電話で。
『雪見さん、今、大丈夫?』
夜の10時過ぎ。
電話ごしに聞こえる児玉さんの明るい声に心が躍る。
「はい、もちろん。」
児玉さんのためなら、何をしていても時間を作ります!
伊藤先生の心配がなくなった今、児玉さんと一番親しくしている男は俺に間違いないだろう。
この前の日曜日のあとは、どうなることかと少し心配したけれど、児玉さんは以前と変わらなかった。
もしかしたら、やっぱり俺の気持ちに気付いていて、受け入れてもいいとか・・・?
というのは期待し過ぎかも知れないけれど、こうやって夜に電話をもらったりすると、やっぱり期待してしまう。
『今日ね、ボランティア部の生徒から聞いたんだけど、』
ボランティア部の・・・。
残念。仕事の話か。
『雪見さん、あの子たちの相談に乗ってくれるって言ってくれたんですってね?』
「あ・・・、はい。この前、佐藤さんが来て、おはなし会は自分たちにもできるだろうかって訊かれたので。」
『そう。どうもありがとう。忙しいのに、ごめんなさいね。』
もしかして、それを言うために電話を?
明日の朝には会うのに、わざわざ電話をくれたってことは、やっぱり・・・?
「い、いいえ。生徒の活動に協力するのは当然ですから。」
これは本当のこと。
べつに児玉さんが顧問だからって、特別扱いしたわけじゃない。
どこの部でも、個人的な興味であっても、手を貸せることならやるのが俺の仕事だ。
その、 “単なる仕事” にわざわざお礼の電話をくれるなんて、やっぱり俺と話したかった・・・とか?
『ありがとう。わたしにできることがあったら何でも言って・・・って、顧問が言うんじゃ、逆だよね。うふふふ。』
「あはは、そうかも知れないですね。」
ああ、嬉しいよ〜♪
『それじゃ、また明日ね。』
ちょっと待った!!
まさか、もう終わり?!
話したいわけじゃなかった?!
「あっ、あの。」
『あ、はい、なあに?』
「あの、ええと、その」
何か話題を〜!!
「こ、児玉さんは、何か好きな絵本とか、ありますか?」
『え? 絵本?』
「は、はい。あの、今・・・、3年生の前で読む絵本を、考えていたんですけど。」
『3年生・・・? ああ、坂口先生のクラスの? 絵本も読むの?』
よし!
なんとか話がつながった!
「はい! メインはストーリーテリングなんですけど、軽い絵本も入れて、と思っています。」
『ストーリーテリング? ボラ部でもやりたいって言ってたような・・・。』
「ああ、そうでしたね。」
『どこかで見学できたらって言ってたけど、LHRじゃ、見に行くわけには行かないよね?』
「そうですね。2組は坂口先生が朗読もするんですよ。」
『わあ、そうなの? ああ、担任を持っていなければ見に行けるのになあ。』
ん?
「・・・坂口先生を、ですか?」
俺じゃなく?
『え? 違う違う。もちろん、雪見さんのおはなし会だよ。そういうものを見たことがないから。』
児玉さん。
冗談でもいいから『 “雪見さんを” 見たい』って言ってくださいよ・・・。
「先生たちからは、生徒がリラックスできる時間にしたいって言われているんです。だから軽い絵本が1、2冊とストーリーテリングは笑い話にする予定です。」
『ふうん・・・。ねえ、ストーリーテリングって、どのくらい練習が必要なの? 雪見さんだったら簡単?』
「いえ、簡単じゃないですよ! 大学でやって以来だし。覚えて、言葉が口に馴染むように練習して・・・、声の出し方とか、発音とか・・・。」
『そうなんだ? 大変だね・・・。』
「そうですね。でも、先生たちの授業の計画と同じですよ。それに、一度覚えたら、それが自分のストックになっていくわけですから。」
『ああ・・・、そうなのね。うん、そうか、なるほどね・・・。』
あ、そうだ!
