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ダークエルフ(迷宮妖精)は現代ダンジョンを食べ尽くしたい  作者: くろぬこ


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【第06話】特待生と実技

 身長が百八十センチある、がっしりとした体躯に迷彩服を着た男性が石壁に手を伸ばす。

 ルーン文字が刻まれた場所に手を置き、掌が青白く発光すると石壁が霧のように消えた。

 他部屋への移動を制限した石壁が消えると、細長い通路が出現した。

 

「午前の授業は、ここが最期の部屋だ。頑張れよ」

「ガンバレよー、おチビ共」

 

 元自衛官である大谷先生が白い歯を見せてニカッと笑う。

 彼の笑顔をマネたのか、肩にのってる小人の迷宮妖精であるシシリィもニヤリと笑った。


 自衛隊が使う本格的な迷彩服とは異なるが、学生用にデザインをアレンジされた戦闘服を着た特待生が通路に入る。

 通路の先頭を歩くのは特待生の一人、岩本(いわもと)だ。

 

「岩本。腰が引いてるぞー。盾役(タンク)のお前が、みんなの生命線だ。盾で殴り返す気持ちでいけ!」

「ウッス……」

 

 バスケ部出身だから身長は大谷先生と変わらないくらい高いが、やはりモンスターを相手するのは緊張するらしい。

 口を一文字に結んだ岩本が、大盾を構えて部屋に入る。

 続けて他の三人も、部屋の様子を伺うようにキョロキョロしながら慎重に足を進めた。

 

 大谷先生だけが堂々した歩き方で部屋の隅に移動すると、腕を組んで壁に背を預ける。

 俺も大谷先生の後をついて行くと、彼の隣で足を止めた。

 

小鬼(ゴブリン)が三体に、中鬼(ホブゴブリン)が一体と」

 

 クラスメイトと対峙するモンスターを目視で確認する。

 俺は指先から伸びた青い光の糸に、魔力を込める。

 眷属へ向けて命令を飛ばした。

 

「クゥン?」

 

 大盾を構えた岩本の背後から、ヒョコッと茶色の体毛に覆われた犬頭が顔を出す。

 四足歩行ではなく、後ろ足で立つことが可能になった人型モンスターの犬人(コボルト)が、俺の命令を受けて攻撃対象を探し始めた。

 小鬼(ゴブリン)の一体と目があった犬人(コボルト)の犬口に、深いしわが刻まれる。

 

「ウーッ。ウォン! ウォン!」

 

 ショートソードと盾を持ったコボルトが先陣を切る。

 小鬼(ゴブリン)がナイフで切りつけるが、犬人(コボルト)が盾で弾く。

 

「眷属への命令もスムーズになってきたな」

「はい。先生のおかげです」

 

 マセガキ小学生軍団の質問攻めから逃げるために、冬休みは大谷先生のところで迷宮合宿をすることになったけど。

 おかげさまで、この基礎カリキュラムを初日にクリアできたのはありがたい。

 

「うりゃぁ! さすがに、もうビビらないぜ」

 

 元テニス部の特待生である白鳥(しらとり)が、突撃して来たゴブリンのナイフを盾でふせぐ。

 

「グギャッ!?」

「相変わらず目が良いよな、紫宮ちゃんは」

 

 感心した声を漏らす白鳥の近くで、ゴブリンの胸元から血飛沫が舞った。

 ゴブリンのナイフ攻撃を盾で弾くのではなく、敵の攻撃に合わせたカウンタ―狙いで斬りつけたのは紫宮だ。

 

「おっとっと……。へへん」

 

 勢いあまって転びそうになった紫宮だったが、すぐに態勢を戻す。

 小麦色に焼けた引き締まった太ももから足下を覆うように、半透明の青い光の魔闘気(オーラ)が広がる。

 さらに紫宮の黒い瞳の中心からも、青い光の粒子が漏れた。

 

「ギュンっと」

 

