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ひねくれ侍女が王女に身体を貸したら、王子との恋が始まりました  作者: 新道 梨果子


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25. あと少し

 次の報告会で、私はギルベルト殿下にシュルツさんがした話を伝えることにした。


「ご存じですか。フィフィアーナ殿下が、シャルロッテ殿下を弑しようとしたという話」


 すると彼は驚愕の表情を浮かべて、こちらに身を乗り出した。


「……知らない。誰から聞いた?」


 少しばかり顔を青ざめさせている。演技力に定評があるとしても、この動揺は本物だとしか思えない。


「シュルツさんです」

「いつ?」

「つい先日。定期報告のときに、『本当になにか悪事を働いたのですか』って訊いてみたんです。そうしたら答えてくれました」

「そんな馬鹿な。フィフィがそんなことするはずないだろう!」


 珍しく、声を荒らげている。


「やっぱり聞いていないんですね」

「聞いていない。初耳だ」


 相当イライラしているのか、足を小刻みに揺らし始める。いつも飄々としているから、こんな姿が見られるとは思っていなかった。


「ヨハンナがその場限りの出まかせを言うとも思えないが……。いくら僕たちのところまではなかなか情報が下りてこないにしても、そんな大事が、ここまで僕の耳に入らないなんてこと、あるか?」


 ブツブツとそう零しながら、目を伏せて考え込んでいる。


「シュルツさんは、シャルロッテ殿下の乳母だったんですよね」

「ああ。産まれたときから面倒を見ているから、乳姉妹ともども、姉上に肩入れしている。ヨハンナの娘は姉上の侍女をしているし」

「じゃあそちらからの情報かもしれないですね」


 シャルロッテ殿下の周辺では、悪意をもって、そのような話になっているのかもしれない。


「もう少ししたら部下の報告が上がるから、それで知るかもしれないが……。なにがどうしてそんな話になったんだ……。詳細は聞いた?」

「それ以上は聞いていません。ただ、思うに」


 私の言葉にギルベルト殿下は顔を上げて、こちらをじっと見つめてきた。私はその視線を受け、口を開く。


「シュルツさんが嘘をついているのでなければ、それが幽閉の決定打になった可能性がありますよね」

「ああ」


 ギルベルト殿下は小さく頷く。きっと彼も私と同じ考えだ。


「だとすると、私、この件の容疑者は一人だと思うんです」

「そうだね」


 殺されそうになったと主張したのは誰か。普通に考えて、シャルロッテ殿下だ。

 仮に他の誰かが嘘をバラまいたのだとしても、通常であれば否定するものだろう。シュルツさんが知っているのだ、シャルロッテ殿下が知らないはずはない。


 だって事は、殺人未遂だ。そんな疑惑を放置するわけはない。


 シャルロッテ殿下が、『フィフィアーナに殺されかけた』と主張する。それを信じた王侯貴族はフィフィアーナ殿下を幽閉する。

 とても単純で、わかりやすい図式だ。


「とにかく、この話の裏付けを取る。確定するまで待っていて。フィフィにもまだ言わなくていい」

「かしこまりました」


 そうして今日の話は終わった。なにかわかれば、また次回、教えてもらえるだろう。

 では、と席を立とうとしたとき、ギルベルト殿下が声を掛けてくる。


「姉上の動機はわからないが、ほぼ確定と見ていいんじゃないかな。あと少しだ。今までありがとう、助かったよ。無事にすべてが終わったら、成功報酬も出すからね」


 彼はそう気前のいいことを言ってくれたが、私はすんなり受け取ることができず、どうしても嬉しいとは思えなかった。


   ◇


 いつものように半地下の部屋に行くと、フィフィアーナ殿下はふんぞり返って、私に命令してきた。


「今日はお湯浴みがしたいわ。湯を用意しなさい」

「ええー……」


 偉そうな態度に、思わずそう不満が漏れる。相手は王女さまという偉い身分の方なので、返事は『かしこまりました』一択なのだが、つい素が出てしまう。誰もいないことだし、これくらいはお目こぼし願いたい。


「もう! 『ええー……』じゃないでしょ! 別に今すぐ用意しろって話じゃないんだから、やってよね!」


 あちらもあちらで、王女として節度を持った、誇りある態度をしようとは思わないらしい。もちろん私は、そんなことに目くじらを立てたりしない。


 言いつけ通り、部屋の前を守る衛兵にお願いして手伝ってもらい、お湯を用意する。他人が入室するときには私もフィフィアーナ殿下も沈黙を保ち、よそよそしさを装った。

 衛兵は大変面倒そうではあったが、さすがに殿下が怖いのか、不満顔ながらもきっちりと仕事はこなした。部屋を出てからは、いつものように居眠りでもするのだろう。


 誰もいなくなってから、殿下は「んー!」と伸びをする。解放感が見てとれた。このわずかな間でも、演技をしなければならないからか、他人が出入りするのは緊張するらしい。


 そういえば、この王女の気の抜きようを知らなくて、ギルベルト殿下に中身がフィフィアーナ殿下じゃないとバレたのだっけ。

 そのことを思い出すと、自然と口の端が上がってしまう。


 それにしても、フィフィアーナ殿下はこの部屋に慣れすぎではないだろうか。ちゃんと王女らしく振る舞う練習でもしたほうがいいのではないか。


 あと少しで、解放されるかもしれないのに。


 ひとつため息をつく。それから私は殿下のドレスを脱がそうとして、ふと思いついた。


「あ、これ脱いだら、入れ替わりませんか。お湯浴みをお手伝いするより、自分で洗ったほうが早いです」


 私のその提案に、殿下は胡乱げな顔をして振り向く。


「面倒になってきたんでしょ」

「わかりますか」

「でもダメ。わたくしが気持ちよくなりたいんだから」

「それは確かに」

「というか、入れ替わりは気分がよくないとか言っていたくせに」

「いや、使いこなせば便利なんじゃないかと思って」

「人の心を失ってきたんじゃないの」

「合理的と言ってください」


 そんな馬鹿らしい会話をしていると、こんな時間はいつまで続くのだろう、と少し寂しい気持ちが生まれた。すべてが解決したら、私はお役御免になって、また誰かの侍女をすることになるのだろう。次はフィフィアーナ殿下の側付きではないかもしれない。いや、王女の側付きという光栄な仕事は、私のような者は外される可能性が高い。下手をすると、王城で勤めることすらできないかも。ギルベルト殿下は、今回の事件の全容を知る私を、遠ざけたいと思うかもしれないし。


 そんなことを考えながら、フィフィアーナ殿下の髪を洗っていると、桶に浸かったまま、彼女は首を上に向けた。


「で、エルゼは今は、誰が怪しいと思っているの?」

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