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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
11 春に向かって走れ!
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めでたし、めでたし。


結婚式は、今思い出すと笑ってしまうけれど、やっぱりハプニングは起きて、どうしようかと焦ってばかりだった。



まずは当日の朝、着替える部屋に到着すると、


「最初に指輪をお預かりします。」


と言われて、貴重品と一緒にロッカーに入れてきてしまったことに気付いた。

焦っているので今度はロッカーの鍵が見つからず、パニックを起こしかけた。



三三九度では、酒が飲めない俺は真似だけでいいと言われていたのに、緊張で手がうまく動かず、つい傾け過ぎてしまった。

どうにか口に入るのを防いだものの、酒がついた唇を舐めてしまい、すぐに顔が熱くなってきた。

倒れるほどではなかったけれど、そのあとで撮った写真に真っ赤な顔で写る破目になった。



神社からレストランへ移動する車にも驚いた。

ほんの100m足らずなので、家族は適当に歩いて行くことになっていた。

俺と児玉さんが車を頼んでいたのは目立ちたくないからだったのに、神社の外に停まっていた車は白いリムジンだったのだ。

驚いている俺たちに、介添えの人は


「花嫁衣装のままですから、こういう車じゃないと。」


と笑って言った。

たしかに、俺はともかく、打ち掛けやら角隠しやらでかさばる児玉さんは、普通の車では厳しいだろう。


そこまでは仕方ない。


諦めて乗ろうとしたとき、その車を見た児玉さんの2人の甥っ子とうちの夏穂が、一緒に乗りたいと言い出した。

特に児玉さんの甥っ子の下の子はまだ小さくて、お義姉さんにダメだと言われて泣きそうになってしまった。

可哀想になって係の人に尋ねると、


「チャイルドシートもご用意できますからどうぞ。」


と、あっさり言われた。

最近は子連れで結婚するカップルも多いからと。


ご機嫌の3人を乗せて出発したリムジンは、ものすごく賑やかだった。

3人は止める俺たちに構わず窓を開けて、道行く人に笑顔で手を振った。

運転手さんがサービスをしてわざわざ遠回りをしてくれて、信号で止まるたびにいろんな人に車内をのぞかれては「おめでとうございます。」などと言われ、ものすごく恥ずかしかった。




こうしてようやく結婚式も終わり、年度末の仕事を終わらせて、児玉さんは新しい学校に異動した。


彼女が新しく着任した学校は少し変わったカリキュラムが特徴で、普通科ではあるけれど、芸術や実技系の科目が充実している。

家庭科も、普通の「家庭科」のほかに、「調理」「保育」「服飾」などが選択科目として用意されている。

当然、家庭科の先生も、今までよりも多い。


「まだ戸惑うことばかりだけど、新しいことを勉強するのは楽しいよ。」


と、彼女は笑顔で言っている。

それを見ると、俺もまた頑張ろうと思う。



今月、ずっと忙しくて出られなかったフットサルの練習に二人で行った。

みんなに新婚生活のことを冷やかし半分で尋ねられて照れくさかったけれど、やっぱり嬉しかった。

川島が、俺たちの二次会でサッカー部顧問の内田先生と知り合って、今度Jリーグの試合を二人で見に行くことになったとそっと教えてくれた。

そう言えば、去年の秋に内田先生から川島のことを頼まれたことがあった。

あのときはうやむやになってしまったけれど、俺たちの二次会で知り合ったなら、一応は貢献したことになるのかな。



朝のジョギングは続けている。

習慣になっていたし、もともと体を動かすことは好きだし、せっかく痩せたんだし。


それに、今は戻ると待っていてくれる人がいる。

「ただいま。」と言うことと、「お帰りなさい。」と言われることが、こんなに幸せだなんて初めて気付いた。




「かすみさん。お義父さんから、連休に来てほしいって電話がありましたよ。」


彼女は今では「かすみさん」だ。

俺の奥さんのかすみさん。

いつも楽しそうにニコニコしている……はずなのに、今、ソファから見上げる目は涙目で……。


「どうしたんですか?!」


驚いて隣に座って顔をのぞき込む。


「どこか痛いんですか? 新しい職場で何かあったんですか? それとも、俺が何か……?」


「ち、違うの……。」


ぐすぐすと鼻をすすりながら涙を拭い、彼女が指差した先には……新聞?


「新しい映画の紹介を見ていただけ……。」


テーブルに開いてある新聞には、動物実話系の映画の紹介が。


――― 納得。


彼女は泣き虫……というか、涙もろいのだ。

特に感動をうたった作品じゃなくても ―― アクション映画でもアニメでも ―― ちょっとした場面でうるうるしてしまう。

ドラマや映画だけじゃなく、悲しいニュースでも、よく涙を浮かべている。

今みたいに作品の紹介文だけでも、感動する場面を想像して泣きそうになってしまう。

この一か月で、何度もそういう彼女を見た。


「そうでしたか。」


そんな彼女を慰めるのは俺の役目。

そっと抱き寄せて、背中をぽんぽんと叩いて。


「じゃあ、DVDが出たら、レンタルで借りて見ましょうね。」


彼女が映画館で泣くのは恥ずかしいから行かないと言うので、映画は家で見ることにした。

最近、見たい作品のリストを作り始めたところ。


「そこまでしなくてもいいの、これは。」


それほど興味がないのに記事を読んで泣いているなんて、かすみさんはやっぱり可愛い。


「電話って、うちの父から? 柊さんに直接?」


彼女は俺のことは「柊さん」と呼んでくれる。

「さん」付けで呼ぶのは、俺への敬意を表すためだと、かすみさんは言ってくれた。

そんな理由があると思うと、呼ばれるたびに、ちょっとくすぐったい。


「そうです。連休中に庭木の手入れをしたいから、手伝って欲しいって。」


お義父さんとは、今では気軽に話ができるようになった。

去年のことが嘘みたいに、機嫌良く俺を迎えてくれる。


「先週行ったばかりじゃない。連休はわたしたちだってゆっくりしたいのに。柊さんが背が高いのを当てにしてるのね。」


「あはは、そうかも知れないですね。でも、一日くらい、なんとかなりますよ。」


「……ありがとう、柊さん。」


いいですよ、かすみさん。

そんなふうに、気持ちを態度と言葉で示してもらえるなら、俺はいつでも幸せですから。


「あ。明日のお弁当用のお米を準備しなくちゃ。」


「じゃあ、俺は洗濯物を。」


かすみさん。


助け合って、支え合って、二人で幸せな家庭を作りましょうね。

ずっと、ずーっと、二人で一緒に幸せでいましょうね。


……それから、俺、これからも頑張りますから、たくさん褒めて、甘やかしてくださいね。








『児玉さん。俺、頑張ります!』はこれでおしまいです。

最後までお読みくださって、本当にありがとうございます。

みなさまにも、幸せがたくさん訪れますように!


次のページは「あとがき」です。

お腹いっぱいの方は、どうぞこちらで「ごちそうさま。」をなさってくださいませ。

別腹で行けそうな方は、もう少々お付き合いください。

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