【第10話】初陣
「今すぐ戦闘に参加できる狼人は五十体。さあ、ユウト。訓練を思い出して、リーダーに命令を出して」
床をヒタヒタと獣足で歩いて来たワーウルフ達が、俺の眷属であるガルムの背後で足を止める。
十人が横に並び、縦に五人が並ぶ隊列を組み終えたのを確認すると、俺はガルムに命令を出す。
「ファランクス!」
声を張り上げたガルムの一声で、息を合わせように全員が盾を前に突き出した。
盾の隙間から槍の先端を出して、全員が足並みを揃えて一歩、また一歩と前に進む。
突如現れた狼人の集団を前にして、その異様な雰囲気にのまれたモンスター達が後ずさる。
「ブフォー!」
合流した者から受け取った盾をガルムが構えると、猪鬼が振り回す戦槌を盾でガードした。
他の者と合流する前にガルムが刃を交えたのか、オークの肩口には槍で貫かれた傷跡がある。
腕から出血をしながら戦槌を振り回すが、目に見えて腕力が落ちてるように見えた。
ガルムの真似をするように、盾を構えたワーウルフが半円に取り囲む。
オークが振り回す戦槌を盾でガードしながら、その脂肪まみれの肉体へ何度も、何度も槍を突き刺した。
「ブヒッ、ブヒッ……。ゴフッ」
多勢に無勢とは、正にこのことだろう。
さっさと逃げるという発想がなかった猪鬼が、大量の血を吐き出して床に倒れる。
容赦なく槍を突き立てられたオークの反対側では、日本刀を構えた叢雲と魔剣使いの中鬼が睨みあっている。
雷の魔法は刃から消えていたが、先ほどまで詠唱の時間を稼いでいたモンスターは近くにいなかった。
隊列を組んだワーウルフへ果敢に挑むモンスターはいたが、振り下ろした刃は盾に防がれる。
逆に盾の隙間から突き出した槍が、モンスターを貫き返していた。
叢雲の正面に立つホブゴブリンが、肩で息をしながらロングソードを正眼に構える。
「詰みのようだな……。どちらにせよ、魔力切れだろう? 腕や足の周りにまとっていたマナを、お前から感じなくなった」
相手に合わせるかたちで、叢雲も日本刀を正眼に構えた。
叢雲が、大きく深呼吸をする。
「フシュー……」
叢雲の口から、青白い息が漏れ出した。
全身が仄かに発光し、青白い光の粒子が身体から漏れ出している。
「そろそろ、楽にしてやろう」
「……ゴギャーッ!」
二つの人影が交差する。
刃と刃がぶつかる金属音が、部屋に響き渡る。
俺に目で追えない速さで日本刀が振られたのか、剣を握り締めたホブゴブリンの両腕が地面に落ちた。
「我が古流武術の奥義、霞三段切り……。囮の一太刀目しか弾けぬ時点で、勝負はついておるよ」
日本刀を振って血糊を飛ばすと、斜めにずれた上半身が地面へと崩れ落ちる。
「正面の古傷よりも、背中の切り傷の方が異常に多いな……。ずいぶんと性格の捻じ曲がった、悪趣味なリーダーだな」
傷だらけのホブゴブリンの背中から視線を外すと、叢雲がリーダーのワーウルフに軽蔑の目を向ける。
戦況が不利と判断したのか、赤黒い体毛に覆われたワーウルフは、既に部屋の一番奥へと後退していた。
「そっちは優秀な兵が倒れ。そろそろ応援の兵も尽きそうだけど。まだ、やるのかしら?」
軍帽のつばを人差し指で押し上げ、軍服を着たダークエルフのミリアが、嘲笑するような笑みを浮かべる。
際限なくモンスターが溢れていた通路は、まばらに数体が入って来たのを最後に、どの通路にも後続のモンスターが見当たらなかった。
「ガァアアアア!」
風をまとった二本のロングソードを振って、目の前にいる味方の背中を斬り裂いた。
リーダーの咆哮が合図だったのか、残ったモンスター達が一斉に突撃して来る。
「シグレ、リーダーが逃げるぞ!」
「分かってるわ!」
腰から緑色の翼を生やした十六夜が、地を蹴って飛翔する。
羽のように軽くなった十六夜が、突撃する集団を飛び越えた。
俺達が入って来た右側の通路へ逃げた?
