じゃないんだから!」


 俺の存在を完全に無視し、この狭い部屋で熾烈な攻防が繰り広げられた。机はひっくり返り、椅子が宙を舞い、年季の入った埃が霧のように舞い上がる。

 二人の暴走を止めたいのは山々だが、割って入ろうものなら俺の体も教室の隅に吹っ飛んだ机や脚の曲がった椅子と同じ運命をたどる事だろう。まずは安全確保が最優先。俺は飛び交う椅子から逃げまどいながら大きなデスクの下へと避難し、二人の激闘に目を向ける。

 吸血鬼は素早くゾンビちゃんとの距離を詰め、後輩の女子相手とは思えない本気の拳を彼女の鳩尾に向かって振り上げる。


「今日こそ先輩への礼儀というものを教えてやる!」

「気持ちは分かるけど、このやり方は大人げなさすぎるよ!」


 「生徒会長が後輩女子に助走をつけて腹パン」というショッキングな光景に肝を冷やしたが、そもそもゾンビちゃんはただの後輩女子ではない。彼女はすごい勢いで振り抜かれた吸血鬼の拳をすんでのところで受け止め、そのまま手首をつかんでその辺にあった椅子もろとも吸血鬼を壁へ叩きつけた。


「オマエの死体でキノコ栽培シテヤル!」

「ゾンビちゃんも物騒なこと言わないの! あんまり暴れるとパンツ見えるよ、パンツ!」


 俺は必死に机の下から声を上げるが、両者とも俺の言葉には耳を貸そうとせず、机や椅子をひっくり返しながら暴れまわり続ける。彼らの激しいぶつかり合いによる騒音は近隣の教室にも響いているはずだ。

 いくら放課後とはいえ、学校にはまだ教師も生徒も残っている。生徒の見本となるべき生徒会のメンバーがこの体たらくでは学校のみんなに顔向けできない。


「ちょっと、もういい加減に――」

「ホーント、いい加減にしてほしいよねぇ」


 不意に廊下から甘ったるい声が上がった。刹那、あれだけ騒がしく暴れまわっていた二人の動きがぴたりと止まる。

 俺たちは機械仕掛けの人形のようにぎこちない動きで一斉に廊下の方へ顔を向ける。扉に手をかけて微笑んでいたのは、パステルピンクのワンピースに身を包んだ可愛らしい少女だ。きっとこの学校と関わりの薄い人が見れば、教師の子供か生徒の妹が学校に迷い込んでしまったと思うことだろう。

 だがそれは間違いだ。彼女は我が校のれっきとした科学教師、ミストレスである。


「ひっ……ミ、ミストレス」

「三須先生でしょ。お隣同士だからあんまり揉め事は起こしたくないんだけど、生徒会が教師から預かった没収物で遊んでいるうえに取っ組み合いの喧嘩まで始めたっていうのはちょっと見過ごせないかなぁ」


 ミストレスの笑顔に俺たちの表情は絶望を湛えたまま凍り付いた。

 彼女は子供っぽい無邪気で残酷な笑みを浮かべ、恐ろしいほどに明るい声を上げる。


「まぁでも、3人とも次の授業の教材づくりと実験に付き合ってくれるって言うなら見なかったことにしてあげてもいいけど」


 ミストレスの恐ろしい言葉に俺たちは地面に膝をついて頭を抱え、視界が揺れるほどに大きく体を震わせる。


「蛙採取は……解剖用蛙採集だけはもう嫌だッ!!」

「電気ショックヤダ! ビリビリもうヤダーッ!」

「いやいやいや、俺関係ないんですけど!? なんで俺まで!」


 必死の叫びもむなしく、俺たちは食肉工場に出荷される家畜のような哀愁を醸し出しながら隣の理科室へと連行されていく。


 無敵の生徒会といえど、所詮は高校生。恐ろしい「先生」には勝てないと言うことを俺たちはこの日改めて思い知ったのだった。





番外編にお付き合いくださりありがとうございました!

またどこかの節目でお会いしましょう。


番外編・本編問わず「こんな話が読みたい」「このキャラをもっと見たい」などのリクエストがあれば教えてください。必ずリクエストにお応えできるとは限りませんが、一生懸命考えさせていただきます。


今後ともよろしくお願いします!

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