05.三人目の“聖女”
早苗多の失踪は、もうマジで神隠しとしか言いようのない事態だった。
部活動が終わって楽器や器材を片付ける際も彼女はずっと友達とふたりで行動していて、アタシももう部活を終えて軽音部の部室までやって来ていてサナ待ちだった。そんな時に、サナと一緒にいるはずの子が器材室からひとりで出てきたのね。
その子はアタシや他の子たちを見て、日誌を顧問の先生に届けに行くと言い、サナちゃん中にいますからって言い残して部室を出て行った。それで待ってたんだけど、いくら待ってもサナは出てこなかった。
「……ねえ、今中にいるのってサナと、誰?」
「ん?ハルちゃんがさっき先生の所に行ったから、今はサナちゃんだけのはずよ?」
「…………え」
同級生の軽音部の子があまりにもあっけらかんと言うので、一瞬だけ呆気にとられて。それから慌てて器材室の扉を開けた時には、もうサナは居なかった。
「あれ、サナちゃんは?」
扉を開け放ったまま絶句したアタシの後ろから器材室を覗き込んだ同級生が、不思議そうに首を傾げる。
「やられた……」
まさかこんな短時間で、それも部屋の外に何人もいる状況で、こんなあからさまに召喚されるなんて、夢にも思わなかった。
そこからは大騒ぎになって、部室も器材室も音楽室も、というか校内中探し回ったけどサナはどこにも居なかった。鞄も学生靴もそのまんま残ってるのに、彼女の姿だけが忽然と消えた。
軽音部の顧問の先生は青褪めて、校長先生に報告してくると言って慌ただしく行ってしまった。軽音部の子たちは異常な雰囲気に怯えてしまって、誰も器材室に寄り付こうとしなかった。
下校時間まで探し回っても結局どこにも彼女は居なくて、それでアタシたちは虚しく帰るしかなかった。
翌日、軽音部の子たちとアタシは校長室に呼ばれて、早苗多が自分の意思で失踪したかも知れないからって言われて、大騒ぎしないように強く言い含められた。
そんなわけないじゃん!絶対に異世界に召喚されたんだって!
なんて言えるはずもなくて。アタシは苦々しい思いで黙り込むしかなかった。
小説の方にも動きがあった。
合衆国が国内の反対意見を押し切る形で、三人目の聖女の召喚に踏み切ったのだ。
その召喚された聖女の名前が、「サナタ」。
「……これ、確定だよねえ」
さすがに夏葉の表情も硬い。
だって「サ」で始まる名前の子で、それもこんなに独特な名前の女子高生なんて、早苗多以外にはまず存在しないはずだから。
「ということは、次は“タ”の子かぁ」
これも多分きっとナッちゃんの言う通り。「タ」で始まる名前の子が四人目の召喚者になる、はず。
「名前が三文字ってのも、条件に入れてもいいかもね」
アスカ、カーサ、サナタ……全員三文字、確かにね。こうなると、しりとりって線も信憑性を帯びてくる。それで考えると、「タ」で始まり「ナ」で終わる名前ということになるのかな。「タ」の次の召喚があるとすれば、それは「ナ」の可能性が高くなるから。
だけど。
「タで始まってナで終わる、三文字の名前の女の子……?」
そんな子、いるっけ……?
