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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
7 夏休みの章
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追い風


7月22日、火曜日。今日からいよいよ夏休み。


児玉さんに会うのが怖い。

昨日の晩、『明日もお弁当はありますからね。』とメールがあって、それに返信するのにも時間がかかってしまった。


児玉さんの実家で別れたあと、会いたくて、声が聞きたくて、たまらなかったのに。

そんなメールが来ただけで、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。



怖い ――― 。



うまく言い表せないけど・・・。


もちろん、会いたい。

だけど、どうしたらいいのか分からない。


俺の気持ちを伝えたことで・・・、児玉さんのご両親に話したことで、児玉さんの態度が変わってしまっていたらどうしよう?

俺は、どういう態度でいたらいいんだろう? 今までどおりの態度を崩さずにいられるのか?

児玉さんは俺の気持ちを知って、警戒しているんじゃないだろうか?

今までみたいに親しく話してくれないんじゃないだろうか?


連休中、そんなことが次々と頭に浮かんできて、告白したことをくよくよと後悔している。


一台、電車をずらしてしまおうか? 寝坊したって言い訳をして・・・。


もう慣れた駅までの道。

下り坂なのに足取りが重い。


ゆっくり歩けば、言い訳できる・・・。



ぽん!


!!


背中に・・・。


「雪見さん。おはよう!」


児玉さん・・・・。

いつもはもっと早いのでは・・・?



振り向くと、夏の日差しの下で白い日傘をさしている児玉さん。

先週と同じ笑顔が俺を見上げている。


「あの・・、おはようございます。」


笑顔以外も同じだろうか?

隣を歩くときの距離は変わらないだろうか?


「どうしたの? 元気ないみたい。背中が丸いよ。」


「え、いえ、大丈夫です。」


「そう? ねえ、ちょっと急がないと、いつもの電車には乗れないよ?」


そう言って、軽く俺の腕に触れる。



・・・やっぱり、変わってないのかも。



あまりにもほっとして、声を上げて笑いそうになってしまう。


俺たちの関係が壊れたわけじゃなかった。

児玉さんを好きだと言った俺を、彼女はそのまま認めてくれた。

もちろん、今はまだ、俺の気持ちを受け入れてくれたわけではないけれど。



よかった・・・。



少し歩調を速めて駅へ向かいながら、「はい。」と言って、児玉さんがお弁当の紙袋を差し出す。

それを俺が「ありがとうございます。」と受け取る。

そのやりとりも、先週までと変わらない。


お互いに、あの夜と翌日のことは話題に出さなかった。

なのに・・・、だから?

心の中が、小さな波がひたひたと砂浜を洗っているような、静かな満足感に満たされた。



その途端。



“利用者5倍” の約束を思い出し、暑い日差しの下で汗が引いた。





夏休み中の図書室は、午前9時から午後5時半まで開けている。

俺がいない日は、坂口先生が鍵の開け閉めをしてくれるので、夏休み中も毎日、図書室は利用できる。

ただし、図書委員は来ないので、本の貸し出しは午前9時から10時と午後1時から3時に限定している。俺がいない日は伊藤先生が対応してくれる。


9時に図書室を開けたときには、4人の生徒が待っていた。

野村くんのほかに、今までも来ていたメンバーだ。

ちらりと俺に視線を向けながら「おはようございます。」とつぶやくようにあいさつをして、いつもの席に向かう。


4月には解放していた戸は、冷房を入れるようになってから閉めざるを得なかった。

それでも図書室に来る生徒が増えていたってことは、涼むのが目的で来ている生徒もいたのかも知れない。

夏休み中だって、涼しくて静かな場所は貴重なはずだから、やっぱり少しは期待できるかも。



特集コーナーは、『旅』の本はワゴンだけにして、机には1、2年生の読書課題の本を並べてある。

1つの本を何冊かずつ用意して、平積みで重ねて。

今のところ、まだ誰も借りていないようだ。

足りなくなるほど利用されることを期待しているけど、無理かな・・・。





「最後に、図書室の利用促進について・・・と。」


午後の職員会議で、校長先生の言葉にドキリとする。


事前に何も聞いていない。

ちらりと坂口先生を見ると、目が合った。

お互いに無言で「何も聞いていない。」とやりとりし、校長先生に視線を戻す。


「最近、学習活動の中で図書室を活用するようにと言われてきているのは知っていると思うが・・・、」


先生たちの視線が泳ぐ。


「今日午前中の校長会の資料で、うちの学校の授業での利用があまりにも少ないことが分かった。去年の実績では、西部地区22校で20位だ。」


22校中、20位・・・。

この一年間で、授業で利用する予定が入っていたのは5月の情報の授業だけだった。


「雪見さんの努力で個人利用は上昇傾向にあるが、授業での活用となると、雪見さんだけではどうにもならない。」


努力を認めてくれるのは嬉しいけれど、俺の名前を繰り返し出されるのはなんとなく気まずい。坂口先生だって図書室担当だし。

そうは言ってもこの話題は、俺の将来に密接な関係があるような気がする・・・。


「そこで、各教科で図書室の有効利用ができないか、この夏休み中に検討してほしい。当然、坂口先生と雪見さんには相談に乗ってもらうことになるが・・・坂口先生は進路の決定時期に入ってるから、おもに雪見さんに頼むことになるなあ。」


「はい。分かりました。」


もしかして、もしかして、もしかして。

上手く行けば、利用者5倍も夢じゃないのか?


「目標は5位以内だ。」


「え?」

「5位?」

「それは。」


先生たちが驚いてつぶやいた。


俺だってびっくりだ。

20位から、いきなり5位以内だなんて!


「まあ、きみたちなら大丈夫だろう。隣の麦山高校だって6位になれるんだから。よろしく頼むよ。ははははは!」


先生たちが “なるほどね” という顔で、こっそりとうなずき合っている。

その麦山高校とは、何か因縁があるのかもしれない。




図書室を閉める前に、疲れた顔で坂口先生が現れた。


「まったく、校長のいきなりの提案には参ったよ。」


「ええ。僕も驚きました。」


「先生方も忙しい夏休みになるなあ。もちろん、雪見さんもだけど。」


「そうですね。・・・あのう、麦山高校とうちの学校って、何かあるんですか?」


俺の質問に、坂口先生は苦笑い。


「学校同士は何もないよ。近いから、運動部の練習試合なんかはよくあるけど。あれは校長同士の因縁なんだよ。」


「校長先生同士? 個人的な?」


「まあね。向こうの校長とうちの校長は同期なんだよ。昔からライバル同士だったらしくてね。」


「へえ。出世レースとかですか・・・。」


大変だなあ。


・・・と思ったら、坂口先生が耳打ちした。


「それだけじゃないよ。奥さんを取り合ったってウワサだよ。」


「え?!」


「しーっ。」


あ・・・。


「・・・で、どっちが・・・?」


「さあ。両方とも美人の奥さんだって聞いてるけど。」


「そうなんですか・・・・。」


もう何十年もライバルのままなのか・・・。

すごいな。



でも。



おかげで、俺の将来に希望が見えてきた。

異動のときに持って来た前の学校の覚え書きを読み直しておこう。

予算の残額も確認して。


「あ、そうそう、雪見さん。授業で図書館を利用するような手引書があったような気がするけど・・・。」


「ああ、あります。こちらの棚に・・・。」


忙しくなりそうだな。

でも、こんな忙しさなら大歓迎だ!







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