表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
4 五月の章
25/129

どうしてですか?


「雪見さんて、腕はけっこう筋肉質なんですねぇ。」


5月16日、金曜日。

誘われて参加した内輪の飲み会で、隣に座っている横川先生が感心するように言った。


連休が明けてから暑い日も多くなり、もともと暑がりの俺は、今週からワイシャツを半袖にしている。

通勤ではジャケットを着ているけれど、室内にいるときはいつも半袖だ。


「え? あ、そうですか?」


「ええ。引き締まってるって言うのかしら……。」


“体のほかの部分と比べると” ってことだろうな。

でも、美人の横川先生に感心されたら、どんな意味でも悪い気はしない。


「ありがとうございます。図書室ではけっこう力仕事もあるから、そのせいかも知れませんね。」


児玉さん、聞いてくれました?

俺にだって、褒められる部分があるんですよ。


「ああ、本って重いですもんね。」


「はい。」


児玉さん……?


なんだ。

伊藤先生と夢中になって話してる。

俺なんか目に入らないみたいに。……向かいに座っているのに。



今日のメンバーは6人。

端の席の俺の隣に横川先生、その向こうに堀内先生、俺の向かいには児玉さん、その隣に伊藤先生、そして中林先生。

伊藤先生と中林先生とは年が近い男同士ということで、最近は職員室でもよく話をする。

堀内先生はみんなのお姉さん的な存在で、横川先生はマドンナ、児玉さんは元気で、会話を盛り上げるスパイスのよう。


あ。


児玉さん、伊藤先生と肩が触れてますよ。

そんなに近付かなくたって……。


「けっこう力仕事なのに、どうしてそんなに太っちゃったのかしらねえ?」


「堀内先生……。」


相変わらず容赦ないですね。


「単なる食べ過ぎ……かな。あははは。」


「それもあるけど、食べる内容が問題なんじゃない? 雪見さんはお酒は飲まないけど、夜にジュースとかお菓子とか食べてない?」


「あ……、食べてます。」


ほぼ毎日。

最近はそれでも少なめにしてるんだけどな……。


「やっぱりね。体重が増えるってことは、エネルギーの収支が黒字なのよ。まあ、最近は減ってるんだから、頑張ってるけどね。」


「あら! 雪見さん、痩せたんですか?!」


「“痩せた” と言うほどではありませんけど……、一応、体重は減ってきてます。」


先週の続きなのか、今週の火曜日には体重が86.0キロになった。

86.0はその日だけだったけど、今週は86キロ台をキープしていて、堀内先生も児玉さんも、たくさん褒めてくれた。

まあ、減ったのはまだ3キロ弱だから、まだまだ先は長い。

でも、服の腰回りが少しゆるくなったような気がして、かなり嬉しい。


「わあ、すごい。頑張ってますねえ。」


うわ。

横川先生、そんなふうに目をキラキラさせて言われたら……恥ずかしいです。


「い、いえ、あの、児玉先生のお弁当のおかげですよ。」


「あ、雪見さん、そのお弁当なんだけどね。」


児玉さん!

ようやく俺の方を向いてくれました?


「はい。」


「来週、火曜日と水曜日はお休みしますから。」


そんな事務的な話?!


「はい……。」


「家庭科の研究授業があって、早く出なくちゃならないの。ごめんなさいね。」


「あ、いいえ、そんな、謝らないでください。毎日作ってもらっていることの方が、普通ならあり得ないくらいのことなんですから。」


「そうかな? でも、自分のを作るついでだし、楽しいよ。」


俺のお弁当を作るのが楽しいなんて、幸せだ……。


「あ、じゃあ、その日はわたしが作ってきましょうか?」


横川先生?!


うわー。

伊藤先生と中林先生が目を剥いてるよ。

ダメだ、ダメだ、ダメだ。

絶対にダメ!


「いえ、僕の弁当箱は大きいから…」

「ホントに? よかったね、雪見さん!」


まるで、俺の言葉を遮るかのような勢いの児玉さんの言葉。

どうしてそんなことを……?


「あの、そこまでしてもらわ…」

「2日間だったら、使い捨てのお弁当のパックがあるから、月曜日に持ってくるね。」


児玉さん!


「はい。」


横川先生!

なんでそんなににこにこして引き受けてるんですか?

俺、睨まれてますけど?!


「あの、べつにコンビニ弁当で大丈夫ですから。」


「遠慮しないでお願いしたら?」


児玉さん!

俺の気持ち……と、伊藤先生と中林先生の気持ちを察してくださいよ。


「そうですよ。それとも、わたしの料理の腕が信用できないってことですか?」


横川先生、そんなに体を寄せないでください!

伊藤先生たちの視線が怖い!


「い、いえ、そんなことは……。」


板ばさみだ〜!!


「あ、あの、横川先生、飲み過ぎでは……?」


「そんなことありません。……そんなに嫌ですか、わたしのお弁当?」


今度はそう来たか!

そんなにがっかりされたら、まるで俺が悪者みたいじゃないか。


「違いますよ。そうじゃありません。単に、そこまでしてもらうのは申し訳ないと思って。」


「あら、そんなこと! うふふ、いいんですよ、気にしなくて。雪見さんって、なんとなく放っておけないんですもの♪」


また “放っておけない” って言われた……。

って言うか、どうすればいいんだ、この状況は?!


「いやあ、あの、横川先生のお弁当を僕だけがもらうのは悪いなって。」


「え?」


「横川先生のお弁当なら、食べたい人がたくさんいるんじゃないですか? 伊藤先生とか中林先生とか……。」


ほら、うなずいてる。


「あら……。」


「そんなに何個も作るのは大変でしょうから、僕にも作らなくて…」


「じゃあ、3人分作ってきます。」


は?


「雪見さんと、伊藤先生と、中林先生の3人に作ってきます。」


ああ……、そうですか……。

“作らない” という選択肢はないんですね……。


まあ、いいか。

とにかく、俺だけじゃなくなったんだから。


「……よろしくお願いします。楽しみにしています。」




それにしても、 “放っておけない” っていうのが気になる。

俺って、そんなに頼りなく見えるんだろうか?


そういえば、中学から大学まで、俺の周りにはいつも世話好きの女子がいたような気がする。

べつに彼女っていうわけじゃなく、サッカー部のマネージャーとかクラスの女の子が親切にしてくれた。

あんまり真剣に考えたことはなかったけど、そういうのって特別なのか?

ほかの男から見ると、羨ましがられる資質なんだろうか?



……だけど。


自分が想いを寄せる相手にも “放っておけない” くらいにしか思われないとしたら……?



なんだよ、それ?

何の役にも立たないじゃないか。



いや、それよりも!



どうして児玉さんはあんなに横川先生のお弁当に賛成したんだ?


もしかして……。

みんなの前では「楽しい」って言ってるけど、ほんとうは、もう面倒になっちゃったとか……?







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