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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
11 春に向かって走れ!
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学校中の


黒川さんに勝てたのは、本当にラッキーだったとしか言いようのないことだった。

児玉さんは、スタート前には何も言わなかったけれど、黒川さんのタイムを聞いて、絶対に勝てないと思っていたそうだ。

俺も、黒川さんが調子が良ければ、間違いなく負けていたと思う。


けれど、スタート前に、黒川さんには仕事で片付けなくちゃいけないことが入ってしまった。

その結果、ウォーミングアップが十分にできなくて、途中で棄権することになってしまった。


「ちょっと気の毒ですね。頑張ってきたんでしょうに。」


俺の言葉に、児玉さんはきっぱりと言った。


「仕事とプライベートを一緒に片付けようとしたりするのが間違ってるのよ。」


そうかも知れない。

でもそれが、自信のある黒川さんのやり方なのだろう。



記録係から戻ったところで、集まった生徒たちに、お祝いと冷やかしの言葉をたくさんもらった。

陸上部の生徒が、周りにいる生徒たちに


「プロポーズは遊園地だったらしいぜ〜!」


と暴露したので驚いた。

児玉さんを見たら、


「ごめんなさい! ついうっかり!」


と手を合わせて謝られた。

明日からまた学校中のウワサになるのは間違いなさそうだ……って言ったって、今日の大会のことがすでにネタとして出回っている。

そこにプロポーズの話がくっついたって、たいした違いはないだろう。


「いいですよ、もう。」


「いや〜ん、見つめ合ってる〜!」


「やっぱ、授業中とは違うよなあ。」


「チューしたっていいよ〜!」


何てことを!


生徒の言葉に、一気に顔が熱くなってしまう。

せっかく引いた汗が、また噴き出して来た。


「いっ、いつもと同じだよ! べつに特別じゃ……。」


「あれ? お前たち、朝、見たことないの? いつもラブラブなんだぜ〜。」


「いや、そんなことないよ! ただ普通に歩いてるだけで!」


「そんなことないよ。俺なんか、あいさつするのも気を遣っちゃって。」


「そうそう、あたしも〜。」


そんな!!


児玉さんは……? 平気で笑ってるよ……。


――― まあいいか。

本当に、俺たちは幸せでラブラブなんだから。




一通り騒いだあと、生徒たちはそれぞれに帰って行き、俺は一人で更衣室に向かった。

一人になると、今までの色々なことが頭に浮かんでくる。


児玉さんとの再会。

「痩せましょう。」と言われたときのこと。

お弁当。

児玉さんを招待した日のこと……。


「好きです。」と伝えてから、返事をもらうまでの日々。

気持ちが通じてからも、いろんなことがあって……。


ダメかと思ったこともあった。

でも、諦めないで頑張ってきた。

頑張った結果が、今、それぞれの形で実を結んで……。



そこまで思って、ふと気付いた。

黒川さんも同じなんだってことに。


黒川さんも、児玉さんのことを諦められなくて、俺に勝負を持ちかけたんだ。

児玉さんに断られても、もう一度自分を見てもらいたくて頑張ったんだ。俺に対してライバル心剥きだしで。

児玉さんに認めてもらえる可能性があるなら、お金がかかっても、仕事と掛け持ちでも、やらずにはいられなかったんだ。


今日、黒川さんは棄権するしかなくて、潔く負けを認めてくれた。

伝言にはただお祝いの言葉だけ。

その潔さが、逆に、あの人の傷心を語っているような気がする……。


でも。


きっと黒川さんなら、女性が放っておかないだろう。

あのルックスで、仕事もできて、お金持ちだ。

もしかしたら、黒川さんの傷ついた心を慰めようと待っているひとが、すでに何人もいるのかも知れない。


だから、気にするのはやめよう。

俺は俺で、全力を尽くしたんだから。





夕方、久しぶりにのんびりした気分で児玉さんとくつろいでいたら、不動産屋から電話が来た。

今のアパートを契約している不動産屋に、部屋を探していることを言っておいたのだ。

この近くで賃貸マンションに空きが出ることになったと言われ、先方の都合もついたので、すぐに見に行くことにした。


児玉さんのマンションより少し駅側で、少人数の家族向けの間取り。

少し古い建物で、オートロックではないためか、家賃や共益費が安めだった。

日当たりが良く、今住んでいる人たちも綺麗に使っていたし、何よりも駅まで歩けて駐車場も付いていることが大きくて、すぐに決めた。

引越しは、3月20日。結婚式の一週間前。

不動産屋に頼みに行ったときに、3月は転勤や子どもの学校の関係で物件が増えるとは聞いていたけれど、こんなに急に決まるとは思わなかった。

2月20日は、俺にとってのラッキー・デイなのかも。



……いや、ラッキーなのは今日だけじゃないのかも知れない。



元旦に、児玉さんとの結婚を許してもらったときから始まっていたのかも。

あの日に二人で引いたおみくじは、二人とも大吉だった。

あのあと、式場があっさり決まった。

仕事も順調。


うん。

今年に入ってから、何もかも上手く行っている気がする!





翌日。

朝の職員室で、先生方からたくさんのねぎらいの言葉をもらった。


「昨日は大変だったらしいね。」


「勝ったんだって? よかったねえ。」


「彼女のために勝負して勝つなんて、カッコいいですね!」


伊藤先生は、


「雪見さんも児玉先生も、自分からは何も話さないのに、やたらと知れ渡るよねえ。」


と呆れていた。


「僕だって不思議ですよ。伊藤先生はどうやって隠してるんですか?」


美人の横川先生はどこにいても人目を引きそうなのに、これほどウワサにならないなんて、本当に不思議だ。


「どうやってって……、それなりに気を付けてるだけだよ。」


それなりに、か。

これも運なのかも知れない。

でも、まあ、恥ずかしいだけで、不幸になったわけじゃないからな。


坂口先生は、


「僕が漏らしたんじゃないよ。」


と笑った。

朝の電車で陸上部に会ったことや、ゴール前で生徒が大勢待っていたことを詳しく話すと、また笑った。


「きみたちは、学校中に祝ってもらってるみたいなものだな。はははは!」


「もういいです。これで全部終わりですから……。」


そう。

秘密にしていることは、もう何もない。

なにしろ、プロポーズの言葉まで知られているんだから。


ああ、すっきりした!




今週は2年生の家庭科の授業が、まだ3クラスほど残っていた。

児玉さんの授業は1クラス分だけだったけれど、ほかのクラスの生徒たちも、やっぱり俺を見てくすくす笑った。


俺を見るために図書室に顔を出す生徒がまた少し増えた。

まあ今回は、前ほど露骨じゃなかったけど。


ただ、親しくなった生徒が増えているので、直接お祝いを言われることが多かった。

けれど、それも今では慣れてきて、以前のようにあたふたすることが少なくなっている。

素直に「ありがとう。」と言うと、逆に生徒が照れたりして面白い。


そうしているうちに結婚指輪が出来上がり、2月も終わった。







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