森デート②
目的の滝は森の半ばにあった。
轟々(ごうごう)という音がした時点で、私はイヴァン様を追い越し、緑の深い所から流れる滝を見つけ出す。
「あっ。滝って、あれですか? あれでしょう、イヴァン様!」
目にした途端に嬉しくなって、ついつい騒いでしまう私。
「ええ、そうですよ」
振り向くとイヴァン様が優しい表情で、こちらを見ていた。その温かい眼差しに恥ずかしさを覚える。しまった、子どもっぽいと思われたかな。
ううん、それよりも今は滝だ。イヴァン様と見る滝をこの目に焼き付けておかないといけない。こんな機会は、きっと二度とないのだから。
「あんなに勢いよく流れているせいかしら。水が白く見えるんですね。それに、しぶきも凄いです!」
滝があるおかげで大地には豊かな水が溜まり、私達の目の前には小さな湖が広がっている。真夏になって泳いだら、気持ち良さそうだと思った。
それにしても、あの滝に打たれたら痛いのだろうか。どこかの国では滝行というのをすることがあるらしいけど、私には無理だわ……。
「見ているだけで涼しくなるでしょう?」
「はい。今日は連れてきて下さって、ありがとうございます!」
絶景絶景。滝って神聖な感じがするし、森の空気は美味しいですね。
美味しいといえば、ここで滝を見ながらお昼を食べませんか? べ、別に食い意地が張っているわけじゃないんだからね!
「イヴァン様。そろそろお昼にしませんか」
「それは素晴らしい提案ですね」
ご了承を得たので、受け取ったバスケットからシートの入った包みを取り出し、草絨毯の上に広げる。
「こちらにお座り下さい。お手拭きもどうぞ」
「ありがとう」
私の言葉に座ってくれたイヴァンから向けられる、期待に満ちた無言の視線が怖いです。
「大した物は作れなかったのですが、宜しければ召し上がって下さい」
私は何の変哲もないサンドウィッチを一つ、彼に差し出した。
「いただきます。…………うん、美味しい。無理を言ってお願いして良かった。本当に貴女に作ってもらえるとは嬉しい」
気持ち良く褒めてくれるイヴァン様に、ポットのお湯を使って淹れたお茶を渡す。
「その食パンは、パン・メリーゼで買ったんですよ。とっても美味しいパンですよね。あの店のパンは、どれを取っても絶品なんですよ」
私は、その食パンの片面にバターを塗って、あとはチーズとかサラミとかレタスを挟んで、ナイフでパンの耳を落としてから、二等分しただけです。
「沢山ありますから、どんどん食べて下さいね」
「ありがとう。……朝早くに起きて作って下さったのですか?」
「そんなことはありませんわ」
嘘です、起きました。だって、まず城を早くに抜け出して、ヒトナお婆ちゃんの家に行って、台所を借りなきゃいけなかったのですもの。事前に話しておいたのに、お婆ちゃんに「朝から何事だ」という態度を取られて少し大変でしたわ。
**
それから圧巻の滝を見ながらお腹を満足させた後、帰りはリゾンの花をゆっくり見ながら和んで、私達は馬を繋いである所まで戻って来た。私の隣にイヴァン様がいて、とても幸せな一日だったなぁ。今日のことは一生忘れないわ。そんな感傷に浸り、心の涙を袖で拭っていたら、
「エリー殿。またお会い出来ますか?」
と、イヴァン様が仰った。
「申し訳ございません。すぐに国へ帰る予定なので……」
勘弁して下さいませ、イヴァン様。エリーを演じるのは今日だけですの。これ以上続けたら、いつかボロが出てしまいますわ。いくら私が女優だったとしても。
「それは残念です。出国の日は見送りしますので、必ず声をかけて下さいね」
「え?!」
それは非常に困ります。身分証明書を持ってないので、町の城門に立つ兵士の所へ行くフリなんて出来ません。彼らが行う出入国者とその持ち込み・持ち出し品の確認は、私が王城の門を通過する時のように簡略化されることはないのです。
「いつ頃に発たれる予定なのですか?」
「えっと、近いうちに……」
「では、この国にもう少し滞在なさるということですね。今はヒトナ殿の家にいらっしゃるのでしょう?」
「はあ……」
「会いに行っても宜しいですか」
「い、いいえ! あの家はイヴァン様のような御方がいらっしゃるような、立派な作りではありませんから!!」
どうしちゃったの、イヴァン様! まさか、このビン底眼鏡がお気に召したの?! いや、これはエリザがいつも使っている物と一緒だし!
「そのようなことは気になりません。私は、ただ貴女にお会いしたいだけです」
「でも……、でも…………」
「どうしても許して下さらないのですか? どうやら今日という一日を二人で楽しめたと思ったのは私だけだったようですね」
イヴァン様が悲しげに目線を落とされる。
「わ、分かりました。ご招待の日時はエリザから伝えさせますね!」
この時ばかりは全面降伏しました。