たしか、あの道は……細長い通路が十メートルくらい続いていたはずだ。
翼騎士の十六夜なら、むしろ好都合だろう。
リーダーの後を追うように、十六夜も通路へ駆け込んだ。
「ここが正念場よ。押し返しなさい! ユウト。ガルムに道を開けさせて、さがるのよ!」
ミリアの指示通りガルムに道を開けさせて、俺は隊列を組んだワーウルフの後方へさがった。
ここからは細かい作戦などは不要で、最期まで生き残った方が勝ちの殺し合いだ。
後先考えず、無謀にも盾に突撃するモンスターの集団。
それを一心不乱に、槍で刺し続けるワーウルフの兵達。
仲間が倒れても気にせず踏みつけ、盾の壁を乗り越えようとするモンスター達と、ワーウルフの兵達による血生臭い攻防が続いた。
* * *
「こっちも、終わったみたいね」
「おかえり」
「はい。お土産よ」
リーダーと思われるワーウルフの生首を見せられるが、リアクションに困るな。
「大谷先生。リーダーのワーウルフを倒しました」
俺はスマホを繋いだままの大谷先生に、戦闘が終了したことを報告する。
部屋に大量のモンスターが倒れているが、ワーウルフ達が念入りに槍を刺して、死亡の確認をしていた。
「みんな、ご苦労様だ。負傷者はすぐに、入口へ運んでくれ」
「気絶していた三組の影山も、さっき目を覚ましたので。一番怪我がひどかった九条を運ばせてます……。燐童と叢雲が付き添ってます」
「分かった。救急車は地上に待機させてある……。君達も地上に戻るか?」
大谷先生の質問に答えるよりも先に、軍服ダークエルフのミリアが口を開く。
「いいえ。怪我人が地上に出たら、また連絡をちょうだい。地上と繋がるダンジョンホールを切断するわ。そしたら警察も帰れるでしょ? ……ああ、それと。迷宮主はユウトが倒したから、この迷宮は約束通り全部もらうわよ?」
「……そうだな。プロの探索者が全員、大した戦果も無く撤退してる以上。報酬で揉めることもないだろう……。念のため学校の担当者と連絡は取っておこう。問題があったら、また連絡するよ」
「よろしくー……。はぁー。二人とも、お疲れ様。んー」
一仕事終えて気が抜けたのか、ミリアが両腕を伸ばして伸びをする。
俺も思い出したように疲れがきて、地面に座り込んだ。
「ユウト。大丈夫?」
「はぁー……。めちゃくちゃ緊張したよ」
命のやり取りがある実戦の緊張感は、いつもの訓練とは全く違った。
深いため息を吐く俺を見下ろす十六夜が、クスクスと笑う。
「でも、すごくカッコよかったよ」
「……どれくらい?」
お世辞のたぐいだろうと思って、意地悪な質問を返す。
「ドラマや映画で登場するような。ピンチの時に助けてくれる勇者みたいに、カッコよかったわよ」
「……あ、ありがとう」
まさか褒め殺しをされるとは思わず、照れくさくなった俺はニコニコと笑みを浮かべる十六夜から、目を逸らしてしまった。
腹黒な性格さえなければ、普通に美人だから困るんだよな……。
「シシリィ中尉。動画は撮れた?」
「撮れてると思うよー。いまデジカメをパソコンに繋げてるから、ちょっと待ってよ」
コスプレみたいな軍服を着たダークエルフが、ノートパソコンから伸ばしたケーブルとデジカメを接続してる。
「宣伝用のSNSにアップしたいから、ショート動画に編集してちょうだい」
「はいはい。動画編集も後で、やっとくよ」
「このパソコンって、あなたの私物?」
十六夜が、シシリィの背後から覗き込む。
「そうだよーん。もともと大谷ちゃんの……あっ、マスターの私物だったけど。マスターが新品のパソコンを買った時に、古いのをもらったんだよ」
地面であぐらをかいた軍服ダークエルフが、手慣れた様子でキーボードを叩き、マウスを動かす。
「ここにフォルダを作って……。このファイルが、さっきデジカメで撮った動画ね……。ポチっとな」
