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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
11 春に向かって走れ!
127/129

あっという間に


3月は怒涛の忙しさだった!


日々の仕事に加えて、先生たちと来年の打ち合わせ。

結婚式の準備と引越し。その合間に買い物。

児玉さんには学年末のテストと成績付けもある。

お互いに体の心配をしながら、どんどん日が過ぎて行く。





そんなある日、終業式を2日後に控えた日の放課後、ボランティア部が図書室を使っておはなし会を開いた。


この計画が持ち込まれたのは3月に入ってすぐ。

どこかから児玉さんが異動するという話を聞いて来て、今まで顧問をしてもらったお礼としてやりたいと言ってきた。

図書室を使って公開のイベントをやるのは初めてだけど、本に関係のあることだし、今の時期は受験勉強で必死の生徒もいないのでOKした。

部員達から、顧問のお礼だということは児玉さんに言わないでほしいと言われたので黙っていた。

児玉さんは単純に、生徒たちが発表の場が欲しいのだと思っていたようだ。



放課後になるとボラ部の部員たちがやって来て、手際良く机を端に寄せ、おはなし会のスペースを作って行く。

椅子を何列か並べ、話をする場所の後ろにはホワイトボードに紺色の布を掛けたもの。

どんな本を選んだのかは知らない。今回は何も相談されなかったから。

きっと、文化祭で自信がついたに違いない。



お客さんは思ったよりもたくさんやって来た。

たぶん、ほとんどが彼女たちの友達なのだと思うけど。先生も3人ほど。

時間になって、児玉さんが急いで図書室に入って来ると、部員たちが楽しそうに笑いながら、一番後ろの少し大きめの椅子に連れて行った。

それから手招きして、俺をその隣に。

ちょっと恥ずかしい。


戸とカーテンを閉めて、少し暗くした室内で、「シャラーン」と鈴が鳴る。

おはなし会の始まりの合図。本を読む場所だけに照明が点く。


部長の佐藤さんが、前に進み出た。


「今日は、ボランティア部のおはなし会にお集まりいただき、ありがとうございます。」


綺麗なよく通る声。

ちゃんと練習したことがわかる。


「今日のおはなし会は、わたしたちの顧問の児玉先生に、今までお世話になったお礼として、」


隣で児玉さんが驚いている。

それを見て佐藤さんがにっこりと微笑んで続けた。


「また、わたしたちにおはなし会のことを教えてくれた雪見さんに感謝を込めて、」


――― え? 俺も?


「そして、お二人のご結婚をお祝いして開こうと、部員全員で決めました。」


結婚の……お祝い?

児玉さんと、俺の……?


「どうぞ、最後までごゆっくりお楽しみください。」


退場する佐藤さんをぼんやりと見送ってから、我に返って隣を見ると、児玉さんが必死で涙をこらえているのがわかった。

けれど、慰めようにも、周りには生徒も先生もいる。

もどかしい思いで小声で「大丈夫ですか?」と尋ねると、児玉さんはどうにか微笑みながらうなずいて、目元の涙をぬぐった。



少しドキドキしてしまったけれど、話が始まってしまえば大丈夫……と思ったのは甘かった。

彼女たちが選んだ本にも仕掛けがあったのだ。

『ねむりひめ』の絵本でやわらかく始まったおはなし会は、選ばれていた4つの話全部が、結婚で終わる話だった!


2番目のストーリーテリング、昔話の『ねずみのよめいり』のタイトルを聞いて、「もしや?!」と思った。

3番目の絵本は初めて見るものだったけどやっぱりそうで、しかも、料理の上手な女の子の話だった!

最後は、細密な絵が愛らしいうさぎの絵本。これは内容を知っていたので、表紙を見た途端に恥ずかしくなってしまった。


でも……。


読んでもらっているうちにその世界に入り込んでしまうのは同じこと。

特に4冊目は静かで温かい物語と絵、それにゆっくり読み進む声が溶け合って、素晴らしかった。

2匹のうさぎが素朴な言葉でお互いの気持ちを確かめる場面では、気付いたら児玉さんと見つめ合っていた。

手をつなぐのはギリギリで止めたけど、見つめ合っているのは周りに気付かれていて、また恥ずかしい思いをしてしまった……。




終業式も済み、最後の生徒が帰ってから図書室の利用人数を集計してみたら………なんと、5倍を24人超えている!!

大急ぎで集計表を印刷し、職員室まで走り、戸を開けて、「児玉さん!」………と叫ぼうとして、ギリギリで「坂口先生!」に変えた。

ここはやっぱり、応援してくれていた坂口先生に知らせないと。


「見てください。5倍を達成できました!」


「え? どれ? ああ、本当だ。すごいじゃないか。やったね。」


「はい!」


本当に嬉しい。

児玉さんの席の方を見たら、笑顔でうなずいてくれた。


「5倍って何が? ずいぶん嬉しそうだねえ。…ん? まさか、賭けごとなんかじゃないだろうね?」


大谷先生?!


「い、いえ、違います。賭けごとなんかじゃ……」


「あはははは。まあ、一種の賭けみたいなものだよねえ、雪見さん。」


「え、いや、坂口先生、そんな。」


「困るんだよ、学校関係者が賭けだなんて。」


「大丈夫ですよ、大谷先生。雪見さんの場合は、賭博じゃありませんから。」


「坂口先生……。」


バラすつもりですか?

今になって?

職員室中の注目の的になってるんですけど?!

児玉さん、どうしましょう?!


「すっ、すみません! うちの父がっ!」


児玉さん……。


「あ、あのっ、うちの父が、結婚の条件に、利用者5倍…って……。」


言っちゃいましたね……。


「プッ……。」

「く…ふふ……。」


ああ……、笑われてる……。


「児玉先生。僕は適当にお茶を濁そうと思っていたんだけどね。」


坂口先生が半分笑いながら言うと、児玉さんはめずらしく真っ赤になって下を向いた。

それを見て、大谷先生が呆れた顔をする。


「ってことは、これが達成できなかったら、あさってのキミたちの結婚式は取りやめだったってこと?」


「いえ、それはもう……大丈夫なんですけど……。」


「まったくねえ。雪見さんと児玉先生には、いろんなことが付いて回るねえ。」


「お騒がせしてすみません……。」


こうして俺の竹林高校での最初の一年が終了し、春休みに入ってすぐ、俺と児玉さんは結婚した。








次回、最終話です。

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