神頼み
フォックス小隊とシュガー小隊による合同作戦を実現するために、ライカは既に根回しを完了させていた。
纏姫は基本的に5人以下の小隊で行動することが多い。
アンカーが支援できるのは5人程度が限度と言われているためだ。
先日の『審判の日』などは多数の纏姫が出撃したが、各小隊はそれぞれに散らばり、各々で敵を迎撃していた。
対『虚構の浸食』における大規模戦闘は概ねこのような形で展開されてきた。
今回の厄神討伐作戦は例外的な事例だ。
二つの小隊による合同作戦。それを提案したのはフォックス小隊の噓葺ライカだ。
厄神という強敵を相手にする場合、10人での作戦が良い。
虚構対策委員会の大人たちの前で、噓葺ライカははっきりと断言した。
「フォックス小隊は各々が自分の取るべき行動を考えられる精鋭の集まりです。これはシュガー小隊も同じくだと聞いています。『特区』内部はまともな観測もできておらず、中で何が起こってもおかしくない。ゆえに、一人一人が指示役になり得る二つの小隊で突入、イレギュラーが起きた際にも即席で対応できる体制が最適です」
大人たちはライカの提案に難色を示したが、最終的には許可を出した。
ライカの上げた報告書、及びそれを基にした今回の作戦のプレゼンテーションは、大人顔負けの出来だった。
敵と戦う当事者としての肌感覚と客観的視点からの分析の双方を織り交ぜた見解に、論理的に反論できる大人はいなかった。
高いスーツを身に纏った大人たちを前に堂々と話すライカは、まるで熟練の営業マンのようだった。
◇
10人での合同作戦を行う以上、2つの小隊が参加する訓練も必要だ。
『虚構の浸食』との戦闘を想定した模擬戦は、纏姫10人対10人で行われることになった。
当然、オレも参加者のひとりだ。
開始の合図は既に発せられている。
各々が目のまえに立つ纏姫との戦闘を始めていた。
剣がぶつかり合い魔法が飛び交う訓練場はひどく賑やかだ。
オレは使い慣れた拳銃を手に、前へと出た。
すると、待ち構えていたかのように一人の少女が立ちふさがってきた。
「──あなたが隊長さんですね! その首……もらい受けますよ!」
「なんで殺し合いする気なんだよ……」
あまり関わりのない纏姫だった。
ボブカットの茶髪に、可愛らしい顔立ち。しかしその目にはギラギラとした狂気を宿している。
まるで闘牛士のような派手な衣装を身に纏い、巨大な斧を担いでいる。
彼女の名前は狂美沢アミ。
狂気を纏うことによって恐れずに敵へとむかっていく、生粋のバーサーカーだ。
「ひゃっはああああ!」
年頃の乙女とは思えない奇声を発したアミは、巨大な斧を担いでこちらに突撃してきた。
すかさず引き金を引くが、アミは体に当たる弾丸をものともせずこちらに突っ込んできた。
「痛くないッ! 痛くないと思えば痛くない!」
「噓だろおい……!」
言っていることは狂人だが、しかし思い込んでしまえばそれを実現させてしまえるのが纏姫の力だ。
弾丸の雨をもろともせず、狂美沢アミは大きく振りかぶったハルバートをこちらに振り下ろしてきた。
「せやああああ!」
「うおっ、殺す気か!?」
間一髪地面を転がり斧の刃を躱す。
耳元で風切り音が鳴り、直後地面が揺れた。
素早く立ち上がり状況を確認する。
オレが先ほどまでいた場所には、大きな亀裂が入っていた。
あんまりな攻撃に、オレは思わず抗議の声を上げた。
「あ、危ないだろ! 模擬戦なんだから手加減しろっ!」
「そんなこと言ってたら敵に打ち克つことはできない! 常在戦場。常に命懸けで戦え噓葺ライカ!」
「微妙に正論に聞こえるが模擬戦で人を殺す理由にはなってないぞ!?」
ダメだ、会話が成立しない。
アミの目は本気だ。瞳に渦巻く狂気は虚勢でもなんでもなく、ひたすらに闘争に飢えている。
このままだと本気で殺されかねない。
もはや練習だとか言ってられない。
改めて身構え、迎撃の準備を整える。
「フフ、その程度の火力で私を止められるとでも……? 私の意思は、決意は、死ぬまで止まることはない! そのこと、ここで証明しよう!」
「覚悟決まり過ぎだろ模擬戦だぞ!?」
オレの言葉が届いた様子はない。
狂気を纏った少女の全身に力が漲る。
まるで赤布を目の前にした闘牛のように、アミは突進してきた。
「私に克ってみせろ噓葺ライカ! この魂を、受け取れるものなら受け取って見せろオオオオオ!」
今の彼女なら、たとえ砲弾が飛んできたとしても足を止めることはないのだろう。
目の前の敵を打ち倒す。
その目的のためだけに理性すら飛ばし狂気を宿した彼女の姿は、もはや美しいとすら思えた。
……それはそうと。
「まともにやりあうわけないだろ」
突進をひらり、と横に避けてから銃弾を一発。正面からの攻撃には備えていても、側面からの攻撃は想定していなかったらしい。
脇腹に弾丸を食らったアミは、ズシャーッ! と盛大に転倒した。
「う、ううう…………」
「お、おい泣くなよ……」
先ほどまでの威勢はどこに行ったのか。地面に倒れたアミはポロポロと涙を流していた。その瞳に、先ほどまでの狂気はない。
「やっぱり私なんかじゃダメなんだ……なんでこんなところ来たんだろ。……帰りたい」
「……」
ああ、そういえばそうだった。狂美沢アミの素顔は、ただの気弱な女の子。それを狂気で覆い隠しているだけだった。
「ほら、立てよ」
