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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
5 六月の章
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電話で。


『雪見さん、今、大丈夫?』


夜の10時過ぎ。

電話ごしに聞こえる児玉さんの明るい声に心が躍る。


「はい、もちろん。」


児玉さんのためなら、何をしていても時間を作ります!


伊藤先生の心配がなくなった今、児玉さんと一番親しくしている男は俺に間違いないだろう。

この前の日曜日のあとは、どうなることかと少し心配したけれど、児玉さんは以前と変わらなかった。

もしかしたら、やっぱり俺の気持ちに気付いていて、受け入れてもいいとか・・・?


というのは期待し過ぎかも知れないけれど、こうやって夜に電話をもらったりすると、やっぱり期待してしまう。


『今日ね、ボランティア部の生徒から聞いたんだけど、』


ボランティア部の・・・。

残念。仕事の話か。


『雪見さん、あの子たちの相談に乗ってくれるって言ってくれたんですってね?』


「あ・・・、はい。この前、佐藤さんが来て、おはなし会は自分たちにもできるだろうかって訊かれたので。」


『そう。どうもありがとう。忙しいのに、ごめんなさいね。』


もしかして、それを言うために電話を?

明日の朝には会うのに、わざわざ電話をくれたってことは、やっぱり・・・?


「い、いいえ。生徒の活動に協力するのは当然ですから。」


これは本当のこと。

べつに児玉さんが顧問だからって、特別扱いしたわけじゃない。

どこの部でも、個人的な興味であっても、手を貸せることならやるのが俺の仕事だ。


その、 “単なる仕事” にわざわざお礼の電話をくれるなんて、やっぱり俺と話したかった・・・とか?


『ありがとう。わたしにできることがあったら何でも言って・・・って、顧問が言うんじゃ、逆だよね。うふふふ。』


「あはは、そうかも知れないですね。」


ああ、嬉しいよ〜♪


『それじゃ、また明日ね。』


ちょっと待った!!


まさか、もう終わり?!

話したいわけじゃなかった?!


「あっ、あの。」


『あ、はい、なあに?』


「あの、ええと、その」


何か話題を〜!!


「こ、児玉さんは、何か好きな絵本とか、ありますか?」


『え? 絵本?』


「は、はい。あの、今・・・、3年生の前で読む絵本を、考えていたんですけど。」


『3年生・・・? ああ、坂口先生のクラスの? 絵本も読むの?』


よし!

なんとか話がつながった!


「はい! メインはストーリーテリングなんですけど、軽い絵本も入れて、と思っています。」


『ストーリーテリング? ボラ部でもやりたいって言ってたような・・・。』


「ああ、そうでしたね。」


『どこかで見学できたらって言ってたけど、LHRじゃ、見に行くわけには行かないよね?』


「そうですね。2組は坂口先生が朗読もするんですよ。」


『わあ、そうなの? ああ、担任を持っていなければ見に行けるのになあ。』


ん?


「・・・坂口先生を、ですか?」


俺じゃなく?


『え? 違う違う。もちろん、雪見さんのおはなし会だよ。そういうものを見たことがないから。』


児玉さん。

冗談でもいいから『 “雪見さんを” 見たい』って言ってくださいよ・・・。


「先生たちからは、生徒がリラックスできる時間にしたいって言われているんです。だから軽い絵本が1、2冊とストーリーテリングは笑い話にする予定です。」


『ふうん・・・。ねえ、ストーリーテリングって、どのくらい練習が必要なの? 雪見さんだったら簡単?』


「いえ、簡単じゃないですよ! 大学でやって以来だし。覚えて、言葉が口に馴染むように練習して・・・、声の出し方とか、発音とか・・・。」


『そうなんだ? 大変だね・・・。』


「そうですね。でも、先生たちの授業の計画と同じですよ。それに、一度覚えたら、それが自分のストックになっていくわけですから。」


『ああ・・・、そうなのね。うん、そうか、なるほどね・・・。』


あ、そうだ!


