先生たちの応援
球技大会の翌朝、児玉さんから『コンビニに着くのは何時ごろ?』とメールがあった。
ほんとうは俺が少し回り道をして、児玉さんの部屋まで迎えに行きたかったけど、さすがにそれは言い出せなかった。
そんな俺に運が味方してくれたらしく、ちょうど児玉さんがバス通りに出てきたところで一緒になった。
二人でコンビニのおにぎりやおかずの棚を物色するのは楽しかった!
けれど、周囲の人々にはどう見えている?
名字で呼び合っているんだから、結婚しているわけではない。
でも……朝から一緒。
……と考えたところで急に恥ずかしくなって、さり気なく児玉さんを急かしてしまった。
こういうところ、子どもっぽいだろうか?
学校に着くと、何人かの先生たちが「球技大会、ご苦労さま。」と、笑顔で声をかけてくれた。
今までよりも仲間として認められた気がして、球技大会に出るように誘ってくれた児玉さんに、また感謝した。
今日から、前期の中間テスト前の部活休止期間に入る。
放課後の学習スペースの利用者が増えるはずだけど……どのくらい来るんだろう?
去年は通常が3人前後で、試験前は10人弱だった。
今年は、普段の利用者が野村くんだけ。
様子を見るようにポツリポツリと1人か2人やって来るけれど、あまりにも淋し過ぎるのか、常連にはなっていない。
できればこの機会に、学習スペースの今後の利用者を増やしたい。
「雪見さん。」
朝の打ち合わせが終わって図書室に戻ると、沼田先生が顔をのぞかせた。
「新聞ですね。どうぞ。」
「あ、今は違うんだよ。」
授業の荷物を抱えてる……ってことは、これから一時間目の授業か。
わざわざ寄ってくれた?
「はい、なんでしょう?」
「来週の中間テストで時事問題を出すんだけどね、」
「はい。」
「最近のニュースについては新聞を読んでおくように生徒に言うことにしてるんだ。」
「ああ、はい。」
前の学校の先生も、新聞のことはよく言っていた。
実際に読んでいる生徒がどのくらいいいるのかはよくわからないけど。
「だけど、家で読む時間がなかったり、忘れたりする生徒が多くてね。」
やっぱり。
「で、社会科で話し合って、今回から、そういう生徒は図書室に行くように言おうってことになったんだけど、大丈夫だよね?」
あ。
「はい! ありがとうございます。」
生徒に言ってくれることだけじゃなく、それを事前に俺に知らせてくれたことも。
「うん。じゃ、よろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
嬉しい。
何人くらい来るだろう?
いや、あんまり期待しない方がいいよな。
でも、新聞のラック、少し手前に出した方がいいかな?
こんなにそわそわしたって、すぐに来るようになるとは限らないけど……。
………来たよ。
昼休み。
6月のテーマ『水』の関連本を整理するふりをしながら、学習スペースに新聞を広げている生徒の様子をうかがってみる。
こんなに早く結果が出るとは思わなかった。
新聞を開いている生徒が5人。
購読している3紙とも机に広げられ、そのうち1紙には3人の男子生徒が集まっている。
「ねえねえ、これ、どうよ? 信じられねえよ。」
「え、結婚詐欺? 3人から四千万? すげえな。」
「よっぽど口が上手いのか? それともマメなのか? 俺には絶対無理だな。」
社会面の記事を見ているらしい。
派手な事件だと興味を引くのは当然だ。
「なあ、テストに出るのって、こういうところ?」
「え? 違うんじゃないの? もっと、政治とか国際問題とか……。」
「どこだよ? こっち?」
面白いなあ。
でも、あの子たちだって、ほんの何日かで読むのに慣れてしまうはず。
「……これ、何だっけ?」
「どれ?」
「ほら、この国際ナントカ機構。」
「ああ、この前習ったな。何だっけ?」
ああ、なるほど。
そういうところで引っかかっちゃうのか。
あんなふうに話し合ってると、何が分からないのかよく分かる。
何で調べられるか教えてあげた方が……。
「あ。次、体育だろ? もう行かないと。」
「あ、そうだな。」
残念。
あんなに急いで……。
でも、たしかに新聞や専門書には、普段は使わない言葉が出ていることがある。
そういうときにすぐに調べられるものがあれば、理解の幅が大きくなるのは間違いないはず。
ここは図書室だから、そのための資料がそろっている。
だけど、図書室(公立図書館も)を利用したことがない生徒は、そのことに気付かないこともあるのだ。
――― どうしたらいい?
