02.失踪現場にて
「礼愛センパイ、お待たせしました」
「うん。じゃあ帰ろっか」
放課後、アタシと早苗多は学校の昇降口で落ち合って、そして校門を出た。
今日はふたりとも部活を休ませてもらった。だって明るいうちにあの公園に行きたかったから。
学校から駅まではちょっと歩くけど、まあ30分もかからない距離だし毎日のことだから別に苦でもない。アタシは入学から約1年半、早苗多ももう半年近く経ってるから、とっくに通い慣れた道だ。
駅について定期で改札をくぐり、ホームで電車を待って、やって来た電車に乗り込む。30分ほど揺られて、家の最寄り駅に到着して電車を降りる。サナも同じ駅だし目的地が同じなので、もちろん一緒に降りた。
電車内は帰宅するサラリーマンや他校の中高生でいっぱいで、普段とは乗る時刻の違う今日も座れなかったけど、まあいつも座れないから別にどうってことなかった。
駅の改札を出て、また歩く。うちらの入居するマンションまではだいたい15分ってとこ。
やがてマンションの立ち並ぶ一角に、小さな公園が見えてきた。時刻は夕方の6時前。さすがに夏だからかまだ全然明るくて、公園も雰囲気は悪くない。ここ、完全に陽が落ちちゃうと薄暗くてちょっと怖いんだよね。
その公園の入り口で、アタシたちは足を止めた。
「…………なんにも、ありませんね」
「ないねえ」
あるわけないじゃん。あるのは木とベンチと砂場と植え込みだけだよ。あと公衆トイレもか。
アタシたちはかつてブランコのあった一角に真っ直ぐ向かった。
「多分……ここ、かな」
小説の中で飛香が召喚された地点に立ってみた。いや正確なとこはさすがに分かんないけど、何となく、飛香がブランコを懐かしむのならいつも乗ってた左側かなって思った。ちなみに右はいつもアタシだった。
「……なんにも起こりませんね」
小首を傾げながらサナが言う。
そりゃそうでしょ。異世界召喚されるなんて所詮はお話の中の出来事だし。そんなことが現実にホイホイ起きるわけないじゃん。
「やっぱ時間帯が違うからかなあ?」
確かに小説の中では、聖女アスカが召喚されたのは陽が落ちて薄暗くなった公園での出来事だった。そんな時間にこの公園で、召喚の魔術陣なんてモノが光ったりしたら超目立つはずなんだけどな。でも目撃証言なんて全然出てこなかったのよね。
「一旦帰って、陽が落ちてからまた来てみます?」
「えー、やだよ」
それでうっかり召喚されたらどうするのさ。
いや、そんな事が現実に起こるなんて考えてるわけじゃないけどね?
そりゃ確かに世界には魔術があって、それを使う魔術師がいるってことくらい知ってるけどさ。アタシたちの生まれる前、1999年に、“恐怖の大王”って呼ばれた巨大彗星が地球に衝突するのを魔術師たちが魔術で防いでくれたんだって、授業で習うし。
魔術師たちは中世の魔女狩りで姿を隠して以降、魔術師だってことを隠して現代までひっそり生きてきたんだそう。それが地球滅亡の危機に立ち上がってくれたんだとか。
でもその後、魔術師たちが世界征服の陰謀を企ててるってネット発の噂が流れて、魔術師は世界中で魔女狩りに遭ったらしい。それで彼らはまた姿を隠してしまったんだって。そして結局、魔術師の世界征服なんて事件は起こらなかった。
だいたい、魔術で人が行方不明になった事件なんて聞いたことないんだよね。そもそも魔術も魔術師も実物を見たことなんてないし、ネットには魔術師の陰謀とか世界征服の秘密結社とか色々怪しい噂がはびこってるけど、どれもみんな閲覧数稼ぎの与太話でしかないしね。
なんてことを思いつつ、何となく、そこに立ったままで周囲を見渡してみた。まだ明るい今のうちなら、なんか見つかるかも知れない。
そう思って泳がせた視線の先、公園の外周を囲む低灌木の植え込みの一角に目が吸い込まれた。
「……センパイ?」
「なんか、ある」
その場所、ブランコ跡地の向こう側の植え込みに向かって自然と足が動いた。
近付いて、よりハッキリ見えるようになって、思わず駆け寄っていた。
「飛香のキーホルダーが落ちてる!」
「マジすか!」
それは間違いなく、飛香がいつもカバンに付けていた、ゲーセンのキャッチャーで取った小さなぬいぐるみのキーホルダーだった。ブサカワの白いウサギで、緑色のアイコンが特徴的な、みんな使ってるSNSアプリ“GREEN”のマスコットキャラクターのひとつだ。
