第14話 いつか才斗のことも救い出してみせるよ
「まぁ、鼻血は派手に出たみたいだけど鼻の骨に異常は無いみたいだし、保冷剤で冷やしてたら顔の腫れは引くと思うから。しばらく、そこのソファで休んでなさい」
「っす。ありがとうございます」
白衣を着た養護教諭の人に渡された保冷剤を頬に当てながら、言われた通りにソファに腰を深々と預ける。
止血のために鼻につっこまれた新しいガーゼのせいで、少し息苦しい。
「大丈夫、才斗? 顔、ちょっと腫れてるわね」
「おお、玲。かっこ悪いとこ見せちまったな」
養護教諭の処置が終わると同時に、玲が保健室に入ってくる。
俺も年頃の思春期男子なので、できれば鼻血ブーな所は見せたくなかったのだが。まぁ、ステージ上を血で染めたのを見られてるので今更だ。
「やらかした男子バレー部の人、平謝りだったよ。今、凛奈ちゃんが才斗の代わりに謝罪受けてる」
いや、あの……。謝罪って本人にしないと意味ないのでは?
まぁ、相手もわざとではないだろうから、いいけどさ……。
そんなに、学校の嫌われ者の俺に頭下げるのがイヤだったのか?
っていうか、その男子バレー部の奴、謝罪にかこつけて凛奈と喋りたかっただけじゃねぇのか?
「ありがと才斗。守ってくれて」
「いや、これから文化祭の演劇ステージに上がろうっていう役者の顔に傷つけるわけにいかないでしょ」
真っすぐに玲にお礼を言われたのが照れくさくて、俺は顔をそむける。
「照れちゃって。ボクの王子様はやっぱり素敵だね」
そう言って、玲が俺の座るソファに腰掛ける。
「あらあら。かわいい付き添いの彼女が来てくれたから、お邪魔虫の私はちょっと校内パトロールに行ってきましょうかね。留守番お願いね」
「え? ちょっ! 先生⁉」
俺たちの様子を見た養護教諭は笑いながら、否定する間もなく保健室を後にしてしまった。
ちょ、置いてかないで!
保健室に男女が2人きりでって、その……結構まずくない⁉
「才斗、鼻血は止まった?」
玲に言われて俺は鼻に詰められた新しいガーゼの塊を抜き取って見る。ほとんど血はついていなかった。
「ああ、大丈夫そうだ」
「鼻血が止まってるなら横になっても平気だね」
そういや、養護教諭の先生もしばらくソファで休んでいけって言ってたっけ。
鼻血程度なら、保健室のベッドを使うほどじゃないしな。
「ああ。じゃあちょっと横に」
「はい、寝ていいよ」
「いや、あの……。玲がソファに座ってると寝転がれないんだが」
「ここに頭置いていいよって意味だよ。鈍いね才斗は」
そう言って、玲が自分のももの辺りを手でポンポンする。
「それって、膝枕ってことかよ……。いいよ、そんなの恥ずかしいし」
「いいからケガ人は寝てなさい」
「うぶっ!」
玲に強引に頭を抱え込まれて、俺は強制ひざ枕の体勢にさせられた。
「どう才斗? 女の子の膝枕の感想は?」
「……正直、心地良いです」
思わず敬語になってしまうくらい玲の膝枕は、柔らかくて気持ちよかった。
「こうやって落ち着いて話すの久しぶりかも」
「そうかもな」
今の俺は落ち着いてないんだよな……。
後頭部に感じる制服のスカートの厚手な生地と太もものストッキングの感触。
どちらも興奮材料で逃げ場がないんだね、膝枕って……。
「才斗ったら最近は、文化祭関連で忙しくしてるから」
「そこだけ切り取ると青春っぽいけど、やってることはThe仕事なんだよな」
文化祭って言うと、出店の準備で男女が急接近してみたいな文化祭マジックを期待する所だが、残念ながら俺の方は運営のトップの側に引きずり込まれてしまったので、そういう甘酸っぱさが皆無である。
そして、結局は体のいい生け贄なのが俺の役回りだったし。
「身を挺して私たちを護ってくれて、かっこ良かったよ。王子様みたいだった」
改めてお礼を言いながら、慈しむように玲が俺の頭を撫でる。
何だろ……。玲の手が当たるところが温かくてホッとする。
膝枕で天井を向いて寝ているので、玲の顔が至近距離にある。
そして、手でさりげなく玲に頭を押さえられているので、逃げ場もない。
