13.まだ終わってない!
「終わった……の?」
「ええ。これで終わりよ」
呆然と呟いたアタシの声に、隣に立っている黒髪さんが素っ気なく反応する。
「えっでも、終わってませんよね?」
これで終わりだとか言われたって、まだ飛香も誰も帰ってきてないのに!
「終わったわよ。貴女の召喚は阻止され、奴の企みは潰えたのだから」
「だっ、だって!」
「“時理”を遡ることはできません」
黒髪さんとは違う声に振り向くと、レイチェルさんが公園の出口までやってきていた。ただ、彼女はアタシたちとは違い、公園の外には出ていなかった。
レイチェルさんの向こう側に、ピンク髪の魔女さんの姿も見える。ただし魔女さんは最初からずっと同じ、木の下のベンチのところから動いていなかった。
「あの、レイチェルさん」
初対面なのに名前を呼ぶのも、なんだかヘンな感じ。
「はい、なんでしょう」
「助けていただいて、ありがとうございました」
「これが仕事ですので。——でも、きちんとお礼を言えるのはとても良いことです。日本の方は皆さん礼儀正しくて、とても素晴らしいですね」
「でも、まだ終わってません!アタシは、飛香を連れ戻したいんです!」
早苗多や夏葉、香亜紗先輩とかはもう死んじゃったけど、まだ遥舞ちゃんとか、生きてる子もいるし!
だけど、レイチェルさんは目を伏せて首を横に振った。
「繰り返しになりますが、“時理”を遡ることはできません。分かりやすく言えば“時の流れ”のことですが、一時的に止めることはできても遡ることはできないんです。
ですから、すでに異世界に渡ってしまった彼女たちの召喚された事実を、なかったことにするのは不可能なんです」
「そ、そんな……!」
つまり、ナッちゃんやサナを生き返らせることはできない。彼女たちが死んだという事実はもう覆らないということ。そして召喚そのものを打ち消すことも、もうできないということ。
レイチェルさんの悲痛な様子から、そのことを嫌でも理解させられる。
「でも、飛香はまだ生きてるし!他にも遥舞ちゃんとか、柔ちゃんとか茉莉也先輩とか!みんな生きてるもん!」
「その方々を連れ戻すのも、残念ですが厳しいと言わざるを得ず……」
「なんでよ!」
「“世界”の間を渡ることは、原則として不可能なんです」
レイチェルさんの悲痛な表情は変わらない。だけどその言葉には断固たる響きがあって、アタシは咄嗟に何も言い返せない。
「その“世界渡り”を無理やり強行した今回の事件は、だからこそ“外道”と断定され討伐の対象になりました。ですが無理やり世界を渡らされた彼女たちは、自発的ではなかったことで討伐対象に含まれませんでした。その彼女たちを再びこちらの世界に連れてくるとなると、そのこと自体が新たに討伐の対象として扱われかねないのです」
そんな……。向こうに行ったのは見逃してもらえたのに、戻ってくるのはダメ、なの……?
「じゃ、じゃあ、アタシが行くのも……?」
「もちろんダメです。そもそも貴女自身にそんな能力はないでしょう?」
ないけど!そこは気合と根性で!
飛香にもう一度会えるならアタシなんだってやるし、なんだって出来るし!
「あーまあ、手段が無くはねえけどな」
その時、ベンチの前に立ったままの魔女さんが口を開いた。彼女の声は呟いた程度の小さな声だったけど、何故かアタシの耳にもハッキリ届いた。
でもそんな事より、今大事なのは。
「手段があるんですか!?」
レイチェルさんも黒髪さんも苦虫を噛み潰したような表情になってたけど、アタシにそんなの気にしてる余裕はなかった。飛香のとこに行けるのなら何だっていい!
