14.礼愛、魔術師になる
「アタシも魔術師になる。なります、ならせて下さい!」
「……は?」
アタシの言葉に、黒森先輩は端正な顔に驚きを乗せてこっちをガン見してきた。
「だって黒森先輩、さっき言いましたよね?アタシを魔術師にはしない、って」
正確には「魔術師にするつもりはない」だったかな。でも魔術師にしないっていうのなら、逆に言えば人を魔術師にできるってことでしょ!?
そうツッコんだら、先輩は今度は厳しい顔で睨みつけてきた。
「貴女、自分が何を言っているか分かっているの?魔術師になるということは、今までの人生もこの先の将来も、家族や友人との生活も、何もかも捨てるということよ!?」
「それでもいいです。アタシは飛香を助けたい!見捨てたくない!」
だって飛香はもう全部失くしてるんだから。連れ戻せない以上、あの子にはもう家族も将来も何もないんだ。それなのにアタシまであの子を見捨てちゃったら、本当にあの子独りぼっちになっちゃうじゃん!
それに、先輩はアタシに『魔術と魔術師に関する記憶を忘れてもらう』って言った。魔術の陰謀に巻き込まれて、魔術師である先輩やレイチェルさんの存在を知ってしまったアタシを元通りの人間社会に戻すために、魔術関連の全部を忘れてもらわなくちゃいけないって。
でもそれって、飛香のことも忘れちゃうってことじゃん!アタシそんなのやだよ!だったらアタシが魔術師になるしかないじゃん!
「……貴女の気持ちも分からなくはないけれど」
「魔術師になるというのも、簡単なことではないのですよ、礼愛さん」
「でも魔術師になれば、いつかは飛香のいる世界へ行く力を得られるかも知れないわけでしょ?」
「それは、可能性はゼロではないというだけの話であって」
「ゼロじゃないなら、チャレンジする価値あるじゃん!」
「「…………」」
先輩もレイチェルさんも、とうとう黙ってしまった。
その代わりに笑い声が聞こえてきて、見ると魔女さんが口を開けて笑っていた。ええと、“朱鷺色の魔女”さん、だっけ?
「いいんじゃねぇの?叶えてやれよ」
「灘嶺、貴女そんな簡単に言うけれどね」
「全部面倒見ろとか言うつもりはねーよ。でも魔術師として独り立ちするくらいまでなら面倒見てやれるだろう?」
「それは、できるけど」
「だったらその先は、その嬢ちゃん次第だろ」
「だからそれを無責任だと言っているの!」
「なぁに、自分で選んだ道なんだから、責任も後悔も本人が負えばいいのさ。なあ嬢ちゃんよ?」
えっ、あ、アタシ!?
「——っあ、ハイ!頑張ります!」
「……全くもう。何を頑張ればいいかも分かっていないくせに……」
「紗矢さん、私なんだかこの子が眩しいです」
「私もよレイチェル。自分が歳を取ったってこと、実感するわぁ……」
先輩とレイチェルさんが何故だか頭を抱えているけど、ちょっとよく分かんない。でもとにかく、この流れは逃しちゃダメな気がする。
「ってことで、よろしくお願いしますっ!」
返ってきた返事は、盛大なため息だけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局アタシは、そのまま黒森先輩に拉致られた。つまり例の作者に異空間に引きずり込まれたまま居なくなった形で、現実世界に戻ってママやパパ、お兄ちゃんにお別れすることも、学校の先生や友達にバイバイすることも何もできないまま。
要はアタシも、飛香や早苗多、夏葉たちと同じように「ある日突然失踪した女子高生」の仲間入りしちゃったことになる。
パパ、ママ、お兄ちゃん、ゴメンね。お別れも言えなくて。学校の先生や部活のみんな、寄り添ってくれたクラスメイトたち、きっと心配するし悲しむだろうなあ。
でもひとつだけ、黒森先輩にお願いしてスマホから一斉送信で一言だけメッセージを飛ばさせてもらった。「飛香のとこに行きます」って。まあ意味の分かる人もほとんど居なかったと思うけど、でも何も言わずに居なくなるよりは、はるかにマシだと思う。
あっ、あと靴だけは先輩が[召喚]してくれた。正確に形や場所が分かっているものなら、基本何でもこうやって手元に引き寄せられるんだって。なんだよ魔術ってすごい便利じゃん!