「王子様なら華麗に飛んできたボールをワンハンドキャッチしたい所だったんだけど、現実はこのざまだ」
電車での『まぁまぁ』節といい、つくづく俺はカッコよく事態を解決することは出来ないようである。
「ううん。自分がカッコいいより、私たちを護るのを優先してくれたんだから、やっぱり才斗はカッコいいよ。ほら、腫れも後から来るから、ちゃんと冷やした方がいいよ」
「……それ、俺が玲に弁当の保冷剤を渡した時に言ってた事じゃん」
ニッカポッカの兄ちゃん玲がに電車で殴られてた時が思い出されるが、あの時の俺も何やかんや、ニッカポッカの兄ちゃんにロックオンされてテンパってたんだよな。
でも、腫れの初期対応としては迅速な対応ではあったと思っているのだが。
「ボクね。あの保冷剤も大事に取ってあるんだよね」
「え? あれも取ってあるの?」
「うん。よくよく考えてみると、軍手よりも先に才斗にプレゼントしてもらった物だから、大事に取ってあるんだ」
いや、あの保冷剤って、ケーキ屋でケーキ買った時に家に持ち帰るまで用の保冷剤を再利用した物なんだけど……。
なんで玲って、軍手を大事にしたり、ケーキ屋の保冷剤みたいな、事情を知らない人が見たらただのゴミみたいな物ばかり大事にしてるんだろうか……。
俺が碌な物をプレゼントしない甲斐性なしみたいじゃん。
いや、この間、白いワンピースは渡したか。
でも、あれは贈り合ったからプレゼントとしてはノーカンか?
「ん……。頬っぺた冷たくなってる」
当てていた保冷剤をどかして、玲の手が触れる。
冷え切った頬に、玲の手の熱が伝わる。
「玲の手が冷えるから自分でやるって」
「だ~め。傷ついた王子様の看病はボクの役目だから」
「ロミオなのに随分優しいじゃん」
今度、玲が演じることになるロミオという名門の家のお坊ちゃん。
俺にとっては、自分の境遇に重ねてしまい、つい下方評価しがちなキャラだ。
「そうだよ。ロミオは、こうと決めた相手が現れたら、どこまでも突き進むことができるんだ」
「じゃあ、俺がジュリエットかよ」
俺がそっち⁉
筋トレ好きなジュリエットとか前代未聞だな。
いくら多様性の時代とは言え、そんな配役のロミオとジュリエットは観たくない。
「ボクは王子様だからね。いつか才斗のことも救い出してみせるよ」
「……別に俺は」
「ボクの独り相撲だったらそれでもいい。そういう所も、周りが見えずにジュリエットに沼っちゃうロミオらしいでしょ?けど、ボクはロミオは深い所で、きちんとジュリエットと心の深い所でつながっていたと思ってる」
流石は、大女優の娘だな。
演者として、人をちゃんと見ている。
本当……よく見てる。
でも、だからこそ俺は玲には……。
「じゃあ、俺が仮死状態になる毒を飲まないまでに頼むな。それにしても、仮死状態のジュリエットを見て、早とちりで速攻で自ら命を絶つって、まぁまぁロミオって間抜けだよな」
「感動シーンをそんな風に茶化すと、叡桜女子の子たちに言ったら嫌われるからね才斗……」
「アハハッ、了解」
玲に対しては、自分の闇の部分を見せたくないというエゴから、話の軸を外すように立ち回る。
そして、まんまとそれに引っかかっちゃう玲。
ちょっとバカだけど可愛いんだよな。
なんて事を思っていると、保健室のドアがガラッ!と少々不機嫌な音を立てて開いた。
「あ~、もうっ。謝罪にかこつけてダラダラ話しやがって、あのバレー部の奴ら。また無駄な時間を……って、何やってるのヘタレ王子⁉ 人の旦那に!」
「あ、凛奈ちゃん。保健室では静かに。才斗寝てるから」
「こら才斗!狸寝入りしてないで起きなさい!」
まぁ、凛奈はね……。
俺の家の力を使わないと助け出すのは無理だったから、家の事情を明かしたけど、この有様である。
俺はてっきり、家の事を知って距離を置かれると思ったんだけどな……。
やっぱり色んな意味で、他人って思い通りにならないよなと、仮死の薬をジュリエットに渡した、やる事なす事裏目に出た某神父のごとく、凛奈に肩を揺さぶられても狸寝入りを決め込むのであった。
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