「あの、児玉さん。」
『はい?』
「俺が覚えたら、聞いてもらえませんか?」
『あ、見せてくれるの?』
「いいえ、そうじゃなくて、練習中に聞いてもらって、おかしなところを指摘してほしいんです。」
『指摘なんて、できるとは思えないけど・・・。』
「例えば、アクセントが違うとか、態度が変だとか、そんなことでいいんです。お願いします。」
『うん、まあ、そのくらいなら・・・。お休みの日?』
え?!
休日に付き合ってくれる気があるのか?!
うー・・・・、「はい。」って言いたい。
言いたいけど、休日に会うなら、仕事とは関係なく会いたい。
「いいえ、学校で・・・、児玉さんの空き時間か放課後にでも。」
チャンスを利用しないなんて、もったいないかな・・・。
『わかりました。じゃあ、声をかけてね。・・・あ、堀内先生も一緒にどうかな?』
「ああ、そうですね! 堀内先生なら、遠慮なく感想を言ってくれそうですね。」
うん。
練習にはもってこいの人だ。
さすが、児玉さん。
こういうときにすぐにピッタリの人を思い付くのは、彼女の人脈の広さ故だな。
『そうだ。堀内先生と言えば、最近、体重はどう?』
やった! 新しい話題だ!
これでもう少し話ができる。
「最近ですか? 84.5から85キロちょっとを行ったり来たりしてます。」
『そう。止まってる感じかな?』
「今の方法だと、これ以上は減らないんですかね?」
『どうだろう? 減るのが止まる時期もあるのよ。しばらくすると、またストンと落ちて。』
「そうなんですか・・・。実は、ジョギングを始めようかと思ったんですけど・・・、」
『あ、そうなの? すごい。』
いえ、すごくないんです・・・。
「思ったら、梅雨入りしてしまって・・・。」
真実の理由は違うところにあるのだけれど、それを児玉さんに対して認めるほど人間ができていない。
『ああ! うふふふ、そうなんだ? たしかに、この時期はね。』
「はい。考えついた時期がまずかったんですけど、やろうと思ったときにできないと、決心が鈍って、もう二度とやらないような気がします・・・。」
『ああ、わかるわかる! 勢いが折れちゃうっていうか。』
「そうなんですよ。ついでにほかのこともなんとなく面倒になって・・・。」
自炊も、この前の失態で、しばらくは児玉さんの招待は自粛だと思うとやる気が出ない。
『ああ、そうなの。ねえ、でも、服がゆるくなったりすると嬉しくない?』
「それはそうですけど・・・。」
『夏になって薄着になるし。』
「まあ、そうですね・・・。」
『Tシャツとかポロシャツをカッコよく着こなすには、お腹が出っ張ってない方がよくない?』
「たしかに・・・。」
『ね? じゃあ、頑張りましょうよ。』
・・・・・。
「痩せたら・・・。」
『はい?』
デートしてくれますか?
・・・っていう一言が言えないんだよなあ。
ふぅ。
「モテると思いますか・・・?」
『もちろん! 雪見さんがいくら追い払っても、追い払いきれないくらいに。ふふ。』
俺は児玉さんだけに認めてもらえればいいんですけど・・・。
「じゃあ、頑張ります。」
『そうね。わたしもお弁当で協力しますから。』
「はい。ありがとうございます。」
そうだ。
児玉さんが応援してくれるんだから、頑張らなくちゃ。
それに、これから児玉さんとどうなるのかは、やってみないと分からない。
希望がないわけじゃないんだ。
『雪見さん?』
「はい?」
『おやすみなさい。』
・・・あ、れ?
なんだろう。
何か・・・密かに隠しているみたいな・・・。
「は、はい。あの・・・おやすみなさい。」
『ふふふ。勝った。じゃあね。』
え・・・?
切れてしまった。
何だったんだろう? よく分からない。
よく分からないけど・・・、なんだか、その・・・。
ここで「六月の章」は終りです。
次回から「七月の章」に入ります。




