03.二人目の“聖女”
行方不明になったのは三年生の先輩で、香亜紗という名前の女子生徒だった。アタシとは特に繋がりのない先輩だけど、アタシもよく知っている人だ。
「ねえ聞いた?香亜紗先輩、昨日から帰ってきてないんだって」
「えーマジ?家出とか?」
「分かんないけど、なんか失踪届出されてるらしいよ?」
「それマ?」
「おいマジかよ、香亜紗先輩行方不明って話」
「知らんけど、誰かオトコのトコでも上がり込んでんじゃね?」
「うわーショックだわ。俺ちょっと好きだったのに」
「いやあの人のこと嫌いな男とかいねえし。つかお前レベルじゃどうせ相手にされんから諦めろし」
アタシのクラスでも、朝から香亜紗先輩の失踪の話でもちきりだった。まあまだ一晩だけのことなので、失踪とまで言うのはちょっと大袈裟な気がしなくもない。けど学校ではすでに行方不明になって2週間以上経つ飛香の存在があったから、香亜紗先輩も同じだと思われるのはある意味で仕方なかった。
香亜紗先輩は誰もが認める、学校で一番の美少女だ。母親がアメリカ人とフランス人のハーフだそうで、いわゆるクォーターというやつだ。
日本で生まれ育って日本語しか喋れないにもかかわらず、澄んだ青い瞳と柔らかな亜麻色の長い髪と透き通るような白皙の肌がとても綺麗な、日本人離れしたお人形のような美しい人だった。その上本人は性格も上品な清楚系で、品行方正で成績も上位だったし、まさしくケチのつけようがなかった。
校内で彼女を知らない人なんて居なかった。なんなら街中でもその美貌が知れ渡っているくらいに有名人だった。
(でも、まさかね……)
アタシの独り言は、クラスのざわめきに紛れて誰にも届かない。
(まさか……香亜紗先輩まで召喚されたわけじゃない、よね……?)
昨日確認した、例の小説の最新話。
新たに召喚された聖女の名前が「カーサ」だったんだよね。
召喚したのは、小説の中で「帝国」と呼ばれている国だった。最初に聖女を召喚した神聖国に次ぐ大国だそうだ。
(いやでも、カーサって名前も割とフツーだし)
日本人の名前としてなら、そこそこ珍しい部類にはなると思う。だけど一時期流行ったキラキラネームのブーム以降では、居ても特に不思議じゃない名前のひとつでもある。
まあそれを言ってしまえば、アタシの「礼愛」って名前だって同類なんだけどさ。
(それに、もし本当に香亜紗先輩まで召喚されたってんなら……)
二度あることは三度ある、ということにもなりかねない。さらに三度目が本当にあったとして、それがもし、またこの学校の女生徒だったら。
それは、とても、まずい。
だってそうなると、この学校の女子生徒全員が召喚されるリスクを否定できなくなってしまう。アタシも早苗多も含めて、全員だ。
(いっそ、うちの学校と関係ない人が召喚されちゃえばなあ……)
そうすれば対象がこの街の住人、あるいは県の、もっと広げれば日本全体の話になって、相応にアタシの不安も軽減されることになる。
そうだよ。あの小説で召喚してる“聖女”は「ニホンのジョシコーセー」なんだから、別にうちの学校でなくたっていいはずじゃん!?
(お願いだから、次は全然知らないどこかの学校の誰かでありますように……!)
