衝動的? 計画的?
児玉さん、静かだ。
サービスエリアでは、結構はしゃいでいたのに。
疲れちゃったのかな?
朝が早かったし、はやぶさランドでも元気いっぱいだったから。
おまけに俺を気遣って運転まで・・・。
・・・さっきは危なかった。
車の中って、つい密室みたいな気がするから。
暗かったけど、外から見えただろうか?
シートベルトをはずす前でよかったよ。
「児玉さん?」
「え、あ、なに?」
ぼんやりして。
やっぱり疲れているんですね。
「着くまで眠ってていいですよ。」
児玉さんの寝顔も好きですから。
「うん・・・。」
歯切れの悪い返事。
気を遣っているのか?
そう言えば、さっきから何かをいじっているけど?
「それ、何ですか?」
「え?」
「その、手に持っているもの。」
「あ・・・、これ?」
こちらに向けて見せてくれたそれは、布製の丸い輪。
「何だと思う?」
クイズ?
綺麗なピンク色。
女性用の装身具か?
「・・・ブレスレットですか?」
「え? ああ、うふふ、確かにそう見えるかな? でも、違うよ。」
なんだろう?
「何かに付けるんですか? バッグとか・・・。」
どうやって付けるのかよく分からないけど・・・。
「はずれ。本当に分からない? 付けてるの、見たことない?」
「さあ・・・。」
全然見当もつかない。
「これね、シュシュっていうの。」
シュシュ・・・?
「ああ、バレエで使うやつですか? 昔、従妹が習ってて、名前は聞いたことありますけど、初めて見ましたよ。そんなに小さいんですね。」
腰に巻くものだって聞いた気がするけど、そんなに伸びるなんてすごいな。
どんな状態になるんだ?
「バレエ・・・? 雪見さん、それはチュチュだよ。これはシュシュ。髪留めだよ。」
「髪留め?」
「そう。髪を結んだときに、飾りに使うんだよ。」
髪を結んだとき・・・?
そうだよな。
いくらなんでも、あのサイズの物が腰に巻けるはずないよな。
「児玉さん、髪を結んだことありましたっけ?」
俺が気付かなかっただけなのか?
それはちょっと申し訳なかったな・・・。
「わたしは結んでないよ。この長さだもん。」
「ああ・・・、そうですよね? じゃあ・・・、誰かにお土産ですか?」
横川先生とか?
あれ、ため息ついてる。
「違います。ねえ、雪見さん。本気で言ってるの?」
「はい?」
何が・・・?
「これ、拾ったの。」
拾った?
「どこで・・・、ああ、サービスエリアですか?」
さっきまで持ってなかったもんな!
「ちーがーう! この車の中で!」
え?
この車の中・・・?
「誰か、女の人を乗せたんじゃない?」
女の人?
ああ!
「はい、乗せました! 合宿のとき。じゃあ、川島のか。」
「川島さん?」
「はい、高校のときのマネージャーで、今も練習とか合宿にはしょっちゅう・・・。」
あ、れ?
なんとなく表情が・・・。
「あの・・・?」
もしかして、疑ってるのか?
「児玉さん・・・?」
うわ、あの目つき。
絶対に疑ってる!
「あ、あの、川島はただの友人で・・・。」
「友人? 髪がほどけるようなことをするのに?」
髪が・ほどける・ような・・・?
――― って?!
「わ?!」
うわ、危ない!
ブレーキを掛けそうになってしまった・・・。
だけど・・・そんな!
そんなこと?!
ここで?!
「してません!」
これだけははっきり言わなくちゃ!
そんな誤解をされたままになったりしたら、酷過ぎる!
「だけど、落ちてたんだよ、車の中に。ここではずれたってことだよ。」
「そんな。でも。違います。」
「だって。」
「あの、偶然落っこちることだって、ありますよね?」
ないのか?
「だって。」
「俺、川島とは何もありませんよ。」
「だって。」
「どうして信じてくれないんですか?」
「だって。」
「児玉さん・・・。」
どう言えばいいんだ?
何をすれば信じてくれるんだ?
「児玉さん・・・。」
お願いします。
俺を信じてください。
「だって・・・、慣れてる感じがしたんだもの・・・。」
唇をとがらせて、ぼそり、とつぶやかれた言葉。
“慣れてる” ・・・? 俺が? 慣れてる?