 紫宮の高速移動についていけず、ゴブリンが足下をよろめかせる。

 その隙を逃さず、紫宮が逆手に持ったサバイバルナイフで首元を斬り裂いた。


 魔力を器用に扱える彼女が高校生のインターハイに出場したら、おそらく余裕で日本記録を更新するだろう。

 しかし、魔力を扱えると国から判断された高校生は、インターハイで記録を残すことができない。

 一般人には不可能な彼女の異常な動きを見れば、納得できる話だが……。

 

「このメンバーで頭一つ抜けてるのが、紫宮か……。そういえば、午後の合同訓練に提出する書類は申請したのか?」

「いや、まだです。先生に聞きたいことがあって……」

 

 携帯タブレットを開き、やりかけの申請書類に目を通す。

 

「岩本は戦士で確定なのですが。紫宮と白鳥は、戦士か狩人で迷ってるのですが……」


 仲良くなるまでは、相手の苗字をさん付け呼ぶ俺だが。

 命のやり取りが発生する戦いの中で敬語だとかに、脳のリソースを割くのはもったいないと、大谷先生からごもっともな教えをいただいた。

 クラスメイトを苗字で呼び捨てにするのも、ようやく慣れてきた。


「前衛と後衛を動き回る遊撃ポジションが狩人だからな……。プロの探索者だと細かく情報を教えろと言う神経質なリーダーもいるが。君たちは学生だから、そこまで厳密じゃなくても大丈夫だ。とりあえず、狩人にしとけば良いさ」

「分かりました」

 

 じゃあ、狩人にするか……。

 申請ボタンをポチッとな。

 

「ゴギャー!」

 

 二メートルも身長がある中鬼(ホブゴブリン)が、棍棒を勢いよく振り下ろす。

 重く鈍い音が部屋に響き渡ったが、岩本が歯を食いしばって大盾で受け止める。

 

「このぉ……。さっきから、ボコボコ叩きやがってよぉ……。オルァ!」

 

 攻撃のタイミングを見切ったのか、隙を狙って岩本が振り回したメイスが、ホブゴブリンのすねに直撃した。

 激痛に耐えられなかったのか、ホブゴブリンが膝を地面に落とす。

 

「ミカ、今だ!」

「おっしゃー。まかせてー」


 離れた場所から様子を見ていたギャル女子高生が親指を立てる。

 目を閉じて集中したミカの右腕に、青いリング状の文様が出現する。


「ファイアーボール!」


 右腕の周りで浮遊する詠唱リングが青白く発光し、ミカの掌に火の玉が出現した。


「魔力がのったミカちゃんの強肩、見せちゃうよーん」


 意外と言っては失礼だが、元ソフトボールの特待生であるミカが、滑らかな動きで投球フォームを魅せる。

 外野手のレフトを担当してた彼女を連想させるパワフルな投球で、力強く前足を踏み込む。

 振り投げた腕から放たれたファイアボールが、ホームベースへ向かう走者を狙うように高速で飛翔する。


 二メートルの位置にある顔面に火の弾が直撃し、ホブゴブリンの頭が炎で包まれた。

 パニック状態になったホブゴブリンが、顔を叩いて火を消そうしている。

 

「よし。とどめをさすぞ!」

 

 周りにいる雑魚ゴブリンを蹴散らし終えたタイミングで、リーダーのホブゴブリンを皆が攻撃した。


「一条は、魔法使いで申請してるか?」

「はい」

「そうか……」


 大谷先生が顎に手を当てて、悩ましそうな顔をした。


「一条は、魔法戦士に変えて再申請しておけ。アレの性格的に、後方でじっとするのは無理だろう」

「……たしかに」

 

 ショートソードを握り締め、勝手にホブゴブリンとの戦いに参加するミカが目に入る。

 

「将来的に、勇者になりそうな素質があるのは一条だが、残念ながら勇者を目指すには魔力が足りない……。これから一条が、どれくらい魔力が増えるかによるが。魔法と武技の両方に魔力を使って長期戦は難しいだろう。魔法使いを伸ばすか、戦士を伸ばすかは他の先生と要相談だな」

 

