第12話 叡桜生は激怒し挙兵しました
「それでは、叡山高校で行う叡桜女子高の出し物は、シェイクスピアのロミオとジュリエットの演劇といたしましょう。そして叡桜女子高での叡山高校の出し物は焼きそば屋台ということで」
「はい、そのように」
叡山高校生徒会室にて、中條会長と清水会長が握手を取り交わし、合同文化祭の協議がまとまった。
「しかし、ロミオとジュリエットは演目としては定番も定番ですが、よろしいのでしょうか?」
「いえいえ、そちらのお嬢様校とは違って、うちの高校でちゃんとロミオとジュリエットを観劇したという者は少ないので。そちらこそ、叡桜女子高で出す屋台は、ベタに焼きそばでいいいのでしょうか?」
「それこそ、うちの高校の生徒は碌にお祭りの屋台を経験した者は少ないですから、定番の焼きそばにこそ憧れがありますわ」
協議の中ですり合わせた結果、お互いに別世界の学校ということもあり、自分たちにとっては定番の中の定番で飽きが来ているものほど、相手方にとっては珍しく心惹かれるものであるという認識を共有し、このような題目に決まった。
「演劇のキャストについてなんですけど、基本的にはこの叡桜女子生徒会メンバーとなります。それで、一点相談なのですが……」
「はい、何でしょう?」
ちょっと言いにくそうにしている清水会長に、中條会長が続きを促す。
「叡山高校から、ジュリエット役のキャストを出していただけませんか?」
「え? 男役のロミオではなくヒロイン役のジュリエットを?」
「はい」
「となると……」
ここで、一斉に唯一の対象者にその場にいる者たちの視線が注がれる。
「む、む、む、無理です! 私に、ジュリエット役なんて!」
滝瀬副会長が顔面蒼白になって顔をぶんぶんと横に振り、拒否の姿勢を露にする。
「滝瀬くんなら名家の令嬢役も似合うとは思うが……」
「適当な事を言わないでください会長! 生徒会室の粉末レモンティーをティーバッグ式に変える事にすら悩む生粋の庶民の私が、叡桜女子高のお嬢様たちを差し置いてジュリエット役なんて出来る訳無いでしょ!」
他校の生徒会の面々の前だというのに、いつになく語気を強めて中條会長に食ってかかる滝瀬副会長。
「なるほどですわ。滝瀬副会長が固辞されるというならば、ここは叡桜側としては別の提案を」
「じゃあ、代わりにボクがロミオ役をやろう」
何やら言いかけた清水会長に被せるように、中條会長が男気を見せる。
「え? 会長がロミオ役?」
「「へぇ⁉」」
そして滝瀬副会長と清水会長が、驚いた声を上げる。
「折角の合同劇ですから、やはりどちらかは叡山高校が担わないと盛り上がりませんし」
中條会長の言う事はもっともだ。
ロミオとジュリエット以外にも、すべての策略が裏目に出る修道士とかキャラの立っている脇役キャラも居るには居るけど、やはりここはロミオかジュリエットを叡山高校で担うべきだろう。
「え~とですね……」
何やら焦りだす清水会長。
そして、その様子をハラハラしながら見守る他の叡桜女子高生徒会の面々。
なんだ?
清水会長は話が予想外の方向へ行っていて焦っているのか?
ここは、俺の方で清水会長に助け舟を出したいところだが……。
「だ……ダメです会長」
と俺が逡巡していると、思わぬところから否定の言が飛んできた。
生徒会長としての責任感から中條会長がロミオ役をやる流れの中で、滝瀬副会長が俯きながら振り絞るように発言したのだ。
「滝瀬くん?」
「会長がロミオ役をするのは……嫌です……」
よく見ると、滝瀬副会長が中條会長の制服の袖口をつまんで、弱々しく引き留めている。
「いや、たしかにボクはロミオなんて柄じゃないが、皆に楽しんでもらえるように稽古を頑張るから」
「そういう意味じゃないんです……他の女の子とが……嫌っていうか……」
遠慮がちだけれど、ギュッと中條会長の袖をつかみつつ目を瞑り、少し身体を振るわせる滝瀬副会長。
その様子を見た、生徒会室にいる中條会長を除く全ての人たちの心が一つになった。
───女の子の滝瀬副会長に皆まで言わせんなよ!
