11.最後の召喚
「じゃあね礼愛。また明日迎えにくるからね」
「うん、ありがとう。またね」
理不尽への怒りが逆にアタシの顔色を良くさせたみたいで、クラスメイトの子たちに盛大に安堵されて。なんかちょっとそれも微妙に感じてたある日のこと。
学校が終わってマンションの前で友達と別れてエントランスを通り抜け、うちの階までエレベーターで上がって無人の廊下を通って。
「ただいまー」
鍵を使って玄関を開ける。
うちは両親とも共働きだし、お兄ちゃんもアタシも高校生だし、帰っても家に誰もいないってことが往々にしてある。だから家族は全員が個別に家の鍵を持っていて、それでエントランスも玄関もそれぞれが自由に出入りする。
だからこの日も、アタシはいつも通りに手持ちの鍵で玄関を開けた。
「…………あれ」
家の中はシィン、と静まり返っていた。
おかしいな、ここ最近はアタシのメンタルが最悪だったから、ママがパートの休みを多めに入れて、なるべく家にいるようにしてくれてたのに。
そのママの「お帰り、礼愛」って声が聞こえてこなかった。
もしかして、家に誰もいない?と思って足元を見たら、ママの靴がそこにある。なあんだちゃんと居るじゃん、って安心したアタシは靴を脱いで上がった。
なのに。
「……ママ?」
ママはどこにも居なかった。
リビングも台所もトイレも、寝室やお風呂場まで確認したけどどこにも居ない。それどころかTVもエアコンも点けっぱなしで、リビングテーブルにはまだ湯気の立ってるコーヒーの入ったママのマグが置かれてて。
「うそ、でしょ」
呆然と呟いたその瞬間に、足元が光った。
やられた!
何をどうやったのか全然分かんないけど、多分アタシは、いつの間にか違う世界におびき出された。そうやって強制的に独りになる瞬間を作り出されて、その結果が、召喚の魔術陣だ。
いや、もしかするとこれまでに召喚された子たちも、こんなふうに逃げられなくした上で召喚されたのかも。早苗多の時とか特にそんな感じがする。だって扉ひとつ隔てた隣にアタシたちがいたんだから、さすがに器材室で何か光ったら気付けたはずだしね。
って、呑気に分析してる場合じゃない!
けど、これどうやって逃げればいいのよ!?
と思った瞬間。
アタシは闇に呑まれた。
「えっ」
足元で光ってた召喚の魔術陣は影も形も見えなかった。というか上下左右見回してもなんにも見えない。
こうなると途端に、自分が真っ直ぐ立っているのかすらおぼつかなくなる。足の裏が体重を支えてる感触があるだけで、手を伸ばしてもなんにも触れない。
「やだ……ウソ」
急激に心が恐怖に侵食されてゆく。なにこれアタシどうなっちゃうのよ!?
『何とか間に合いましたね』
と、不意に誰かの声が聞こえた。
『礼愛さん、で間違いないですね?』
どこから声が聞こえてくるのか全然分かんない。目の前のような気もするし、頭上とか後ろからの気もするし、なんなら頭に直接響いてきてるのかも知れない。
でも何となく、こういうのに返事しちゃダメな気がする。
『なかなか心を強く持っていて好感が持てます。そう、安易に返事をしないのは正解ですよ』
なんかよく分からないけど正しい行動だったらしい。いやそういうアンタは何者だよ?
『ああ、申し遅れました。私はレイチェル・ロートランド。騎師をやっています』
どう聞いても女の人の声なのに騎士って。女騎士とか小説やゲームの中だけの存在なんじゃね?
『あっその騎士ではなくてですね。えーと、魔術師って分かりますか?』
えっコイツが魔術師なの!?
てか考えてること読まれてる!?
『ああ、いえ、貴女を召喚しようとしているのは私ではありません。というか貴女の召喚を阻止して、召喚者の魔術師を捕縛するために私は来ています。騎師というのは、要するに犯罪を犯した魔術師に対する魔術師側の警察機構だと思ってもらえれば』
待って待って情報量がいきなり多いよ!
