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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
8 九月の章
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 ★★ お世話をかけます。 : 児玉かすみ


『やっぱりね。』


電話の向こうでお母さんが笑ってる。

家に帰ってから、わたしが「YES」の返事をしたことを、お母さんだけには話しておこうと思ったのだ。

でも、お母さんは最初から、こうなることを確信していたらしい。


『真面目でいいひとそうだもんね。それに背が高いのは便利だわ。うふふふふ。』


便利って・・・、まあ、たしかに我が家は全員、背が低めだけど。


『それに、見た目も結構素敵じゃない?』


「え・・・、そう?」


そんなところを見ていたとは・・・。


『顔はバランスが整ってるし、何より背が高くて姿勢がいいところがいいわね。2年前より少しふっくらしたけど、落ち着きが出た感じがするし、今の方がずーっと素敵よ。』


“少しふっくら” になったのは最近なのよ。

4月にはもっと “お腹ふっくら” だったんだから。


「ありがとう。だけどね、ちょっと問題があって。」


『あら、なに?』


「雪見さんが、お父さんとの約束を果たさないと、あいさつに行けないって言うの。」


『ああ、5倍の話? そんなに気にしてるの?』


「うん。ものすごく決心してるみたいで・・・。」


『雪見さんも気の毒にねえ。かすみの気持ちもわからないまま、大変な約束しちゃって。』


「うーん・・・、まあそうね。」


でも、雪見さんが自分で受けちゃったんだから、仕方ないような気がするけど。


『「そうね。」って、あなたがあの場で「雪見さんと結婚します。」って言ってれば、お父さんはあんな条件出さなかったと思うわよ。』


「え、そうなの? 雪見さんを気に入らなかったんじゃないの?」


あの様子だと、 “ものすごく反対!” っていう雰囲気だったけど・・・。


『いくら反対でも二人ともいい大人だし、本人同士が合意なら、親はそれ以上は言えないでしょ?』


「それじゃあ・・・。」


『あなたがはっきりしないから、お父さんも雪見さんに対して引っ込みがつかなくなったのよ。』


ってことは、「5倍」はわたしのせい・・・?

そんな。

雪見さんに申し訳ないことしちゃった・・・?


「・・・ねえ、お父さんはあれから何か言ってた?」


『お父さん? ううん、何も。・・・ねえ、かすみ、黙っていることになっていたんだけど・・・。』


黙っていることになっていた?

なにを・・・?


『実はね、雪見さんのご両親がみえたのよ、うちに。』


「え?!」


雪見さんのご両親が?!

うちに?!


「いつ?!」


『ええと、7月の終わりかな? あなたたちが来たあと、わりとすぐに。』


そんなに前?!


「どうして言ってくれなかったの?! どんな話をしたのよ?」


『だって、先方が言わなくていいって仰るし・・・。用件はね、「お詫びに。」って。ご夫婦で、大久保さんも一緒にいらしたの。』


大久保さん・・・。

雪見さんの伯母様も・・・。


『「息子が突然、図々しいお願いをして申し訳ありません。」って。それから、「温かい目で見守っていただけないでしょうか。」って。』


温かい目で・・・。

雪見さんのご両親って、優しい方なんだなあ。

わたしたち、そんなにみんなに迷惑をかけているんだ・・・。


「で・・・、お父さんは?」


『それがねえ、いなかったのよ。』


「え?」


まさか拒否って逃げ出したのでは・・・。


『もちろん、お父さんの都合に合わせて来てくださったのよ。だけど、仕事で緊急に呼び出されちゃって。』


仕事で呼び出しか・・・。

セキュリティ会社だから仕方ないけど、なんて間の悪い・・・。


「でも、その前とか、あととか、どんな様子だった?」


『特に何も。わたしが報告しても、不機嫌な顔して「うん。」とか「そうか。」くらいしか言わないの。』


「ああ・・・、そう・・・。」


やっぱり約束を果たさないとダメかなあ。


『まあ、とにかく本人たちの間では決まったってことね。で、式は来年の春ね?』


「うん。そのつもり。」


だけど、雪見さんとお父さんが意地を張り続けていたら無理かも?


『だったら、お正月には雪見さんをうちに連れて来なさい。それまでは、こっちのことは気にしなくていいから。』


「そう・・・?」


『ええ、いいわよ。式の日取りも二人に合わせるから、必要だったら決めなさい。いざとなったら、二人だけで挙げちゃっても構わないわよ。』


「お母さん・・・。」


そこまで賛成してくれるの?


「ありがとう。」


『うふふ、いいのよ。もともと大久保さんの甥御さんだし、あちらのお母様も良い方よ。来月、宝塚の舞台を見に行こうって言ってるのよ。』


「宝塚? ああ、お母さん、好きだったよね。」


『そうよ。雅子さんも前から行ってみたかったって仰るから、来月、一緒に行くことにしたの。』


「雅子さん」って雪見さんのお母さんのこと?

そんな話までしたのか。

ずいぶん仲良くなったのね・・・。


『きっと雪見さんは、自分のご実家のことは後回しなんでしょう?』


「うん・・・。自分の方よりも、うちの親にあいさつするのが先だって言うんだけど、5倍の約束を達成するまでは行けないって・・・。」


『男の意地ね。まあ頑張らせてあげなさい。ご両親がうちに来たことも言わなくていいわよ。話が決まったことは、わたしから雅子さんに報告しておくから。』


「ありがとう。あの・・・雪見さんのお母様に、わたしからも “ありがとうございます” って伝えてくれる?」


『ええ、分かったわ。それにしてもねえ・・・、うふふふふ・・。』


「なに?」


『そこまでして結婚したいだなんて、かすみのどこがいいのかしらねえ?』


「う・・・。」


自分の娘のことをそこまで言う?!


『あれほどのひとが次々と現れることはないでしょうから、しっかりつかまえておくのよ。わかった?』


「はい。」


わたしを好きになってくれる男の人が簡単に現れるものじゃないってことは、今までの人生で十分に分かってる。

だからって、雪見さんに無理矢理しがみつくつもりはないけれど・・・。


『じゃあね。』


「うん・・・、またね。」



ふぅ・・・。


やっぱりお父さんが難関か。

どうなっちゃうかな・・・・。



だけど・・・。


お母さんが言うとおり、ほんとうに、わたしのどこがいいんだろう?

今までもときどき浮かんできた疑問だけど・・・。


何の取り柄もない。

ちょっとお料理ができるだけ。

雪見さんだって、もしかしたらお弁当が好きなのかも知れない・・・なんて。



もし、そうだったら?

雪見さんが自分の気持ちを誤解していたら?


今になって・・・?

わたしの気持ちが決まった今になって、雪見さんが自分の間違いに気付いたら?



――― 仕方ないよね。



間違いと分かっていながら結婚なんてできない。

雪見さんにそんな犠牲を払わせちゃいけない。


でも・・・淋しいだろうな。







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