と。
「どうやら、中條会長がロミオ役をやるのは色々と無理なようですわね」
「よく分かりませんが、そのようで……」
中條会長は困惑しつつも、滝瀬副会長の意を汲むようで、苦笑いする清水会長の言葉に乗っかる。
この人って、やっぱり優しいよな。
そりゃ、近くにいる滝瀬副会長も惚れちゃうわ。
「いいものを見せていただきましたわ……。これで白米3杯はいけますわ」
「生徒会の内部での恋愛とか憧れますわ……」
叡桜女子高の生徒会役員たちも、偶発的に発生した生徒会ラブコメがお気に召した様子である。
「じゃあ、次案ですわ。九条くん」
「は、はい!」
会長、副会長のジレジレラブコメの様相を和みながら見ていた俺は、不意に清水会長に指名されて不意打ちを食らって慌てる。
「生徒会室のドア前にいるであろう、星名さんと西野嬢をここに呼んでくれませんこと?」
「玲はともかく……凛奈もですか? なぜ?」
実は、俺の腕を取り合う玲と凛奈は、生徒会室に着いてもどちらが俺の隣に座るかでケンカしてうるさかったので、喧嘩両成敗で協議の場である生徒会室の外につまみ出されていたのだ。
あの2人は揃うといつも聞かん坊の小学生みたいになる。
「いいから早く!」
疑問を呈す俺に対し、ちょっと焦りながら清水会長が俺を急き立てる。
取り合えず、言われた通りに廊下にいる玲と凛奈を呼び込む。
「呼ばれたので来ましたけど……」
「なんで私まで?」
突然、協議の場に呼び込みをされて困惑する玲と凛奈の2人に対し、清水会長が満足そうに頷くと口を開く。
「この2人にロミオとジュリエット役をやってもらいます!」
「「「「「……………はい?」」」」」
いきなりの清水会長の宣言に、俺も含め、場には?マークが浮かぶ。
脈絡とかが色々と飛んでる気がするが、清水会長は話を続ける。
「実は、ロミオ役については玲さま……もとい、星名さんにやってもらいたいのですわ」
「中学時代の玲様の文化祭公演でのロミオは凄い色気でしたものね……」
うっとりと、当時を懐かしむ叡桜女子高生徒会の面々。
「そうなの玲?」
「あ~、あの時はバタバタ叡桜生が倒れちゃってね」
俺が訊ねると、頬をポリポリ指先でかきつつ、照れくさそうに玲が苦笑いする。
「そのせいで、玲様は学内演劇に演者で出るのを学校側から禁止されたのですわ……」
「学校側の裁定に対し、叡桜生は激怒し挙兵しました……」
「俗に言う桜大戦が勃発しましたが、結局、学校の決定は覆りませんでした」
そんな大げさな名前がつく戦争になったのか……。
しかし、話が見えてきたぞ。
「つまり……。合同文化祭での叡山高校での出張公演ならば、玲の出演禁止規定の対象外になるから、玲がロミオ役をと」
「はい。どうしても玲様のロミオがまた観たいのですわ!」
「これぞ生徒会の役得ですわ」
「正直、さきほど中條会長がロミオ役を買って出た時は焦りましたわ」
欲望に正直な叡桜女子高生徒会メンバーたち。
こういう意図があって、叡桜女子高もうちの高校との合同文化祭の開催に踏み切ったんだな。
「ああ、なるほど……。すいません、ボクが空気を読まないでロミオ役をやるなんて言い出しちゃって」
自分たちの欲望丸出しの提案に翻弄された中條会長が謝っているが、あなたは謝らなくていいと思う。
まぁ……。
「ふふっ、会長の一人相撲でしたね」
滝瀬副会長が嬉しそうだから、いいか。
「で、なんで私がヘタレ王子の相手役なんてやらなきゃいけないわけ?」
と、ここでジュリエット役に指名されているのに放置されていた凛奈から、不満の声が上がる。
「それは、玲様のロミオを相手にしてジュリエット役を全うできる叡桜生は居ないからですわ。玲様とステージ上で対峙したら、間違いなく鼻血噴出不可避のジュリエットとなり、序盤のキスシーンで終了ですわ」
ロミオとジュリエットのキスシーンって本当に割と序盤だから、そこからヒロイン不在は物語が成り立たないな。
「ここまで玲様と対等に振る舞えるご婦人は西野嬢くらいですわ」
「ぶっちゃけ消去法ですわ」
「帰る……」
叡桜女子のお嬢様の屈託で嘘のない理由に対し、凛奈は踵を返して生徒会室を後にしようとする。
「待ってほしいのですわ!」
「ちゃ、ちゃんとお願いしますから!」
「すべては玲様の完璧なロミオを観るために!」
へそを曲げた凛奈に対して、必死にすがりつく叡桜女子生徒会の面々。
案外、お嬢様たちも己の欲望にまみれているんだなと、また一つ俺は女子校の真実を知るのであった。
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