ノートパソコンのディスプレイに、動画がフルスクリーンで表示される。
「綺麗に撮れてるじゃない……。最期のラッシュのところを見たいわ」
「ほいほい」
大谷先生のパートナーであるシシリィが、シークバーを動かして再生する時間を変更した。
「あー。コレよ、コレ。最期の自爆ラッシュは、さすがの私も肝が冷えたわね。迷宮暴走に比べたら小規模だけど、早めに体感しといてよかったわ」
「私はリーダーを追うために、離れてしまったけど……。こうやって撮影した動画を改めて見ると、命を投げ捨てて特攻されると結構キツイわね」
動画を見てるとパニックホラー映画で、ゾンビの群れが自衛隊に襲い掛かるシーンを思い出す。
胸元を貫いた槍をつかんで離さないホブゴブリンと、それを踏みつけた後続が強引に盾を乗り越えようとしていた。
仮に自分が前線の盾持ちを担当していたら、ゾンビのように迫り来るモンスターの群れに、失禁していしまいそうな恐ろしい光景だ。
「遅くなったであります! スパルタ軍の映画を見てたらタイムラインを見逃して、初陣に乗り遅れたでありますよ!」
軍服を着た三人目のダークエルフが、慌てた様子で駆けて来る。
最近、ミリアの迷宮によく顔を出す、迷宮妖精のマスカットだ。
「遅れて申し訳ないです、ミリア大佐!」
軍服を着たダークエルフが手を額に当てて、ビシッと敬礼をする。
「重要な初陣を、二時間以上も遅刻するとは。なかなか良い度胸ね、マスカット准尉……。クビよ」
「ヒンッ!? 靴を舐めますから許して欲しいであります、ミリア大佐。ペロペロペロペロ!」
「キモッ」
ほんとうに軍靴を舐めようと舌を伸ばしたマスカットを見て、ドン引きしたミリアが後ずさる。
「まあ、クビは冗談としても。リアルな戦場には、なるべく参加した方が勉強になるわよ」
「了解であります。次は気を付けるであります! ……それで、ミリア大佐。私の送り出したワーウルフは、活躍したでありますか?」
「あなたのワーウルフなら、こっちにいるわよ」
「どこでありますか?」
動画で見ていたラッシュの現場に、軍服ダークエルフの二人が移動する。
「えーと、あなたのワーウルフは……コレね」
「ぬぉおおお!? 私が信じて送り出したワーウルフが、白目をむいてアヘ顔ダブルピースをしてるでありますよ! ナニをされたでありますか!?」
「動画で見てたけど、一番前の列で盾を構えてる時に。突き出した槍をつかまれてるタイミングで、強引に盾を乗り越えようとした他のモンスターに、剣で頭を勝ち割られたみたいね」
ミリアが説明をしながら、タブレットパソコンを操作する。
「えーと……。マスカット准尉のワーウルフは仕事ができなかったので、査定はゼロ点と……。報酬は無しと」
「ぬぉおおん!? ミリア大佐、後生であります! せめて努力賞でも認めて欲しいでありますよ!」
ミリアの腕にしがみついて、マスカットが懇願している。
「はいはい、冗談よ。あなたは今回、私の試験的な計画に唯一参加してくれた迷宮妖精だからね。ちゃんと参加賞のご褒美くらいはあるわよ」
「ほ、本当でありますか! なにをもらえるでありますか?」
別の場所にミリアが移動すると、床に転がる一体のモンスターを指差した。
「あなたへのご褒美は、このオークよ」
「ふぉおおおお!? オークでありますか!? 本当に私がもらっても良いでありますか!?」
「良いわよ。後で、あなたの迷宮に届けてあげるわ」
「十階層のオークは、初めて見たでありますよ! 生オークでありますよー! うっひょー!」
大喜びのマスカットが、オークの亡骸に向かって全力疾走した。
入れ替わるように、先ほどまでパソコンで動画を編集していたシシリィが、ミリアの背後に歩み寄る。
「本当に、オークをあげても良いんですか? あの馬鹿、絶対に自慢すると思うので。他の子達が黙ってないと思いますよ?」
