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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
6 七月の章
54/129

 ★★ よく分からないけど・・・。 : 児玉かすみ


やっぱり、それなりにカッコいいよね・・・。



7月19日、土曜日。

実家へ向かう電車の中。

久しぶりにネクタイを締めた雪見さんを見ながら思う。


ワイシャツに紺のネクタイ、黒いスーツの上着は脱いで手に持っている。

折り目のくっきりついたパンツにきちんと磨いた革靴。

4月から6キロ近く落とした体重のおかげで、お腹周りがかなりすっきりしたし、顔も少し小さくなった。

少しクセのある髪に縁取られた顔は、ふっくらした頬とほんの少し下がり気味の目尻が優しそう。

笑うと目尻に笑いジワが・・・ほら。


「心配ですか?」


心配かって?


「当たり前だよ。」


雪見さんがどんな説明をするのか。

親がどう思うのか。


「雪見さんは平気なの?」


うちの親に何て言われるか、不安じゃないの?


「俺は・・・怖いです。でも、やるしかないので。」


やるしか・・・。


そうなんだね。

雪見さんは自分の気持ちが決まっているから、やるしかないんだね。


じゃあ、わたしは・・・?




それにしても・・・。


こうやって雪見さんをうちの両親に会わせるなんて、やっぱり変じゃないだろうか?

きのうは翌日が休みだと思って、いつもよりたくさん飲んでしまったからなあ。

だいたい、あんな時間に、自分を好きだって言ってる男の人を部屋に上げるなんてこと自体、間違ってるよね?

相手が雪見さんだったから、何事もなく済んだけど。


飲みすぎると、判断基準が甘くなるのが困りものだ。

“このくらい大丈夫” って思う幅が広がっちゃうのよね。

その点、お酒が飲めない雪見さんは信用できるってことか。 “お酒の勢い” がないんだから。

つまり、昨夜の告白だって、本気ってことだ。


うーん・・・。


前にうちに夕飯を食べに来たときも?

わたしが雪見さんの部屋に行ったときも?


ふふっ。

あの日は間違えてお酒を飲ませてしまったけど・・・、あれはあれでよかったのかな?

すがりつかれて驚きはしたけれど、すぐに寝ちゃったし、素面の雪見さんがどのくらいの下心を持っていたのか分からないもんね。

それとも、雪見さんには下心なんてないの?


・・・そうかも。


だって、今まで全然、危険を感じたことがない。

結構二人きりでいたことはあるのに、雪見さんはわたしが困るようなことはしなかった。



やっぱり、いい人なんだ。



ちらりと隣を見上げると、雪見さんは緊張した顔でネクタイを確かめていた。


いい人だし・・・、わたしのことを好きだということも本当なんだ・・・。






「ただいまー。」


11時すぎ。

実家の玄関を開けて奥に声をかけると、パタパタと軽やかな母のスリッパの音が近付いて来る。

今朝、父が家にいるのか確認するために電話をかけたとき、イケメンのお見合い写真が5つも来てるって楽しそうだったから、一緒に批評しようと待ち構えていたに違いない。


「かすみ〜、お帰りなさ・・・・あら?」


驚くよね?

靴を脱いでいる娘の後ろに、スーツ姿の男性が緊張して立っていたら。

しかも、誰かを連れて来るなんて、一言も聞いていなかったら。


「お母さん、このひと・・」


「ゆ、雪見、(しゅう)です! お・・、お久しぶりです!」


生徒の前では堂々とストーリーテリングができる雪見さんでも、さすがにうちの親の前ではそうはいかないらしい。

深々と頭を下げたままじっとしている。

ここは冷房が効いていないし、さっきまで手に持っていた背広をきちんと着ているから、暑がりの雪見さんにはかなり辛いだろうに。


「ええと・・・?」


お母さん、思い出せない?


玄関から上がって、こっそりと耳打ちする。


「ほら、2年前にお見合いした雪見さんだよ。」


「・・・え?」


覚えてないわけないよね?


「2年前のお見合いって・・・、もしかして、大久保さんの・・・?」


その問いかけに、ようやく雪見さんが顔を上げた。

そして、緊張しながらもしっかりと母を見つめて口を開く。


「はい。大久保清江の甥の柊です。あの節は、たいへん失礼いたしました。」


そして、深々とまたお辞儀。


驚いた母に、視線で雪見さんを連れてきた意味を問われる。

けれど、何て答えたらいいのかよくわからない。


「なんか・・・、雪見さんがお父さんとお母さんに会って話したいって・・・。」


「ああ・・・そうなの・・・。」


たぶん、お母さんが考えている内容とは少し違うと思うけど。


「とにかく・・・、どうぞ。」


どうにか笑顔を取り繕って、母が上がるように勧めた。

第一関門、通過。


雪見さんは・・・緊張してる。

顔色が白っぽいけど、大丈夫かしら? それに、すごい汗。


「お父さんは?」


小声で訊いてみる。


「部屋でごろごろしてるけど・・・呼ばないとね。ステテコ姿だったから、着替えの時間がかかるわよ。」


「雪見さんが落ち着くのにちょうどいいと思う。リビングの冷房を強めにしてもいい?」


「そうしてあげなさい。上着を脱ぐような心境じゃないでしょうからね。」


うーん・・・。

お母さんが思っているところまでの話じゃないと思うんだけどね。


誰もいないリビングに通されて、雪見さんはソファに小さくなって腰掛けた。

最初は落ち着かない様子で部屋を見回し、そのうち目の前のテーブルをじっと見つめて。

お茶を用意しながらキッチンのカウンター越しにそれを見ていたら、わたしまで緊張してきてしまった。


お父さんを呼びに行ったお母さんが戻って来て、そんなわたしににこにこと囁く。


「今、慌てて着替えてるから。・・・いつからお付き合いしてるの?」


「え? ああ、違うの。そういう関係じゃないの。」


わたしもこっそりと返す。


「えぇ? じゃあ・・・?」


「その・・・、お見合いするって言ったら、ダメだって・・・。」


「え?」


「あの・・・、まあ、わたしはそういうつもりじゃなかったんだけど、雪見さんが・・・。」


なんか、恥ずかしい。

こんな顔してたら、お母さんが勘違いしちゃうよね?


「まあ。」


「その・・・、お見合いは断れないって言ったら・・・、自分が頼むからって・・・。」


説明すればするほど、落ちて行く気がする。


「あの、わたしはまだ雪見さんのことを好きなわけじゃなくて。」


「ああ、そうなの。」


「ただ、雪見さんが、お見合いをさせないでほしいって直接頼むために一緒に行くって・・・。」


「そう。」


お母さんの笑顔・・・、やっぱり誤解してない?


「でも、こうやって連れてきたってことは、可能性があるってことね?」


「え?」


そうなの・・・かな?

どうなんだろう?


「なんか・・・、雪見さんって、突き放すことができないから・・・。」


「ふふふ、そうみたいね。あ、お父さんが来たわよ。」


さあ。


雪見さん。

ご希望どおり、うちの親に会わせたからね。

あとは自分で頑張ってよ!







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