第三節 カワルセカイ。-⑪
「じゃあ、佐藤くんはこれを運んで置いてください」
と古文の物腰の優しい華奢な先生が指示をする。
提出物のノートを運んだりするのは本来僕の仕事ではない。学級委員の仕事だ。しかし、学級委員である安村さんはそんなめんどくさいことをやらない。元々、クラスをまとめる感じの役じゃないけど、高い地位とか先生から自分の株が上がるとかそんな考えからなった役職で会議とか自分自ら出向かない場合を除いてこういう地味な仕事は他人に押し付けることが多い。得に古文の先生のようにクラスの内情を知らない先生からすれば、一回運んできた人が担当だと思い込んでしまう。そのせいで担当でもないのに僕が運ばされることが多い。
「はぁあ」
ため息をついて席を立つ。大量のノートを持とうとすると。
「手伝うよ」
ミーシャがやって来た。
「ありがとう」
「気にすることじゃないよ。君はもっと周りに頼るべきだ」
そういわれてもクラスの弾かれ者がやすやすと話しかけるのは簡単な話じゃないよ。
ノートを半分に別けようと思ったけど、女子に同じ量を持ってもらうのもなんか悪い気がしたので、半分より少し減らした分をミーシャに持ってもらうことにした。
「じゃあ、お願い」
とノートを渡そうとしたときだ。
「何、関係ない子に仕事を押し付けてるわけ?」
嫌味みたいに口を出してきたのは本来このノートを運ぶのが仕事の安村さんだった。
「あー、えっと、ごめん」
「信じられない」
僕を下から見る冷たい言葉に心がえぐれる。でも、それがただの照れ隠しであることにすぐに気付いた。
ミーシャに持ってもらおうと思っていたノートを安村さんが運び始めたのだ。
「え?」
いつまで僕が残りの分のノートを運ばないので振り返ってギッと睨むんで来る。なぜかめっちゃ怒っている。
「早く運びなさいよ」
「は、はい」
残り分のノートを持って安村さんの後を追うように職員室へ向かう。
「つか、なんで宮本さんまで付いてくるわけ?」
「手伝うつもりだったのに急に何もしなくなってしまったのは申し訳ないと思ったからせめてドアマンでもやろうと思ったのさ」
「好きにしなさい」
とつねる。
「ねぇ、安村さん」
「何よ?宮本さん」
完全に敵意むき出しの安村さん。
「なぜ、こんな佐藤くんを手伝おうと思ったんだい?」
こんな佐藤くんってどういう意味だよ!
「…私は佐藤が嫌いよ」
ストレートに嫌いって言われるのもなかなか経験ないことなのでストレートに傷つく。
「それはなぜだい?」
僕を睨むその視線は僕を嫌悪する目だ。
「キモいからよ」
女子高生特有の人を嫌い理由。キモいから。なぜなのか全然わからない理由堂々の第一位。
「暴力を事件を犯してクラスから弾かれて、こんな根暗で気持ち悪い奴がいるだけでいらいらするのに、こんな奴が学校の人気者の新海さんに気に入られて、クラスの子に勉強を教えたり、体育で頼られたり、なんでなの?」
そんなことは僕が一番知りたいよ。
「それが知りたいから安村さんは普段やらない仕事をこうしてやっているわけか」
「べ、別にそんなこと」
「それはいいことさ。安村さんも実はどこかでわかっているんじゃないない?」
「何がよ?」
「彼と同じ教室で過ごしてみて本当に事件を起こすような凶悪な人間なのか?凶悪な人間はもっと自分勝手で理不尽だ。貶して当然の存在だ。でも、様子が違うのは君もわかっていたはずだ」
安村さんは何も言い返さなかった。
突然の無言が続く。僕らはそのまま目的地の職員室に到着した。ドアマンを買って出たミーシャが職員室の戸をあけようとしたときだ。
「私は本当に佐藤のことが嫌いよ。でも、なんで事件を起こして弾かれ者の佐藤が学校の人気者に好かれるのか、人が周りに集まってくるのか。徹底的に暴くつもりよ」
なぜか安村さんの瞳の奥がめらめらと燃えていた。なんで対抗心を抱かれているのか僕にはよくわからない。
「おもしろいじゃないか。彼のいいところは真似するといいかもしれないね」
「僕にいいところなんて」
「あるかもしれないよ。君が知らないだけで」
ミーシャは職員室の戸を開ける。




