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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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99、狐目の霊能力者





「どうでしょう先生?」

「感じます、感じますよ……霊の気配をビシビシと!」


 ダンジョンを進む怪しげな二人組。

 先頭を歩むのは、若い女性であるということを除けばなんの変哲もない冒険者。問題は彼女の後ろに付き、「先生」と呼ばれた男である。

 スパンコールで縁取られた怪しげな仮面で素顔を隠し、これまた怪しげとしか言いようのない白装束を身に纏い、派手な衣装の割に女冒険者の影に隠れるようにしてコソコソとダンジョンを進んでいる。それだけでも怪しいのに、彼は抱え込んだツボから塩と思われる白い粒を撒き散らし、ところ構わず白い呪符のようなものを貼りまくったりしている。

 そして恐ろしいことがもう一つ。仮面から覗くあの胡散臭い狐目……ヤツの正体が先輩であることは疑いようもなかった。


「なにやってんだあの人……」


 どうせまた妙な商売に手を出したに違いない。

 俺はそっと先輩に忍び寄り、口を固く閉ざしたまま手招きをする。すると先輩は「あちらから強い霊の気配がしますので見てきます」などと嘘のような本当のようなセリフを吐きながら、特に悪びれる様子もなく通路の陰へとやってきた。


「よぉ、元気そうだな」

「はい、死んでること以外は。それより、一体なにやってんですか」

「見たら分かるだろ、除霊だよ除霊」


 先輩はそう言いながら流れるようにツボへ手を入れ、俺の頭上に塩の雨を降らせる。少々荒い塩の粒はキラキラと輝きながら俺の透明な体をすり抜けて地面へとうっすら積もっていく。


「もしかしてなんですけど、馬鹿にしてます?」

「俺は大真面目だ! 彼女はこのダンジョンに入ってからというもの、謎の怪奇現象に悩まされているとこの俺に相談をもちかけてきたのだ」

「はぁ? 俺なにもやってないですよ!」

「まぁそう怒るな。俺だってお前がどうこうしたなんて思っちゃいねぇ。だがこういうのは大抵精神的な問題だ。ようするに気のせいってわけだな。こうやって除霊の真似事してやれば収まる。客のお悩みは解決、俺も報酬が手に入る。誰も損しねぇだろ?」

「俺らが損するじゃないですか! 散らかさないでください!」

「そう言うな。人助けだと思ってちょっと協力してくれよ、宝は取らねぇからさ。んじゃあそういうことで!」


 先輩はそう捲し立てるなり、俺の制止も無視して足早に冒険者の元へと戻っていく。

 あの冒険者、先輩と違ってかなり腕が立つらしい。足手まといとも言える先輩を抱え、たった一人で迫りくるスケルトンたちをバンバン倒していく。にも関わらず宝箱に見向きもせずダンジョンをうろうろしているところを見るに、宝をとる気がないというのは本当らしい。

 止めたところで先輩が素直に従うはずもないし、今俺ができるのはこれ以上変なことを起こさないか監視することくらいである。

 と、今後の方針を立てたところで、この騒ぎを聞きつけたらしい吸血鬼が怪訝そうな表情を浮かべてこちらへと向かってきた。

 相変わらず塩と札を撒き続ける先輩を通路の陰から一瞥し、吸血鬼は眉を顰める。


「何をやってるんだアイツらは」

「お祓いだってさ」


 俺の言葉に、吸血鬼は眉間に刻んだ皺をますます深くさせる。


「アンデッドダンジョンでお祓い? なんでそんなごみ溜めを雑巾掛けするような真似を」

「なんて喩えするんだよ……」

「どこのどいつだ、そんな不毛な真似するのは」


 そう言いながら、吸血鬼は再び通路の陰から顔を出して奇妙なお祓いを続ける先輩たちをじっと見つめる。しばらく無言でそうしていたが、吸血鬼は不意に思い出したような声を上げた。


「ん? アイツ、見覚えがあるな」


 吸血鬼の一言に、止まったはずの心臓が飛びあがるのを感じる。

 変装していたとはいえ、吸血鬼は先輩と会って言葉まで交わしているのだ。正体に気付いたとしても不思議ではない。


「い、いやいや! 人違いだって」


 俺はなんとかごまかそうと激しく首を振りながら裏返った声を上げるが、吸血鬼は俺の方を見ようともせず、険しい表情で先輩たちを凝視する。


「いや……間違いない」

「そんなはずないよ! だってあれは人間で――」

「ああそうだ。あの冒険者、つい最近うちにきたヤツだろ」


 そう言って吸血鬼が指を刺したのは、先輩の前を歩いている女冒険者であった。

 俺は通路の先の先輩たちと吸血鬼の白い指を2、3度見て、そしてやっとの思いで声を絞り出す。


「え? あ……ええと、あの白装束の方じゃなくて?」

「は? あんなの知らないが……いや、待て。あの胡散臭い目、見たことあるようなないような……」

「いやいや! 俺も思い出したよ、あの冒険者の方ね! 見たことある見たことある」

「そうだろう、変な冒険者だったからな。確かダンジョン中階で殺したんだったな。自分の仲間を」

「そ、そうそ……ええっ!?」


 突如飛び出た物騒な言葉に俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 吸血鬼は怪訝な表情で俺の方を一瞥し、呆れたように首を振ってため息を吐いた。


