第17話 ぬいペニ現象と一緒じゃない!
【西野凛奈_視点】
「アアアアアァァァァッ!!」
夏休みが始まったというのに、私、西野凛奈は自室のベッドの上で、枕を抱き、身悶えつつ奇声を上げて転がり回っていた。
「凛奈お嬢様。いくら夏休みだからと言って、絶叫しながらのバイマイセルフはお辞めください」
「伊緒ぉぉぉぉおお! 私と才斗の記憶を消す道具出してよぉぉぉぉぉおお!」
「ツッコミを怠るばかりか、私をどこぞの未来から来た猫型ロボットと一緒にするなんて、だいぶ重症ですね凛奈お嬢様」
いつの間にか音もなく、当たり前のように自室内にいるメイドの伊緒に当たり散らかすが、本当は解っている。
そんな都合よく過去は消えたり書き換えたりなんて出来ないことは。
過去……。
「なんで私、アロマに当てられてたとは言え、あんな事言っちゃったんだろう……。あんな事言ったら、その……私が凄く、エッチな事に興味津々みたいじゃない! 」
あの時の事を思い出すと、また顔が火照ってしまう。
あんな……。
あんなストレートに、才斗にエッチしたいなんて言っちゃうなんて。
「違うんですか? 普段から学内では、九条殿とは下ネタのオンパレードだと、前に自慢してたじゃないですか」
呆れ顔で伊緒が訊ねてくる。
「そ、それとこれとは別なの! 才斗との下ネタトークは、友情の証みたいなもので」
「なるほど。しかし、男友達がとても大事だと言いながら、やはり心の中では九条様の肉体を求めていたと?」
「う…………。そ、そうよ。悪い?」
「憐れな雇われメイドの身の私としては首肯せざるを得ません」
今更、そこを恥ずかしがって伊緒に否定しても仕方がない。
何せ、その事を才斗本人に言っちゃってるんだから。
大事なのはこれからのことだ。
過去はもう変えられなくても、未来は今からでも変えられる。
でも……。
「才斗、私の事を気持ち悪いと思ってないかな……」
「凛奈お嬢様?」
急にダウナーになり、声のトーンが下がったことに、伊緒も反応する。
「だって私、友達の才斗にその……、エッチな事を一緒にしたいって言っちゃったのよ。これって、ぬいペニ現象と一緒じゃない!」
「あ~、仲の良いぬいぐるみ的な相棒意識を抱いていた男友達に、ある日突然、性的な対象に見てますと解らされて女子が勝手に幻滅するあれですか。ただ、凛奈お嬢様の場合は男女逆ですから、ぬいぐるみに……」
「ぬいペニ現象の男女逆バージョンは考えなくていいから! ねぇ、どう思う伊緒? やっぱり才斗、私の事、気持ち悪いとか、怖いとか思ったのかな?」
不安は言葉にする度にどんどん心の中で大きくなってしまう。
だって、私自身がそうやって、近づいてきた男たちに幻滅してきたという事実があるのだから。
「それは九条様自身に聞いてみないと分からないですね」
「才斗に嫌われたらどうしよう……。男友達にも戻れなくなったら私……。グズッ……、どうしよう伊緒……」
胸の中で渦巻く不安による感情の高ぶりに、思わず涙が滲んでしまう。
「開き直ったと思ったらグズグズ泣いたり忙しい人ですね」
「そこはウソでも慰めなさいよ!」
だいたい、元凶はあんたの作った怪しいアロマキャンドルのせいなんだから!
本当は、あのアロマで才斗から私に手を出させる計画だったのに!
「先程も言いましたが、九条様に聞くしかないですよ」
「そんなの怖くて出来ない……」
ベッドにうつ伏せになって、枕を後頭部に乗せ、思わず現実逃避してしまう。
もし、断られたら……。また、私たちの関係は元通りになんてなるのだろうか……。
「それはそうと、さっきから凛奈お嬢様のスマホが鳴っています。この着信音は九条様専用に設定したものですよね?」
「え!?」
伊緒の言葉にガバッ! とベッドから跳ね起きると、たしかにスマホが鳴動し、才斗用に設定したメロディーを奏でていた。
「私、留守だから」
「あ、もしもし九条様ですか。メイドの草鹿伊緒です。いえ、お掛けになっている番号に間違いはないですよ。今、凛奈お嬢様に代わりますね」
伊緒ぉぉぉぉおおお!
