第11話 あれが世に聞く現地妻……
「この間は本当にビックリしたんだからね」
「ハハハ、そうだよ。ただの文化祭の出し物の確認だったんだよー(棒)」
玲からの追及に、俺は目を逸らしながら答えた。
「何か、はぐらかしてない? 才斗」
「いや、そんな事は。今日の氷の張り具合はどうかなって、サブリンクの子供たちの様子を眺めてただけだよ」
今日はバイトの日で、俺と玲はスケートリンクに来ていた。
逸らした目線の先がサブリンクだったので、咄嗟に俺は自分の仕事を言い訳に使った。
「え? 今日のスケートリンクって才斗が整氷したの?」
「サブリンクの方はな。鬼丸整備長にはまだまだだって言われたけど」
「鬼丸整備長って、鬼丸コーチの旦那さんだよね。あの人、寡黙で頑固な人だって聞いてたけど、すごいね才斗」
「実家の田舎のおっちゃんたちで慣れてるからな」
職人気質のおっちゃんは寡黙だけど、ただ口下手なだけだからな。
色々と聞いたら、何やかんや親切に教えてくれるのだ。
整氷は長年のカンが物をいう世界なのだが、これが結構奥が深くて楽しい。
「玲も夏休み明けから本格的に幼児クラスのコーチバイトを始めたんだな」
「うん。学校にもちゃんとバイトの届を出したよ」
「けど、文化祭の実行委員もして大変じゃないのか?」
「ボクはあくまで、才斗の高校と提携する部分だけだからね。それよりも、明日は分かってるよね?」
そう言って、玲がジャージの袖で口元を隠しながら含み笑いをする。
「はい……精一杯アテンドさせてもらいます。お姫様」
「ん、よろしい」
満足げな顔の玲とは対照的に、明日、自分の高校で起きるであろう事態を想像してしまう俺は気が重かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「よ、ようこそ叡山高校へ。叡桜女子高生徒会の皆様」
上ずった声で、中條会長が校門前で出迎える。
そして、その横で滝瀬副会長が横でジト~ッとした目を向けている。
この場に、会長と副会長の2人しかいないところを見ると、まだ生徒会メンバーの男女間の軋轢は終息してはいないようだ。
「ほ、本日はお招きいただき、ありがとうございます!」
「と、殿方ですわ……。校内に殿方がおりますわ」
「男の子と同じ学びやなんて小学校以来ですわ」
そして、共学校の雰囲気にはしゃぐ、清水会長たち叡桜女子高生徒会メンバーたち。
「そ、それじゃあ生徒会室までアテンドを……九条君、お願いするよ」
「はい……」
「その……大丈夫か? 何か九条君げっそりしてないか?」
「う、うっす……。ちょっと両腕が重いだけです」
始まる前から既に元気のない俺を中條会長が気遣ってくれるが、こちらにも余裕が無いので端的にしか返答できない。
「なんで、ヘタレ王子が私の才斗の腕にしがみついているのかしら?」
「だって、昨日約束したんだもんね~? 才斗」
「え、あ、うん……」
昨日のバイト先でアテンドするとは言っていたが、玲の物言い的に当然ただ先導をするという意味じゃないという事は分かりきっていた。だから、気が重かったのだ。
そして、それを見た凛奈が黙っちゃいないという事も分かりきってたから。
「そもそも、なんで凛奈ちゃんは生徒会の人でもないのに一緒に来るの?」
「あら、生徒会室での協議の場はともかく、その他のうちの学校内で一緒にいる分には問題ないでしょ? 未来の旦那様の仕事ぶりを間近で見たかったし」
「間近すぎるでしょ!」
「ヘタレ王子こそ、男性恐怖症気味なら叡山と叡桜の合同文化祭の役員なんて務まらないんじゃないの?」
「いや、男性恐怖症なら、なおさら才斗と一緒にくっついてないと」
両腕にぶら下がった凛奈と玲が、俺を挟んで火花を散らしている。
どちらも全く譲る気はないようだ。
「あれが、例の動画の叡桜女子高の王子様か。すげぇスタイルのいい美人さんだな」
「完全に九条に墜ちた顔してるね」
「でも、西野さんも夏休み明けから完全に墜ちてる様子だって聞いたけど」
「二股クソ野郎が……」
叡桜女子高という他校の一団なだけで目立つっていうのに、そこに両手に花状態で完全に校内の視線を独り占めだ。
まぁ、陰でヒソヒソ言われるだけだから、この間、叡桜女子高の敷地内を玲と歩いて、気絶する子が続出するよりはマシかな。うん。
俺が明後日の方向に思考を巡らせて現実逃避をしていると。
「よし。これで学内のヘイトが九条殿に向くから、生徒会室の男女間の軋轢は有耶無耶にできるでござるよマイブラザー」
「よくやった妹よ。報酬として、冬の年末の祭典の売り子はこの兄に任せておけ」
そして、巨悪の兄妹が俺たちの後ろでほくそ笑んでいるのが聞こえてきた。
マジで悪魔だわ、この兄妹。
「玲様が九条さんに墜ちているのは既に、叡桜女子高内でも認識している所ですが、九条さんには別のガールフレンドがいらっしゃるのね」
「あれが世に聞く現地妻……この事を知ったら親衛隊が黙っていないのでは……」
ヒソヒソと叡桜女子高の生徒会の面々が話しているのが聞こえ、新たな方向からの攻撃が俺の精神に襲い掛かる。
あ、これ。
俺もう、叡桜女子高の方に行けないわ……。
「いや、これは……行けるかもしれないですわね……」
自身の高校だけでなく、叡桜女子高での俺の評判が地におちる事が確定する中、叡桜女子高の清水会長だけは何やらブツブツと独り言をつぶやいていたのが少し気になったが、周りからの刺すような視線を前に、俺は感情のスイッチをオフにして生徒会室へ向かうしかなかった。
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