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大好きな義妹が他人になった  作者: 宵月しらせ
第6章 全力おままごと

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第4話 新婚ごっこ

「それで……全力でおままごとをするなら、設定をちゃんと決めておかないといけないわよね。どうする?」


 キッチンに移動してから、飾がそう言った。


「女騎士の時みたいに漠然とした設定で、演じながら決めているとぐだぐだになるわよ。最初に決めておかないと」

「そうだな。……あまり変わった設定にしたら、それを守るのに必死になってしまうよな?」

「うん、きっとそう」

「もっと地に足が着いた設定の方がいい……現代日本を舞台にした、普通の新婚夫婦にしたらどうだろう?」

「無難ね」

「年齢は二十代の真ん中くらい。結婚一年目」

「妥当な設定ね」

「子どもはまだいない。早くほしいと思っている」

「うん……うん?」

「役名も決めておかないとな。俺の役名は涙衣、飾は飾にしよう」

「ただの本名!」

「たまたま本名と役名が被っただけであって、そこに深い意味はないから」

「意味しかないでしょ。始める前に狙いがわかった。おままごとって言いながら、新婚ごっこをするつもりなんでしょ?」

「そうだよ。イチャイチャしにいくつもりだよ」

「あっさり認めたわね……なら、こっちは全力でそれをかわしてやるわ。おままごとの範疇に収めてみせる」

「じゃあ勝負だな。イチャイチャになったら俺の勝ち」

「ならなかったらあたしの勝ち。受けて立つ」


 別に勝負ごとにしなくてもいいのだが、なぜか勝ち負けを決めたくなる。俺たちの間ではよくあることだ。

 その後、細かいルールについて話し合った。


 制限時間は三十分。タイマーをセットし、それが鳴るまで続く。

 勝敗は、イチャイチャを成立させられるか否か? ――それだとあまりに漠然としているため、キスやハグをすればイチャイチャ成立と見做すことにした。

 時間内は、役になりきること。もし素の自分として発言をしたら反則負け。

 家の外に出てはならない。

 スマホを見るなど、露骨な時間稼ぎをしてはならない。


「勝った場合は何がもらえることにする?」


 賭けられているものが何かを後出しではなく、事前に公開しておくのが俺たちのスタイルだ。

 勝者へのご褒美が決まったところで、俺たちは勝負形式のおままごとをスタートした。






 ――シチュエーション。仕事から帰って来た夫を妻が出迎える。



「ただいま」


 そう言って、俺はキッチンのドアを開けた。


「おかえり、涙衣さん。今日のお仕事はどうだった?」


 飾はまな板の前に立ち、キャベツを切っているところだった。

 設定やスタートのセリフは、最初にやっていたおままごととほぼ同じだ。

 だが、状況は決定的に違う。

 飾が今切っているのは本物のキャベツ。たぶん、夕食に使うつもりなのだろう。つまり、おままごとと言いながらも、リアルとの境界線がすでに曖昧だ。


「仕事はいつも通り。でも、飾さんに早く会いたくて、走って帰って来たよ」

「まぁ、涙衣さんったら」


 素の自分を出したら負け……何が“素”なのかをわかりやすくするため、お互いの呼び方を普段と変えた。飾、るぅ、といういつもの呼び方が出たら、その時点で勝負ありだ。

 それだけの理由で決めたことだったのだが、違う呼び方をされるというのはなかなか新鮮だ。

 俺はたまに“飾さん”と呼ぶことはあるが、“涙衣さん”と呼ばれることはないため、俺の方がより高い新鮮度を味わっているだろう。

 それにしても、新妻設定の飾は、いつもよりも魅力的に見える。

 エプロン姿で料理する様子には、大人の色気すら感じる。……よく考えると、いつも使っているエプロンだから見慣れてるはずなのだが。

 思い込みとはすさまじい威力があるようだ。


「走って来て喉が渇いたでしょ? お茶をどうぞ」


 飾は急須にお湯を入れ、緑茶を淹れてくれた。

 何気ない仕草だが、新妻の優しさと気遣いを感じる。

 ……落ち着け。

 これは飾の作戦だ。


 飾は三十分間をやり過ごせば勝ちなのだ。俺にお茶を飲ませて、時間を浪費させるつもりなんだ。

 基本的に、このルールは飾に有利だ。

 飾は特にミスをせずに三十分を逃げ切るか、キスを拒み続ければ勝ちになる。

 俺はそれを崩していかなければいけないため、攻撃を続けなければいけない。なので、飾のペースで動くわけにはいかない。


「お茶よりも、いつものアレをやってほしいな」

「アレってなんだっけ?」

「アレはアレだよ。おかえり、先にご飯にする、お風呂にする、それとも……」

「バ………………バレバレな嘘はダメですよ。あたしはそんなベタなことは言わないじゃないですか」


 ぺしっ、と手のひらで俺の頭を叩いてくる。

 惜しいな。今一瞬、素でツッコみそうだったのに。


「じゃあ、いつも通り、ただいまのちゅ~を」

「行ってきますの時はするけど、ただいまの時はしないでしょ?」


 そういう逃げ方をしてくるか。

 たしかに、新婚なのにまったくしないなら設定無視と言えるが、片方だけでもしてるなら家庭ルールの範囲と言い張れる。

 やはりスタートしたばかりでは、まだ警戒心が強いか。

 しかし怯むわけにはいかない。攻めの一手だ。。


「今日のご飯なに?」

「豚の生姜焼きにしようかなって」

「いいねぇ、生姜焼き大好き。汁を吸ったキャベツなんて特においしいよね」

