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ダークエルフ(迷宮妖精)は現代ダンジョンを食べ尽くしたい  作者: くろぬこ


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【第09話】ロストダンジョン

「これで六個目。あと四つだ」

「了解」

 

 壁にルーン文字が刻まれたのを確認して、俺の背後に立つ十六夜に報告する。

 体長二メートルの中鬼(ホブゴブリン)が正面に立つ十六夜の頭を狙って、握り締めた棍棒を振り下ろす。

 十六夜が身軽に避け、棍棒が床を叩く鈍い音が響いた。

 すれ違いざまに喉元を槍で素早く貫き、ホブゴブリンを仕留める。

 

雷の刃(サンダーブレイド)!」

 

 雷剣の勇者である九条が所持する魔剣の刃が、バチバチと紫色の小さな雷の火花を散らす。

 

「戦線を上げるぞ。燐童、援護しろ!」

「はい。麗次様!」

 

 矢筒から一本の矢を抜いた燐童が、弓を力強く引いた。

 

「アイスニードル!」

 

 二本足で立つ杖猫人(ケット・シー)が、両手に握り締めた杖を前に突き出す。

 両腕の周りに青白い文様が浮かび、二体のケット・シーの頭上に細長い氷の氷柱(つらら)が生成され始める。

 詠唱に集中して目を閉じていた一体の猫頭を、燐童が放ったショートボウの矢が貫く。

 

 生き残ったケット・シーが放ったアイスニードルが、雷剣の勇者である九条の頭を狙い撃つ。

 眼前に迫った氷の棘を、九条が半身をずらして避ける。

 九条の頬を掠めたアイスニードルが空を切った。

 

「どけ、邪魔だッ!」

 

 雷をまとった魔剣を両手で握り締め、正面から襲い掛かろうとする蜥蜴人(リザードマン)の懐に、恐れず飛び込んだ。

 九条が袈裟斬りに振り下ろした魔剣は、長い尻尾を含めて体長三メートルほどもある蜥蜴人の肩口から脇腹にかけて、肉に食い込むことなく貫通する。

 魔剣の強さを示すように蜥蜴人を一刀両断した九条が、更に前へ出ようと駆け出した。


飛風刃(ウィンドブレイド)!」

「グゥッ!? ……駄目か」


 交差する二本の風の刃を、雷をまとう魔剣で受け止めた九条だったが。

 風の衝撃を受け止めきれず、後方に跳んだ。


「麗次様、矢が尽きました。さっきので十五本目です。魔法で援護します!」

「分かった……。サンダーブレ」

雷の刃(サンダーブレイド)!」


 再び詠唱をしようとした九条の目が見開き、自分と同じ魔法を発動した者へ鋭い目を向けた。

 身体が古傷だらけのホブゴブリンが、魔剣に雷魔法をまとったロングソードを握りしめ、己の正面で戦う者達を静観する。


 ワーウルフが振り回した剣を避け、素早く懐に飛び込んだ叢雲が日本刀で喉元を斬り裂く。

 大量出血する喉元を押さえながら、ワーウルフが床に倒れた。

 叢雲が刃についた血糊を飛ばし、魔剣を持つホブゴブリンを睨みつける。


「また仕切り直しか……。魔法を詠唱する隙に、他モンスターの邪魔が入るのが厄介だな……。さて、どうしたものか」


 上段に魔剣を構えたホブゴブリンに対して、正面に立つ叢雲が日本刀を下段に構える。


「ゴギャアッ!」


 力強く振り下ろした魔剣と日本刀がぶつかり、火花を散らす。

 ホブゴブリンと叢雲による一進一退の激しい剣戟の応酬が再び始まった。


 左側で戦う叢雲とは逆側の位置、右側の壁際でも別の戦いが継続している。

 ホブゴブリンが振り下ろしたロングソードを、全身鎧を着た影山が戦槌で受け止めていた。


「ブフォーッ!」

 

 舌なめずりをした猪鬼(オーク)が、ドスドスと音を立てて前進をする。

 腰を落として足を床に踏み込むと、両手に握り締めた戦槌を横薙ぎにフルスイングした。

 寸前で猪鬼の接近に気付いた影山が、後方へ飛んだ。


 影山ごと巻き込むつもりだったのか、不運にも味方の戦槌が直撃したホブゴブリンが石壁に叩きつけられる。

 側頭部を強打したのが致命傷だったのか、力無く崩れ落ちたホブゴブリンの赤黒い血糊が壁に塗りつけられた。


「ブフォ。ブフォ。ブフォ」


 下種な笑みを浮かべた猪鬼(オーク)が、何事もなかったかのように再び戦槌を両手で握り締め、フルスイングを狙うように構える。


「これで七つ目。あと三つ」

「了解」

 