確かに「タ」で始まる三文字の名前の女子ってだけなら、探せばそれなりにいるとは思うんだよね。タエコとかタリアとか。でも「タ○ナ」なんて条件に該当する名前が全然浮かばない。ていうかむしろ「高菜」しか出てこないし、さすがにそんな名前の子がいるわけないっしょ。
「うーんこれは、次は新しいパターンかなあ」
夏葉も同じこと考えたみたいだ。まあねえ、娘に「タカナ」なんて名前つける親がいたら見てみたいよね。いや居ちゃ困るんだけどさ。
でも念のため、職員室行って先生に生徒名簿見せて下さいってお願いしてみた。個人情報だからダメってフツーに断られた。まあそりゃそうか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小説の中で召喚された聖女「サナタ」は、自分が異世界に召喚されたと分かった途端に、それはもうギャン泣きした。
無理、帰る、こんなの誘拐だからとさんざん泣いて喚いて抵抗して、召喚した「合衆国」のお偉いさんたちがこれは大義のためだ、崇高な目的のために力を尽くせるのだから光栄に思え、なんて偉そうに言っても全然聞かなくて。最終的に、聖女は召喚のショックで動転しているから一度落ち着かせるべき……って名目で召喚の部屋から連れ出されて一旦退場した。
いやサナさあ……。気持ちは分かるけど落ち着こう?味方の居ない場所でそんな暴れたって立場悪くなるだけよ?
とか思ったりもしたけど、サナの気持ちはすごいよく分かるから何とも言えない。まだこっちにいる時から、あんなに召喚されるの嫌がってたもんね。『私はTVもスマホもない世界とか絶対に行きませんからね!』って言ってたし。いやまあスマホは持ってってるとは思うけど。
「礼愛ちゃん、すっかり聖女サナタを早苗多ちゃんだって決めつけてるねえ」
「いやだって間違いないっしょ。名前もそうだし言動がまんまサナじゃん」
「まあウチにもそう見えるけどさ。でもあの子が聖女かって言われるとねえ……」
「そんな事言ったら聖女っぽいのなんて香亜紗先輩だけじゃん」
飛香は気は優しくて虫も殺せないけどフツーの子だったし、サナはギャルとまでは言わないけど今どきの子だったし。
お上品で品行方正だって話の香亜紗先輩ならマジ聖女って感じだけどさ。
「それにしてもさ、なんであの子だったんだろうねえ?」
「……そんなの、分かるわけないじゃん。アタシ作者じゃないもん」
作者といえば、あの変なペンネームの人。プロフィール見てもどこの誰ともなんにも書いてなかったし、上げてる作品も『異世界から、聖女を召喚しています!』だけで、しかもほとんどポイントついてないし感想欄は閉じられてるし、アクセス解析を見てもPVも全然上がってない状況で。
つまりは全てが謎なのよね。もっとポイントがついてランキングに上がって、たくさん読まれてればうちの高校でも疑念の声くらい上がるとは思うんだけど。あるいはアタシたちの他にも読んでる子がいたとして、その子たちも怖くて話題に出せなくなってるだけかも知れないけどさ。
アタシはとりあえず、作者の人にメッセージ送ってみる事にした。
どういう意図で作品を書いてるのか、なんの目的があって現実世界から女子高生を聖女に仕立てて召喚してるのか、そもそもなんでそれを小説なんかに書けるのか。何か知っているのなら教えて欲しい、できれば聖女の召喚なんてやめさせて、すでに召喚された聖女たちも帰して欲しい。
だけれど、待てど暮らせど返事は来なかった。二度目のメッセージを送ろうとしたらブロックされてた。アタシもユーザーネームやプロフィールは本名とはかすりもしてないから身元バレすることは無いと思うけど、もしかしたらうちの高校の生徒だって思われたのかも。
小説の中の聖女サナタは召喚されてから数日経って、さすがに少しは落ち着いてきたみたい。世話してくれる世話役の女の人たちを通じて「聖女アスカに会ってみたい」と要望を出したけどすげなく断られていた。
多分だけど、召喚されちゃったからにはせめて聖女アスカが飛香本人だと確かめたかったんだろうな。
でも合衆国の人たちは帝国と同じで、神聖国に無断で聖女召喚を強行しちゃった人たちだったから無理だった。そしてそもそも合衆国が聖女召喚に踏み切ったのは目的があったからで。
合衆国が聖女サナタを召喚してから数日後。サナタがアスカに会ってみたいと要望したまさにそのタイミングで。
合衆国は帝国に対して宣戦を布告したのだった。