「あの、児玉さん。」


『はい?』


「俺が覚えたら、聞いてもらえませんか?」


『あ、見せてくれるの?』


「いいえ、そうじゃなくて、練習中に聞いてもらって、おかしなところを指摘してほしいんです。」


『指摘なんて、できるとは思えないけど・・・。』


「例えば、アクセントが違うとか、態度が変だとか、そんなことでいいんです。お願いします。」


『うん、まあ、そのくらいなら・・・。お休みの日?』


え?!

休日に付き合ってくれる気があるのか?!


うー・・・・、「はい。」って言いたい。

言いたいけど、休日に会うなら、仕事とは関係なく会いたい。


「いいえ、学校で・・・、児玉さんの空き時間か放課後にでも。」


チャンスを利用しないなんて、もったいないかな・・・。


『わかりました。じゃあ、声をかけてね。・・・あ、堀内先生も一緒にどうかな?』


「ああ、そうですね! 堀内先生なら、遠慮なく感想を言ってくれそうですね。」


うん。

練習にはもってこいの人だ。

さすが、児玉さん。

こういうときにすぐにピッタリの人を思い付くのは、彼女の人脈の広さ故だな。


『そうだ。堀内先生と言えば、最近、体重はどう?』


やった! 新しい話題だ!

これでもう少し話ができる。


「最近ですか? 84.5から85キロちょっとを行ったり来たりしてます。」


『そう。止まってる感じかな?』


「今の方法だと、これ以上は減らないんですかね?」


『どうだろう? 減るのが止まる時期もあるのよ。しばらくすると、またストンと落ちて。』


「そうなんですか・・・。実は、ジョギングを始めようかと思ったんですけど・・・、」


『あ、そうなの? すごい。』


いえ、すごくないんです・・・。


「思ったら、梅雨入りしてしまって・・・。」


真実の理由は違うところにあるのだけれど、それを児玉さんに対して認めるほど人間ができていない。


『ああ! うふふふ、そうなんだ? たしかに、この時期はね。』


「はい。考えついた時期がまずかったんですけど、やろうと思ったときにできないと、決心が鈍って、もう二度とやらないような気がします・・・。」


『ああ、わかるわかる! 勢いが折れちゃうっていうか。』


「そうなんですよ。ついでにほかのこともなんとなく面倒になって・・・。」


自炊も、この前の失態で、しばらくは児玉さんの招待は自粛だと思うとやる気が出ない。


『ああ、そうなの。ねえ、でも、服がゆるくなったりすると嬉しくない?』


「それはそうですけど・・・。」


『夏になって薄着になるし。』


「まあ、そうですね・・・。」


『Tシャツとかポロシャツをカッコよく着こなすには、お腹が出っ張ってない方がよくない?』


「たしかに・・・。」


『ね? じゃあ、頑張りましょうよ。』


・・・・・。


「痩せたら・・・。」


『はい?』


デートしてくれますか?


・・・っていう一言が言えないんだよなあ。

ふぅ。


「モテると思いますか・・・?」


『もちろん! 雪見さんがいくら追い払っても、追い払いきれないくらいに。ふふ。』


俺は児玉さんだけに認めてもらえればいいんですけど・・・。


「じゃあ、頑張ります。」


『そうね。わたしもお弁当で協力しますから。』


「はい。ありがとうございます。」


そうだ。

児玉さんが応援してくれるんだから、頑張らなくちゃ。

それに、これから児玉さんとどうなるのかは、やってみないと分からない。

希望がないわけじゃないんだ。


『雪見さん?』


「はい?」


『おやすみなさい。』


・・・あ、れ?


なんだろう。

何か・・・密かに隠しているみたいな・・・。


「は、はい。あの・・・おやすみなさい。」


『ふふふ。勝った。じゃあね。』


え・・・?



切れてしまった。




何だったんだろう? よく分からない。


よく分からないけど・・・、なんだか、その・・・。








ここで「六月の章」は終りです。

次回から「七月の章」に入ります。

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