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第8話 人の旦那にちょっかいを出して来やがって

「多数決の結果、1年4組の文化祭の出し物はコスプレカフェに決まりました」


「「「「うぇ~~い」」」」


 パチパチとクラス内で拍手が上がり、我らが1年4組の文化祭の出し物が決まった。


「という訳で、寝屋先生。うちのクラスは食品調理があるので、臨時出店や模擬店等の役所手続お願いしますね」


 議事進行していた学級委員長が、教卓の横のパイプ椅子でうつらうつらしていた担任に声をかける。


「結局、食い物の出店になったか……。あれ、手続面倒くさいんだよな……。担任教師としては正直、ステージでの出し物や展示のが楽なんだが」


「叡山高校では食べ物の出店を出すのが伝統で~す」

「みんな、文化祭でこれがやりたくて、この高校を選んでるんです~」


 相変わらず、生徒の前で怠惰を隠さない剛史兄ぃが苦笑いするが、生徒たちの言葉にあえなく却下される。


 元々、この高校の地元在住ではなかった俺は入学してから知ったのだが、ここ叡山高校は文化祭が盛んで、それに憧れてこの高校を受験するという子は結構あるあるなのだそうだ。


 特に、食べ物をあつかう出店は実際には高校でやっている学校は少ない。


 さっき、剛史兄ぃが渋った保健衛生関連の役所の届出や許可取り、衛生管理のハードルが高いので、学校側にしっかりとしたノウハウがないと実施は難しいからだ。


 故に、マンガやアニメに出てくるような文化祭ができる叡山高校の文化祭は、内外問わずに人気なのだ。


「まぁ、ステージ系の出し物組なら、夏休み中も練習練習で、引率が面倒だからどっちもどっちなんだがな。そういや、今年の文化祭は叡桜女子高校と一部合同で、むこうの学校の有志がステージの出し物をしてくれるみたいだぞ」



「「「「ええええぇぇぇぇええええ⁉」」」」



 さりげなくもたらされた担任からのビッグニュースに、クラス内は騒然とする。


「あのお嬢様女子高が俺らのバンカラな文化祭に⁉」

「やべ、文化祭前日に美容院の予約入れとかんと」

「来たぜ! 俺らの青春!」


 まぁ、主にはしゃいでるのは男子生徒たちで、女子生徒たちはシラ~~ッとした目で男子たちを見てるけど……。


 きっと、同じ男女対立の光景が生徒会の中でも繰り広げられたのだろうなと、中條生徒会長の苦労が偲ばれた。


「あと、叡桜女子高の文化祭は基本的に保護者しか入場できないんだが、今回は特別に叡山高校にも招待枠を設けるらしい」




「「「「うおおおおぉぉぉぉおおおおおおお!」」」」


 へぇ、そうなんだ。

 その点は知らなかった。


 俺と玲が打合せから席を外していた時にでも決まったのかな?


 しかし、剛史兄ぃもまるで煽るように情報を小出しにするな。

 燃料の逐次投下により、男子どもの興奮は最高潮に達し、反比例してクラスの女子たちは、男子の猿っぷりに、引き気味である。


 これは、生徒会での男女間冷戦と同じ轍を踏むことになるのでは……。


「あ、ぬか喜びさせて悪いが、叡桜女子高の文化祭の招待にあずかれるのは生徒会とごく限られたメンバーだけな。このクラスだと、九条だけだ」


「「「「「……は?」」」」



 剛史兄ぃ一斉に、クラスメイト達の視線が俺に集中する。


 いやいや、知らん知らん。

 俺も今、初めて知ったわ!


「見ての通り、お嬢様女子高の文化祭ってだけで浮かれまくるような奴らが、よそ様の学校でどんなアホなことをしでかすか分からんからな。今回は初の試みだから、行けるのは代表だけだ」


「「「「そげなぁあぁあああああ!」」」」


 天国から一転、フリーフォール。

 男子たちが悲痛な叫びを上げて、机の上につっぷす。


「は~い先生。代表が生徒会の人なのは分かるんですけど、九条君はどういう理由で選ばれたんですか?」


 撃沈する男子どもに代わり、クラスの女子が挙手して、もっともな疑問を剛史兄ぃにぶつける。


「叡桜女子高校側の指名だよ。よかったな九条。電車で人助けはしておくもんだな」


 ニヤニヤ笑いながら言外に、剛史兄ぃは玲の仕業だとほのめかす。

 そして、その意図は当然、みなに伝わる。


「ちくしょぉぉぉおおおお! なんで……。なんで、アイツばっかり……」

「絶対……絶対に、電車でからまれてる人がいたら助ける……絶対にだ……」

「先生……奥歯をかみしめすぎて歯が痛いので早退します」

「俺も、握った拳に爪が食い込んで出血しているので保健室に行ってきます」


 阿鼻叫喚な男子ども。

 そして、その様子を眺めてニヤニヤする女子たち。


 こんな状態でうちのクラスの文化祭は上手くいくのか?


 なんで、こうなることは目に見えていたのに、剛史兄ぃはあんな事を……。


 それらの疑問に対する答えは、思わぬ方向からもたらされた。




「あの、クソ王子……。人の旦那にちょっかいを出して来やがって……」


 カオスに染まるクラスの空気が一瞬で単色に塗りつぶされた。

 それは、禍々しく、瘴気と殺気を何倍にも濃縮したような重くドロドロとした物だった。


 その発生源である隣の席を、俺はおそるおそる見やった。


「これは明確に戦争ってことよね……。いいわ、今度こそ完全に叩き潰してくれるわ」


 ブツブツと呪詛の言葉をつむぐ凛奈だった。


「り……凛奈?」


 声をかけるが、凛奈はまるで俺の言葉が届いていないようで、焦点の合わない目で正面だけを見据えてブツブツ独り言をつぶやいている。


「これ、もしかしなくても西野さんと叡桜女子の王子様との直接対決?」

「え? 西野さんと九条君って夏休みから付き合いだしたんじゃないの? なんか旦那とか言ってるし」

「夏休み明けから、あからさまに西野さんが九条君好き好きオーラ出てるもんね」

「これは面白くなってきたかも」


 目から血が出るのではという程の怨嗟の念が込められた怖い視線を投げかけてくる男子たちをしり目に、クラスの女子たちは面白いものを見る目でこちらを眺めてくる。


 なるほど、確かにクラスの団結はなったな。


 俺という生け贄によって……。

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― 新着の感想 ―
本当に、文化祭の食品って面倒なのね。子どもの学校でも普通に焼きそばとかやっていたから、知らなかった。で、焼きそばは良いけれど、メイド喫茶でのオムライス、っていうのは現実的ではないのね…… 勉強になった…
愉快愉快
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