アタシが黒森先輩に連れてかれたのは、なんとロンドン。かの有名な時計塔に、魔術師にだけ分かる大きな鏡があって、その裏側にアタシたちはふたりで入った。
というか、先輩がいなくちゃ入れなかった。先輩は「魔術師になって、独りでここを出入りできるようになるのが当面の目標ね」とか言ってたけど、なんかもうできる気が全然しない。
でも、弱音を吐いてなんかいられない。アタシはこの世界を超えて飛香のいる世界に行かなくちゃいけないんだから、鏡面世界くらい行き来できるようにならなくちゃ!
「……あれ?そういやこれって、異世界と行き来してるんじゃ?」
ふと思った素朴な疑問。鏡の裏側にあるアーウェルサテラは、地球とは何もかもが鏡写しの、地球ではない世界。つまりは異世界だった。
「これは“魔法”よ。つまり遙か太古の神代に存在したとされる、今となっては再現も解析も不可能な神の権能、いわゆる“神異”というやつね。世界にはこうした唯一無二の働きをする霊遺物がいくつも遺されていて、現代の魔術師がありがたく使わせてもらっているというわけ」
なぁんだ、世界を渡る権能がここにあるってわけじゃないのか。
まあでも、そんな簡単に手が届くようなものであるはずがないか~。
「そういうことよ。下手したら一生かかっても辿り着かない可能性の方が高いのだから、そのつもりで死に物狂いになりなさい。いいわね」
「はぁい」
ちなみにレイチェルさんはあのまま日本に残ったそうだ。騎師っていう魔術師たちの中の警察みたいな仕事をしてる彼女は、日本が担当区域なんだって。
アタシは黒森先輩の手引のもと、望みどおりに魔術師になった。なんでも、人は本来みんな魔術師になれるものらしくって、魔術が使えないのは単純に魔術を使うための器官、霊核とか霊炉とか霊痕といった魔術的器官が休眠してるだけなんだって。
なんで人が魔術を使えない方向に進化したかっていうと、中世の魔女狩りを契機に人が魔術と距離を置き、科学を発展させて世界中の神秘を駆逐して回ったからだそうだ。そのせいで魔術を扱う根本元素である魔力が、この地球上でほぼ枯渇状態になっちゃってるんだとか。
「でも魔術師は体内の霊炉で魔力を生成できるし、鏡面世界とも繋がっているから、それで問題なく魔術が使えるというわけ」
なるほどなあ。鏡面世界つまり異世界に豊富に残ってる魔力とリンクすることで、魔術師は魔術師のままでいられるってわけか。そして魔女狩り以降姿を隠した魔術師たちは、その多くが鏡面世界に逃げ込んでいて、そっちで脈々と子孫を繋いで魔術師としての力を残してきたんだそうだ。
「そのあたりの詳しい歴史や魔術の知識を得るために、貴女には〈賢者の学院〉で学んでもらうわ」
えっ授業は英語とラテン語しかないの!?無理だよアタシ日本語しか喋れないのに!
「魔術師の基礎言語はラテン語よ。そして現実世界での生活も踏まえて英語も使えるようになっておかなくては、貴女が苦労するだけよ」
そりゃそうですよねここロンドンですし!
「あと私たち召喚魔術師の本拠はドイツのシュヴァルツヴァルト地方だから、ドイツ語も覚えてもらうわ。ひとまず標準ドイツ語と、低地アレマン語は必須ね」
「えええええ!?」
アタシ、何カ国語覚えなくちゃいけないのよ~!?