「普通は出来ねえよ。手段があると言っても不可能ではないってだけの話だ」
「それでもいいです!教えて下さい!」
思わず一歩踏み出そうとして、黒髪さんに肩を掴まれ止められた。振り切ろうとして、だけど何をしてでも止めるって感じの強い意志を感じて、思わず振り返った。
「その中に入っては駄目。この先も人間として生きていきたいのなら、ね」
「ど、どういうこと、ですか……?」
黒髪さんの真っ直ぐで強い瞳に射抜かれて、思わず怯んだ。
「レイチェルは自分で名乗ったとおり、魔術師よ。そしてそれは私も同じ。彼女は騎師として、外道の討伐を目的にこの地にやって来たわ。そして私は、この土地を魔術的に治める魔術貴族として今回この場に立ち会っているの」
「それって、どういう……」
この土地を、治めてる……?
え、市長さん、ではないよね……?
「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私の名前は黒森紗矢、彼女と同じく魔術師よ。我が黒森家は戦国時代の頃からずっとこの土地を魔術的に支配している、由緒ある魔術貴族なの」
「く、黒森紗矢って、あの伝説の……!?」
「……えっ?」
ウチの学校の七不思議のひとつ。昔、海外に転校した生徒がいるっていう有名な話。その転校した先輩が、黒森紗矢さんだってアタシは聞いてる。
「そ、そんな話になってるの……?」
七不思議の話をしたら、何故か黒森先輩が怪訝そうな表情になった。
「え、じゃあ絢人の話もそんな感じで伝わっているのかしら?」
「いや、ケントって誰ですか?」
「ええぇ……」
なんだか先輩が不満そう。「まあいいわ。今度美郷に確認すれば済むことだし」とか何とか言ってるけど、どうも腑に落ちてないっぽい。
「ま、それはさておき、“世界を渡る”話よ」
話が元の話題に戻った。
「さっき灘嶺が……あそこの全身朱鷺色の“魔女”のことだけど、彼女が言ったとおり不可能ではないわ。ただしそれを成し遂げるには魔術師であることが前提で、その上で“真竜”の一柱である“ジズ”と出会い、権能を授けてもらわなくてはならないの」
「ちょ、待って下さい情報量が」
「待たないわ。そして私たちは貴女を魔術師にするつもりはないの」
「魔術師でなければ世界を渡れなくて、アタシは魔術師じゃない……」
「そういうことよ。貴女はこの先も人間として普通の一生を送るの。だからこそその公園、今は[囲界]で囲った魔術領域になっている空間に、貴女を立ち入らせるわけにはいかないわ」
公園の中には相変わらずレイチェルさんと、ピンク……じゃなくて朱鷺色?の魔女さんの姿だけ。
そう言えばこの騒動でアタシたちがこの公園にきて結構時間が経ってる気がするけど、誰も様子を見に来る気配がないことに気付いた。車の音とか生活音みたいなのも全然聞こえてこない。
「誰も来ないわよ。私や貴女を含めて今は現実から切り離されているもの」
現実と切り離されてるって……魔術ってそんなことも出来るの!?
「よく思い出して御覧なさいな。貴女、自宅にいたのに気付いたらこの公園に来ていたでしょう?」
あっ、そっか!じゃああの、ママの気配はするのに誰も居なかった、あの時点からもう現実とは切り離されてるんだ!
「そして被害者である貴女を、私たち魔術師は無事に現実に戻す義務があるの。今回の被害者の中で異世界にまだ渡っていないのは貴女だけ。だからせめて、貴女だけは無事に帰してあげるつもりよ」
「……どうやって、戻すんですか」
「この空間から解放してあげれば、すぐに戻れるわよ。ただしその前に、貴女には魔術と魔術師に関する記憶を全て忘れてもらうけれどね」
魔術師はその存在を、普通の人間に知られてはならないのだそうだ。
“恐怖の大王”の彗星衝突を防いだ事件で一度は世間に広くその存在が知れ渡った魔術師たちだけど、その直後に起こった“現代の魔女狩り”によって、魔術師たちは再び世間から身を隠した。だから人間と魔術師と、お互いの世界を平和に保つために、魔術師と遭遇した人間たちには魔術を使ってその記憶を消さなければならないのだそうだ。
だけど、それじゃ、アタシは飛香のことを忘れないといけないってこと!?
「……戻らない、って言ったら?」
「えっ?」
「アタシも魔術師になる。なります、ならせて下さい!」
飛香を忘れるくらいなら、人間やめて魔術師になっていい!どうすればなれるのかなんて、全然見当もつかないけど!




