第32話 どうしようもなく苦しい
「今朝も来ないわね、ヘタレ王子……」
「だな……」
土日が明けて月曜日、火曜日、そして今日は水曜日。
今朝も、登校のために俺の家に来たのは凛奈だけだった。
「せっかく謝ろうと思ってたのに、あのヘタレ王子め……」
口では毒つきながらも、凛奈は芳しくない表情で、渡せずにいる自分の手元にある紙袋を見やる。
恐らく紙袋の中身は謝罪のための贈り物なのだろう。
あの時、凛奈が玲のレギンスを脱がそうとしたのは、決して悪意があった訳ではなかった。
けれど、玲の触れて欲しくない所に土足で踏み込んでしまったという結果と、今、現に玲が俺たちを避けているという事実が、俺と凛奈の胸に重くのしかかる。
「スマホの連絡は?」
「ウソみたいに連絡が来ない。こっちから送っても既読スルーだ」
凛奈の問いかけに、俺はお手上げのジェスチャーで答える。
最近は、休日や夜はもちろんの事、平日も授業の中休みと思われる時間に、ひっきりなしに連絡が来ていたのだが、パタッと連絡が途絶えていた。
「あのヘタレ王子、このままフェードアウトする気じゃないでしょうね……」
「解らない……。でも、玲がそれを望むのなら……」
(パチコーーンッ!)
「イテッ! いきなり頭を叩くなよ凛奈」
「バカ才斗め」
「なんで今、俺殴られたの?」
「今は亡きヘタレ王子の代わりに殴っといてやったのよ」
別に死んでねぇよ玲は。
「ええ……。前に、暴行事件の事を思い出させるから、玲とは徐々にフェードアウトしていく方がいいって言ってたじゃんか」
「それは、まだあのヘタレ王子の事をよく知らない時の話でしょ。第一、私はこんな結末じゃ嫌なのよ。こんな勝ち方したって後味が悪いだけだわ……」
ああ、そう言えばそもそもアスレチックフィールドでの玲と凛奈の勝負は、女としてどっちが上かを決めるためのものだったな。
「いや、勝負は保留になってたから、別に凛奈の勝ちではないだろ」
「才斗の前からヘタレ王子が消えるなら私の勝ちでしょ」
「何で、俺基準で勝ちが決まるんだよ?」
「それは……。う、うっさい! とにかく、私が反則をおかしたせいで、ヘタレ王子に勝つなんて、それこそ私のプライドが許さないの!」
何かを誤魔化そうとしているなとは思うが、凛奈なりに玲のことを気に病んでいるようだ。
ここは、女友達である凛奈のためにもなるか。
「分かったよ。じゃあ、本人に直接聞きに行こう」
俺は覚悟を決め、そいう凛奈に提案した。
◇◇◇◆◇◇◇
「何か、めっちゃジロジロ見られてるな」
「そうね。他校の制服の生徒が校門前で張ってるって目立つからね」
学校終わりに、俺と凛奈は叡桜女子高の正門前に来ていた。
今日はたまたま、うちの高校が短縮授業で、叡桜女子高の下校時間に間に合ったのは幸いだった。
「大丈夫かな。英司たちがうちの高校に来た時みたいに、叡桜女子高の教師が来ちゃうかも……」
「才斗一人で校門前に立っていたら、間違いなく即通報だったでしょうね。その点、今は美少女の私が隣にいるから不審者感が和らいでいるのよ。感謝しなさい」
男一人がお嬢様女子高の校門前に立っていると警戒されるというのは、凛奈の言う通りだろう。
だが、そうするとだ。
「あの、凛奈……。じゃあ、なんで俺と腕を組んでるんだ?」
朝の登校時みたいに、凛奈が腕を絡めてきて離そうとしない。
「そりゃ、カップル感を出せば、より才斗が不審者感を減らせるからよ。因みに、今回の私たちは、仲良しだけどまだ付き合っていない幼馴染の男女が、同じ中学の友達を訪ねてきたという設定よ」
「いや、別にそこまで役を作りこまなくても……。っていうか、俺ってそんなに不審者に見られる見た目してんの?」
不審者、不審者って言いすぎだろ凛奈の奴。
……もっと、髪型とか気を使ったり、眉を整えたりすべきなのか?
「まぁ、不審者とかはウソよ」
「ウソなのかよ!」
「ちょっと緊張を和らげたかったから才斗をからかってただけ」
「なんだよそれ。って緊張? 凛奈が?」
日頃、寄ってきた男子生徒を氷対応で一刀両断する凛奈が緊張?
もうすぐ初夏も終わろうかという頃だけど、これは明日は雪だな。
「今、失礼なこと考えてたでしょ?」
「なぜ解った!?」
相変わらず、凛奈はバシバシ俺の心の中を読んでくるな。
「謝罪して受け入れられなかったらどうしようとか、不安にもなるでしょ……」
「へぇ。凛奈でもそこは不安なんだ」
「そうよ。人に嫌われたり、告白を断って相手を傷つけて恨まれるのも慣れてる。けど、それは結局、相手が最終的には一番傷つかない方法だからって知ってるから」
「うん……」
凛奈が言い寄ってくる男たちに冷たい理由。
それは、最終的に相手がその後も引きずらないようにするためだったのか。
自分を悪者にして。
「けど今回は……、ただあの子を傷つけてしまった。その事が、どうしようもなく苦しいの……」
「凛奈……」
俺の腕を握る凛奈の手が少し震えていた。
さっきまで強がっていたけど、やっぱり気にしてたんだな。
「大丈夫だ凛奈」
「才斗……」
震える凛奈の手に、自分の手をそっと添えながら俺は、不安がる凛奈を勇気づける。
「凛奈の横には、ちゃんと俺が居るからさ」
仲直りをするというのはとても怖い。
怖くて逃げ出したくなる。
けど、逃げ出した所で後悔や、もしあの時ああしていればという後悔はいつまでもついて回る。
俺と、俺の両親の間については、離れるしかなかったと思っている。
それでも、今でも時たま思う。
もっと自分がああしていればと。
だからこそ、今逃げてはいけない。
同じ後悔を凛奈にさせないために。
「不安がる女友達の手を、どさくさまぎれに握るなんてやるじゃない才斗。童貞のくせに」
「は!? 童貞は関係ないが!? っていうか、お嬢様女子高の前で下ネタ言うなよ!」
凛奈にジト目といつもの下ネタを向けられて、俺は慌てて手を離す。
あぶねぇ……。
つい個人的な感情が入り過ぎちまった。
「けど……、ありがと。勇気づけてくれて」
「お、おう」
そう言って、凛奈はそっぽを向いてしまう。
お礼の言葉を口にするのが恥ずかしかったためだろうか。
こんなんで、ちゃんと玲に謝れるのか心配である。
「あ! ヘタレ王子が出てきた。けど……」
「ホントだ。相変わらず親衛隊の子たちに囲まれて……。って、あれ?」
学校の正門のあるこちらに向かってくる一団の中で、ひと際目立つ存在なので、玲がそこに居ることはすぐに解った。
だが、その格好に一瞬、凛奈と俺は息を呑んでしまう。
玲の格好が、初めて出会った時の、制服の上着の下にパーカーで、下はズボンタイプの制服で黒マスクという出で立ちだったからだ。
王子様スタイル再び。
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