俺がいつも見張っていて教えるわけには行かないし。
……新聞のラックと辞書や辞典類の棚に、目立つような案内表示を立てるか貼るか、してみるか?
「昼休みは結構混んでるんだねえ。」
え?
「あ、坂口先生。」
昼休みに寄ってくれたのは初めてかも。
「まあ、今日はいつもよりは、というところですね。社会科の先生たちが、図書室に新聞があるって宣伝してくれたそうなので。」
「ああ、それでか。はははは。」
さっきの3人が戻して行った新聞は、またほかの生徒が広げている。
テストに出ると言われたら、生徒も真剣にならざるを得ないのだろう。
「ああ、これね、国語科で夏休みに1、2年生に出す読書課題なんだ。毎年、前川さんに簡単に紹介文をつけてリストを作ってもらってたんだけど、今年も頼めるかな?」
「はい。大丈夫です。」
1、2年とも、それぞれ10冊か。
明治から戦前の文豪の定番もの、外国文学に加えて、詩集、自伝……。
「いつもこれを配るときに、口頭で夏休みの図書室利用のことも伝えているんだけど、どうも生徒たちは忘れちゃうみたいでね。」
「ああ、そうですよね。」
「うん、それで、今回から、このリストの最後に夏休みの図書室の情報も入れておいてもらえる?」
「あ、いいんですか?」
夏休みの課題なんだから、全員に配るはず。
生徒だって、課題となれば必ず見るはずだから、宣伝としては効果絶大だ!
「うん。その方が僕たちも助かるんだよ。毎年、『本が見つからなかった。』って言い訳して、課題をやらない生徒が半分くらいいるんだから。その代わり、こっちで複本を買う必要があるかもしれないと思って、早めに持って来たんだよ。」
「ありがとうございます。もともとある本もありますけど、このあたりの本だったら、文庫本で入れてもいいかも知れませんね。」
「ああ、高校生は荷物が多いから、文庫本の方が人気があるかも知れないね。リストは今月いっぱいでいいから。何かあったら、いつでも相談して。」
「ありがとうございます!」
すごい。
坂口先生から、「いつでも相談して。」なんていう言葉が出てくるなんて……。
ああ、書架の方に行った。
本を見て行ってくれるんだ……。
先生たちが、図書室のことを思い出してくれ始めた。
ものすごく嬉しい。
職員室に戻ったときに、もう一つ、嬉しいことが待っていた。
副校長の大谷先生がにこにこして手渡してくれたのは、20センチくらいの外国の人形。
「これね、うちの妻が図書室に持って行ってあげたらどうかって。」
「え……?」
まろやかなカーブを描く人形は赤い頭巾をかぶった女の子。
起きあがりこぼし……?
「きのう、児玉先生が言ってたのを思い出して、妻に話したんだよ。」
「児玉先生が?」
「うん。図書室が殺風景だって。」
「あ、その通りです。」
児玉さん、覚えていてくれたんだ。
「そしたらね、ちょっと古いけど、これがいいんじゃないかって……ほら。」
大谷先生が人形をひねると上下に分かれて、中に一回り小さい人形が。
「ああ! なんでしたっけ、これ?」
「マトリョーシカって言うんだよ。全部で7つくらいになるんだよ。」
素朴で楽しい人形だ。
見ているだけで、思わず笑顔になる。
自由席に似合いそう。
新品じゃないところも、あの図書室の雰囲気に合っている。
「いいんですか? ありがとうございます。」
「気に入ってくれた? よかったよ。じゃあ。」
「はい。奥様にもお礼を伝えてください。」
早速、机の上に置いて来よう!