 ルーン文字を石壁に刻み終え、隣へ移動する俺と合わせるように、槍を構えた十六夜が横へ移動する。

 

「さっきから……どうなってるんですか、大谷先生。ワーウルフやホブゴブリンが魔剣を扱えるのも異常ですが……。どうして、ホブゴブリンが。僕と同じ特待生の魔剣を持ってるんすか!?」

 

 先ほどから何度も挑戦をしてるが、戦線を上げることを失敗し続けてる九条が、苛立ったように声を荒げた。

 

「生徒さんに聞かれてますよ、大谷先生……。答えてあげないのですか?」

 

 手が空いてない俺のスマホを持ってるのは、ダークエルフの姿をした迷宮妖精のミリアだ。

 スピーカーモードになったスマホに、ミリアが問い掛ける。

 

「魔力を持たないはずの中鬼(ホブゴブリン)……。雷剣の勇者様と同じ、特待生の魔剣を使うモンスター。それと、さっき言ってたロストダンジョンでしたかね……。この異常事態について。何が起こってるのかを、この子達に伝えるべきではないのですか? それとも、また……お得意の軍事機密とやらで逃げるのですか? 元自衛官の大谷先生」

 

 何かを知ってそうな口調で、スマホの向こう側にいるであろう相手に、再びミリアが問い掛ける。

 スマホから大きなタメ息が聞こえた。

 

「四年前だ……。君達と同じように、ダンジョンホールが発生したことで人命救助に駆け付けた六名の特待生がいた。その時も、プロの探索者が負傷している。経験豊富なプロ達は、帰還に成功したが……」

 

 大谷先生が言いづらそうな声色で、続きを言い淀む。

 

「なるほど。そういうことですか……。つまりホブゴブリンが持ってる魔剣は、その当時に生きて帰れなかった特待生の魔剣なのですね?」

 

――実技で死んでも、学校は責任取らないって書いてるけど。ここ三年くらいは、死人は出てないし。気にせず署名しろよー


 不意に登校の初日で、クラス担任が喋っていた台詞が俺の脳裏によみがえる。

 あの時は、先生が冗談を話してると聞き流してたけど……。

 もしかして過去に、本当に死人が出たって意味で言ってたのか。


「……そうだ。さっき俺が言ったロストダンジョンと言ったのは、プロの探索者が攻略に失敗し……。その存在が不明になった、ダンジョンのことだ……」

「僕は先輩のように、死ぬつもりはないですよ! もう一度、戦線を上げるぞ。燐童、援護しろ!」

「はい。麗次様!」

 

 己を奮い立たせるように、九条が魔剣に雷魔法をまとう。

 

「アイスニードル!」


 杖猫人(ケット・シー)と燐童の声が重なる。

 互いに発動した氷の棘が飛翔し、空中で交差した。

 燐童のアイスニードルが、最期に残っていたケット・シーの胸元を貫く。

 九条の足元を狙ったのか、ケット・シーが放った氷の棘を素早く九条がかわす。


「これで決めるぞ!」

 

 足下を注視していた九条の視線が上がり、槍を握り締めて突進する蜥蜴人の懐に飛び込む。

 勢いそのままに、袈裟斬りをしようと魔剣を振り上げた。

 

「駄目だ、九条!」


 雷の魔剣を振り回すホブゴブリンと、日本刀で鍔迫り合いをしていた叢雲が突然に叫ぶ。

 さきほど斬り倒した蜥蜴人と全く同じ動きで、モンスターの肩口から脇腹へ、斜めに斬線が走る。

 重力に負けて、蜥蜴人の上半身が斜めにずれる。

 

「ぐあぁああッ!」

 

 悲鳴を上げたのは、蜥蜴人を斬ったはずの九条だ。

 上半身が崩れ落ちた蜥蜴人の背後に、なぜか赤黒い体毛に覆われたワーウルフが立っていた。

 風をまとう魔剣ではなく、ワーウルフが握りしめていたのは槍だ。

 

 切断面の隙間を狙ったかのように、突き出した槍が九条の脇腹を貫通して、彼の背中から槍の穂先が生えていた。


「あの子、油断したわね。勇者の死角になる背中側に隠れて、蜥蜴人ごと槍で勇者を刺したのよ」


 九条がやられた原因を、ミリアが説明する。

 息つく間もなくワーウルフが蹴りを入れ、胸元を蹴られた九条が後方へ飛ぶ。

 

「れ、麗次様ッ!」

 

 燐童が悲鳴混じりの声で、床に倒れた九条に駆け寄る。

 

「その槍を抜くな、燐童! その槍には返しがある。無理に抜けば傷口が広がるぞ!」


 叢雲の叫びに、槍に手を伸ばそうとした燐童が慌てて手を引っ込めた。


「それより前を見ろ、燐童!」

 