これが落ちてるってことは、飛香は失踪したあの日、確かにここまでは来たってことになる。そして落ちてた位置を考えると、真っ直ぐ通り抜けるだけなら近付けないはずのこの公園の角まで、彼女がわざわざ寄ったって証明にもなる。
「じゃあ……まさか、本当に?」
「飛香センパイが、あの聖女アスカ……?」
アタシとサナは、思わず顔を見合わせていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まっさかぁ〜!そんなワケないですよねっ!」
「そりゃそうだよ。異世界召喚なんて現実には起こんないってば」
努めて明るく言い合うアタシたちは、今公園の一個だけあるベンチに座っている。
飛香のキーホルダーを発見してしまったことで、植え込みの下や裏、木の根元から砂場まで、隅々探し回って疲れちゃったから休憩を取っている。
……なんてのは単なる言い訳で、一番手がかりがありそうなこの場所からアタシが離れられなくなってしまっただけ。
「でも、どうしてそれが飛香センパイのだって分かるんですか?」
サナの疑問はもっともだ。
でも間違いなく、これは飛香のなんだ。
「これさ、見た目からしてボロボロじゃん?」
「そうですね」
「1回、首がちぎれたことあってさ」
「え゛」
だいぶ年季の入った小さなぬいぐるみのキーホルダーを、そっと撫でる。その首には、確かに縫い付けた跡があった。
引っ掛けてちぎれたって飛香が泣きついてきて、アタシが縫ってあげたんだよね。
「もうボロかったし捨てて新しいのにしなよ、って言ったんだけど、あの子、すっかり愛着が湧いてて嫌がったんだよ。だから仕方なくアタシが縫ってあげたの」
「マジすか。礼愛センパイ、なかなか器用なんですね」
「意外と見た目によらないでしょ」
こう見えて、学校に提出する雑巾とかも自分で縫ってるんだよ。ちなみに飛香は縫い物が苦手で、飛香の雑巾も一緒に縫ってあげてたのはここだけのヒミツだ。
「でも、どうしてそれだけ落ちてたんですかね?」
そうだね、鞄に付けてたんだから、普通なら鞄ごと一緒に召喚されちゃうはずだよね。
「多分だけど、飛香が自分で外して投げたんだと思う」
だって、ホルダー部分の輪っかが開いてるから。自分で外さないと、これ普通は勝手に外れたりしないもんね。
「…………なんで?」
「これも多分だけど、ここで居なくなったんだって知らせたかったんだと思う」
多分、アタシに。
アタシなら見つけてくれるって、あの子はきっと信じたんだ。
「じゃあ、やっぱり……」
「いや、異世界召喚されたかどうかはまだ分かんないよ?襲われて、車で連れ去られたのかもしんないし」
というか、普通に考えたらその線の方が濃厚だと思う。拉致られて車とかで連れ去られたのなら近場に痕跡が残ってなくても不思議じゃないし、車に押し込められる時のもみ合いのどさくさでキーホルダー捨てることだって出来そうだし。それにあの子可愛かったから、悪い男が攫おうと思ったりしても不思議じゃないし。
でもその場合、最悪の想像をしなくちゃならないけど……。
「……車で拉致られたって考えるよりかは、異世界に召喚されたって方がまだマシかなあ……」
それは正直、同感。あの子が拉致られた先でひどい目に遭わされて帰ってこれない状況に陥ってるなんて、考えたくもない。それだったらまだ、異世界に召喚されて身の安全が確保できてるって考えた方が、まだ救いようがある、はず。
サナがスマホをいじりだした。多分、あの小説をもう一度読んで、召喚されたシーンの詳細を確認しようとしてるんだろう。
アタシも同じことをしようと、スマホを取り出した。物語の聖女アスカの言動に、飛香との共通点を見出したかった。
「あ、更新されてる」
先に小説にたどり着いたサナが声を上げた。
「わ、次の聖女が召喚されてるし」
「……え?」
翌日、三年生の女子生徒が失踪したっていう噂が広まって、学校中が騒然となった。
【魔術と魔術師について】
中世の魔女狩りで表舞台から姿を隠した魔術師たちが、世界の裏側で密かに血脈を繋いで現代に至る、そういう世界観です。だからローファンタジーなわけです。
1999年の、“恐怖の大王”事件については拙作『縁の旋舞曲』の、「とある世界の“世界”の話」に詳しく書いています。




