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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
8 九月の章
79/129

それは・・・。


ろくに話ができなかった・・・。



玄関のカギを開けながら落ち込んでしまう。



ああ・・・。

俺、何をやってるんだ?

児玉さんの元カレが気になって、児玉さんにいつもと違うところがないか気になって・・・。



はあ・・・。


せっかく迎えに行ったのに。

馬鹿だな、俺。



カギをテーブルに投げ出しながらリビングの電気を点け、ソファにぐったりと寄りかかる。



話ができなかったのは、俺の方だけか。

児玉さんは楽しそうに、いろいろしゃべっていたっけ。


楽しそうに・・・。



あ〜〜〜〜〜!



楽しかったんだ、きっと!

元カレ・・・黒川さん、だっけ? そいつとも話したのかな?


話したよな。

そのためにセッティングされた会だったんだから。



はあ・・・。


こんなに気になるんだから、ちゃんと訊けばよかった・・・。



あーあ。

酒が飲めれば、こういうときに気晴らしができるんだろうな。

仕方ないけど。


・・・ここで落ち込んでいても意味がないな。

用事が済んだんだから、とりあえず風呂にでも入ろう。



立ちあがって後ろのポケットから携帯を取り出すと、メールが来ていた。

・・・児玉さんから?


先月もこんなことがあったな。

サヨナラしてすぐに・・・。



う?!


『馬鹿!』?!


なんだ、これ?!


俺、今日は児玉さんを怒らせるようなこと、してないよな?!

・・・したのか?

いや、してないはずだ・・・けど。


何か理由とか・・・書いてない。この一言だけ?



なんで?

何が?



そりゃあ、俺だって、自分のこと馬鹿だとは思ったけど・・・通じたのか?

・・・んなわけないよな。



これは・・・すぐに電話をかけてみるべきか?

でも、怒っていたら出ないかも。先月もそうだったし。



そうは言っても、もしかしたら何か誤解があるのかも知れない。

誤解だったら早く解いた方がいいに決まってる。

うん、そうだな。

すぐに。




『 ――― はい。』


出た!

でも、不機嫌そうな声。

どうして?


「あの、児玉さん、俺・・・」


『あいさつがなかった。』


「・・・はい?」


あいさつ?


『「失礼します。」しか言わなかった。』


え・・・?


「あの・・・?」


意味がよくわからない。

児玉さんの方が先輩だから、きちんとあいさつをしろと言われているんだろうか?


『もう!』


わ!


「あ、あ、あの、すみません。気がつかなくて・・・。」


あいさつのことでそんなに怒るなんて・・・。


『違う。そうじゃなくて。』


じゃあ、何が・・・?

ああ、ため息をつかれちゃったよ・・・。


「すみません・・・。」


『・・・・・・。』


返事がない。

ものすごく怒ってる・・・?


『あのね、心がこもってなかった。』


「あ・・・。」


ぶっきらぼうな言い方。

なのに、心臓がドキリとする感覚はちょっと甘く・・・。


「すみませんでした・・・。」


怒ってるのは間違いない。

間違いないけど・・・。


『「失礼します。」はお仕事のときに使う言葉だよ。』


“お仕事のとき” ・・・。


力が抜けて、どすんとソファに座り込む。

メールを見て驚いて、ずっと立ちっぱなしだった。


「・・・はい。」


児玉さん。


『それに、「ボディ・ガード」って。』


「はい・・・。」


『それって、わたしのことは仕事ってこと?』


ああ・・・、児玉さん。それは・・・、それは・・・。


「・・・違います。」


児玉さん。


それは、つまり・・・そういうことですね?

俺は、 “ただの同僚” から格上げされているんですね?


自分がたちまち笑顔になるのがわかる。

目をつぶったら、児玉さんが拗ねた顔をして電話している姿が心に浮かんだ。



――― なんて可愛いひとなんだろう。



たった一言のメールも。

不機嫌なその言葉も。

全部。


心の中に渦巻いていた不安や疑念が消え去って、彼女を愛おしく思う気持ちだけでいっぱいになる。

すぐにでも会いに行って、思いっきり抱き締めたい。


会いに・・・・・・って!!


しまった!

さっき、ものすごく貴重な言葉をスルーしてしまった!


「あ、あの、児玉さん?」


『・・・なによ?』


まだ怒ってる?

でも、怒ってる原因は、要するにそういうことなんだから。


「あの、ほんとうに、すみませんでした。」


『ああ・・・そう。うん。もういいよ。』


その愛想のない言葉遣いも愛おしいです。


「それで、その・・・。」


『・・・なに?』


「あの・・・アイスをいただきに行ってもいいでしょうか?」


『・・・は?』


「あの・・・、さっき・・・。」


『だめ!』


え〜〜〜〜?


「さっきは・・・。」


『さっきは、ついうっかり間違えたの!』


「うー・・・、はい。」


ああ・・・、今日はツイてなかったな・・・。


『・・・あさっては?』


「へ?」


『あさっては、どうするのかって訊いてるの。』


あさって・・・デートだ!

そうだよ、俺が誘ったんだ。


「ちょっと遠出しようかと・・・」


『遊園地。』


「はい?」


『遊園地。はやぶさランドがいい。』


「はやぶさランド・・・ですか?」


『そう。』


はやぶさランドと言えば、何種類もの絶叫系の乗り物やお化け屋敷が売り物の・・・。

俺、苦手だって言った気がするけど・・・。


「あの、児玉さん?」


『なに?』


「俺、あんまり高いところとか、落ちるものとか得意じゃ・・・。」


『だから?』


「はやぶさランドじゃなくて、もう少し・・・、」


『行きます。』


あ、その言い方、久しぶりだ。

先生っぽいその言い方をされると、拒否できない。

もしかすると、お仕置きなのか・・・?


「はい・・・。」


『ふふ・・・。』


・・・笑ってる?


『雪見さん?』


「・・・はい。」


『あのね、「おやすみなさい。」って言ってみて?』


うわ・・・、なんですか、急に甘えた声で!

やっぱり会いたい!


だけど・・・「おやすみなさい。」?

そういえば、いつも夜にサヨナラするときには、「おやすみなさい。」って言ってた気が・・・。


そうか。


今日はそれを言わなかったんだ。

だから、児玉さんは拗ねて・・・ああ、もう! 可愛すぎる!

絶対に「おやすみなさい。」じゃなくて、今から「こんばんは。」の方がいいのに!


「おやすみなさい、児玉さん。」


心をこめて。


「明日、会えますか?」


会いたいです、児玉さん。


『明日? 時間があったらね。おやすみなさい、雪見さん。』


そっけない返事。


でも、いいです。

明日、絶対に会いに行きますから。

アイスをいただきに。







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