 携帯タブレットを操作して、大谷先生がメモをしている。


「よっしゃー! ホブゴブリン倒したぜー。ミカちゃん、いえーい」

「いえーい!」


 陽キャ同士の波長が合うのか、白鳥とミカが笑顔でハイタッチをしてる。


「僕も僕もー」


 ピョンピョンと飛び跳ねる紫宮も混ざって、ミカ達と喜びのハイタッチをする。


「はぁー。プロの探索者は、これに戦斧を片手で振り回して。全身鎧で走り回るんだろ? ぜんぜん、できる気がしねぇわー」


 汗だくになった岩本が、疲れた顔で壁に背を預ける。


「ハハハ。魔力の使い方しだいさ。魔力を使わない人間の体力だと、さすがの俺でも全身鎧は身体がもたんさ。まあ、頑張れ」

「……ウッス」


 大谷先生に肩を叩かれて、岩本が力無く頷いた。


「今日のところは五十点だが。まあ、これから実戦を繰り返せば。そのうち校外の迷宮にも参加できるだろう」


 大谷先生のスマホからアラーム音が漏れる。


「お? ちょうど良いタイミングでアラームが鳴ったな……。午後からは、別クラスの特待生と合同訓練をする。しっかり飯を食っとけよー」

「くっとけよー。クシシシ」


 楽しそうに手を振る迷宮妖精に見送られながら、俺達は大谷先生の管理する迷宮から退室した。






   *   *   *






「あー。涼しいー。いっぱい汗かいたから生き返るわー」

 

 スッキリした顔の白鳥が、シャワー室から出て来る。

 

「えっと、岩本……何してんの?」

「己の鍛え方が足りないと思ってな。筋肉の分析をしてるところだ」

 

 等身大サイズの鏡の前でマッスルポーズを取る岩本を見ていた白鳥が、無言で俺の方へ振り返る。

 長椅子に座っていた俺も無言で目を逸らして、スマホを弄り始めた。

 

「身体を鍛えるよりも、魔力の流し方のコツを掴む方が先じゃね?」

「うーむ。やはり、俺の気合いが足らないのか?」

「お前は特待生で入ってるから、一般人よりも魔力の使い方は上手いと思うぞ」

「たしかに一組の中だと、基礎訓練カリキュラムを二週間で卒業した俺達が一番早い。しかし、俺は早く大谷先生のように強くなりたいのだ。フンッ!」

「真面目だねー。ムンッ!」


 お調子者の白鳥が、なぜか岩本をマネてマッスルポーズを取り始めた。

 とりあえず二人共、パンツをはいてくれないか?

 

 これが女子高生のお尻ならまだしも。

 むさ苦しい野郎二人のケツを見せられても、何も嬉しくない……。

 ロッカールームの扉が空くと、二人の男子生徒が入って来た。


「ふぃー、疲れた……。お? 岩本も迷宮に行ってたのか?」

「ウッス、宮城。俺達も午後から、合同訓練に参加するぞ」

「よっしゃー、一緒に頑張ろうぜー。ていうかお前ら、裸で何やってんだよ」


 やっと貴重なツッコミ役が来てくれたか。

 うちの男二人が、ようやくパンツを履いてくれた。

 顔見知りなのか、岩本が男子生徒と熱い握手を交わす。


「一週間遅れか? 待ちくたびれたぞ、岩本」

「ハハハ。スマン、スマン。でも、ようやく追いついたぞ」

「俺たち二組と三組は、基礎訓練カリキュラムは一週間で終了したけど。四組は、一日で卒業したらしいぞ。親がプロばっかりらしいし、上には上がいるよなー」


 へー。

 一日目で基礎訓練カリキュラムを終了か。

 たしかに、すごく早いな……。


「どうもー。一組の白鳥どぅえーす」

「おー。二組の宮城だ……。白鳥のことは知ってるぞー。初日に、十六夜さんに告白して撃沈したヤツだろ? 告白RTAして最短でフラレた勇者だって、うちのクラスで噂になってたぞ」

「グハァッ!」

 