『残念ながらあまり待てないんです。そろそろ来るでしょうし』
レイチェルとか名乗った女の人がそう言った瞬間だった。
空間が、歪んだ。
何も見えない闇の中なのに、何故か解る。
目の前に、誰かが立っている。
『チッ。どこのどいつが我が儀式を阻むのかと思えば、騎師か』
今度は男の声だった。年齢はよく分からない。けどそんなに若くはなさそう。
『ペンネーム伊勢貝・輪亜布。本人で間違いありませんね?』
レイチェルと名乗った女の人の誰何の声。どうやら目の前にいるのが例の作者、飛香たちを異世界に召喚した魔術師本人らしい。
ってかあのアカウント、イセガイ・ワアフじゃなくて「イセカイ・ワープ」って読むのかよ!安直にも程があるでしょ!
『ふん、だからどうした。最後の召喚さえ成れば、貴様ら騎師どもが何をしようとも、もはやどうにもならんわ』
『残念ながら貴方の目論見は潰えました。この召喚はキャンセルされ、儀式が成就することはありません』
『くくく、すでに発動した術式が止まるとでも思っているのか』
目の前でやり取りされる言葉の意味が一個も分かんない。けどまあ、魔術師同士の会話なら、分かんなくても不思議はないのかな。
とりあえず身体を拘束されてる感じはしないし、ここにアタシがいるって気付かれないように、息を潜めてジッとしてみる。いや多分バレてるんだろうけど。
『術式は完全かつ正規に停止していますよ。なにしろ“時理”に干渉していますから』
『ほう、騎師ともあろう者が神理を冒したと。出来もしないことをよくもぬけぬけと』
『それが出来ているから言っているんですよ。何故なのか、まだ分かりませんか?』
レイチェルさん、がそう言うと、目の前の気配がなんか禍々しくなった。
『キサマ、まさか本当に』
『ええ、そのまさかです』
次の瞬間。
パアッと闇が晴れて視界が開ける。
「あーっ!」
一瞬遅れて自分がどこにいるのか気付いて、つい思わず声を上げてしまった。
だって、アタシが立っていたのはあの公園だったから。最初に飛香が召喚された、あの公園。それもブランコがあった隅っこのほうの、アタシがいつも乗っていた右側に、アタシは立っていた。
えっさっきまでアタシ家にいたのに!?
てか待って!?靴履いてないよね!?
なんて、どうでもいいことを気にしてる暇なんてなかった。
目の前に、何人も人が立っていたから。
ひとりは亜麻色の長い髪で青い目の、鎧みたいなのを着た綺麗な外人さん。多分この人がレイチェルさんかな。ふたり目は黒づくめの……えーとこれ、漫画とかで見るローブってやつかな?全身それで覆って頭もすっぽり隠した、多分男の人。コイツがきっと作者の魔術師だ。
その他にいたのはふたり。そのふたりはアタシたちとは少し離れた場所、木とベンチの位置に立っていて。
ひとりは180cmくらいありそうな超背の高い、ものすごい美人の女の人。髪も瞳も肌色っぽい色合いの濃いピンク色で、髪の毛はくるぶしくらいまであってめっちゃ長い。この人も髪の毛と同じ色のローブを羽織ってて、胸の前で腕組みしてて、でも凄すぎるプロポーションが全然隠せてなかった。何この人人間なの!?
あともうひとりは160cmくらいの、黒髪黒瞳の、見るからに日本人っぽい女の人。20代の前半くらいかな?ピンク髪の人ほどじゃないけど、この人もめっちゃ美人。あと雰囲気が氷みたい。
作者の魔術師とレイチェルさん?が向かい合って対峙してて、ピンク髪さんと黒髪さんは少し離れた位置で。アタシは作者とレイチェルさんとでちょうど三角形の頂点みたいな立ち位置で。
いやいや待って待って!?ビジュの暴力反対!こんな中に混ぜられたらアタシただのモブじゃん!
「とりあえず、貴女は保護するわね」
「えっ!?」
すぐ横から声が聞こえて、見たら黒髪さんが立っている。えっと思ってベンチの方を見たら、そこにはもうピンク髪さんしか居なかった。
「レイチェル、いいわよ!」
黒髪さんはそう言うなりアタシの腰を抱いて。
次の瞬間には公園の外に出ていた。




