第五十八話「静かに燃える赤き闘志」
平穏祭が開催され、人々は大いに今ある平穏を感じている。
そんな中、一人だけ”その時”を待ち望み、闘志を燃やしている者が居た。
「ロメリアの姐さん……燃えてますね」
茶色短髪の女性冒険者が呟く。
「たりめぇだ。なにせこの街を救った英雄とガチで戦うんだからよ」
と、腕を組みながらドッゴが答えた。
祭という催しをとことん楽しむロメリアだったが、今は来たる戦いへ向けてただ静かに闘志を燃やしている。
その佇まいには、いつも気軽に声をかけていた者達も素通りする。
「それにしても、驚きましたね。元勇者の一員だったとはいえ、まさかあれほどの力を持っていただなんて」
「それは、俺も思っていた」
ドッゴは思い出す。
当時、街に来たばかりのアースのことを。
闇のダンジョンの出現により、ティランズの空気は一変した。多くの冒険者達が、自分が! とダンジョン攻略へ赴くも……辿り着く前に瘴気に侵され、命を落とす者が次々に増えていった。
ドッゴも、このままじゃだめだと挑もうとするも、ギルドマスターであるロメリアに止められた。
そんな時に現われたのが剣の勇者パーティーだ。
闇のダンジョンに唯一瘴気の影響を受けずに挑むことができる神々に選ばれし存在。
それが勇者。
ティランズの冒険者達は、来たのが剣の勇者だと知り大丈夫なのか? と心配になった。他の勇者と違って、どこか未熟で、言動が子供っぽく、名も売れていない。
はっきり言えば、勇者の中では一番未熟だと噂されていたのだ。
だからこそ、ドッゴは剣の勇者の意思と実力を確かめるために勝負を挑んだ。その結果……実力は本物だが、性格に難がある。
他の仲間達もそうで、まともだったのは聖女と召喚士の二人だけだった。
とはいえ、聖女はどこか陰のようなものが見え、召喚士は愛想笑いをし周りを小うるさく飛ぶ妖精と会話をするような優男。
こんなパーティーで大丈夫か? と思っていた。
パーティーを追放され、のこのことギルドに姿を現した時はほれ見たことか、と鼻で笑った。
(はっきり言って期待なんてこれっぽっちもしてなかったんだよな……)
それがどうだ?
急に見たことのない存在を召喚し、ドッゴですら危うい存在であるサンドワームを単体で撃破。
その後も、新たに現れたダンジョン探索でも多くの冒険者達と共に戦い信頼を勝ち取り、勇者パーティーが失敗した闇のダンジョン攻略を……達成してみせた。
「今だからこそわかる。あいつは……アースは、これから世界を震撼させる存在の一人になるってな」
「あはは。確かに、そうかもしれませんね」
「あたしも、その意見には同感だね」
小さく呟いたつもりだったが、ロメリアはドッゴの言葉に反応する。
いつの間にか、背後に回り込んでにやりと笑みを浮かべていた。
(い、いつの間に。少し目を瞑っていただけだってのに)
ロメリアの実力はドッゴも知っている。だが、今の彼女はいつも以上に……。
「さーて! 精神統一はこれぐらいにして、祭を楽しむとしようかね!!」
「え? 良いんですかい?」
さすがのロメリアも決闘まで準備をしているものかと思っていたドッゴは驚きの声を上げる。
「なに言ってんだい。祭を楽しまないなんて、あたしがするとでも? 馬鹿言ってんじゃないよ。当然、全力で楽しむに決まってるよ!!」
そう言ってロメリアは、軽い足取りで財布を片手に屋台のある方角へと歩を進めた。
「あはは。やっぱりロメリアの姐さんは姐さんですね」
「……」
「ドッゴさん?」
本当にそうなのだろうか? とドッゴは思いつつ、ロメリアの向かった方角をただただ見詰めていた。




