第20話 し……、しにゅ……
「うんうん、効いてる効いてる」
トレーニングした胸筋部位の張りを確かめながら、俺はご満悦だった。
普段行っているジムの器具とトレーニング部位が一緒でも、器具が違うとやはり筋肉への効き方が違って嬉しい。
やっぱり、たまには違うジムに行って新しい機具で刺激を与えた方がいいな。
「しかし、玲の奴、いやに遅いな」
着替えを取ってくるから先にジムに行ってて! と微妙にまだオコ状態の玲とは別れて、先に星名家のマンションにある、住民専用スポーツジムにゲストとして入館したのだが、もう胸筋のマシンを3つも使ってしまった。
「お、お待たせ」
「おう、玲。今日は久しぶりに王子様っぽい格好だな」
キャップにフード付きのパーカーにパンツスタイルという、運動するのに適した格好なのだが、キャップを被っていると、悪王子様感が出るな。
「ど、どうかな?」
「うん。やっぱり、格好いいな玲は」
昼間の女子高制服姿とのギャップもあっていい。
「……それって褒めてる?」
玲はジトッと横目で俺の方を不満そうに睨んでくる。
「褒めてる褒めてる。一緒に遊ぶなら、こういう格好のが男友達と勘違いしてた時と重なって、しっくりくる」
これは正直な感想だ。
やっぱり最初に玲に会った時の印象が強いからな。
「ふ~ん……。じゃあ、この格好を見ても男友達のままかな?」
「んな!?」
そう言って、キャップを取ってパーカーを脱いだ玲の姿に俺はつい絶句し、顔を背けてしまう。
「あ、照れてる才斗」
「いや、だって……ヘソ出してるじゃん」
男物のオーバーサイズのパーカーの下は、ヘソ出しタンクトップだった。
そして下は、普段よく見るスウェットパンツではなく、太ももからヒップラインがばっちりくっきり分かってしまう程に肌に張り付いたヨガパンツだった。
これは青少年には目に毒だ。
「しょ、しょうがないでしょ。ボク、運動する用のウェアがこれしかなかったんだから」
「いや絶対嘘だろ! 学校の体操着とかあるじゃん!」
「体操着はお母さんが洗っちゃったから無いんです~。これしか運動できそうな服は無かったんです~」
口を尖らせて真っ赤になりながら玲が弁解を口にする。
ホントかよ。
っていうか、こんなヘソ出しタンクトップなんてよく持ってたな。
でも、玲の腹筋割れてるしな。
見せたい気持ちは解からんではない。
「それにしては、やけに着替えてジムに来るまで、時間がかかってたような」
「べ、別に恥ずかしくて躊躇なんてしてないし……。じゃ、じゃあまずはストレッチだね。才斗、手伝って」
「あ、誤魔化した」
色々と突っ込みどころはあるが、格好に関しては俺がとやかく言うべきじゃないかと思い、玲のストレッチに付き合うことにした。
「んじゃ、俺は姿見の前でストレッチしてるから、玲は向こうのマットで柔軟してな」
俺自身は既にストレッチを終えてトレーニング中なので、身体を伸ばすというより温めた身体を冷やさないように動的ストレッチを行う。
「ちょっと才斗、そうじゃないでしょ!」
「なにが?」
ランジをしてたら、ぷりぷり怒った玲が抗議してくる。
次は下半身のトレーニング器具を試したいんだが。
「こういう時、友達なら一緒にストレッチするものでしょ!」
「だから横でしてるじゃん」
「そうじゃなくて……。ほら、後ろから押してよ」
「はいはい」
本当は、柔軟で無理に押すのはよくないんだけどなと思いながら、マットに開脚して座る玲の後ろに回り込む。
うーむ……。これ、玲がタンクトップだから、どうあがいても人肌の部分に触れなきゃ駄目だな。
「お、押すぞ」
「うん、よろしく」
おっかなびっくりながら、玲の背中に触れて押す。
「ん……もっと強くてもいいよ」
「わ、わかった……」
タンクトップ1枚だから手に伝わる感触と熱が生々しい……。
「才斗ってば照れちゃって。ボクは男友達みたいなもんじゃなかったの~?」
こちらを挑発するような玲の物言いだが、顔を赤くして無理してるのバレバレなんだよな。
だって、ストレッチマット前の鏡に全部映ってるから。
「はい、おしまい」
「え~、もっとグイグイ来ても良かったのに」
「ストレッチは無理して押すと筋を痛めるぞ」
筋肉は裏切らないが、筋と関節は突如裏切りケガするので気を付けないといけないのはトレーニーの常識だ。
「大丈夫だよ。ボク開脚ならこれくらい行けるし。ほら」
「すごっ!」
玲がほぼ180°まで開脚し、ペタッと手どころか胸までマットにつくさまを見て、俺は驚きの声を上げてしまった。
「す、すげぇ柔らかいんだな」
「まぁ、昔取った杵柄でね」
得意げに玲が鏡越しに笑顔を向ける。
「っていうか、そんなに柔らかかったら俺の補助なんて必要なかったって事じゃねぇか」
「ぎくぅっ! いや、才斗が押してくれたおかげで柔らかくなっただけだから。それより、才斗の方も押してあげる」
「いや、俺はいい。折角温まっている身体を静的ストレッチで冷やしたくない」
「性的!? それって、こんな衆目のある所でやっていいんですか!?」
「なんで敬語なんだよ。あと、静的の意味、絶対間違ってるからな」
まったく、下ネタで頭がいっぱいだから、そうやってエッチな方向に思い込んでしまうんだ。
凛奈もそうだけど、玲もお年頃の女の子もこんな感じが普通なのだろうか?