「なんだ忘れたのか? ええと、数週間前だったか。ヤツがダンジョンの中心で急に仲間に刃を向けたんだろ」

「あ……ああ、そういえばあったねそんなこと」


 「ダンジョン強盗」。俺が冒険者のときはそんな風に呼んでいたと記憶している。

 魔物との戦いに夢中になっているパーティーメンバーを背後から襲い、所持品や装備品を奪うという卑劣な行為のことだ。ダンジョンで実行すれば人間に目撃される可能性はほとんどなく、また死体の捨て場に困るということもない。

 滅多にある事ではないが、魔物ではなく仲間に背後から刃を向けられるというインパクトの強さから、冒険者たちの間ではもっぱら怪談話の一種としてまことしやかに語られていた。

 まさかこの目で実際に見ることになるとは思わなかったし、さらに同じ人間をもう一度見ることになるとは思わなかったが。


「次のターゲットはアイツか。随分と変なのを選んだな」

「本当だよねぇ……えっ、ちょっと待って」


 吸血鬼の言葉にハッとして俺は慌てて声をあげる。

 俺たちには関係ないことと呑気に考えていたが、今あの「強盗」の隣にいるのは先輩じゃないか。

 なんだか考えるのが怖くなり、俺は祈るような気持ちで吸血鬼に尋ねる。


「せんぱ……じゃなくて、あの霊能力者殺されちゃうってこと?」

「じゃなきゃあんなくだらないお遊びに付き合わないだろう。まぁどちらにせよ僕らは僕らの仕事をするだけだ。最深層で待機しているよ」


 俺の焦燥も知らず、吸血鬼は淡々とした口調でそう言った挙句、さっさと持ち場に戻ってしまった。いや、吸血鬼がこの場に留まったとしても彼に頼ることはできない。先輩が人間としてダンジョンに足を踏み入れている以上、ゾンビちゃんにも、スケルトンにも助けを求めることはできないのだ。

 今この透けた体でできることと言えば、先輩に警告を行うことくらいである。

 俺は先輩を呼び出すべく、再び通路から向こうの様子を盗み見る。

 彼らは相変わらず霊払いと称する珍妙な儀式を行っている。確かにまともな人間があんなのを信じるはずない。先輩を殺すという目的のため、あんな奇妙な儀式を信じているフリをしているのだろう。一つ気に掛かるのは、先輩なんか殺しても大したものを得られないだろうという事だが。

 しかし彼女は周到な準備の元、この計画を実行に移しているらしい。袖を捲って露わになった彼女の腕には、手形のような形のアザが浮かび上がっている。先輩に怪しまれないようあんな小細工までしているとは。なんと恐ろしい女だろう。