もちろんそれは不安が薄らぐだけでなんの解決にもなっていないわけだけど、それでもアタシはそう願わずにはいられなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ひとまず、小説投稿サイト『小説家になれる!』に投稿されている小説『異世界から、聖女を召喚しています!』の概要を確認してみよう。
アタシはスマホで小説の作品情報画面を開いてみた。
舞台は、惑星ディウェルスステラに数ある大陸のひとつ、“召喚大陸サモンディア”。そこには9つの国があり、最初に聖女アスカを召喚したのは、聖女を中心とした宗教“聖女教”で国を治めている「神聖国」だった。
神聖国には国家や大陸の危難に際して、これまでも聖女を召喚して乗り切ってきた歴史があり、だからそれが大陸名にもなっているほど。今回、神聖国は数百年ぶりに聖女召喚の儀式を執り行い、見事成功させた。
神聖国がなぜ聖女召喚に踏み切ったか。それは、大陸の中心にある巨大湖から瘴気が噴き出し、その瘴気が魔物と化して周辺各国を襲い始めたからだった。聖女には邪なるものを祓い穢れを浄化する力があるとされていて、神聖国はその力を求めて聖女を召喚したわけだ。
もっとも、作中で召喚された聖女アスカは虫も殺せない心優しい少女で、自らの置かれた環境の変化にも戸惑い、最初は何もできなかった。だから今はまだ教育と修行に明け暮れる日々で、浄化の旅には出ていない。
(飛香ってば昔から、虫とかカエルとかトカゲとか超苦手だったもんね)
作中での聖女アスカに関して、言動や容姿などで飛香と合致するような記述は特に見当たらなかった。だけど性格や考え方、ふとした仕草など、細かいところにアタシは飛香との共通点を見出してしまう。
まあそれは、飛香が召喚されたんじゃないかっていう先入観も影響してのことだとは思うけど、アタシはどうにもその懸念を振り払えないでいる。今回の香亜紗先輩の行方不明事件と重なるようにして、作中で聖女カーサが召喚されたという事実が、悪い方に心証を補強してしまっているのも影響しているんだろう。
(ホントに異世界に召喚されたってんなら、どうやって連れ戻せばいいのよ……)
目下の悩みが重くのしかかる。もしも本当に、飛香がこの小説で書かれている世界に連れ去られてしまったのだとすれば、一体どうやって救い出せばいいのか見当もつかない。
しかも作中で、一度召喚した聖女は元の世界には戻せないということになっていて、聖女アスカも最初はそれで随分嘆き悲しんでいた。
(ムダにポジティブなのも、飛香っぽいのよねえ)
飛香は起こってしまった事を悔やむより、それを踏まえてどう考えどう動くか、ということに思考の重点を置く子だった。だからなのか、作中の聖女アスカは嘆きや悲しみを乗り越えて、求められる使命を果たそうと今は一生懸命頑張っている。
アタシとしては、そう簡単に元の世界への帰還を諦めてほしくないんだけどな。
「礼愛ちゃん、どした?なんか具合悪い?」
「あ、ナッちゃん」
独りきりで思考の海に沈んでいたアタシに、声をかけて来たのはクラスメイトの夏葉だった。幼馴染というわけではないけど仲良しのひとりで、クラスの違う飛香とも親しくしていた、共通の友人でもある。
「いや、具合悪いってわけじゃないんだけど」
「じゃあ何、悩み?……あ、便秘?」
「いや口に出して言わないでよ!あと違うし!?」
「なぁんだ、違うんだ」
何故そこで残念がるのか、ちょっとマジで分かんないんだけど!?
「でもさぁマジで、なんか悩みあるんだったら話してみ?お姉さん聞いたげるよ?」
「いや同い年じゃん」
ツッコみつつ、だが待てよと思う。
今は後輩の早苗多が一緒になって解決への道を探ろうとしてくれているけれど、それ以外にも味方を増やしておいた方がいいかも知れない。夏葉だったら頭からバカにして否定するような性格じゃないし、話だけでも聞いてくれるかも。
「……あのさ、飛香のことなんだけど」
「飛香ちゃんかあ。無事だといいけどねえ」
「ナッちゃんちょっとこれ見てくれる?」
「ん、なに?……なんだ小説家になれる!じゃん」
「この小説、読んでみて。その上で内緒で相談したいことがあるの。放課後付き合ってくれる?」
「内緒で……ねえ。まあいいよ、分かった」
さすがに話の内容的に、教室の雑談で聞かせられる話でもないので、放課後にお茶することにして、アタシたちはその場は一旦それでお開きにした。




