第13話 哀れな役者だ
「ここがステージか。体育館と一緒なんだね。うちの学校には演芸ホールがあるんだけど」
「そんな上等な施設はうちの高校にはないよ」
玲の正直すぎる感想に俺は苦笑いで答える。
生徒会室での協議が終わった後に、早速、叡桜女子との合同演劇を行う場所の視察という事で、叡山と叡桜女子生徒会御一行でステージのある体育館に来ているのだ。
「今は部活動中?」
「そうだね。今日はバレー部とバスケ部が体育館を使う日みたい」
たしか、バレー部とバスケ部とバドミントン部が体育館を使う部活で、体育館を2面に分けて曜日ごとにローテーションを組んでるんだよな。
「えいおーー!」
「ナイスアタック!」
「そこ、ディフェンスもっと粘れ!」
バレー部とバスケ部の声が体育館に響く。
「皆さんすごく勇ましいですね。叡桜女子にも運動部はありますが、女子校ですし私立中高一貫校なので、ここまで部活は激しくないですわ」
感嘆の声を漏らす清水会長。
だが、これは……。
「おそらく、叡桜女子の皆さんが見学されているので、いつも以上に気合が入っているようです」
中條会長が苦笑しながら説明する。
うん、俺もそう思う。
バレー部もバスケ部の男子部員たちが、さっきからチラチラこっちを見てくるし。
日頃、接点のないお嬢様女子高の人たちがいたら、男は張り切っちゃうよな。
「ステージの広さはこれくらいですか。これなら、叡桜女子高で使っているセットを少しスケールダウンすれば使えそうですね」
「セットはどれくらいの大きさですか? 搬入口はこちらで」
生徒会の面々は、合同演劇の具体的な部分の現地確認や打合せを始めた。
なので、生徒会の正規メンバーではない面々は暇になるわけで。
「私がジュリエット役ねぇ……。ったく、柄じゃないっていうのに」
凛奈がステージ上でぼやくように呟く。
その視線は、練習をしているバレー部の方へ向けているので、何とはなしに呟いた独り言のようだ。
「大丈夫だよ凛奈ちゃん。ボクは演劇で人前に出る経験は積んでるから大船に乗った気でいてよ」
不安から出た発言と思ったのか、玲が上から目線で凛奈を見下ろす。
「っていうか、ヘタレ王子は嫌じゃない訳? 私と共演で」
「嫌だけど、今までの演劇での王子様役は、ヒロイン役のことを気遣って本気で演じた事ないからね。その点、ボクの事をライバル視してる凛奈ちゃんなら適役かなとも思ってる」
玲が、敵だけど実力は認めていて、戦いにワクワクしてるバーサーカーみたいな事を言い出した。
そういや以前、フィギュアスケートの鬼頭コーチから、玲は氷上での表現力が豊かで、大会でも演技構成点の演技力の項目の加点が凄い選手だったって聞いたな。
畑は違うけど、ステージ上で自分を表現することに対して玲は前向きなようだ。
「玲は今まで、何度も演劇のステージに上がってるんだな」
「うん。決まって、他薦で王子様役だね。でも、いつも練習とかでボクが本気の演技をするとヒロイン役の子が鼻血出したり、卒倒したりするから」
そして、中等部時代で玲の王子様役禁止令が出たわけか。
玲も、色々と周りの女の子の癖や人生を狂わせてるんだろうな。さすがは、女子高の王子様。
「まぁ、私は未来の旦那様がいるから、ヘタレ王子がどんな演技をしようが勝手にどうぞって感じね」
「お、言ったね凛奈ちゃん。じゃあ」
ヒラヒラと手を揺らして興味なさげにする凛奈に対し、玲が近づき腕をいっぱいに広げる。
「おお、生身の人間よ。うぬぼれこそが、人間にとって何よりの大敵なのだよ」
芝居がかった振りで、玲が全身で神様のヘカテーを演じる。
って、同じシェイクスピアでも、ロミオとジュリエットじゃなくてマクベス第三幕のセリフじゃん。
これは、俺の旦那を自称する凛奈への牽制のセリフだな。
「人生はついて回る影のようなもの……。哀れな役者だ」
負けじと凛奈が、同じくマクベスからセリフを引用して玲に応戦する。
『哀れな役者だ』は、主人公のマクベスが追い詰められた場面で自嘲気味にこぼしたセリフだけど、凛奈は芝居がかった玲を挑発するために敢えて用いたのだろう。
「へぇ、やるじゃん凛奈ちゃん。咄嗟に今の返しをするなんて」
「それはどうも。度胸だけは自信あるから」
対峙し、一歩も引かない二人。
───何だか強者同士が力をぶつけあって、お互いの強さを認め合う少年マンガ的な展開になったな……。
そんな事を、この時の俺は呑気に考えていた。
だが、それは第三者的な視点が抜け落ちていたが故に抱いた感想であった。
玲と凛奈という美人がステージ上で芝居を披露することにより生じる、圧倒的な存在感。
2人は、思った以上に体育館で部活をしている生徒たちから注目されているという事を。
そして、よそ見や注意力散漫な際に事故は起きるものだと。
「ヤバい、よけろ!」
声のした方に瞬間的に向き直ると、既に白い円がグングン、ステージ上に迫って来ていた。
その白い円が打ち損じたバレー部員のジャンピングサーブであることを、硬直する玲と凛奈へ向かう視界の端にとらえた。
反射的に俺は身体を2人の前に踊りださせる。
そして……。
俺の視界に星がはじけて、視界が暗転する
「才斗!」
「大丈夫⁉」
心配そうな玲と凛奈の声が聞こえた気がしたが、ステージ上の照明が眩しくて俺には何も見えなかった。
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