もしかして、女性の扱いに?!
まさか!
「児玉さ・・、ごほっ、こほっ、あの・・・?」
びっくりして咳が。
「どうして?」
何を根拠に?
今まで自分が奥手だと思ったことはあったけど、その逆を疑われるなんて!
「だから! 慣れてる感じがしたんだもん!」
あ、怒りだしちゃった。
だけど・・・なんか可愛いな。
あれ?
もしかして、焼きもちか?
そうなのか・・・?
そう・・・かも。
もう。
なんだ〜。
嬉しいけど・・・笑っちゃダメだよな、こういうとき。
でも、ちょっとからかいたい気が・・・。
「児玉さん?」
「・・・なによ?」
「『慣れてる』って、具体的にどういうところがですか?」
「え。」
「児玉さんの誤解を解かないといけないですからね、教えてください。」
可笑しい!
その顔、「失敗した!」って思ってますよね?
もう遅いですよ。
「うー・・・。」
あ〜。
その恨めしげな顔も可愛いです!
「教えてください。」
「さっきの・・・。」
「さっき?」
「手に・・・。」
「手?」
「うー・・・、もう! 手にキスした! 馬鹿っ!」
わ!
反撃?!
「教えたって、誤解を解く証明にはならないじゃない! もう! 騙した!」
「イテッ! あ、危ないですよ、叩いたり押したりしたら!」
高速道路なんですよ!
・・・ああ、またふくれてる。
「児玉さん。俺のこと、本気で疑ってるんですか?」
「・・・さあね。」
信じてくれてるわけじゃないのか・・・。
「だってさ、何ていうか・・・自分から手をつないだりしないのに、急に・・・あんなことするし。」
「ああ・・・、すみません・・・。」
って、謝るべきこと・・・なのかな、やっぱり。
「その・・・衝動的っていうか、その・・・。」
衝動的。
そうか。
びっくりしたのか。
「なるほど。つまり、俺が一時的な感情で行動に出る男だと。」
「う・・・、まあ、そんな感じ?」
ためらいながらもはっきり言いますね。
俺がいつも悩んでいること、全然分かってないですよね?
「わかりました。じゃあ、これからは計画的に行きます。」
「計画的?」
「はい。まず、手をつなぐ日。次に、キスをする日。それから」
「言わなくていいから!」
「あ、児玉さんの生理の予定も教えてくださいね。」
「せ・・・っ、恥ずかしくないの?!」
「でも、結婚するんですよ? 体調が悪かったりしたら俺がフォローしなくちゃいけないですからね。ああ、下着の洗濯だってやりますよ。」
児玉さんの驚いた顔!
ああ面白い!
「とりあえず、今日はどうしましょう?」
「今日? 今から帰るんじゃ・・・?」
「ええ、そうですけど、そのあとですよ。」
「は?」
「うちに泊まりますか? 児玉さんの部屋・・・。」
「泊まんないよ! 変な計画立てないでよ!」
「なーんだ、残念。あははははは!」
ため息ついてる。
呆れられちゃったかな?
「雪見さん・・・。」
「はい。」
「誰も見てないと大胆だね。」
「そうですか?」
・・・そうかも。
でも。
今日、やっとOKの返事をもらえたんですよ。
つまり、児玉さんの気持ちがはっきり分かったのは今日が初めてなんです。
俺の態度が今までと違うのは、当然ですよね?
あ。
「ぷ・・・、くくく・・・。」
「・・・なに笑ってるのよ?」
「だって・・・。」
児玉さんて。
「もう! ニヤニヤして気持ち悪いでしょ! ちゃんと話して!」
「はい。あのですね、児玉さんって、焼きもちさんですね。」
「!!」
あ。
また怒った?
いや。
深呼吸して落ち着いて?
「雪見さん。それを言うなら『焼きもち焼き屋さん』でしょ。」
そんな反撃?
「それじゃあ長いし、『や』ばっかりですよ。」
「ふん。」
面白いなあ。
「あーあ。」
お、今度はため息?
「そんなことないと思ってたのに・・・。」
焼きもちのこと?
俺は嬉しいけど。
「そんなところも好きです。」
「雪見さん・・・。」
感動してくれたり・・・?
「ホントに、誰も見てないと何でも平気だね。」
呆れられちゃったか。




