それは・・・。
ろくに話ができなかった・・・。
玄関のカギを開けながら落ち込んでしまう。
ああ・・・。
俺、何をやってるんだ?
児玉さんの元カレが気になって、児玉さんにいつもと違うところがないか気になって・・・。
はあ・・・。
せっかく迎えに行ったのに。
馬鹿だな、俺。
カギをテーブルに投げ出しながらリビングの電気を点け、ソファにぐったりと寄りかかる。
話ができなかったのは、俺の方だけか。
児玉さんは楽しそうに、いろいろしゃべっていたっけ。
楽しそうに・・・。
あ〜〜〜〜〜!
楽しかったんだ、きっと!
元カレ・・・黒川さん、だっけ? そいつとも話したのかな?
話したよな。
そのためにセッティングされた会だったんだから。
はあ・・・。
こんなに気になるんだから、ちゃんと訊けばよかった・・・。
あーあ。
酒が飲めれば、こういうときに気晴らしができるんだろうな。
仕方ないけど。
・・・ここで落ち込んでいても意味がないな。
用事が済んだんだから、とりあえず風呂にでも入ろう。
立ちあがって後ろのポケットから携帯を取り出すと、メールが来ていた。
・・・児玉さんから?
先月もこんなことがあったな。
サヨナラしてすぐに・・・。
う?!
『馬鹿!』?!
なんだ、これ?!
俺、今日は児玉さんを怒らせるようなこと、してないよな?!
・・・したのか?
いや、してないはずだ・・・けど。
何か理由とか・・・書いてない。この一言だけ?
なんで?
何が?
そりゃあ、俺だって、自分のこと馬鹿だとは思ったけど・・・通じたのか?
・・・んなわけないよな。
これは・・・すぐに電話をかけてみるべきか?
でも、怒っていたら出ないかも。先月もそうだったし。
そうは言っても、もしかしたら何か誤解があるのかも知れない。
誤解だったら早く解いた方がいいに決まってる。
うん、そうだな。
すぐに。
『 ――― はい。』
出た!
でも、不機嫌そうな声。
どうして?
「あの、児玉さん、俺・・・」
『あいさつがなかった。』
「・・・はい?」
あいさつ?
『「失礼します。」しか言わなかった。』
え・・・?
「あの・・・?」
意味がよくわからない。
児玉さんの方が先輩だから、きちんとあいさつをしろと言われているんだろうか?
『もう!』
わ!
「あ、あ、あの、すみません。気がつかなくて・・・。」
あいさつのことでそんなに怒るなんて・・・。
『違う。そうじゃなくて。』
じゃあ、何が・・・?
ああ、ため息をつかれちゃったよ・・・。
「すみません・・・。」
『・・・・・・。』
返事がない。
ものすごく怒ってる・・・?
『あのね、心がこもってなかった。』
「あ・・・。」
ぶっきらぼうな言い方。
なのに、心臓がドキリとする感覚はちょっと甘く・・・。
「すみませんでした・・・。」
怒ってるのは間違いない。
間違いないけど・・・。
『「失礼します。」はお仕事のときに使う言葉だよ。』
“お仕事のとき” ・・・。
力が抜けて、どすんとソファに座り込む。
メールを見て驚いて、ずっと立ちっぱなしだった。
「・・・はい。」
児玉さん。
『それに、「ボディ・ガード」って。』
「はい・・・。」
『それって、わたしのことは仕事ってこと?』
ああ・・・、児玉さん。それは・・・、それは・・・。
「・・・違います。」
児玉さん。
それは、つまり・・・そういうことですね?
俺は、 “ただの同僚” から格上げされているんですね?
自分がたちまち笑顔になるのがわかる。
目をつぶったら、児玉さんが拗ねた顔をして電話している姿が心に浮かんだ。
――― なんて可愛いひとなんだろう。
たった一言のメールも。
不機嫌なその言葉も。
全部。
心の中に渦巻いていた不安や疑念が消え去って、彼女を愛おしく思う気持ちだけでいっぱいになる。
すぐにでも会いに行って、思いっきり抱き締めたい。
会いに・・・・・・って!!
しまった!
さっき、ものすごく貴重な言葉をスルーしてしまった!
「あ、あの、児玉さん?」
『・・・なによ?』
まだ怒ってる?
でも、怒ってる原因は、要するにそういうことなんだから。
「あの、ほんとうに、すみませんでした。」
『ああ・・・そう。うん。もういいよ。』
その愛想のない言葉遣いも愛おしいです。
「それで、その・・・。」
『・・・なに?』
「あの・・・アイスをいただきに行ってもいいでしょうか?」
『・・・は?』
「あの・・・、さっき・・・。」
『だめ!』
え〜〜〜〜?
「さっきは・・・。」
『さっきは、ついうっかり間違えたの!』
「うー・・・、はい。」
ああ・・・、今日はツイてなかったな・・・。
『・・・あさっては?』
「へ?」
『あさっては、どうするのかって訊いてるの。』
あさって・・・デートだ!
そうだよ、俺が誘ったんだ。
「ちょっと遠出しようかと・・・」
『遊園地。』
「はい?」
『遊園地。はやぶさランドがいい。』
「はやぶさランド・・・ですか?」
『そう。』
はやぶさランドと言えば、何種類もの絶叫系の乗り物やお化け屋敷が売り物の・・・。
俺、苦手だって言った気がするけど・・・。
「あの、児玉さん?」
『なに?』
「俺、あんまり高いところとか、落ちるものとか得意じゃ・・・。」
『だから?』
「はやぶさランドじゃなくて、もう少し・・・、」
『行きます。』
あ、その言い方、久しぶりだ。
先生っぽいその言い方をされると、拒否できない。
もしかすると、お仕置きなのか・・・?
「はい・・・。」
『ふふ・・・。』
・・・笑ってる?
『雪見さん?』
「・・・はい。」
『あのね、「おやすみなさい。」って言ってみて?』
うわ・・・、なんですか、急に甘えた声で!
やっぱり会いたい!
だけど・・・「おやすみなさい。」?
そういえば、いつも夜にサヨナラするときには、「おやすみなさい。」って言ってた気が・・・。
そうか。
今日はそれを言わなかったんだ。
だから、児玉さんは拗ねて・・・ああ、もう! 可愛すぎる!
絶対に「おやすみなさい。」じゃなくて、今から「こんばんは。」の方がいいのに!
「おやすみなさい、児玉さん。」
心をこめて。
「明日、会えますか?」
会いたいです、児玉さん。
『明日? 時間があったらね。おやすみなさい、雪見さん。』
そっけない返事。
でも、いいです。
明日、絶対に会いに行きますから。
アイスをいただきに。