 だが、呑気に女冒険者の観察などしてる余裕はなかったのかもしれない。

 塩を撒き狂う先輩の背後で、女冒険者がゆっくりと手に持ったナイフを振り上げたのである。良く手入れされた刃の鈍い輝きが、俺から正常な思考を奪う。

 気が付くと、俺は通路を飛び出して先輩の前へと姿を現していた。


「危な――」


 だが、俺の警告の言葉はナイフが風を切る音に掻き消された。

 鉛色の光が、俺の透明な眉間をすり抜けていく。背後で音がして振り返ると、鈍い光を放つ小さな刃が壁に深く突き刺さっていた。

 女冒険者は新たなナイフを取り出し、俺を睨みつけながら先輩を守るように立ちはだかる。


「魔物です。先程からの視線の正体は恐らくコイツでしょう」

「な、なんだ。俺を狙ってたのか……」


 先輩の白装束に一滴の血も付いていないことに安堵し、思わずホッと息を吐く。

 だが先輩は自分の命が危険に晒されていることも知らず、わざわざ女冒険者を押し退けて俺の前へと出てきた。


「出たな悪霊! こいつは君の手には負えない。下がっていなさい!」


 いつになく威勢の良いセリフを吐きながら、先輩は塩で満たされたツボと手作り感満載の札を構える。


「悪霊め、成敗してくれる!」

「いや、あの……」

「問答無用!」


 先輩はそう声を上げながら勢い良くツボに手を突っ込み、俺の体にフルスイングで塩をぶつける。

 もちろん塩で俺の体に物理的ダメージを与えられるはずもないし、「清めの効果」のようなものも特には感じない。

 どうしたら良いかわからず困惑していると、先輩は鬼のような形相で声を出さずに唇を動かす。


『た お れ ろ』


 どうやら先輩は俺に向かってそんなようなことを言っているらしい。

 迷ったが、このままではダンジョンが塩漬けになってしまいかねない。数秒悩んだ挙句、俺は苦悶の表情を浮かべて胸を掻きむしった。


「うわああああっ、やられたぁ」


 俺はそう叫びながら溶けていくなめくじをイメージし、沈み込むようにして地面へと逃げ込む。

 先輩は地面に積もった塩の山を見下ろしながら汗もかいていない額を袖で拭い、やりきった表情を浮かべて女冒険者の方を振り向いた。


「除霊は成功です。今日からゆっくり眠れますね。さて、報酬の件なんですが――」

「……違う」

「は?」


 女冒険者は自分の肩を抱きしめるようにしてガタガタと震え、酷く具合の悪そうな蒼い顔を先輩に向けた。


「違う、アイツじゃない。寒気がますます強くなってきました、早く私に憑いてるやつを除霊してください!」

「まぁまぁ落ち着いて。大丈夫です、霊というのは姿形を変えるもの。今のやつが諸悪の根源なのですよ」

「違う! 適当なこと言うなッ!」


 先ほどまでの落ち着いた丁寧な口調から一転、女冒険者はヒステリックな声を上げながら攻撃的な表情を先輩に向ける。

 突然の激昂に慌てふためき、先輩がうまい返答をできなかったのが火に油を注いだのか。女冒険者はナイフを手に持ったままじりじりと先輩に近付いていく。


「最初から怪しいとは思ってたのよ! どこに行っても追い返されるから藁にも縋る気持ちで依頼したのに、やっぱり私をだましてたのね」

「い、いやいや。そんなことは決して、決してありません! 落ち着いてください、とりあえずその物騒なのを下して……」

「もう時間がないっていうのに、よくも……!」


 女冒険者は絞り出すような声でそう呟き、思い切りナイフを振り上げる。


「ヒイッ!?」


 先輩は情けない声を上げながらナイフから逃れるべく体を仰け反らせる。だがその拍子に石にでもつまづいたのか、先輩はバランスを崩して地面に尻餅をついた。

 この体勢から振り下ろされたナイフを避けることは難しい。先輩の断末魔の叫びと無残な死体を想像し、思わず顔を背ける。

 だがいつまで経っても先輩の断末魔の叫びが聞こえてくることはなかった。恐る恐る先輩たちに顔を向けると、ナイフを振り上げた格好のまま腕を震わせている女冒険者が目に飛び込む。彼女の腕にはみるみるうちに新しい紫色のアザが浮かんできていた。まるで見えない何者かに腕を押さえつけられているようだ。


「な……んだ?」


 その不可思議な光景に俺も、先輩も、当の女冒険者でさえ目を丸くしたその時。

 どこからか腹を空かせた獣の足音が聞こえてきた。入り組んだ通路の向こうから、ゾンビちゃんが勢い良く転がり出る。


「ひっ……」


 間髪入れず、ゾンビちゃんは地面を蹴って冒険者へと飛び掛かる。

 すんでのところで体を捻り、冒険者はなんとかゾンビちゃんの強襲を避けた。そしてようやく自由が利くようになった手で構えたナイフを投擲する。無理な姿勢から放たれたにも関わらず、ナイフはゾンビちゃんの眉間に深々と突き刺さった。

 ゾンビちゃんがナイフを抜いて立ち上がった時には、冒険者の姿はもはやどこにも見えなかった。恐らくアイテムを使用してダンジョンから脱出したのだろう。

 そしてそんな高価なアイテムなど持っていないであろう先輩の姿もなかった。あの人の逃げ足の速さには目を見張る物がある。


「逃ゲラレタ……」


 水を打ったように静かになったダンジョンにゾンビちゃんの沈んだ声が響く。

 色々と整理できない出来事が多くあってまだ頭の中がこんがらがっているが、それをゾンビちゃんに言っても仕方がない。俺は平静を装いつつ、うなだれるゾンビちゃんに声をかける。


「よくここが分かったね」

「ウン、呼バレた」

「誰に?」

冒険者(ニク)が背負ッテた黒イ人」

「……へ、へぇー」


 顔が強張るのを感じながらも、俺は無理矢理口角を上げて笑みを作る。

 当然ではあるが、先輩の除霊は失敗だったらしい

 まぁダンジョン強盗なんてしてる人だ、色々と憑いてるのかもしれない。今回はゾンビちゃんから逃げることに成功したが、きっと今度はもっとひどい目に合うに違いない。


「あれはろくな死に方しないだろうなぁ……」


 ところで、あんなふざけた格好で形だけの除霊を行った先輩は祟られたりしないのだろうか。一瞬そんな事が頭を過ぎったが、まぁそれはそれで良いのかもしれない。

 悪霊さんには是非欲深い先輩にお灸をすえて頂きたいものだ。


 


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