「俺は次は下半身トレするけど、玲はどうする?」
「わ、私も一緒にやる!」
「分かった。じゃあ2人だし補助しあいながらスクワットやろうか」
「うん♪」
【30分後】
「し……、しにゅ……」
「うんうん。下半身トレーニングは、足腰がガクガクになるまで追い込んでこそだよな」
クールダウンのマット上で死んだマグロのように倒れ伏している玲に、俺は満足そうに声をかけるが、玲の反応は薄い。
「ふひっ……。だって、男の子はヨガパンツでスクワットして、ヒップラインを見せびらかせばイチコロだって、恋愛指南動画で言ってたのに、才斗ったら一切反応しないから、つい何セットも……」
「神聖なスクワットの時間に、俺は一切の邪念を差し挟む事はないようにしてる」
「じゃあ、スクワットやり損だったの!? そんなぁ……」
最初こそ、玲のトレーニングウェア姿に反応してしまった俺だが、バーベルスクワットを始めたらそんな邪念は吹き飛んでいた。
スクワットの補助はいざという時に大切なのだから。
「ほいっドリンク」
「うん、ありがと」
「スタッフ常駐のプロテインバーが併設されてて、BCAAドリンクまで出してくれるなんて充実した設備だな」
「ふぅ、そうなんだ……。ああ、やっとしんどいのがマシになってきた」
先ほどまで死んでいた玲もドリンクを飲み干すと一息付けたようだ。
「それにしても玲は女の子なのに、よくそこまで追い込めたな。スクワットのフォームも綺麗だったし」
「ああ。そこは昔、こういうトレーニングもしてたから」
「さっきも杵柄って言ってたけど、何かスポーツやってたのか?」
「うん。ボクはフィギュアスケートをやってたんだ。これでも結構強かったんだよ」
「フィギュアか。たしかに、あれは下半身や体幹がしっかりしてないとだよな。今もやってるのか?」
「ううん。フィギュアはケガして中学の頃に辞めちゃったんだ」
少し回復した玲が、足首にそっと手を置きながら寂しそうに呟いた。
「ご、ごめん……」
「あ、いいの気にしないで」
「でも、古傷があるのに、あんなバーベルスクワットで追い込んで大丈夫だったのか?」
「うん。お医者さんには、別に運動に支障は無いって言われてるから」
確かに、バーベルスクワット時の玲のフォームからは、どこかを庇ってぎこちなくなっている様子は無かった。
じゃあ、何でフィギュアスケートを辞めてしまったんだろう。
「そんな事より、どう才斗? 今のクールタイム中なら、ボクのヨガパンツ姿を見て思う所があるんじゃないかな?」
片方の足先を背中で掴んでのけ反り、背中と足で輪を作る、いわゆるビールマンポーズでわざとお尻を強調して見せ、いたずらっぽく笑う玲。
そのポーズは素人の俺が見ても均整がとれていて
フィギュアスケートを辞めたと言っていたが、柔軟性は衰えていないようだ。
「そんな足に負担が行くポーズが取れるなら、まだ足の追い込みが足りなかったな。スクワットもう1セット行っとくか。その次はデッドリフトな」
「それはイヤァァアアア!」
「ほら、終わったらプロテインバーでご褒美プロテインあるから」
「だから、なんで才斗は筋肉の事になると、そんな強引なのぉぉぉおお!」
その後、玲は本格的に足腰が立たなくなったので、おんぶして部屋まで送り届けた。
その時に、背中が幸せだったのは内緒だ。
ここで、ご報告。
拙作の『私が名人になったら結婚しよ?師匠』が、D&C media×Studio Moon6 WEB小説大賞にて奨励賞を受賞いたしました。
ヤッター--!!
受賞を記念して盤外編を追加していますので、良ければ下の作者マイページより読んでみてください。
将棋題材のラブコメですが、将棋を知らなくても読めます。
作者の活動報告に、受賞連絡を受けた際のちょっとした小話もあるので、そちらもどうぞ。