「それで良いのよ。あっ、その代わり。SNSへ投稿される前に、シシリィ中尉にやって欲しいことが……」
耳元で囁くように、俺には聞き取れないことを二人が話してる。
「ふぉおおおお!? 誰にも取られないように、マーキングするでありますよ! ベロベロベロベロ!」
オークのお腹に跨った軍服ダークエルフが、血塗れのオークをベロベロと舐め回している。
……キモッ。
「マスカット准尉。僕がSNSに投稿する写真を撮ってあげようか? クシシシシ」
「本当でありますか? カッコ良いのを一枚、お願いするでありますよ!」
ミリアから指示を受けたのか、デジカメを持ったシシリィが声を掛けた。
オークの前でポーズを決める軍服ダークエルフの写真を、パシャパシャと撮っている。
ポケットに入れたスマホが鳴りだした。
スマホを開くと、大谷先生の名前が表示されている。
「もしもし。日暮です」
「大谷だ。ミリアは近くにいるか?」
ミリアに声を掛けると、スピーカーモードに切り替えた。
「さきほど、学校側の担当者と連絡をとったが。迷宮だけでなく特待生の使用していた武器なども、君達への報酬として受け取って良いそうだ」
「あら、太っ腹ね。魔剣も、タダでもらえるってこと?」
「そうだ。備品の管理はどうなってるかを過去の資料を調べてもらったが。もう戻って来ないと学校側は諦めて、遺失扱いにされてるらしく。学校の備品ですらないそうだ」
「……そうなのね」
先ほどまでの嬉しそうな顔から一変して、ミリアが複雑そうな表情を浮かべた。
「ただ。特待生の武器などを譲る代わりに、学校側から依頼が一つ入ってる」
「依頼? 何かしら?」
「あれから四年も経ってるが。もし、特待生の所有物と分かる物であれば回収して欲しいそうだ……。頼めるか?」
目を細めて考えるような素振りをした後、ミリアが口を開く。
「迷宮主はいなくなっても、ヤツが生産したモンスターは残ってるわ。それを倒すついでに、遺品を回収すれば良いのね?」
「そうだ……。身分証明書、もしくは戦闘服の切れ端でも良いのだが」
「私の予想だけど。そちらの人間が思ってるより、たくさん遺品が出てくると思うわ」
「そうなのか? どうして、そう思う」
大谷先生の疑問に、ミリアが苦笑いを浮かべる。
「さっきの迷宮主が、性悪な性格だったからよ。弱い者イジメが好きなタイプの迷宮主は、前にも見たことがあるわ……。私の予想が正しかったら、戦利品部屋がどこかにあるはずよ」
「戦利品部屋か……。悪趣味だな」
「そちらの依頼は受けると、学校側に伝えてちょうだい。見つけしだい、家族に届けてあげるってね」
「ああ、頼むよ」
大谷先生とミリアのやり取りを聞きながら、俺は祖父の葬式での記憶を思い出していた。
俺は祖父のことが好きだったが、母はそれ以上だったと思う。
シングルマザーで一人での子育てが大変だった時に、母はよく祖父を頼っていた記憶がある。
物心ついた時には父親がいなかった俺にとっても、祖父は父の代わりのような人だった。
葬式で棺の中で眠ったような祖父に最期の別れをした時に、涙が止まらなかった。
母も叔母さんと棺の前で泣き崩れながらも、別れの言葉をかけていた記憶がある。
でも、特待生だった先輩達の家族は……。
亡骸にも会えず、最期の別れも言えなかったはずだ。
「ユウト。どうかしたの?」
スマホを切った後、ずっと無言のまま遠くを見てたせいだろうか。
十六夜が俺の顔を覗き込む。
「爺さんの葬式を思い出してさ……。大切の人と、最期のお別れができないのって……辛いなって思ってさ」
「……そうね。すごく……辛いことだと思うわ」
十六夜も思うところがあるのか、それきり会話は続かなかった。
今まで、周りに流されるだけの俺だったけど……。
やりたいと思う目標が、初めて一つできたかもしれない。
終わり。
ご愛読ありがとうございました。