涙を流す彼女に手を差し伸べる。
「でも、私は負けてしまった役立たずで」
「いや、負けた勝ったなんてこの場での結果に過ぎないだろ。そんな重く捉えるなよ」
オレに勝てなかった、と涙を流す彼女は少々自分を追い詰めすぎているように見えた。
「まあ、あれだ目の前のことばっかり見てないで、ちょっと視野を広くしてみろよ。もしかしたら世界の見え方が変わるかもしれないぞ」
「……視野を、広く」
こんなもの、オレじゃなく主人公君の役割かもしれない。
でも、目の前で泣いている彼女を放っておくこともできなかった。
「ああ。案外お前は役立たずなんかじゃなくて、周りは結構優しかったりするかもしれないぞ」
狂気に逃げた彼女は知らないかもしれないが、ここは案外優しいところだったりするのだ。
◇
一通りの模擬演習を終えると、纏姫たちは一旦着替えるために更衣室に行く。
軽く汗をふいた後、制服を着て授業に戻る。
更衣室という奴はわりと鬼門だ。
正直、男としての精神が未だ強いオレとしては目のやり場に困る。
女になって久しいが、まだ女の子のあられもない姿を見てドキドキする精神性もそれなりに残っているのだ。
と言っても、密談にはもってこいの場所なのもまた事実。
幻想高校の更衣室はいくつかあって、ここはフォックス小隊の面々しか使っていない。
そそくさと着替えを終えたオレは、隣にいるマナの方を見た。
ワイシャツのみを羽織った彼女のくびれた腰が見えて、ちょっとドキドキする。
「マナ、シュガー小隊との連携はどんな感覚だった? 問題点とかなかったか?」
今回、オレはみんなの行動についてあまり口出ししないようにしていた。
彼女らがシュガー小隊と連携できるのか、見極めたかったのだ。
予想外にもアミがこちらに突っ込んできたので、あまり観察できていなかった。
マナは着替えを続けながら淡々と答えてくれた。
「思っていたよりやりやすい。変にこちらの連携に割り込んで来ないから、こちらにマイナス効果をもたらしていない。10人で動くというよりも、5人と5人で行動する、といった印象」
「なるほど……」
マナが言うのなら、あまり問題はなさそうだ。彼女はダメなものにはダメだとハッキリ言うタイプだ。
少なくとも機能的な問題はなし、と。
「ハヅキも、どうだ? 今回の合同作戦、うまくいきそうか?」
振り返った彼女はいつもの鋭い目だったが、あまり不機嫌そうでもなかった。ワイシャツを第一ボタンまで締めてから、彼女はこちらに近づいてきた。
ふんわりと制汗剤の匂いがする。
いつもより薄着なせいで、体の線がよく見える。オレは少しだけ目を逸らした。
「悪くなかった。私たち5人でやるより良い結果を出せそうだ。特に向こうのリーダー……救世カノン、と言ったか」
ハヅキが救世カノンのことを初対面の人間として扱っている。
当たり前のことだが、原作の記憶を持つオレにとっては奇妙な違和感を覚えるものだった。
「彼女は冷静で周囲が見えているな。まるでライカみたいだ」
「……」
なんと返せばいいのか分からなくて、オレは少し黙ってしまった。
わずかに沈黙が生まれ、ハヅキが小さく首を傾げた。
すると、オレたちの会話を黙って聞いていたマナが口を開いた。
「ちなみにライカ、何故合同作戦という提案をしたの?」
「……なぜって、どういうことだ」
「今までのライカの行動規範からやや外れている。小隊の外との折衝役はライカが担って、私たち内部での連携を重視していた。実際それは上手くいっていたから、方針転換の理由が不明。不合理とは言えないけど、不可解」
ああ、さすがに鋭いな。今回の作戦がオレの行動指針からズレていることに気づいたらしい。
見れば、ハヅキも黙ってオレの顔を見ていた。彼女も違和感は覚えていたらしい。
「今回の敵はあの厄神だ。力不足を他人の手で補おうとした、と言ったらマナは納得するか?」
「道理ではあるけど、納得はできない。ライカは纏姫のメンタルをずっと重視していた。だから、真面目過ぎたり、言動が変だったりするフォックス小隊の面々に不要に他人との軋轢を生まない方針を取っていた」
マナがちらりと隣のハヅキを見た。
言及された当人はちょっと唇を尖らせた。
「私とて好きで言い争いをしているわけではないのだが……」
「あ、うん、知っている。……シュガー小隊とは今のところ上手くいっているけど、軋轢が生まれてもおかしくない。それならフォックス小隊だけで解決しようとしていたのが今までのライカ」
相変わらず、よく見てるな。と言っても、正直に話すわけにもいかない。嘘とも本当とも言えないことを言い続けるしかないか。
本能的にポケットの煙草を取り出そうとしている自分に気づき、手を引っ込める。
「上手くいかないならすぐにやめるさ。実験と検証だ、マナ。やってみなきゃ分からない」
「……そう」
やはり納得のいっていないような態度だったが、マナはそれ以上追及してくることはなかった。
本当は、見極めたかったのだ。
シュガー小隊。原作には存在しなかった、地方の纏姫を集めた部隊。
あれがいったい何なのか。どうして救世カノンが今になって現れたのか、できるだけ近くで観察しておきたかった。
それに彼女なら。救世カノンがいるのなら、オレなんかいなくてもみんなを救ってくれるかもしれない。
それは、まるで神仏に縋るような思考だった。




