12.あっけない幕切れ
予約投稿し忘れてました。
1時間遅れでアップします。
あっと思った時にはもう、黒髪さんに腰を抱かれて公園の外にいた。
えっ何?何が起こったの今!?てか動かされた感覚全っ然なかったんだけど!?
と驚く間もなく、レイチェルさんが片足を引き腰を気持ち落として、両手を作者、伊勢貝・輪亜布と思われる黒づくめローブに向かって突き出した。
「——[黒凾]!」
彼女は鋭く一言叫んだ。
すると、その両手の前に黒く光る四角形の小さな空間が現れ、それはすぐにパアッと拡がって公園全体を包んだ。
いや「黒く光る」ってのも我ながら変な表現だなって思うけど、真っ黒なのに光ってるように見えたんだから仕方ないよね。
その黒い光はアタシの目の前、ちょうど公園の敷地全体をすっぽり覆うような感じで、壁みたいに上まで伸びている。高さは……10メートルくらい?はありそうな感じ。公園がちょうど正方形に近い感じの敷地なので、離れて見たら多分、黒い立方体に見えるんじゃないかな。
「触れては駄目よ、礼愛」
「あっハイ」
何かする前に黒髪さんに忠告された。ちょっと綺麗で触りたいって思っちゃったの、なんでバレたんだろ?
「ククク。直接戦闘の苦手な付与魔術師ができることと言えば、やはりコレか」
黒い立方体は半透明っぽい感じで、外のアタシにも中の様子がまだ見えてる。その中で黒ローブは慌てるでもなく、余裕かまして嗤っていた。
「事ここに至ってもまだ気付かない、貴方の間抜けさに敬意を表します」
そしてレイチェルさんの方も特に動じた様子はなかった。そしてそれはさっきからずっと動いていない、ピンク髪さんも同じ。
「だが、このまま封じていいのかな?逃げ遅れた者まで巻き込んでしまうぞ?」
「あー、アタシには効かねえよ」
余裕たっぷりの黒ローブの発言に、ここで初めてピンク髪さんが発言した。なんか思ったより全然ぶっきらぼうな感じだった。
「そもそもアタシは拝みに来ただけだ。〈観測の魔法〉と〈超越の魔法〉を同時に冒そうとしたアホの面をな」
ピンク髪さんはそう言って、右手の小指を右耳の中に突っ込んで、グリグリしたあと抜き出して小指の先にフッと息を吹きかけた。
人間離れしたものすごい美人さんがやると、ああいうはしたない言動もサマになるんだね。アタシ初めて知ったよ。まあ鼻に突っ込まなかっただけマシかなあ。
「最期に、何か言い残すことがあれば聞きますけど?」
「——ハッ」
両手を突き出したままのレイチェルさんが、黒ローブにそう声をかけて鼻で嗤われた。
「見たところ、特に何の変哲もない封印魔術ではないか。この程度の術式で我を封じようなどと、片腹痛いわ」
「では遠慮なく。——封!」
レイチェルさんは相変わらず動じないままで、一声そう叫ぶと、突き出したままの両手のうち右手をゆっくりと握り込む。
そうすると、それに連動するように、公園をすっぽり包んでいる黒い立方体がみるみる縮んでゆく。まるで彼女が右手で握り込んで圧縮してるみたいに見える。
「こんなもの、撃ち壊してくれる!」
「——[禁足]!」
黒ローブが自信たっぷりに、何か呟いて腕を振るう。すると風が巻き起こり、よく分かんないけどゾワリとした。コイツ、なんかヤバイことしようとしてない!?