 まるで吐血したように口元を手で押さえて、白鳥が膝から崩れ落ちる。


「だって、だって……。アレを知ってたら。罰ゲームでも、僕は絶対にやらなかったんですよぉ……。シクシク」


 芋虫を連想させるような奇妙な前後運動をする白鳥が、なぜか俺の方を指差した。

 男子達の視線が、俺に集まって……。


 突然に、バンッと叩きつけるような音が部屋に響き渡る。

 ビックリして音の方へ視線を向けると、ロッカーの扉を叩きつけた二組の男子が舌打ちをした。


 脱ぎかけの戦闘服を放り投げ、地面に叩きつける。

 元スポーツ選手らしい引き締まった上半身をした少年が、怒りの形相で俺の前にやって来た。

 嫌な予感がしながら、俺も長椅子から立ちあがる。


「前から気に入らなかったけどよ……。日暮、てめぇ。十六夜さんと、どういう関係なんだよ?」


 いきなり額がぶつかりそうな勢いで顔を近づけると、初対面の男子が睨みつけて来る。

 ……うわー。

 絶対、こういうイベントが来ると思ったよー。

 もしかして、マッスルポーズを取ってた二人を待たずに、さっさと教室に帰るのが正解だったか?


「はいはーい。喧嘩は駄目だよー。うちの高校では決闘以外で暴力を振るった場合、一発退学だよーん」


 白鳥がニコニコと笑みを浮かべながら、俺達の間に身体を割り込ませて来る。


「そうだぞ、立川。お前、プロを目指してるんだろ?」


 さすがにマズいと思ったのか、二組の宮城も止めに入った。

 肩に置かれた手を、立川が乱暴に跳ねのける。


「うるせぇ。なんでこんなモヤシみたいなヤツが、十六夜さんと昼飯を毎日一緒に食べてんだよ。意味分かんねーって、言ってんだよ!」


 腕を前に突き出すと、人差し指を俺に向けた。

 拳を守るように、両手に巻いたバンテージが目に入る。

 聞くまでもないと思うけど、たぶんボクシングだよねー?

 彼と拳で殴り合っても、絶対に勝てないよな。


 まあ彼が怒る気持ちも、なんとなく分かる。

 入学して早々に美人なお嬢様と毎日一緒に、お昼ご飯を仲良く食べてる謎のモブ男。

 傍から見ると、意味わかんないよね。

 俺が君の立場でも意味わかんないし、あのムカつくモブ男は誰だって思うもん。

 ……さて、どうしたものか。


「おい、てめぇ。なんとか言えよ」


 ラノベだったら恋のライバル出現とか、よくある展開だろうけど。

 俺はラノベの主人公でも無いし、平穏な生活を望むモブ一般人だ。

 そもそも俺と十六夜の間に、恋愛関係は存在しない。


 俺視点では、彼の一人相撲なんだけど。

 「俺のことを気にせず、十六夜お嬢様に告白でも勝手にしたら」とか言ったら、絶対にブチ切れて怒られるよね?


 前衛職のガタイが良い岩本と二組の宮城が、興奮した彼を押さえてるおかげで今は殴り掛かられることもないが。

 たぶん、この部屋を出たら最後。

 顔を真っ赤にして後に引けなくなった彼から、学校で一生付きまとわれて。

 喧嘩一歩手前の難癖イベントが、毎日これから発生するんだろうなー。

 肩を落とし、深いため息を吐く。

 

「はぁー……。あの、一つ言いたいことが」

「……あ? んだよ。決闘でもすんのか?」

 

 するわけないだろ。

 メンチを切る彼を無視して、俺はスマホを操作する。

 

 こうなったら十六夜お嬢様が考案した、アレを使うしかないのか?

 この展開を予期してましたよとばかりに、彼女が用意していた作戦を採用するのは、不本意ではあるが……。

 他に良案を俺が思い付かない以上、背に腹は代えられぬ。

 平穏な学園生活を俺が過ごすためには、作戦プラン(オー)を発動するしか選択肢は残されてないのだ。

 

 十六夜お嬢様と、俺は付き合ってはいない。

 しかし不思議なことに、一緒にお昼ご飯を食べても許される仲ではあるらしい。

 その謎めいた関係を、彼に納得する形で説明するためには……。

 

「十六夜さんと、俺は……こういう関係なんです」

「……は?」


 とある写真を表示させると、スマホの画面を皆に向ける。

 集まった男子生徒が穴が開くほどに目を見開いて、俺のスマホを覗き込んだ。

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