 完全にパニック状態になった燐童が、青ざめた顔で視線を上げる。

 鞘に納めていた魔剣を抜いたワーウルフが残酷な笑みを浮かべ、燐童の頭へ目掛けて刃を振り下ろした。

 

――燐童の眼前で、火花が飛び散る。

 

 凶刃をギリギリで防いだのは、迷宮学校の校章が刻まれたフルプレートアーマー。

 強引に割り込んだのは、猪鬼(オーク)の相手をしていた三組の影山だ。

 近くにいた影山がギリギリ滑り込んだが、態勢を崩した隙をヤツが見逃さなかった。

 

「ブフォーッ!」

 

 両手に握り締めた戦槌をフルスイングした猪鬼の一撃が、影山の脇腹にめり込む。

 その膂力(りょりょく)の威力を物語るように、全身鎧を着た影山が石壁に激しく叩きつけられる。

 衝撃で頭をぶつけたのか、力無く床に崩れ落ちた後、影山はピクリとも動かなくなった。

 

「準備できたよ、シグレ」

「了解よ」

 

 槍を構えた十六夜が、全力で駆け出した。

 

「大谷先生、勇者と全身鎧の子が倒れました……。まだ教育中ですが、今から実戦に出します。よろしいですね?」

「……かまわん。君達が全滅するよりはマシだ。何かあっても、俺が全責任を取る」

「言質は取りましたよ」


 俺と目が合ったタイミングで、ミリアが頷く。

 「迷宮よ、繋がれ」と命じ、起動するためのマナを流し込むと、石壁に刻まれたルーンが光り輝く。

 正面の石壁から隣接する石壁へと、連鎖するようにルーンの光が移動する。


 俺の正面にある石壁から青白い霧が発生した。

 人差し指から青い糸を飛ばし、俺は霧の奥にいるはずの眷属を探す。


「ブフォ。ブフォ。ブフォ」


 下種な笑みを浮かべ、猪鬼(オーク)が両手に握り締めた戦槌を振り上げる。

 もちろんモンスターが狙う先は、腹を槍で貫かれて床に倒れた血塗れの九条だった。


「やめてーッ!」


 悲鳴混じりの叫び声を上げて、燐童が九条を守るように覆いかぶさる。

 十六夜が駆け寄ろうとしたが、それを邪魔しようと二本の魔剣を持ったワーウルフが飛び出した。

 釣り糸に引っ掛かる魚に気付いた時のように、俺は魔力の糸を全力で引っ張っる。

 

――間に合えッ!


「……ブフォ?」


 ブヨブヨした脂肪の上にある猪頭が、小首を傾げる。

 九条の頭を目掛けて戦槌を振り下ろしたはずなのに、何も無い床を叩きつけていることに疑問を抱いたようだ。

 自分の立っていた位置がずれてることに気付いたオークが、その犯人に目を向けた。


「ゴフッ!?」


 鋭利な牙が下顎から生えた口から、赤黒い血液が溢れ出す。

 吐血したオークの脇腹に、深々と刺さった一本の槍。

 巨漢のオークに強烈なタックルを決めたモンスターの容姿に、俺も改めて注目する。


 これまでに、いったいどれだけの戦いと剣戟を経験したのだろうか?

 全身に刃などで負傷した傷痕が無数にあり、そのポジションに辿り着くまでの苦労が、その肉体にしっかりと刻まれていた。

 ミリアから聞いた話で、百を超える同族との戦いに勝利し、リーダーの立場を武による実力のみで手に入れたモンスター。

 古傷だらけの狼人(ワーフウルフ・スカー)が、鋭い瞳でオークを睨み上げた。

 

「ブフォー!」

 

 怒りに任せて戦槌を振り回したが、素早くワーフウルフ・スカーが身を伏せ、空を切った戦槌が近くの壁を叩きつける。

 青い糸に繋がった眷属に、俺は命令を出す。

 

――ガルム。兵を前進させろ。

 

「ゴォウッ!」


 ワーフウルフ・スカーのガルムが、力強く咆哮する。

 俺がルーンを刻んだ十個の石壁は、今は青白い霧に包まれていた。

 その青白い霧の中から、大勢のワーウルフが顔を出す。

 右手には槍を握り締め、左手には盾を持ったワーウルフが、まるで軍隊のように整列して前進する。


「みんな、よく頑張って耐えたわね。えらいわよ……。さて、ここからは私が育てた兵隊のお披露目式ね」


 いつの間にか軍服に着替えたダークエルフが、銀髪の頭に軍帽をかぶせる。

 口の端を吊り上げたダークエルフが、食卓に並べられた御馳走を見るような目で、銀色の瞳を縦長に変化させた。

 

「第二ラウンドの開始よ」

 

 白い歯の隙間から現れたピンク色の舌が、じゅるりと舌なめずりをした。

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