と思った瞬間、レイチェルさんが一声叫んで、風も嫌な感覚も一瞬にして消えた。
「ぬ!?キサマ、我が術の発動を阻害しただと?小癪な!」
黒ローブが驚いたような声を上げて、でもすぐに右手を前に突き出した。その掌の先の空中に、なにやら光の紋章っぽいのが浮き出て——
「[禁足]——無駄だと言っているのに、まだ分かりませんか」
またレイチェルさんに阻まれた。
いや何が起きてんのか全然分かんないんだけど、多分黒ローブが魔術か何か使おうとして、レイチェルさんがそれを邪魔してる、んだと思う。
隣に立ってる黒髪さんは何も言わず、落ち着き払って眺めてるだけ。まだ黒い空間の中にいるピンク髪さんも、腕組みして仁王立ちのまま。
そうこうしてるうちに、黒い空間はみるみる縮んでゆき、ピンク髪さんが空間から外れた。まるで彼女がそこにいないかのように、フツーにすり抜けた。
「ぬっ、く、おのれ」
「付与魔術師の戦い方は分かっているのでしょう?であれば自分が今どういう状況なのか、いい加減気付くべきです」
黒ローブはよく分かんないけど何か色々悪あがきして、そのたびにレイチェルさんに防がれてるっぽい。「バカな、あり得ぬ!」とか言ってるけど、レイチェルさんも黒髪さんもピンク髪さんも平然としている。レイチェルさんなんて「付与魔術師の待ち構える地点にのこのこ姿を現した、己の迂闊さを呪うことですね」なんて冷たく切り捨ててた。
そうして、レイチェルさんまで空間から外れた。空間はもう3メートル四方くらいで、黒ローブを取り囲んでいるだけ。
「まっ、待て!」
「待ちませんよ」
たまらず黒ローブが声を上げた。
だけどレイチェルさんにアッサリ拒否られた。
「外道の佞言は聞きません。弁明の機会ならすでに与えました」
確かに、さっきそれっぽいこと聞いてたもんね。まあ、言い残すことって弁明とかじゃない気がするけど。
「ぐ、おのれ……!」
黒ローブはもうすでに立っていることもできなくなっていて、黒い空間の中で座り込むような姿勢になり、必死に両腕を突っ張って抵抗しようとしている。でも空間はお構いなしに縮んでゆく。
どう考えてもこれはもう、スプラッタなシーンになりそうな予感しかない。
なんだけど……
「あれ、縮んでる?」
気がついたら、人ひとり閉じ込めていると思えないほどに黒い空間が小さくなっている。なのに、中の黒ローブは相変わらず座り込んでいるしジタバタしている。
「なんだ、なんだこれはっ!?」
まだ吠える余裕すらあるっぽい。
「魔女の顔を見ても分からなかった貴方には、永久に理解できませんよ」
「魔女……」
もうずいぶんちっちゃくなっている黒ローブが見たのは、ピンク髪さんだった。
「そうか、キサマ、“朱鷺色の魔女”か……!」
「やっと分かったか。ちなみに、貴様の異界渡りに関しては“空色の魔女”も承知しているからな」
ピンク髪さん、ピンクっていうかトキイロ?の人にそう言われて、黒ローブは今度こそ絶望に顔を歪めた。
レイチェルさんが握りしめた右拳を左手でギュッと包み込み、黒ローブを呑み込んだ黒い空間は最後には5センチ四方くらいの真っ黒な立方体になって、地面に落ちて転がった。
「終わりましたね」
その立方体を拾ったのは、腰まである空色の長い髪に空色のローブをまとった巨乳の美人さん。
えっ待って、誰!?今までいなかったよね!?
「今さら出てくるんなら最初から来とけばよかったじゃねえか、“空色”」
「あら。わたくしだってそれほど暇ではないのですよ、“朱鷺色”。——いえ、ここでは“茜崎灘嶺”とお呼びすべきでしょうか?」
「それじゃまるでアタシが暇みたいな言い草じゃねぇか。つか呼び方なんざ好きにしたらいい。アタシはどっちでも構わん」
ピンク髪さんと空色髪さんはお互いに言い合ってるけど、雰囲気はそこまで険悪でもなさそう。よく分かんないけど、この事件の裏でいろんな人が動いてたんだなって、それだけは解った。
てかピンク髪さん?トキイロなんだかカタネなんだか、なんて呼べばいいんだろ?
「貴女は詳しく知らなくていいわ。ただ、あのふたりに関しては“魔女”と覚えておきなさい」
「あっハイ」
なんか黒髪さんにも頭の中読まれてる気がするけど、この人も多分魔術師なのかな?魔術師と魔女って違うの?全然分かんないや。
「では、これはもらって行きますね」
空色髪さんは黒い立方体を持ったまま微笑むと、来たときと同じように忽然と姿を消してしまった。
それをきっかけにレイチェルさんと黒髪さんの纏った雰囲気が、一気に緩んだのが分かった。
「終わった……の?」
「ええ。これで終わりよ」
なんだかあまりにも呆気ない結末に、呆然と声を漏らしたアタシに応えたのは、黒髪さんの呟きだけだった。