居留守しようとしたのに、なに、主のスマホに勝手に出ちゃうのぉぉおお!
「も、もしもし……。才斗……」
『おぅ凛奈、この間ぶり。凛奈に電話かけたのに、草鹿さんが出てビビったわ』
心臓がバクバクいっているのに、才斗はいつもと変わらない様子だ。
「ほ、本日はお日柄も良く……」
かくいう私はコチコチだ。
今私、エッチなことしようねと一方的に約束した男友達と話してるんだと思ったら、全身の筋肉が強ばってしまったのだ。
『なにそれ、お見合いの冒頭? んで、用件なんだけどさ。俺の実家に来る気ある?』
「…………へ?」
この時の私は大層な間抜け顔をしていたに違いない。
あ、こら、伊緒。スマホのカメラで連写するんじゃない。
『夏休みで実家に帰るんだけど、凛奈も良ければ一緒に行かないか? 亡くなった祖母ちゃんの一周忌でな。凛奈のことを紹介したいんだ』
実家……。才斗の……。私が……。
え?
「ちょ、ちょ、ちょっと待って才斗! そんな事、急に言われても困るんだけど」
「困ると言いながら、さっきからニヤケ面ですよ凛奈お嬢様。ほら」
そういって向けられた伊緒のスマホには、口元が緩みきったニヤケ面が映っていた。
我ながらフニャけた顔だ。
でも緩んだ頬や口角は締まらないままだ。
「すまんな突然の話で。でも、是非、凛奈にも来て欲しいんだ。田舎で田んぼや畑しかないけど、頼む来てくれ」
田舎と聞いて、私の脳内では、麦わら帽子に作業着を着て、才斗と一緒に鍬を地面に下ろす姿と、日が暮れた後、地場の野菜とジビエ肉を囲炉裏を囲んでいただく絵が瞬時に夢想された。
子供は2人。
いい……。
悪くない人生だ。
「い、いつになく強引じゃない?」
『やっぱり突然だから無理か? 泊まりになるし』
「行く。日にちは? うん解った。準備しとく。じゃあね」
これ以上話すとボロが出てしまいそうだったので、平静を装いつつ応諾の返事をすると、才斗からの電話を切る。
「どうしよう、伊緒……。これって……要はそういう意味だよね」
電話を切った後に、私はスマホを胸に抱いて伊緒に訊ねた。
今度の胸のドキドキはさっきまでと違う。
胸の奥をくすぐられるような、暖かく、幸せな高鳴りだ。
そっか、そっか。
才斗は才斗で、色々と私の事を真剣に考えてくれてたんだ。
「ふむ……。まぁ一般的にはそうですが」
「な~にを歯切れの悪い事言ってるのよ伊緒ってば! そこは、素直に主の門出を祝ってよ!」
普段の伊緒なら大いに茶化すはずの場面だが、伊緒がやけにテンションが低い。
まぁ、この子は常に沈着冷静だからいつもと変わらないといえば変わらないけど。
「背中をバンバン叩かないでください凛奈お嬢様。痛いです」
「そうやって背中丸めてると、幸せが逃げていっちゃうぞ♪」
「ウキウキじゃないですかお嬢様。ウザッ」
メイドの無礼千万な物言いも今は、まるで気にならない。
だって世界はこんなにも美しいのだから。
「こうしちゃいられないわ伊緒。明日は帰省のお洋服とか買いに行きましょ」
「まぁ、ウジウジ悩まれるよりは浮かれポンチのお嬢様の方がましですかね」
やれやれという感じで、伊緒が溜息をつく。
「凛奈お嬢様のお泊りのために、私もちょっと危ない橋を渡りますか」
意味深な伊緒の言葉を私はこの時、才斗との帰省旅行に浮かれて聞き逃していた。
その事を、私は後に後悔することになるのだが、浮かれ切っていたこの時の私にはそれに気付く事は出来なかった。
「ぬいペニ現象」の男女逆バージョンを考えてみたが、しっくりくる例えが思いつかない。ネットで調べても、やはりこれぞという答えはまだ見つかっていないようだ。
いいの思いついたら感想欄によろしく。
ブックマーク、★評価よろしくお願いします。
励みになっております。