「たくさん食べて、明日もお仕事がんばってね」

「明日じゃなくて、今日のうちにがんばらない?」

「どういうこと?」

「そろそろ赤ちゃんほしいな、って。どうかな、今日ベッドで、デキるまでがんばらない」

「……このっ」


 飾はなにか言おうとしたが、開きかけた口を必死で堪える。

 だが、ここで止まってしまえば飾の負けだ。俺は“子どもはまだいないが、早くほしいと思っている”という設定を忠実に守ったセリフを言っただけだからな。


「……このっ、この前“がんばった”時の結果がまだ出てないから……結果次第では、またたくさんしましょ」


 顔を引きつらせ、真っ赤にしながらそう返してきた。

 新婚夫婦なんだから、毎日したっていいじゃないか――って続けることもできたけど、架空の設定とはいえ飾と子作りしていたという展開に、俺も想像以上に興奮してしまったので、ここまででいいか。

 というか、これ以上続けると前屈みになりそう。


 下ネタ路線をやめ、別路線から攻めてみるか。

 そうだな……とりあえず、もっと赤面させるか。テンパらせれば、どっかで素が出るだろう。


「今日のお弁当、すごくおいしかったよ」

「本当? ならよかった」

「鶏そぼろが絶品だった。まるでお店みたいだったよ」

「ネットで見たおいしくなるコツっていうのを試してみたんだけど、うまくいったみたいね。よかった」


 ちなみに、すごくうまい鶏そぼろが弁当に入っていたのは実話だ。今日の話ではないが、ほんのちょっと前に実際にあったことだ。

 だから、次の言葉は効くはずだ。


「そのコツもあるけど、やっぱり一番の調味料が入っていたおかげじゃないかな?」

「一番の調味料?」

「愛情だよ。溢れんばかりの俺への愛が込められているのを感じたよ」

「あ、愛?」

「舌だけでなく、心でも味わえたから、あんなにおいしかったんだと思う」

「………………」


 どうだ? 新婚という設定上、「違う」とは言えないだろう?


「そ、そりゃ愛情も込もっているわよ。大好きな旦那様のために作ったお弁当だもの」


 注文通り赤面させているが、まだ設定を守っている。

 もう一押しか。


「俺のために、こんなに愛情を込めたお弁当を作ってくれる女性と結婚出来て。すごく幸せだよ。一生君を愛し続けるとあらためて誓うよ」

「そ、そう……ありがとう」

「飾さんからも愛の言葉を聞きたいな。俺からばかり言うんじゃ不公平だろう? なんといっても、俺たちは愛し合う夫婦なんだから」

「………………こいつ」


 明らかにアウトなセリフが聞こえた気がしたが、声が小さかったので素が出た認定は難しいか?


 だんだん気付いてきたが、このルールは実は俺に有利かもしれない。

 というのも、俺と役との間には、あまり差がない。飾のことが大好きという点は完全に一致している。

 一方飾は、俺からの愛を受け入れたかどうかで、リアルと役の間に決定的な差がある。

 役を守りながらエチュードを続ける難易度は、明らかに飾の方が高い。


「聞きたいな、飾さんの愛の言葉」

「………………」

「言えない理由があるのかな? もし納得できるような理由がないなら――」


 勝負ありだよな?

 と視線に圧を込める。


「ぐぬっ」


 いつものうめき声が出た。これは勝ったか?


「…………あ、あたしも愛してるわ。あなたのことを。世界中の誰よりも。あなたに会えたことがあたしの人生で最大の幸運。あなたと離れ離れになっていた時期も以前にあったけれど、まるで死んだような日々だったわ。だから、今はすごく幸せ」


 ――こいつ。

 役としてのセリフだか、本音だかわからないセリフで返してきた。

 なんて負けず嫌いなんだ。


「あ、あと、あなたと同じ名字になれたのがすごくうれしいな。星宮飾って……すごく落ち着く名前なの。今までの名前はウソの名前で、これがあたしの本当の名前なんだって気がする」


 そりゃそうだろう。

 リアルの人生で一番長く使った名前が“星宮飾”なんだから。

 だが、そうツッコんだら俺の負けだ。

 だからぐっと堪える。


「こ、これからはずっと“星宮飾”だよ」

「うん。昔のあたしに教えてあげたい。もっと早く涙衣さんと結婚して、星宮を名乗ったらよかったのに、って」


 “昔の”ってなんだよ。

 役の俺からプロポーズされて、断っていたみたいな裏設定でもあるみたいじゃないか?

 というか、それって現実の俺たちと何が違う?

 役としての“涙衣”と“飾”が、今の俺たちの延長線上ってことにしたいのか?

 それだと、将来的に俺と結婚してくれるって意味になるんだが。


 ガッツポーズしていいのか?

 いいわけない。

 設定では、すでに結婚していることになっているんだ。それなら、今の話でガッツポーズするのはおかしい。

 ここは当たり前のように受け止め、流さなくてはいけないんだ。


「さすがだね、飾さん」

「あら、なにが?」

「包丁捌きが」


 すでに切り終わっているキャベツに今さら話題を移し、いかに細く均等に切れているかを褒める。

 もちろん、裏の意味がある誉め言葉だ。

 本音は、俺のことをさすがよく理解してるね、って意味だ。


 そういう意図を言外に込めつつ、ニヤッと笑いを浮かべる。

 乗り切ってやったぞ。

 お前の思う通りには進んでやらないぞ。


「ええ、得意だから。いくら涙衣さん相手でも、これでは負けられないの」


 飾も笑みを浮かべる。

 まだこの戦いは終わらない――。

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